先日の安倍首相の消費税引き上げ延期の記者会見の放送の後、そのことをマスコミがどう取り上げているのかを9時からのNHK、10時からのテレ朝、そして11時からのニュース23を観ました。


 どの番組の報道も実にお粗末と言った感じ。

 それぞれにトップニュースで扱っていますが、引き上げ延期の一番の原因がどこにあるのかに関してはどの局でもきちんとした分析はなく、引き上げの是非とか、それによって起こるであろう社会保障費の財源問題とか、本質論からそれた報道ばかりが目立つ内容でした。

 そもそも消費税引き上げ延期は、今の経済がそれに耐えうる状況にないからでしょう。

 つまりアベのミックスは完全に破たんしている証拠であるはず。
それなのにそのことを、形だけは触れているようでもきちんと追求している番組は皆無でした。

番組ではそのあと舛添東京都知事の金にまつわる報道が続いていましたが、それにはどの局も既成の事実としてそれなりに激しく突込んでいたのに。もちろん舛添さんも即刻と知事を辞任すべきだと思いますが、私にはそれ以上に、安倍首相の経済政策の破たんの原因を厳しく追及するのがマスコミの重要な使命だと思います。

 これだけいい加減に、自己保身と国民生活を犠牲にしている政治に対してマスコミ自身が及び腰になっているのは異常です。

 都庁の舛添さんの後を追いながら説明を求める記者のように、「なぜ消費税引き上げ延期なのですか?新しい状況とはどういうことですか?」と記者たちは詰め寄らないのか?今朝の朝日新聞の社説で「増税再延期 議論泣き決定の異常さ」という社説がありましたが、頭を冷やしてよく考えてみると、私は、今の経済情勢は増税再延期に耐えるだけの力がないこと、それに尽きると思っています。
 
 もちろん10%への引き上げなんてとんでもないこと。

 私たちはアベノミクスの果実のおこぼれの恩恵にはほんの少しも預かっていないのですから。いえそれどころか、これ以上、アベノミクスの経済政策にエンジンをかけることで格差が広がるのは御免です。

 ともかく今の政治、国民生活はお構いなしなののですから、ますます自己防衛・生活防衛に走る人が増えるのではないかしら?

 だって、ふと気が付いたら、私だっていつ下流老人になるかわかりませんから。

 いえ、いまだって十分下流の生活に近い状況です。

 これで国民の消費が良くなるなんて、絶対にないと思います。


 話は変わります。

 今、銀座で、「あい」の提唱者で、長年藍工房のメンバーたちへの絵の指導に当たってこられた中西繁さんの個展が開かれています。

 題して古都の旅,京都。

 6月2日から12日までです。

 私もまだ行く時間が無くて行けていませんが来週には行こうと思っています。

 皆さんもお時間がありましたら是非、行って中西さんの絵を見てください。


 



この土日と月曜は母のところへ。

 日曜日は快晴の気持ちのいいお天気で、友人が朝から助っ人に来てくれて、二人で畑の雑草取りをしました。

 先週の日曜日にもかなりきれいにとったのですが、1週間留守にしている間に、草はかなり伸びていてうんざりするほど。

 いつも一人でする草取りも二人だとかなり完ぺきに近く、きれいになりました。

 本当はもう一人、いつも一緒に来てくれる友達がいるのですが、膝をやられてリハビリに通っているとか、私の知人の何人かも膝の痛みで動けない人がいますが、私なんか普段は全く気にもしていないことなのに、膝は本当に大切な部位なのですね。

 私たちが畑作業をしている間、ひと月に1度来てくれる弟が庭の梅の実を収穫。

 今年も大豊作で、早速、梅ジュースをつくりました。

 そしてよく月曜日は母の通院。
 
 この日は朝から雨。でも介護タクシーを予約していたので雨でも無理なく通院が出来ました。

 そして、薬の調合ができるまでのあいだに出張所に寄って税金の支払いを済ませ、買い物をして帰宅。

 実は昨日、やり残したカボチャの種まきがありました。

 でも雨が止まなくて畑作業も出来ません。

 それだけは撒きたくて雨のあがるのを待って、何とか撒くことができましたが、全身泥だらけ。

 いつものように夜遅くに3日ぶりに帰宅しました。

 家に帰ると、玄関に大きな花の箱が!

 房総の知人が、抱えきれないほどのカーネーションを送ってくれたのです!

 いつも冬にお正月用の花を沢山送ってくれますが、母の日も過ぎて、余り気味のカーネーションを譲り受けたそうです。

 それを見てすっかり疲れ切った体に思わず英気が!!

 早速大きな花瓶一杯に活けました。

 東京の友人と言い、房総の知人と言い、本当にありがたいことです。


5月9日に投稿して以来、何と1か月以上も投稿をさぼってしまいました。
FBにはほぼ毎日投稿していたのに、ブログまで手が回りませんでした。

この1か月余。毎日それなりに予定が入っていて、書きたいこともいっぱいあったのですが・・

そして今スケジュール表を見ながらこれまでの自分の動きを整理しているところです。

 5月の連休が終わっての1週間は、国連映画祭に出す英文の書類の読みと作成に追われていました。

 この国連映画祭は例のフランスの青年が帰国する前にインターネットで見つけてくれたものです。

 作品の製作年を問わないということで、古い2本の作品の応募をしました。
 「風の舞」と「無名の人」です。

 映画祭の説明文は当然のことながらすべて英語。

 辞書と翻訳機能を使って何とか申請用紙の記入までを済ませることができました。

 そして、国際郵便でDVDとともに送付。

 結果は8月にならなければわかりませんが、少しでも反応があればいいなあと思っています。

 そしてその週末は奄美大島に。

 ハンセン病市民学会がありました。

 この市民学会の今年の舞台は鹿児島。会場は奄美大島にある和光園という療養所と、鹿屋市にある星塚敬愛園です。(鹿屋での全大会は鹿屋市文化センターでした)

 私は15日には、「世界一すてきな僕たち私たちへ」の上映があったので、1日早く繰り上げて帰京しました。

 というのはこの上映会は、私が住むすぐ近くに、映画の舞台になったこぴあクラブの3番目の施設ができて。そのお披露目の大切な上映会でしたので・・

 そして、その週の土日は伊豆の国アートビレッジと大阪へ。


 大阪では、「風の舞」の主人公、詩人の塔和子さんの詩の世界を評論した「関わらなければ路傍の人」の出版記念の会がありました。

 著者は川崎正明さん。

 長年、塔さんと親密な交流を重ね、だれよりも一番塔さんの近くにいらした牧師で、私も親しくお付き合いをさせていただいている方です。

 そして参加された人たちとも日頃から「塔和子の会」というグループで交わっている面々。

 懐かしい人たちと久しぶりに会って、心行くまで楽しいひと時を過ごしました。

 そしてそのあとは母のところへ。

 母のところでは、家事と「介護」と、畑仕事が待っています。


 そして今週は「あい」の試写や、「あい」の上映を広げるための営業。

 さらにたまった事務処理仕事。

 いくら時間があっても、仕事の量は減りません。

 考えたら、みんなみんな好きなことをやっているのですから、健康でこうして動けるのは、何とも贅沢なことなのでしょう。

 そして、動けば動くだけ、いろいろな出会いがありますし、新鮮な感動にもであいます。

 さらに、いま、新しい企画にも少し本腰を入れて取り掛からなくてはと、その準備もぼちぼち始めました。
 
 

昨日の日曜日で長かったゴールデンウイークも終わりました。

 その最後の日曜日。私は昼間は江戸川区に、そして夜は練馬区にと、うだるような暑さの中を移動に追われていました。

 江戸川区では、家族会の人たちが、9月ごろに「あい」の上映会を計画してくださっていて、その試写会がありました。

 江戸川区では家族会の活動が活発で、室内には入りきれない人であふれ、皆さん熱心に映画を観てくださいました。

 そして夕方は練馬へ。東京の端から端へと移動です。

 練馬ではイタリアから日本の大学院に留学している女性との会食。

 FBで親しくさせていただいているAさんの紹介で、「是非話が聞きたい」と言われて時間をとりました。

3月にはフランスからの青年が、そして昨日はイタリアからの若い女性が、ともに日本のハンセン病施策に深い関心を持ってくれて、胸がわくわくするような感動です。

 そして、二人とも塔和子さんの詩に感銘を受け、もっと広く深く塔さんの詩を研究し、海外の人たちに伝えたいと。それだけ塔さんの詩には人の心を打つ普遍性があるのでしょうが、難しい言葉ではなく、ごく平易な言葉で、しかも人間存在の根源に触れるその精神が海外の若い人たちの心をとらえる力を持っているのでしょう。

 そして、そこから西欧諸国では考えられないように非人間的な強制隔離の歴史という日本独特の施策に思いをはせる…私はこれまで韓国や台湾などのハンセン病問題は日本の植民地施策の一環として見てきましたが、今そうした狭い枠を超えて世界の若い、特に先進諸国の人たちが日本のハンセン病問題に深い関心を持つなんてことはほとんど頭にありませんでした。

 しかし過去の苛酷な過ちの中でも懸命に生きた人たちの姿は国境を越えて、いまを生きる人たちに新たな大きな力になって影響を与えているとしたら、それは本当に素晴らしいことです。

 もちろん日本でも、若い人たちの中にハンセン病問題から多くのことを学んでいる人が大勢いますが、単なる施策の過ちとして狭くとらえるのではなく、人としての生き方の問題としてハンセン病問題を考える、そうした新しい時代が来ているのではないかと、そんな思いを深くして帰ってきました。

 それにしても、塔さんが生きていたらどんなに喜んだことでしょう。


  素敵な女性を紹介くださったAさん、ありがとうございました。

今年のゴールデンウイークは5月2日と6日をお休みにしたので会社はなんと10連休!
 
 4月の29日と30日は仕事があって母のところに行けませんでしたが、5月1日から1週間は母のところで過ごしました。

 そして昨日帰宅し、今日は「あい」の試写会と、ハンセン病問題を学びたいという若いイタリアからの留学生との会食。

 連休中はお天気も良く、5月の風もさわやかで、気分は随分リフレッシュできました。

 5月1日は弟夫婦も来ていただければので母を連れ出してホームセンターへの買い物や、ファミレスでの食事で、母も嬉しそうでした。

 そして3日からは昔の活動や仲間が来てくれて6日の朝までマージャン三昧。

 その間、夏野菜の植え付けも済ませることができました。

 マージャンは私の1年に1回の楽しみの一つ。

 もう10年ちかく続いています。

 でも今年は無理かなと諦めていたのですが、母が楽しみにしていることが分かったので急遽みんなに声をかけて、めでたく「開催」となったのです。

 いつもは布団の中で寝てばかりいる母も朝から身繕いを整えて参加。3日間、昔の母に帰ったように張り切ってパイを握っていました。


 朝朝食を済ませるとすぐに御開帳。
 
 そしてほぼ深夜まで。

 よくも飽きないものだと感心するほど。

 最後の5日の夜は、何と朝まで。

 どこにそんな体力があるのか不思議な感じです。

 そして、みんなはそのまま東京に帰還。

 年齢は皆70を超えているのですから、愚かというか、なんというのか、不思議な魔力にみんなではまって、「不良」を楽しみました。

 畑の方は、今年は、いつも手伝ってくれる友人が膝の故障でこれなくなったので、私一人でたくさんの夏野菜を植えました。

 それにしても、母の元気は奇跡的。楽しいことかあると言うことは、本当に大切なことなのですね。

 麻雀をで楽しんだ余韻でしょうか、今日も珍しく畑に降りてきて、植え付けた様子を眺めていました。

 











今日は日比谷野外音楽堂で障碍者権利条約・基本合意・骨格提言の実現をめざす4.21全国大集会がありました。

4月21日は、障害者自立支援法の違憲性を訴えた裁判の「和解」が成立した日。

民主党の鳩山首相のときでした。そして「障害者総合福祉法」の制定を約束したのですが、その
約束は反故にされ、自立支援法の一部をいじっただけの現在の「障害者総合支援法」となったという経緯があります。今日の集会はもう一度、和解のときの合意に基づいた骨格提言の完全な実現をめざすものです。

会場には大勢の当事者が参加。途中で降りだした雨の中でも元気にシュプレヒコールを上げていました。

私はこうした集会にはあまり参加したことはありませんでしたが、今日は、その空気に触れたいと知りあいを誘って出かけてきました。

 参加者は3000人とか。
 
 それだけ大勢の人が一堂に会し、その後は厚生労働省へのデモもありました。

 私はデモには参加しませんでしたが…
 







熊本から大分に地震は広がっています。

 大分では息子一家が暮らしています。

先日は何も被害がないと言っていたのですが、翌日にはかなり深刻な様子で一睡もできなかったと。

 被害は日を追うごとに広がってきている様子で、先の見えない不安の中で、被災地の皆さんはかなり疲れもたまっているのではないでしょうか?

 テレビから流れる「緊急地震速報」の音を聞くたびに、5年前の東日本大震災の時に体験した揺れの怖さが蘇って来ました。

 それと、こんなに被害が大きくなっている中で、もし原発に何かあったらと考えるとぞっとします。

 今の地震帯の先には愛媛県の伊方原発があります。

 そして被災地のすぐそばには川内原発が。

 川内原発は今現在、稼働しています。

 すぐに止めてほしいです。
 そして、今回の地震でたくさんの被害にあわれている皆さんには、心からのお見舞いを申し上げます。
 
 そんな地震のことが気がかりですが、ただ気を病むばかりで、特にこれといって何も行動に移すことはできません。

 ともかく、川内原発の稼働を辞めさせること。

 これだけは声を大きくして言いたいと思います。

 そんなニュースに気を重くしている中、土日にはいつものように母のところに行ってました。

 この日は弟も来てくれて、母は嬉しそうでした。

 そして食欲もいつも以上に出ている感じでしたので、まずはホッとしているところです。

 そして今日は、朝7時の新幹線で名古屋へ。

 知り合いの施設の総会があり、私の映画「あい」を上映してくれました。

 100人ほどの参加者のほとんどが女性。

 何とも圧巻の雰囲気でした。

 私はこの施設の代表の磯崎さんとは、10年ほど前に知人を介して知り合いになり、なぜか意気投合して、その後ずっと親しくお付き合いをしています。

 彼女はまさに絵に描いたような「肝っ玉母さん」。

 2人のお子さんに障害があり、40年ほど前に、地域のお母さんたちと未就学児をなくす会を立ち上げ、今では名古屋市内にいくつもの施設を運営するまでに発展しています。

 昨年、彼女が出版した本、これまでの奮闘記「君と紡ぎつづけて」が、来年は舞台で取り上げられるそうです。

 久しぶりにお会いして、10年前とは少しも変わらない肝っ玉ぶりに、たくさんのエネルギーをいただいて帰ってきました。


  







久しぶりの晴れ間。

桜の花も満開になって気持ちのいい1日でした。

昔、製作会社に勤めていたころは、桜というと、深夜帰宅するタクシーの窓からみる「夜桜」が私の唯一の花見でした。

それだけよく働いてきたということなのかもしれません。

しかし今は日中に綺麗な花を見ることができます。

私のところは運河とコンクリートと車の街ですがこの季節だけはあたりの風景も一変します。

今日も郵便局に出かけた途中でマンションから出たところの満開の桜に見とれていました。

何とも平和な風景。

でも実は・・世の中はそんな呑気なことなど言っていられないほど不穏な空気に充満しているのですから、桜の美しさにも余計にいとおしさが感じられて仕方ありません。



 








先日、著者の津曲裕次・長崎純心大学大学院教授からご本が贈られてきました。

 鳩が飛び立つ日「石井筆子」読本。

 日本で最初の知的障害児の施設、滝乃川学園の設立者・石井亮一の妻として知的障害児の人権擁護に尽くした石井筆子に関する解説書です。

 この石井筆子が平成30年以降に教科化される道徳科の中学校教科書の教材として取り上げられることになりました。

 歴史的人物としては知名度も低く、研究もまだ途上の石井筆子が何故教材として浮上したのか、その詳しい経緯については良くわかりません。

 そして、この石井筆子を通して教師が子どもたちに何を伝えようとしているのか、興味の尽きないところでもあります。

 ともあれ、津曲先生は石井筆子研究の第一人者。私はその津曲さんや一番ケ瀬康子さん、他の方々の研究に依拠しながら、石井筆子を前半生においては女子教育の先駆者として、そして後半生においては知的障害児の人権擁護に献身した女性として「無名の人~石井筆子の生涯」というドキュメンタリー映画を創りました。
 2006年のことです。

 歴史のかなたに消えていってしまった彼女の壮絶な人生を、映像を通して掘り起こすことで、社会的地位の皆無だった明治の時代の女性の地位の向上と、人権も何も保障されていなかった知的障害児の尊厳を確立することに尽くした女性として浮かび上がらせたかったのです。
 
 しかし、一方、石井筆子は皇室の庇護のもとに生きた高貴の女性、女流階級の聖母的な存在という捉え方をされる女性でもあります。

 いわば、両刃の剣。

 どこに視点を置くかで石井筆子に対する見方は大きく変わってくると思います。

 ともあれ、、明治の時代、女性が考え方においても実践においても、自らの信念を貫き通すことがいかに困難なことであったか、私は道徳の時間が正式な教科になることには複雑な思いを抱いていますが、若い中学生たちが、他者の存在にも目を向けながら自らの信念を貫き通すことのできる人間的な優しさや強さの大切さを石井筆子から学んでほしいなあと、そんなことを考えています。


 津曲先生の読本は、資料も豊富で実にわかりやすくまとめられています。

 たぶん、多くの道徳家の教師は、石井筆子のことを知るのはこの読本からでしょう。

 江戸時代から明治へと国が大きく変貌する中で、近代化に国を挙げて取り組み、その近代化の幕を開けた一人の女性。

 しかし、国家が確立していく中で、富国強兵が国是とされ、そのために良妻賢母が女性の最良の生き方とされた時代に、その流れに抗して、社会から顧みられることのなかった女性や知的障害児に自らも女性であるという桎梏の中から人間的な視点を保ち続けた石井筆子。

 さて、道徳科の授業の中で、石井筆子はどのように蘇るのか、その行き先をしっかりと見届けたいと思います。


 
  








 先週の土曜日。4月2日に、障害のある青年たちの学びのば場、カレッジ早稲田の入学式がありました。

 今年の新入生は17 名。先輩たちに迎えられ入場する皆さんは緊張した面持ちの中にも、どこか初々しく、爽やかな表情。

 真っすぐ背を伸ばして入ってくる青年たちの表情をみていると、なんだか私まで嬉しくなる思いでした。

 迎える2、3年生は1、2年前よりずっと逞しく、立派に先輩ぶりを発揮しています。

 きっと学びの大きな成果なのでしょう。

 私はこの晴れの式典に今年も参加できて、本当に良かったと思っています。

 というのは、2年前に、カレッジ早稲田ができたときから、これまでに2回とも参加させていただいて、新入生たちの初々しい姿を目の当たりにしてきたから。

 そして、何か折あるごとに、学生たちの成長の姿を観てきたから。

 そして、今年の新入生たちが、先輩のようにまたたくましく育って行く事を願っているから。

 ところで、新入生の一人は、以前、こぴあクラブですっかり仲良くなった青年がいました!

 これから4年間、しっかり学んで、いい青年になってくれることでしょう。



 
 








入学式の後は、重い三脚を置くためにいったん帰宅し、そのあとは土曜日なので母のところに。

 このところ、食欲が出なくて、ほとんど一日中寝っぱなしなので、また以前のように低カリウムになったらいけないと、ともかく母が食べられそうなものを精いっぱい用意しました。

 そして、日曜日と今日の2日間。

 ずっと母のそばに付き添って、先ほど帰宅くしたところ。

 今日は、1か月に一度の通院日でもありましたので、母は久しぶりに表に出たという感じ。

 満開の桜の下で二人だけのささやかなお花見もしました。

 写真に通る母の顔は、可なり頬が落ちて、見るからに調子悪そう。

 心配は募るばかりです。