池田市で「あい」の上映会が行われた日の朝刊に、らい予防法廃止20年をへた今日の、療養所で暮らす人たちの思いを取材した記事が、大阪朝日新聞の朝刊トップと3面に大きく出ていました。

 東京でも出たそうですが私は不在でしたし、今日その記事が送られてきて初めて知りました。

 ハンセン病だということがわかると家族に迷惑がかかると、入所させられた人たちは実名を伏せ、長い間、偽名で暮らさなくてはならなかった現実。

 そして遺骨になってもなお故郷の土地に帰れない厳しさ。

 ハンセン病を発病した人々がなめたこの苛酷な事実を風化させることなくしっかりと未来につなげていくことが、今私たちにできる大切な使命であると、改めて思い知らされる記事です。

 紙面が大きすぎて全部を貼り付けることができません。取材は大阪本社編集委員の高木智子さんです。

 







27日の日曜日、大阪池田市で「あい」の上映会がありました。

おかげさまで大盛況でした。

チケットはすでに完売されていたようですが、インフルエンザなどで来られなくなった方もいて、主催者は心配されていましたが、当日に駆けつけてくださった方もいて、2回目などは立ち見も出るほど。

私は朝一番の新幹線で会場入りしましたが、9時は回っていて、実行委員の皆さんが総出て会場の準備をしてくださっているところに到着。

今回の上映会は、午前と午後の2回。池田市のギャラリーLarugoの主宰者である遠田悦子さんを中心に、地域の方々が実行委員会を組んで企画してくださいました。

 そもそも池田市での上映会は、遠田さんのギャラリーで、一昨年、「あい」の製作を提唱した洋画家の中西繁さんが絵画展を持ったことが縁になって実現したのです。

 実行委員の皆さんは「上映会」は多分初めての取り組みだったと思います。

 ですから、チケットやチラシの作成から会場の確保、お客さん集め、当日の上映の段取りなど、可なり戸惑われたことと思います。


 しかしさすが大阪人の心意気は目を見張るものがありました。

 パワフルで、にぎやかな雰囲気が会場いっぱいに広がって、なんだか私までウキウキするような気分になりました。


 また、今回は、音楽監督の十河さんが関西在住でしたので、第2部として主題歌の披露もありました。しかもグランドピアノによる生演奏で。演奏は関西方面で活躍されているピアニストの高瀬佳子さんがボランティアで引き受けてくださって、歌も十河さんのお仲間のクラシック歌手、松浦祥子さんにお願いすることができました。

何とも家庭的な温かい雰囲気の上映会です。

 監督としての私も何とも言えない癒しの時間をいただくことができました。実行委員の皆さん、そして十河さん、高瀬さん、松浦さんありがとうございました。

 なお、この上映会には提唱者の中西繁さんも朝一番の新幹線で、鎌倉から駆けつけて下り、奈良、尼崎、大阪、豊中などから私の知人・友人も参加してくださいました。感謝です。

 多くの人に支えられていることのありがたさを実感させられる1日でした。

 そしてその夜は、2年前に伊豆の国アートビレッジ出逢った大場さんのところに泊めていただくことになりました。

 大場さんは私より10歳年上のお姉さんです。

 人と人との出会いは不思議なもので、なぜか気心があってメールの交換などを続けてきました。

 お宅は阿倍野区の帝塚山。

 電車を乗り継いで着いたのはすでに夜の7時近かったです。

 私は朝が早かったので眠くて仕方ありませんでしたが、夕食をごちそうになりながらたっぷりと話をすることができました。

 翌日は10時ごろ大場さんのお宅を出て、天王寺から大阪、新大阪と移動し、新幹線で新横浜まで帰ってきました。

 そして、また電車を乗り継いで母のところへ。

 いつもは土日に行くことにしているのですが、このところは全く変則的。

 これからも土日は予定が詰まっているので、ウイークデイにかかってしまいます。

 それで会社の方はスタッフに任せて、私は母の介護を。

 私が留守でもちゃんとやってくれているので安心です。

 とはいってもわたしでなければできない仕事もありますし、今はフランスからの研修生も受け入れているので、やはりあまり空けるわけにはいきません。

 お昼前には母の家を後に急いで帰宅しました。


 















今日の上野公園。

桜は三分咲き暗いでしょうか?

花冷えの肌寒い中にも拘らず大勢の花見客でにぎわっていました。

テレビでよく見る上野公園の桜を見たのは初めてでしたが、ひとときの憩いを求めてみんなやってきているのでしょうね。その公園の一角にある文化会館で、「時の行路」映画化のための推進会議がありました。

会議が始まる前に少し花見客の楽しそうな様子を見ながら私も花見を楽しみましたが、この中にもかなり非正規の人がるのではないかななどと、勝手な想像をめぐらしながら、花冷えの公園内を歩いてきました。

推進会議は高知からの方も含めて約40人弱の参加。中西さんの挨拶に始まり、共同映画の藤野戸社長、原作者の田島 一さん、小説のモデルになった五井さん、そのほか、各方面で活動している方々の話を交えて、みんなで決意を新たにしました。










非正規労働者の闘いと連帯を描く田島一さんの小説「時の行路」。

 その映画化に向けての動きが本格化しています。

 この小説がしんぶん赤旗に連載されたとき、挿絵を描いたのが洋画家の中西繁さん。

 長年、藍工房でボランティアとして利用者の皆さんの絵の指導に当たってこられたことから、
私のドキュメンタリー映画、「あい~精神障害と向きあって~」の提唱者として、製作にも大きな力を貸してくださいました。

今度は私が力を貸す番、というのはおこがましいのですが、すこしでも力になれればと思っています。

 映画化実現への道のりは本当に厳しいものがありますが、一人でも多くの方の賛同と協力をよろしくお願いいたします。

映画のタイトルは「ハケン」(仮称)。推進会議は3月26日(土)、午後6時30分から、上野文会館大会議室で行います。皆さん是非いらしてください。

 そしてサポーターになってください。













  19日の土曜日。
 朝早く家を出て、東海道線で函南にある伊豆の国アートビレッジに行きました。

 月例のオープンデイだったのです。

 今月の催しは、「言葉に関しての話」。
 鎌倉在住の若狭芳夫生さんの講演です。

 内容は、百人一首に見る「言葉遊び」について。

 掛けことばをとおしての「言葉」のセンスや洒落の有り様をいくつかの短歌を例に面白く話してくれました。

 若狭さんはご病気で目が不自由です。

 ですから、原稿はありません。話す内容は全て頭に入っています。

 淀みなく読み上げられる百人一首の詞。

 なんだか懐かしい昔の世界にタイムスリップをした感じになりました。

 
 アートビレッジでは、数日前に高知から来た川添俊明さんの作陶展も行われていました。

 川添さんは三浦さんという方と二人で高知から車でいらしていました。

 途中スキーに行ったそうです。

 なかなかのスポーツマンでカヌーもやるとか、見るからに精悍な方です。

 でも、陶芸の作品は外見に似合わない繊細な者ばかり。

 その日は高知組や地元のサポータも含めて深夜まで会食。

 楽しい話題に盛り上がりました。


 そして翌日は浜松で行われた、専攻科についての研修会に。

午前中は田中良三愛知県立大学名誉教授の講演。

 そして午後は、2年前に作った私の「仲間と学ぶ~福祉型専攻科カレッジ福岡~」の上映。

 主催は笠井共同舎という社会福祉のNPO法人で、将来、自分たちも専攻科を立ち上げたいという思いから、今日の研修会を開いたそうです。

 久しぶりに見る映像です。

 朝は6時に起きて、朝食を済ませ、三島駅まで中西さんに送っていただいて、こだまで浜松に。

 食事は自分たちで作るのですが朝の苦手な私はパス。

 ところで、浜松は以前に何回も来たことのあるところ。

 ですから、何となく懐かしい土地です。

 
 朝が早かったので日中はかなり眠たかったですが、それを我慢して少し話をしました。

 そして、帰りには駅前のウナギ屋さんでお弁当を2人前。

 名物のウナギ弁当を手に、浜松駅から母のところへ。
 新横浜で乗り換えて、三浦海岸に着いたのは7時ごろ。

 その日はさすがの私もかなり疲れていたので、母とお弁当を食べた後はすぐにお風呂に入って、パタンキュー。


 翌日は、睡眠が聞いたのか気分は爽快で、1週間ぶりにたまった家事を済ませ、野良仕事をして、さて、いざ帰ろうと支度をしている時、母があまりに寂しそうな表情をしたので、帰るに帰れなくなって…

 結局その日も泊まることにしました。


 そして今日、久しぶりに暖かくなった日中に、4日ぶりの我が家に帰ってきました。

 ニュースでは桜が開花したと報じていますが、私のマンションの前の桜はまだ固い蕾。

 三浦の山桜もまだ咲く気配がありません。

 今は猫柳が白い綺麗な花を咲かせ、花モモが咲いています。

 そして我が家には、夫が散歩の途中で手折ってきた様々な花々が…

 4日間の不在でも、夫は一人で何とか暮らしているので、それだけは安心です。












今日のニュースステーション。

いつもはほとんど見ることがありませんが、古舘伊知郎さんの特集番組に思わず拍手をしてしまいました。

選挙で合憲的に選ばれたヒットラーが、あの残虐非道なユダヤ人大虐殺を行うまでに至った経緯。

 当時、世界で最も民主的とされていたワイマール憲法の改正と国家緊急法の制定による独裁国家の誕生。

 それらを今日の安倍政権の動きや、自民党の憲法草案の条項と重ね合わせて、今私たちはいかに危険な状態にあるのかを憲法学者の長谷部泰男さんの解説も交えて、分かりやすく、具体的に示していました。

 それにしても、何と重なることの多いこと!

 思わず、!ぞっとするような怖さを感じてしまいました。

 この3月で番組からの降板が決まっている古舘さから私たち視聴者への熱いメッセージ。


 歴史の過ちを繰り返さないためにも、私たちは「しらなかった」と言わない見識を日頃から持つ努力と、間違っていることにはノーと言える力を蓄えることが必要なのですね。




 









今夜は「地域をつくる上映会Inねりま(ちいねり)」の会議。

会議に出る前にマクドナルドでハンバーガーとポテト、コーラを買って腹ごしらえ。

 いつも10時過ぎまで会議が続き、帰宅するのがこの時間近くになってしまうから、腹減らしの私は何も食べないではとてもいられません。

 今日のテーマは次回の企画についての話し合い。

次回は「Human Librari in Nerima」というもの。

 今日の社会のなかで生きずらさを抱え、試行錯誤しながらもそれぞれの人生を逞しく生きている人たちを1冊の本に見立て、話を聞くことで、自分達の今を見つめ直す機会をつくる…
 お互いに共感の得られる関係を大切につくることで今よりもより良い地域をつくろうと 言うのが目的です。

時期や予算、宣伝の方法なとかなり具体的になりました。時期は8月頃。

ところで、会議の半分は本題から外れた話題に沸きますが、ここではみんな本音の話が飛び出て、そこにもそれぞれの生き方が反映されていたりして、なかなか楽しいです。

 そもそも「地域をつくる上映会INねりま」は、もう3年も前、私の「世界一すてきな僕たち私たちへ」を上映するために作られた実行委員会が今日まで継続しているもので、私にとっても本当に大切な仲間たち。

 多くは福祉関係の仕事をしている人たちですが、こういう人たちが福祉についている間は日本の福祉は大丈夫と太鼓判が推せるような優れたワーカー。

 既成路線からはみんなかなり外れている感じもしますが、だからこそ信頼できる人たちなのかもしれません。

 さて、Human Library in Nerimaの内容は追って書きます。

 他では見られない、なかなかユニークな企画ですので、楽しみにしていてください。

 


 そしてもう一つお知らせ。

 今日から16日まで、仙台にあるデパート藤崎で、「あい」の映画の提唱者である洋画家の中西繁さんの個展と、フリー刺繍作家の天野寛子さんの刺繍展が開かれています。

 中西さんはパリの絵が中心だそうです。

 そして天野さんのは「高田松原プロジェクト」と題して、全国から寄せられた陸前高田の松の刺繍をパッチワークした刺繍が中心だそうです。

 お近くの方は是非、のぞいてください。




 昨日は春真っただ中のような暖かさでしたが、今日は一変して冬の寒さに舞い戻り、しかも朝からの雨に春の到来が待ち遠しい1日でした。

 そんな中、「大島臨海学校」の案内が届きました。

 春休みを利用しての催しです。

 期日は 3月27日(日)。

 大島というのは、香川県高松市の沖にある離島で、ハンセン病療養所・大島青松園のあるところで、私の「風の舞」の舞台となったところです。

 3月も27日ごろになると春爛漫の気持ちのいい1日が過ごせると思います。

ハンセン病問題を考える市民の会では、春休みや夏休みを利用して、小中高校生たち呼びかけて、ハンセン病問題について学習し、大島の豊かな自然に触れてもらおうと、これまでにも何回か「大島臨海学校」を行ってきました。


  臨海学校では、みんなで海岸清掃のボランティアや療養所の一角に花壇をつくって、入所者の皆さんの気持ちを和めていただく活動も行っています。

 そして多くの参加者たちが入所されている方たちとの交流からハンセン病問題を学び、若い感性を豊かにしています。


 私はたまたまこの日は大阪での上映があって参加でき無いのが残念です。

 そういえば前回の臨海学校も何かの行事と重なって参加できませんでした。

 瀬戸内海の潮風を受け、緑の自然の中でゆったりとした1日を過ごせるのは至福の時間。

 是非という方は一度参加してみてください。

 いろいろと感じるものがあるはずです。

 連絡先は090-9775-8473 酒井さんまでお願いします。
 チラシを添付します。

 





いまブログに投稿したばかりですがもう一つ。

 3月7日、国際女性デイの前日になりますが、国連の女性差別撤廃委員会は日本政府に対して、厳しい内容の韓国、注意を求めました。

 日本では、昨年、「女性活躍推進法」が成立。

 あたかも女性が大切にされ、男性と比して活躍する時代が到来したかのような幻想を抱かせていますが、女性差別撤廃委員会の勧告は、先ほどの最高裁での「男女同性」は合憲との判決の問題点をはじめ、女性だけに課せられている再婚禁止規定の改善、また雇用面での男女差別に関しての法整備の必要性、国会議員や企業の管理職への女性の登用など、各項目での男女差別の問題が勧告や意見として出されました。

 さらに、昨年末に日韓政府で合意した「慰安婦」問題について、当事者の思いや意見も聞かないで政府の都合だけでの合意は認められないことと、教科書への記述や過去に勧告した事柄についての日本政府の見解をただすなど、厳しい内容の指摘がなされました。

 考えてみれば、私たち女性は子育てや介護、雇用など、多方面でまだまだ負担は少しも軽減されていないし、それどころか男女格差は広がるばかり。

 「女性活躍推進法」ができたといっても、とても活躍などできる状況にありません。

 なにか絵に描いた餅を目の前にぶら下げられて、それで女性も活躍した気持ちになってなって・・

 この国連の勧告を見ると、「女性差別」は私たちの周りのいたるところにあるのに、そのことに疑問も、不満も感じずにいる多くの女性がまだまだたくさんいます。

 
 ある意味、もしかしたら私もその一人かもしれません。ともかく頑張ってがんばって、くたくたになって・・いい人でいることが立派な生き方と思って。

 この骨の髄までしみ込んだ意識をどう変革していくか、そのことへの問いかけ無しに本当の女性差別の撤廃は難しいのかもしれません。

 でも、女性だけではなく男性も、今は厳しい状況に置かれていることも確か。

 未来に希望の持てない今の政治をまずは何とかするところから始めなくてはいけないのかもしれませんね。

 
  今日の朝日新聞朝刊の記事です。





 日曜日の午後、江戸川区のタワーホール船堀で「イタリアからの声を聴いて」という共同集会、シンポジュウムがありました。

 私は江戸川区の家族会の方の案内で参加しました。

 精神施策では日本の何歩も前を行くイタリア。

 そのローマ県のボローニア市から当事者を初め市の教育主事や精神保健センターの医師やデイケアセンターの保健相談員など、精神保健の最前線で活動されている専門職が来日。

 実際に今行われている精神障害者への具体的な施策を詳しく聞くことができました。

 聞いていて、やはりイタリアと、かつての歴史の中で確立されてきた施策の確かさを改めて認識させられる内容でした。


 イタリアは今、精神科単科の病院は一つもありません。

 精神を病んだ人たちは、行政区につくられた精神保健センターのドクターにかかるか、街中のクリニックや大きな病院の精神科にかかるそうです。

 そして入院が必要な人は総合病院の精神科病棟で治療を受けます。

 ですから、必要以上の期間を入院することはなく、ある程度回復したら精神保健センターでのリハビリを受けることになります。
劣悪な医療環境のもと、患者の人権樹完全に無視されていました。

 そのことに心を痛めた精神科医たちが改革に乗り出したのです。

 その改革の先頭に立っていたのはフランコ・バザーリア医師。

 院内で、患者に自由自在にそれぞれの思いを語らせるアッセンブレア(院内集会)を試みることで改革の糸口を見つけていきました。

 そして1978年、精神病院解体のもととなったバザーリア法が制定され、イタリアでは精神障害者を病院に追い込める施策は禁止されました。


 そのイタリアでの今日の取り組みを聞いていて、私が感じたこと。それは、人の尊厳に関わる哲学が日本と根本的に違うのではないかということ。

 何よりもまず中心に有るのは当事者であり、人そのもの。制度や理解は人を拠点に組み立てる。日本は制度や仕組みに人をあせることからの発想。

 これはとっても大切なことです。

 なんだか日頃モヤモヤしていた思いが少し解ける思いがしました。


 閉会後は緊急企画としてのアッセンブレア、イタリアが精神科医療の制度改革の基本になった「 当事者の声を聞く」会を模して、参加者が3つのグループに別れての討議の会が行われました。これは時間切れ。

 討議が深まるまでには時間が足りませんでした。


 残念ですが、仕方ありません。

 そして集会終了後は母のところへ。

 外は雨が降っていましたが、三浦海岸に着いたら小やみに。

 途中スーパーで簡単な買い物をして、夜の8時過ぎに母の家に着きました。

 そして翌日は通院。

 なんと大雨。
 
 でも、事前に介護タクシーを頼んであったので、無事に予定を済ませることができました。

 良かった!!


 
 シンポジュウムの様子です。