今日の 生中継スペシャル!ニッポン「今」つないでみたら~秋うらら2022~ 



チャンネル録画、そろそろ番宣もあるかなぁとNHKを入れておいたんです😊良かった😊


NHKプラスでも見られます。

1時間15分過ぎ位から、小手伸也さんが登場し「どうする家康」告知をしてます💜



今田さん「タイトルがインパクトありますね!」

小手さん「松潤さん…松本潤さん演じる家康が気弱な青年として描かれてて、毎話毎話まさにどうする?

そんな殿を僕ら家臣団が支える。」


小手さんは大久保忠世という役で、徳川十六神将の一人に数えられ、後に小田原城の城主となるんですが、紹介文では「自称三河一の色男。薄毛を気にしてる。」と弄られてる笑笑


今田さん「小手さんが背中を押したり、相談にのったりすることもあるんですね。」

小手さん「あります、あります。」


小手さん「今、古沢さんは戦国にどっぷりです。」


ぜひご覧くださいとおっしゃってました😊




そうだ!

サンドさんMCの名古屋VS福岡 グルメの番組見てたら、また徳川家康登場しました!

徳川家康が名古屋築城の時、人手が集められそこで名古屋の赤味噌が広まった、と!!

なるほど、そうだったのか!






「東海先行ポスター」の庁舎巡回展ですが、駿河区役所にお引越ししているそうです💜


駿河区役所の展示は11月15日まで。

11月16日からは清水区役所で展示されます。




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大河ドラマ館一帯の愛称は「浜松出世パーク」 1月22日プレオープン

 来年の大河ドラマ「どうする家康」の放送に向け、浜松市が旧元城小学校跡地(中区)で進める大河ドラマ館など一帯の愛称が「浜松出世パーク」に決まった。


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 一帯は葵紋の形の回廊沿いに、いずれも鉄骨平屋建てで、ドラマ館とオフィス棟、ショップ棟が新築されている。このうち回廊は「葵広場」と名付け、ショップ棟はパン・菓子製造販売のヤタロー(東区)が「出世の街 家康SHOP」の店名で運営する。

 ドラマ館の展示内容も明らかにした。来年1月22日のプレオープン時には歴代の大河ドラマで描かれた徳川家康をテーマに、衣装や映像などを紹介する予定。

3月18日の本格オープン時には家康在城時の浜松城にいるような内装をしつらえ、三方ケ原の戦いにちなんだ展示を計画している。

 市は県西部の家康ゆかりの寺院や城跡などを載せたマップも作製し、観光施設などで配布する。協議会の各分科会は浜松の食材を使った新メニューの考案や、中心市街地で「徳川四天王...


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どんどん盛り上がって、楽しみですね😊
何度も行きたくなりますよね!
お近くの方、ぜひ通って盛り上げてください💜💜💜






\どうする家康 NEWS WEB/

Twitter

 

長野放送局のニュース動画・記事をご紹介します!

松重豊さん演じる 石川数正 に

ゆかりのある松本城に関する記事です!




ニュース動画が見られます!
こちらのニュースは全国ネットだったようで、関東でも見ることが出来ました😊

制定後初の「松本城の日」で記念の催し


10日は、松本市などでつくる実行委員会が、11月10日を「松本城の日」と制定して初めての記念日で、国宝・松本城では、さまざまな催しが開かれています。

11月10日は、明治初期に松本城の天守が解体の危機にひんした際、保存に向けた資金を集めるための博覧会が始まった日です。
去年12月、松本市などでつくる実行委員会は、城の世界遺産登録への機運を高めようとこの日にちなんで「松本城の日」と定めました。
10日は、制定後初めてとなる「松本城の日」を迎え、松本城公園では、無料で配られる記念日のロゴマークが入ったエコバッグなどを目当てに100人近い城ファンなどが、早くから列を作っていました。

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このほか、城の歴史を伝える映像を流すブースや、北アルプスと松本城の景色を一緒に楽しめるベンチなどが設置され、訪れた人たちが歴史や景色を楽しんでいました。
川崎市から訪れた74歳の男性は「日本の有名な城の一つなので、しっかり守り続けて世界遺産に登録されてほしいです」と話していました。
市文化振興課の村山育朗課長は「ファンからの人気も高いので松本城は市の誇りだ。後世まで大切に残すためにも今後も取り組みを続けたい」と話していました。


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少しでも「どうする家康」に関連しているとなるとうれしくなりますね😊💜



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歴史講演会 第4弾「桶狭間の合戦、大高城からの脱出~大高城で孤立した元康 さあ、どうする~」開催案内(12/5)- 「岡崎商工会議所 徳川家康公 岡崎プロジェクト」特設サイト


 尾張の新興勢力 織田信長が、圧倒的な武力と経験を兼ね備えた今川義元を打ち破った「桶狭間の合戦」。

合戦前日、元康は主君 義元公に命じられ、敵に包囲された大高城にみごと兵糧入れを成功させ味方を救いました。

しかし、そんな喜びもつかの間、勇敢に戦った元康にピンチが訪れます。

義元公が討たれ、一転して大高城に孤立する危機的状況に。


取り残された元康はどう危機を乗り越えるか!?

大河ドラマ1話目が観たくなる、より楽しみになる内容ですので、皆様この機会にぜひご参加ください。

予備知識ゼロでも安心してご聴講いただけます!

■日時 12/5(月)18:30〜20:30

■参加方法

①会場での聴講

岡崎商工会議所 1階 大ホール(定員150名)

※申込先着順

②オンライン聴講(後日、参加URLをメールにてお送りします。)

※当日、通信トラブル等の理由によりご視聴いただけない場合はご容赦ください

③オンデマンド配信(後日)

■講師 岡崎ふるさと歴史教室 主宰 歴史研究家 市橋 章男 氏 


▼申込フォーム

 https://forms.gle/n6LU6Rrz7j59MXNL8

 

 



今日はなんの日
ゾロ目だから人気なのか、凄いたくさんある中に
"美しいまつ毛の日" というのがありました💜
これは見過ごせないぞ✨


美しいまつげと言えば松本潤ですから✨
99.9で佐野Pが言ってましたよね。


極め付けはこちらですね✨✨
これで自前、ビューラーもマスカラもなしとかどーなってるんだ!!!

素晴らしいくるりん💜💜







過去の町割を踏襲する地方都市


過去の町割をほぼ踏襲している名古屋城下。今回は、そこから現代のモビリティの役割について考える。
『天明以前名古屋図』。赤枠の部分が碁盤割の町人地(画像:名古屋市鶴舞中央図書館)
『天明以前名古屋図』。赤枠の部分が碁盤割の町人地(画像:名古屋市鶴舞中央図書館)

 日本には、全国至る場所に城下町がある。城は江戸時代、一定の石高(こくだか。米の収穫高を示す単位)を満たした領地を持つ大名に、持つことが許された。基準は諸説あるが、歴史学者の山本博文氏は、「2万石以上でないと城は持てず」(『古地図から読み解く城下町の不思議と謎』実業之日本社)としている。城を持つ者を「城持(しろもち)大名」という。


 城持大名たちは、城を中心に町づくりを行い、城下町を築いた。城下町にはさまざまなタイプがあるが、共通しているのは武士の屋敷が城を囲み、その外を庶民が住む町人地とする。さらに、町の外れに寺を置く。武士・大衆・僧侶ごとに、居住するエリアを区分した町割(まちわり。区画)である。現在の地方都市は、この町割をほぼ踏襲しているケースが多い。

 過去がそのまま活用されているのは、先人たちのレガシー(遺産)が現代に通ずるほど有益だったからに他ならない。今回はそうした中から名古屋城下を取り上げ、現代のモビリティにどう生かされているかを見てみよう。

「尾張名古屋は城でもつ」

右上に江戸時代の名古屋城が描かれた図絵。『尾張名所図絵』(画像:国立国会図書館)
右上に江戸時代の名古屋城が描かれた図絵。『尾張名所図絵』(画像:国立国会図書館)

 なぜ、名古屋かといえば、2023年のNHK大河ドラマ『どうする家康』の主人公・徳川家康が整備した城下町が存続しているからだ。

「尾張名古屋は城でもつ」

と、民謡『伊勢音頭』にうたわれた。この一節には、名古屋は家康の築いた城によって繁栄したという意味がある。

 まず、名古屋城下の歴史について簡単にふれる。家康が天下統一を果たす以前、尾張には織田信長が君臨し、国の中心は名古屋ではなく清須(きよす)だった。

 家康は1600(慶長5)年の関ヶ原の戦いに勝利すると、1603年、江戸に幕府を開く。次いで、江戸と京都・大坂を結ぶうえで重要な要衝だった名古屋を重視し、1609年に築城を開始した。わずか1年あまりで、天下普請(てんかぶしん。諸大名に命じて行った城の建設)で名高い名古屋城が完成した。

 さらに尾張の中心を清須から移し、清須城は廃城となる(現在は復元)。これを「清須越(きよすごし)」という。前述の山本博文氏の著書によれば、

「3つの神社、120の寺院、67の町、武士・町人合わせて7万人を強制的に移住」

させた大規模な計画だった。橋までも清須から移築するほどの徹底ぶりだったと伝わっている。こうして城下の基盤が形作られていった。


過去の町割をほぼ踏襲している名古屋城下。今回は、そこから現代のモビリティの役割について考える。
現在の名古屋。文中にある主だった施設を書き込んだ(画像:(C)Google)

 家康が整備を進めた城下は、城の東西南北に武士を身分ごとに集住させ、町人は南の武家地の外に、寺は町外れに置く構造だった。これを現在の名古屋市の中心地に置き換えると、まず城の南の武家地。ここにはかつて、城の重臣たちが住んでいたが、今は名古屋市役所と愛知県警察本部がある。

 城の北に名城公園、南東には愛知県庁、南西は白壁や土蔵が残る観光スポットの四間道(しけみち)。また、城の周囲には名古屋高速1号楠線をはじめとした高速道路だ。四方に重要な施設や名所・道路が多いことが分かる。

 最も注目したいのは、南の武家地の外にあった町人地だ。ここは碁盤の目となっており、こうした区画を「碁盤割」という(1ページ目トップ画像の赤枠部分)。名古屋の町人地の道は、直線になっているのだ。

 一方、城下町によく見られる町人地は、道が入り組んでいるケースが多い。これは道を複雑に曲折させることによって、敵の侵入を阻み、城を守るためだった。逆にいえば、いざ戦(いくさ)が起きた時、戦場となるのは町人地だったことを意味する。また、町外れに寺を置いたのは、寺の敷地に自軍が駐屯できる広いスペースが十分にあったからだった。

 町人地が戦う場所、寺が軍の拠点、さらに城に続く道は曲折し、敵が容易に城に近づけない。これが城下町の典型的な構造だ。だが、家康はそうではなく、平和な時代の到来を見越して

「利便性や経済活動を最優先とした新しい城下町づくりに取り組んだ」(山本博文氏)

のである。その結果、道は物資が運搬しやすい直線となったわけである。

大勢の人でにぎわう広小路筋。『尾張名所図絵』(画像:国立国会図書館)

 名古屋市鶴舞中央図書館が所蔵している『天明以前名古屋図』(1ページ目トップ画像)を見ると、縦横無尽に町人地を貫く道が東西11列、南北9列。区画は実に99に及んでいる。

 家康がつくったこの町割によって発展した町人地は、現在の中区へと、長い時をかけて変貌をとげていく。中区丸の内は久屋大通りと桜通り、外堀通りに囲まれ交通の便もよく、栄・大須などのオフィス街や繁華街となり、デパートなど大型商業施設も立ち並んでいる。名古屋の経済発展につながった功績は見逃せない。

 また、商業面で成功した例として、いとう呉服店もあげられるだろう。家康は碁盤の目の中央を南北に貫く本町通りに、商人を集住させた。その中から台頭してきたのが、いとう呉服店だ。いわずと知れた松坂屋(現在の大丸松坂屋)の前身である。

 舟運の整備もあげておこう。熱田湊(あつたみなと)は尾張最大の船の寄港地であり、商品流通の一大拠点だった。そこで、城の西に堀川(城を囲む堀に水を張った水路)を開削し、水路を熱田湊(あつたみなと)までつなげた。

 城郭研究家の加藤理文氏は、「城下町の生活物資の運搬水路として、重要な役割」(『歴史人』2020年5月号「古地図で読み解く城と城下町の真実」掲載「天下人の城」ABCアーク)だったと解説している。

 家康以降も成長は続いた。町人地は1660(万治3)年の大火で甚大な被害を受け、焼失した家屋は2000以上に及んだが、時の尾張藩主だった2代・徳川光友(みつとも)が再建に取り組んだ。その際に誕生したのが、広小路筋である。

 大火の前は道幅が約5mだったのを約27mと5倍超に拡張し、庶民が楽しめる繁華街にしたのである。芝居小屋や見世物小屋が出店し、名古屋きっての名所となった。今も市の東西を貫く道路であり、地下には地下鉄東山線の一部も通っている。地下鉄は地面の下を掘削するため、土地の権利関係などから道路の下につくることが多いのはご存じの通り。広小路が地下鉄の建設に役立ったわけだ。

 家康が築いた名古屋城下は現在まで脈々と息づき、モビリティーズの発展に寄与しているのだ。

●参考文献
・古地図から読み解く城下町の不思議と謎/山本博文(実業之日本社)
・歴史人2020年5月号「古地図で読み解く城と城下町の真実」掲載「天下人の城」/加藤理文(ABCアーク)

編集プロダクション・ディラナダチ代表。1964年、東京都生まれ。スイングジャーナル社、KKベストセラーズなどを経て、2011年に独立。旅行・歴史関連雑誌の編集、執筆を手掛けている。主な担当刊行物に廣済堂ベストムックシリーズ(廣済堂出版)など。Twitter ID:@dylanadachi




■11/10  市長定例記者会見(令和4年度) - 掛川市

掛川市



大河ドラマ「どうする家康」に向けた取り組みについて

1.「掛川の戦い」「高天神城の戦い」のパンフレットとホームページ開設
2.AR・VRによる在りし日の高天神城の復元
3.講演会の開催
2023/2/25(土)14:00〜
生涯学習センター(御所原)
・大河ドラマ時代考証の小和田哲男氏の講演
・番組時代考証の小和田氏、戦後時代研究家の大石泰史氏、城郭研究家の加藤理文氏による「桶川城の戦い」と「高天神城の戦い」の様子とその歴史的背景、城郭の様子をマニアックかつわかりやすく解説するシンポジウム。
4.高天神城と六砦、サイクリングによる小笠山周遊歴史旅の開催
5.掛川市二の丸美術館展覧会「徳川家康と掛川三城ゆかりの武将物語」
2023/1/28(土)〜3/12(日)
掛川市二の丸美術館
6.大河ドラマ「どうする家康」活用連絡会の設置


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掛川市の企画・イベントは今まで見かけてない気がします。
これからも各地でどんどん増えるといいですね!

家康公と所縁のある所は全国にたくさんありますから、そこをアピールしようと考える地域がまだ増えるんじゃないかなぁ?

江戸はやはり後半でしょうか?
お待ちしています!!!