みなさん、こんにちは。
私シャーベット・ホームズと申します。
あの天才的頭脳の持ち主シャーロック・ホームズの遠い親戚にあたる私のファーストネームは、シャーベット。
つまり、本家シャーロック並みに華麗な推理を披露したいとは考えておりますが、如何にせんシャーベットという名の通り、少々甘さがついてまわるかも知れません。
もし、そうなってしまった場合はご容赦下さい。
さて、実はここに取り上げたい一冊は、かの有名な妖怪漫画家である水木しげるさんの『不思議時間旅行』という本です。
その中の一編のエッセイ「器物に宿る霊」を紹介させていただきたい。
水木さんは、ある時、漫画を描くために大きな机を買いました。
神戸でまだ紙芝居の絵を描いていた時代で、後年のような売れっ子ではなく、生活も苦しかったころです。
しかし、机は必需品。
ある時、近所の古道具屋でその机を見つけました。
水木さん曰く「机というのは名ばかりのシロモノで、分厚い板に四本の太い木柱が打ち付けられているだけ、おまけに色は真っ黒」、しかし、「その机には、なんとなく人を包み込む優しさみたいなものがあった」と。
以来、水木さんはその机によりかかりながら仕事をした」。その後、転居が続き、東京に落ち着いてからも「紙芝居からは足を洗っていたけれど、いらなくなっても手放す気になれなかったので部屋の片隅に置いていた」。
ある時、同業者の漫画家が水木さんの家に転がり込んで来た。彼に一室を貸したところ、仕事用にあの真っ黒けな机を貸してほしいという」。
水木さんは「いいですよ」と。ところが彼は机の足をノコギリで切り出した。水木さんが「やめてください」と言ったのにも関わらず、とうとう四本を足を切り座卓のようにしてしまった。
その後、「ふた月と経たぬうち、彼の漫画家としての仕事はすべてなくなった。文字通り、完全に漫画界から失脚したのである」。
その後、座卓のようになってしまった机は、水木さんのアシスタントの一人に使われることになります。
そのアシスタントいわく「アレに向かっていると、自分を包み込んでくれるみたいな、なんだかとっても安心した気持ちになって来るんです」。
水木さんは「まるっきり僕が感じたのと同じことをアシスタント君も感じ取っとっている。そのことを彼に言ってやると、ひどく興味を覚えた様子で、いっそう机の手入れを念入りにし始めた」。
その後、アシスタント君は・・・
「ふた月と経たないうちに、彼はふってわいたような大地主さんの娘さんとの結婚話がまとまり、
『もう働く必要がないのです』
という幸運を手にしたのである。」
水木さんは、この机のことについてこう結んでいます。
「ただの偶然だろうか。僕にはそう言い切れないのだ。現にアシスタント君も僕も机から同じような印象を、語りかけを感じ取っていたのだから」。
ここで、このエッセイのタイトルをもう一度確認しましょう。「器物に宿る霊」。
この机の足を切った同業者は廃業、大切に使い続けたアシスタント君は大地主に。
果たして、この机の霊が我が身に災いをもたらした者に罰をあたえ、丁重に接した者に幸運を与えたのでしょうか。
そもそも、転がり込んだ先の水木さんの机であるにもかかわらず、その足を切るといった傍若無人の漫画家は、人間としてどうなのでしょう?
このテの人物は、もしかしたら万事、自己中心的でわがままで、他人様との折り合いもうまく作れない。譲れない。不要な争いも起こしそうです。
結果、廃業したのではないか?
いや、漫画家をやめても本人が改心しない限りヒトとしてダメでしょう。
対して、アシスタント君は実に穏やかな人柄だと思われます。
人に対しても、物に対しても穏やかで、その関係を大切なものとして接してゆく。
そうした彼の人格が幸運を引き寄せただけなのではないか。
更に言えば、水木さんもアシスタント君も、気持ちが穏やかになり和んでゆくような日常になれば、多少嫌なことがあっても、イライラしたりピリピリしたりしなくなる。
その日常の延長で、周囲の状況も徐々に好転してゆくはずです。事実そうなって行った。
水木さん自身は漫画家として成功し、アシスタント君は大地主の財産を引き継いだ。
器物に霊が宿っていると見るのも人間の心ですね。
以上、シャーベット・ホームズの華麗なる推理をご披露させていただきました
え? もうそれで終わり? 他にないの?・・・というお顔をしておられる方が少なくないようですね。
いえ、だからさぁ、・・・あのさぁ、初めに言ったじゃん。
本家より、かなり甘いってさ。だからさ、次、また違うネタ見つけて来るよ。
だからもう終わり・・・。
あ、いや、ははは。少々、取り乱してしまいましたね。
また、いつかお会いしましょう。