手塚治虫が描いたダーク・ヒーロー ブラックジャック | 恋着、横着、漂着 遊び盛りゆるゆるのびのび60代

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 ブラックジャックが「少年チャンピオン」に連載されたのは1973年から1978年だった。

 高校時代に級友から時折、借りて何話か読んだ記憶がある。私の高校生時代は1975年から1977年だったから、連載の中間期にあたっていた。

 さて、その「ブラックジャック」文庫版全17巻を買って、読み始めている。

 それまでの清く正しいヒーローが誰の目にも明らかな悪漢をこらしめるという設定や展開が通用しなくなった後、つまり、それは、一般庶民が〝その程度のお話し〟では飽き足らくなってしまった後ということなのだが、手塚はダーク・ヒーローとしてのブラックジャックを創出し、新たに読者を獲得した。

 で、改めて考察・検証してみたいのは、一体このダーク・ヒーローの元祖は誰なのか、ということである。

 「巨人の星」の星飛雄馬は清く正しいことが求められたヒーローだった。同じ原作者梶原一騎による「あしたのジョー」は、では、ダーク・ヒーローだったのかといえば、そうとは言い切れない。暗さはつきまとうが、同時に「哀しみ」も背負っている。しがらみもある。

 一般庶民というものが求めたのは、そうしたしがらみを断ち切っているヒーローだった。

 しがらみによって行動を制限されては、観ている方もストレス発散にならないのである。

 

 

  テレビドラマ「必殺仕掛人」の放映開始は1972年である。ブラックジャックの登場とほぼ同時期というのも面白い。同じ漫画・劇画のゴルゴ13も紛れもなくダーク・ヒーローだろう。そのゴルゴの登場は1968年。ブラックジャック登場の7年前である。

 となると、ゴルゴがダーク・ヒーローの元祖なのだろうか。

 いや、そうではない。ひいきの引き倒しと言われかねないが、黒澤明監督・三船敏郎主演による「用心棒」は1961年公開である。

  三船演じる用心棒は、風来坊でもあり、過去のしがらみからは自由である。「善なる自己」を隠し、露悪的なふるまいをする。刀を持つ腕と智謀知略で周囲を圧倒する。そうしてゴタゴタの吹き溜まりから去ってゆく。ブラックジャックと極めて似ている。

 もちろん、用心棒のキャラクターが手塚にヒントを与え、ブラックジャックが誕生したなどと言うつもりはない。

 ダーク・ヒーローには共通点があるのである。

 

 だから、1971年に公開された「ダーティハリー」も紛れもなくダーク・ヒーローで、マグナム44をぶっ放し、しがらみとなった警察官バッジを捨てて去ってゆく。そのハリーがサンフランシスコ市警に呼び戻されるのは、一般庶民がハリーの活躍を再び観てストレス解消したかったから、もう少し正確に言えば、その潜在的なファンの多さを当て込んでの成功がワーナーブラザーズによって予測されたからである。

 なお蛇足を承知で言えば、「ダーティハリー」は同じ主演のクリント・イーストウッドによる「荒野の用心棒」の焼き直しに限りなく近く、その「荒野の用心棒」は「用心棒」の焼き直しどころかパクリである。

 

 となると、「用心棒」はダーク・ヒーローの元祖である、ととりあえずは断言してもいいようである。

 

 ところで生前の手塚が、司会者他出演者にあれこれ訊かれて答えるというテレビ番組に出ていたのを観たことがある。記憶によれば、それは「ブラック・ジャック」より更に後年の「アドルフに告ぐ」という漫画がヒットを飛ばした頃だった。「アドルフに告ぐ」は検索すると1983年から1985年だった。

 その番組で手塚は訊かれた。

 「例えば、過去の大ヒット作『鉄腕アトム』に戻らないんですか、それとも戻れないんですか」

 手塚は間髪入れず答えたのである。

 「戻れないんです」と。

 

 それは、今、一ファンとして邪推するに、何処へ辿り着くのか、着けるのか分からないながらも、手探りで行くしかないという漫画家としての自負と実力と、しかし、更にその上で、得体の知れない読者の動向という不安と対峙しながら、常に自分はある、いる、描いている、描いてゆくしかないという決然たる意志があったからこそなのだろう。

 漫画家である以上、孤立した修行僧にようには行かない。売れなければ、つまり多くの読者層を獲得しなければ作品の価値はないのである。

 しかし、それはまた、その漫画が、時代の要請にドンピシャで応えられた作品かどうかということでもある。

 ブラックジャックの総売り上げ部数は5000万部というから、更に時代を超えての傑作ということになる。

 その普遍性、超時代性という点については、全巻通して読んでみないと考察は出来ないだろう。いや、もちろん、読了しても何某かの答えを見つけられるとは限らないのだが。

 

 

 ※「ブラックジャック」の総売り上げ部数は正しくは5000万部超でした。訂正します。