6日の土曜日はカレッジ早稲田の研究論文発表会がありました。

 カレッジ早稲田は特別支援学校高等部などを卒業した人たちが学ぶ4年生の大学。と言っても正規の大学ではなく、福祉の制度の中で運営される「学びの場」です。

 カレッジ早稲田がスタートしたのは2年前の4月。ですから在校生の年長は現在2年生。

 来年度からは彼らは3年生になり、新しく1年生が入ってきます。

 そしてこの研究論文発表は、それぞれが「研究」したいテーマを決め、1年間をかけて論文にまとめ、パワーポイントに落として発表するのが研究論文発表です。

 在校生やご父兄の方など100人近い人の前でそれぞれが発表します。

 今日発表したのは1年生と2年生20名。
 テーマは実にいろいろ。

 「関西弁」を考察することで言葉の奥深さを考えたり、戦争の悲惨さを歌とともに伝えたり、自分のお金の使い方を分析することでその大切さを考えたり、理想のデートコースを思い描きながら恋へのあこがれを表現したり、アンパンマン大好きを全身で表現したり、ドラえもんのオリジナルストーリーを発表したり・・笑いあり、ぐっと胸に迫る熱いものあり、あっという間の2時間が過ぎていきました。

 この研究論文発表会は鞍手ゆたか福祉会が運営する全国6か所のカレッジでも行われることになっていて、2月の末に優秀に選ばれた何組かが一堂に会して全国発表会が行われます。

 高等部卒業後の障害のある人たちの進路は限られていますが、多感な青年期の「学び」は、人間形成の上での大切な権利です。現在は福祉制度の中での事業ですが、将来は学校制度の中に彼らの学びの場をつくりたいと、理事長の長谷川さんは言います。

 すでにアメリカな度では知的障碍者も健常者と一緒に大学生活を謳歌しているそうです。

 発表前にはかなり緊張していたみんなも休み時間などに見せる素顔は実にのびのび、1年、2年と掛けてじっくりと自尊感情が芽生えてきているのでしょう。

 土曜日はこの大切な催しのために母のところには行けませんでした。

 そして日曜日は、日頃お世話になている方との会食。

 福島、富岡町から避難しているご夫妻も交えて、原発事故のその後のことや被災者の苦しみ、そして今私たちは何をしなくてはいけないかなど、ともすると記憶の彼方にいきがちな大切な問題について、目から鱗の時間を過ごしました。被災された方と膝を交えてはじっくりと話したのははじめてのこと。以前から気になっていたアンダーコントロールのまやかしを私なりに見ていかなくては…


 美味しいお料理と有意義な話に時間のたつのも忘れて興じていました。

 そしてお腹いっぱい胸いっぱいの後は母のところに。

 終電何本か前の遅い時間になってしまいましたが、その事は伝えてあったので、母は寝ないで待ってくれていました。

 そして今日は通院。

 天気予報では雨か雪と出ていましたので介護タクシーを利用しようかとも考えていましたが、予想は見事に外れて快晴の暖かい1日になりました。

 それでいつもの電動車いすで診療所に向かいました。

 2時にヘルパーが来ますので、身の回りのことをやっていただいて、その後は入浴。

 そして1週間分のおかずをつくり置いて夕食を一緒に食べて、母の家をあとにしました。

 帰り際、手を握って微笑んでいた母の顔は寂しそうにでした。

 自宅に着いたのは10時が少し回っていました。

 なんだか疲れたので昨晩はメールの返事だけ書いてパタンキュー。

 今朝は6時に起きて、事務を済ませ、手紙を書き、そして原稿書き。

 春一番の暖かい室内で、久しぶりにのんびりしています。

 さて、これからは会議に出かけます。


 元気になった母の写真です。

 




2003年に製作した「風の舞~闇を拓く光の詩~」は、13歳で発病し14歳で瀬戸内海の離島に強制隔離された詩人の塔和子さんの詩をモチーフに、ハンセン病強制隔離の歴史と今を検証したドキュメンタリー映画でしたが、その後、塔和子さんに関するテレビ番組や書籍が数多く製作・出版されてきました。

そして今日また1冊、新しい本が届きました。「かかわらなければ路傍の人 塔和子の詩の世界」という本です。

著者は川崎正明さん。
牧師として、塔さんの詩の愛好者として長年にわたって塔さんと深いかかわりを続けてこられた方です。

サブタイトルに塔和子の詩の世界、とあるように、詩を中心に四半世紀にわたる出会いを記録した貴重な内容です。

まだきちんとは読んでいませんが、随所に紹介されている詩はどれも懐かしいものばかり。塔さんは2013年8月にお亡くなりになりましたが、1つ1つの詩を通して、塔さんが大きな口を開けて微笑んでいる姿が浮かんでくるようです。

出版社は、これまで塔さんの詩集を数多く出してきた編集工房ノア。大手の書店などではお目にかかれないかもしれません。
1冊2,000円(消費税別)ですの。是非、一人でも多くの方に読んでいただければと思います。

川崎さん、ノアさん、素敵な本を発行してくださってありがとうございました。
これから楽しみに読ませていただきます。
 




 昨年末に完成した「あい 精神障害と向きあって」の各地での上映がぼつぼつ決まってきています。

 ますば、その当面のお知らせです。

 お近くの方は是非ご参加いただければ嬉しいです。

 四国・広島には私もまいり、舞台挨拶をさせていただきます。
  
高知
 日時:2月11日(祝日)①10:30~2:10 ②13:00~4:50 ③15:00~16:40
 場所:高知市立自由民権記念館ホール
 料金:大人1000円、障害者手帳お持ちの方、中高生500円
主催:ドキュメンタリー映画「あい」高知上映委員会 090-1575-5034
 
 愛媛
 日時:2月13日(土)13:30~14:30
  場所:愛媛県男女共同参画センター
  料金:無料
 主催:「あい」上映松山実行委員会 090-8693-7655

 広島
 日時:2月14日(日)18:30~20:45
  場所:合人社ウェンディひと・まちプラザ(マルチメディアスタジオ)
 料金:一般1000円 障害のある人、中高生500円  

 千葉
 日時:2月17日(水)19:00~
 場所:千葉大学医学部付属病院セミナー室(一般可)
 料金:お問い合わせください
主催:千葉大学付属病院在宅医療インテンシブコース特別講座 043-222-7171



 高知から新聞記載の記事が送られてきましたので貼り付けます。

 



 
 今日もはっきりしない寒い1日でした。

 午前中はデスクワーク。
 午後からは東京駅前のオアドで行われている「THINK NOW ハンセン病」の写真展に行ってきました。

 写真家・富永夏子さんが取材した海外の回復村や療養所で暮らす人たちの今と、八重信之、黒崎彰さんが撮った国内の療養所で暮らす人たちを描いている写真がオアド1階の入り口フロアーに整然と並べられていました。

 八重樫さん、黒崎さんの写真はこれまでに何度も拝見したものですが、全国の療養所で暮らす何人かの方の他、既にお亡くなりになっている方々の写真が数多くあって、とっても懐かしかったです。

 その写真の主とは生前お会いしたり、親しくお付き合いをさせていただいた方ばかり。

 その色々な場面が思い出され、まるで身内に会うような思い。
 
富永さんの写真は、全てが海外のコロニーや定着村で暮らす人たち。

 インド、エジプト、インドネシア、ネパール・・南のハンセン病多発地帯で感染し、やはりいうに言われない差別を経験したであろう人たちのいまを女性らしい細やかな感性で捉えています。

 そこから感じられる思いは、美しいというか、神々しささえ感じさせられる素晴らしいものでした。

折角オアドに行きましたので、帰りは丸善に。

会社が日本橋にあさった時は、中央通りの丸善本店はぶらぶらと昼食や疲れた時にふと立ち寄る一番身近な書店でした。

 でも会社を辞めてからはめっきり行く回数も少なくなり、また東京駅のオアドに移ってからは何かの用事の帰りにたまに行くぐらいになってしまいました。

 というのも、近ごろは読みたい書籍はインターネットで求めていますので書店に行く必要がなくなったというか、とてもそんな時間をとるだけの気持ちの余裕がなくなってしまったのでしょう。

 でも、やはり本屋に行くと心が掻き立てられるというか、不思議な興奮を覚えます。

 この時とばかり、1階から3階までくまなく歩いて、少し足が痛くなりました。
 そして目も…並んでいる書籍を見ると世の中の動きがなんとなくわかる気がします。

 そして求めた書籍は5冊。
 他にも読みたいものがありましたが、財布が許しませんでした。

 なんだか、書籍もかなり高くなった感じです。

 それに置く本棚ももうパンク状態。
 古いからと言ってなかなか捨てる気持ちにはなれないので増えるばかりです。

 でも、やっぱり本屋はいいなあ・・・

 ところで写真展は明日までだそうです。

 写真展の様子です。
 









 今週の土日も母のところに。

 母は咳が止まらないものの比較的元気です。
 
 近頃はどうにかヘルパーにもなれて、私が何かしょうとすると「ヘルパーにやってもらうからいい」と、頼りにするところも出てきました。

 以前はあんなに拒否していたことを考えると嘘みたい。

 やはり、毎日来て、自分の手の届かないところを手伝ってくれるヘルパーの存在は大きいのですね。

 私はそのぶん、畑作業にも時間をさくことができますし、何より毎日の安心に繋がります。

 ところで、今日の畑仕事は、絹さやに支柱をたて、苺の中の雑草を抜いて、大きくなりすぎた小松菜を抜いて・・

 やろうとすれば次から次に作業はありますが、1週間分の母の食事のおかずも作らなければなりませんので、結構忙しく働いていました。

 そして、今日は、昨年暮に漬けた沢庵を出しました。
 石が重たいので気を付けながら・・

 樽の中からはいい匂い。

 程よく漬かっている感じ。

 まあ、味はプロの農家で漬けた沢庵ほど美味しくはありませんが、自分で漬けただけに愛着は深く、私にとっては宝もの、無農薬で添加物なしの貴重品です。

 今日はとりあえず2本だけ出して、あとは次回に出すことにしました。








今夜もハルモニの証言・学習集会がありました。

 姜日出さんはお疲れが出たのか欠席でした。

 昨日もかなり疲れた感じでしたので体調が心配です。

 集会では昨日に続いて、ナヌムの家の安所長から日韓政府の合意に関して、韓国政府からは何も知らされず、ハルモニたちの意向や希望などが完全に黙殺されたことへの怒りと、その前後の韓国政府の動きについて昨日よりもさらに詳しい説明がありました。

 そして李玉善さんの証言。
 約45分、ご自身が受けた被害についての怒りを、「慰安所」での過酷な生活の様子などを交えて切々と語ってくれました。

 私は2日間にわたって、証言集会の様子をカメラに収めました。

 いつもはカメラマンがいて、撮影はカメラマン任せなのですが、最近では、記録として残しておきたいものはできるだけ自分で撮影するようにしています。

今回のハルモニたちの証言も、かっての日本軍が行った年端もいかない少女への非情なおぞましい行為について、被害を受けた当事者でなくては語れない、実に真に迫った貴重な内容です。

  特に今夜の李ハルモニの話は、聞く者の胸に迫る内容の濃いものでした。それだけ日韓政府の合意に対する激しい怒りが込められていたのです。

 韓国では、その合意に対する国民の感情は約6割の人が反対や納得がいかないと感じているそうです。それに対して日本の国内ではマスコミも含めて、これで「慰安婦」問題は一定の前進と受け取ったり、解決したのではと多くの人が思っているのではないでしょうか?

 しかし本当の解決は、日本軍が行った残虐非道な行為をきちんと認めたうえで日本政府の責任を明確にたうえで、当事者たちが納得のいく内容でなければなりませんし、歴史の過ちを再び繰り返さないための反省と、歴史教科書への記述を復活させたうえで後世にその事実を伝えていく姿勢を示すことが大切です。

 ましてや、韓国の日本大使館前にある少女像の撤去を要請するなどはもってのほか、私は出来るなら総理公邸前や日本の歴史的に由緒ある場所に少女像を立ててほしいと思っています。

 なお安倍首相との面談は実現しませんでした。

 そしてハルモニたちは明日、関西方面に移動されるそうです。

 きびしいスケジュールをぬっての来日に頭の下がる思いがしますが、ナヌムの家の一行を日本に招いてくださった関係諸団体の皆さんのご苦労にも頭が下がります。

 次回は私の方から韓国に行って、時間をかけて一人でも多くのハルモニの証言をしっかりカメラに収めてこなくてはと、そんなことを考えながら帰途につきました。

 ちなみにナヌムの家の所長の安信權さんとはFBのお友達。安所長、来日お疲れ様でした。
お気をつけてお帰りください。










 今日は、全日本民主医療機関連合会(民医連)などが中心となって韓国のナヌムの家のハルモニを招へいした「2016 ナヌムの家のハルモニを迎えて 今つたえたいこと」の集まりが衆議院議員会館でありました。

 来日したハルモニは李玉善(イ・オクソン)さんと姜日出(カン・イルチュル)さんの二人。私は2013年に来日した折にお会いしていますので3年ぶりの再会です。

 私はこれまでナヌムの家のハルモニを2本のDVDにまとめましたが、今回の来日は昨年末の日韓政府合意以後初めての集会。

 果たしてあの合意をハルモニたちはどう思っているのかが気になっていましたので、そのことが聞けることが私にとっては意味のある参加でもありました。

 それでカメラと三脚を担いで衆議院会館に出向きました。

 ハルモニの証言に先立ってナヌムの家の安所長から、昨年末の日韓政府の合意に対するハルモニたちの思いについて語られました。

 それは当事者たちの意思を全く無視したもので、到底受け入れることができないというもの。 
 なるほど、私が考えていた通りの内容。

 続いてハルモニたちの証言が。李玉善さんは90歳になられましたが、声も大きく、全身に怒りを込めて語る姿は以前と少しも変わりありません。姜日出さんは少しお痩せになった感じ。政府同士の合意に怒りをあらわに、振り絞るように発言する姿は本当に痛々しく感じられて仕方ありませんでした。

 そして、ハルモニたちの意思を無視した合意の欺瞞性について改めて考えさせられました。


 それにしても政治の世界は何とまやかしに満ちているこ都でしょう。
 
 朴大統領がつい先日まで発言していたことも、安倍首相の本心も、当事者のことを考えてではなく、アメリカの顔色を窺い、自分たちの利益優先の道具にするなんて・・必死に語る年老いたハルモニたちの姿をみていると、涙がこみあげてきて仕方ありませんでした。でもそんな感傷的なことではなく、ハルモニたちが存命のうちに誠意ある謝罪をすることが加害者としての日本の責任だと思います。

 今回来日したナヌムの家の一行は、安倍首相への面談も申し入れているとか。安倍さんが本心で合意していたなら、逢わない理由はないと思いますが、果たして実現するかどうか…

 そういえばハンセン病の国家賠償請求訴訟で原告側の元患者の皆さんが勝利したとき、ときの総理大臣であった小泉首相は、強制隔離の過ちと長年の労苦に涙を流して謝罪したという過去があります。

 安倍さんは、いま甘利大臣問題でそれどころではないかもしれませんが、是非、ハルモニたちに会って、心からの謝罪の言葉をかけてください。



 








 降雪情報が出ていた土曜日、少し早めに母のところに出かけていきました。

 どんよりした空で随分寒かったですが、雪に振られることもなく助かりました。

 母はこの寒さで風邪気味。

 そのため私は日曜日の夜に帰る予定でしたが一日延期。もう一泊して朝早くに母の家を出ました。


 ウイークデイはヘルパーが4日と訪問看護師が1日、1時間の訪問で日常の世話はやってくれています。

 当初は母は「ヘルパーが来てもやることがないので明日からは来ないで」と訪問をかたくなに拒否していました。

 ケアマネからも「どうしますか?」と確認の電話をいただきました。でも私は日常の世話こそ大切なので「続けてください」と。私の勘では、母の拒否は複雑な心理の裏返しで、きっとそのうち慣れてくる…という思いがあったのです。

 案の定、3週間目頃から「断って」という言葉が出なくなり、「今日は・・・をやってもらった」「・・・を買ってきてもらった」と、電話で話すヘルパーに関する内容にも変化が見え始めてきました。そして今日は、「はちみつ入りの生姜湯をつくってくれて、それを飲んだら咳が嘘のように止まり胸の痛さもなくなった」と、久しぶりに聞くような明るい声でその嬉しさを報告してくれました。いつまた何かのことで不満が出るかもわかりませんが、ともかく今はヘルパーを受け入れ、生活の一部を依存する気持ちになっているようです。

 そして嫌がられても粘り強く母に付き合ってくれたヘルパーのみなさんに感謝感激。

 ところで、先日の報道で、要介護1,2の人のヘルパーの家事援助を介護保険のサービスから外すことが検討されているとか書かれていました。(詳細は不明)

 私のところは、母は要介護2。

 そんなことが検討されているとしたら、もしヘルパーの支援が無くなったら私が仕事を辞めなくてはなりません。介護離職ゼロを声高に唱える安倍さん、高齢者の日常を支える家事援助があるからこそ、一人暮らしの高齢者も、どうにか在宅生活が続けていられるのです。

 重度の人の介護サービスの充実も重要ですが、家事援助サービスをおろそかにすることは何とも愚かな、目先優先の政策です。
 
 介護離職ゼロなんて口当たりのいいごまかしではなく、ホームヘルパーが何のために存在するのかをよく考えて欲しいと思います。


 今日は、夜に、「地域をつくる上映会INねりま」の実行委員会がありました。

 会議は夜の7時から。

 その前に、事務をやっている姪が「ダウンのコートが欲しい」というので、練馬の駅前にあるユニクロに。

 私もヒートテックのインナーが欲しかったので、ちょうどいい機会と思って一緒に行きました。

 ユニクロはいろいろなところにありますが、なぜか普段、一人で行く勇気が出なくて…

 そして結局大きな袋に一杯、衝動買いをしてしまいました。

 そして誘ったほうの姪の分まで支払わされて、おまけに夫のシャッまで買ってしまって、いくら安いと言っても数がまとまればバカにならない金額。

 でもまあいいか。

 着るものを買ったのなんて久しぶりのことですので…


 そして、買い物に疲れたので、駅の構内にあるカフェでスイーツとコーヒーを。

 会議はいつも10時ごろまで続きますので、途中で腹ごしらえをしておかないとお腹が空いてエネルギーが切れてしまいます。

 今日の会議は今年初めての会議で、新しいメンバーも含めていつも以上のメンバーが集まって、喧々諤々。

 6月ごろに企画している催しの内容の方向性をみんなで話し合いながらやっと決めることができました。

 そして10時に時間切れ。

 この「地域をつくる上映会INねりま」の皆さんは若い人たちが中心。

 そこにおばさんが一人。

 いつも彼らから不思議な力をいただいています。

 ですから、どれだけ夜が遅くなっても、つい出かけて行ってしまいます。

 今の世の中で、こんなに素敵な会があることは、ちょっと考えられないほどですが、みんなみんな本当に素敵な仲間たちです。

 そして今、帰宅して遅い夕食を済ませて、FBに書き込みを入れたところ。

 さあ明日も早いのでもう寝ましょう。 

 


 朝からどんよりとした空模様に布団から起きだすのが嫌になるほど。

 一昨日から母の家に来ていて、今日は母の受診の約束をしていたので、その前にやるべきことは済まさなくてはと7時に目覚ましをかけていました。

 でも7時には起きられず、結局起きたのは7時半。

 それから、私が不在の間の食事の準備として、焼き魚の下味付けと、いなりずしと海苔巻きをつくり、ごみ類を処理して、診療所に向かいました。

 私は、手押しの車椅子で行く予定でしたが、母が夜中に電動の車椅子に電気を充電していて、どうしてもそれで行くと。

 電動はしばらく乗っていなかったので、交通事故などの心配があって、私としては反対したのですが、母は私のことを気遣って、「大丈夫」と。

 それで私が後から小走りで追いながら、母は電動の車椅子を運転。

 大通りを通らなくて裏道で行けますので、まあ無事診療所にはつきました。

 ところが、4か月ぶりにやってきた診療所で、主治医は母の顔も満足に観ないで血圧を測っただけ。
 東京に来る前に20年以上も掛かっていて、それまで山ほど出されていた薬が3分の一以下ほどに少なくなったというのに、紹介状を読むでもなく、薬の処方の項目のところにさっと目を通して「これを出せばいいのね」で、終わり。

 これっていったいどういうことでしょうか?

 患者の体や病気と真剣に向き合おうとする気持ちが微塵にも感じられない不誠実な態度に、私は唖然としてしまいました。

  歳をとっているだけで、別にどこって悪いところがないのなら、「大変な思いをしてまで来なくてもいい」と言ってくれればいいのですが、まるで人間を機械のようにところてん式に対応するそのやり方はどこかおかしいのではないか、正直なところ、母には薬が必要なのか?な。

 高齢の年寄りに対する医療の現場って、こういうものなのでしょうか?家路に向かう母の電動車いすの後を、来た時と同じように小走りで追いかけながら、何ともすっきりしない気持ちを切り替えるのに大変でした。
 
 私は今日の受診のために1日帰宅を伸ばしたのに・・

 母のところに来たのは10日の夜。

 その日は、中西繁さんの横浜のアトリエで新年会。

 「時の行路」の映画化を進める目的と、「あい」の全国普及進める事を兼ねて約5時間近く、おいしいワインに時の過ぎるのも忘れて楽しい時間を過ごしました。

 その中西繁さんが昨年12月にニューヨークで開いた個展の記事が昨日の新聞赤旗にのりました。

 私もニューヨークに行きたかったのですが、いろいろな事情で残念するしかありませんでした。

 「廃墟と再生」と題した個展は国内では全国各地を回ったそうですが、原爆投下から戦後70年たった今日、原子爆弾を落としたおひざ元のニューヨークでやられたことに大きな意味があったことと思います。

 中西さんの絵は、何かを告発するというよりも、都市の風景の中にやさしい人の息遣いが聞こえてくるような感じの絵が多く、多くの不安の心を魅了しています。

 と同時に、「廃墟」のリアリティも迫力があって、特にアウシュビッツに関する絵には、人間の心の闇に深く迫る迫力も感じられ、その両方が「廃墟と再生」の中で展示されたのが今回の個展だったようです。

 この「廃墟と再生」の各絵は、いずれ伊豆の国アートビレッジでも展示されるとか。

 お近くの方はぜひ、ご覧になってください。

 日程がわかればアップします。



  会費1200円で豪勢な食べ物が並んだ新年会



 

  4か月ぶりに畑に出てきた母、心なしか不安げな表情が気になります。





   新聞赤旗に記載された中西繁さんの記事
 





 すでに終了しましたがニーヨーク展のときのチラシ