桜が散ったというのに、この寒さはいったいどうしたことなのでしょうか?
 もう何度も冬に逆戻りしているのでそれほど驚きませんが、今日は本当に寒かったですね。

 その雨の中、今日は夫の通院の付き添いで朝から病院に。

 正月明けに手術した右目の白内障の水晶体の奥にある網膜の一部に、血流が悪くなっているところがあるとかで、レザーの施術がありました。

 夫はカメラマンで目が命。

 ですからかなり神経質に目の養生に努めていますが、やはり加齢にはかなわないのでしょう。

 そういえば私も軽い白内障があるとか。

 先生から「奥さんも手術したら」と進められました。

 でも、全く自覚症状はありません。

 それで医師に「本当にしたほうがいいのですか?」ときくと、「どちらでも」と、他人事の返事。

 ですから私の白内障の手術はもう少し先に考えることに、とりあえずはしています。

 夫が通院している病院は、豊洲にある私立大学の病院。

 このところ、オリンピックや築地市場の移転で、何かと話題になる豊洲ですが、病院の建物がある一帯は、私がこの地に越してきたころとは全く違って、近代的な街に変貌しています。

 でも、もし大きな地震でも起きたら地盤は大丈夫なのかしらと、夫の目の事よりも私の関心はそちらのほうに。

 雨に煙る窓外の風景は、何とも言えない不安定な感じに私には見えました。

 


このところすっかりブログへの投稿が怠ってしまいました。

先週は、いま取材中の藍工房の撮影とそのための打合せ等で毎日世田谷の若林方面に出かけ、帰ってからは、3月に伊豆の国アートビレッジで私が撮影してきた映像の編集に追われて、そして、フェイスブックへの投稿もあったりして、ブログを書くだけの余力がなくなってしまっていました。

フェイスブックは、今年に入ってから、かなり真面目に投稿しています。

「お友達」も増え、いろいろな情報もじかに入ってくるので、新聞を読む以上に世の中の動きがわかり、今では私の大切なソーシャルネットワーキングになっています。

 でも、このブログのように長く書くと読む人が大変だと思うので、できるだけ簡潔に、その日の出来事だけを書くようにしています。

 ところで、3月に私が撮影した伊豆の国アートビレッジの編集は、私の友人の水口和子さんの講談と歌とのコラボレーションということで、講談あり昔懐かしいフォークソングの歌ありで、編集していてもとっても楽しく、いつもこんな楽しい映像の編集だったらいいなあと思いながら作業をしました。

 もちろんナレーションはありませんし、テロップも簡単な人物紹介のところだけ。

 約35分のDVDにまとめて、昨日、出演してくださった関係者の方に送りました。

 私が撮ったものですので、映像はかなりひどく、ガタガタですが、皆さん、喜んでくださるといいのですか…

 そして、それをポストに投函した足で、母のところに出かけました。

 このところ、雨続きでお天気が心配でしたが、今日は久しぶりの快晴。

 前から約束していた友人が、そのまた友達を誘って3人で畑仕事の手伝いに来てくれました。

 本当は前に頼んでおいた堆肥ついている予定でしたので、それを畑に枚で土に漉き込むお手伝いをしていただく予定でした。

 でもこのところの雨で搬入が゛1週間伸びてしまい、その代わりに畑の草をとっていただきました。

 3人はお昼の食事(私と母の分も含めて)をどっさりとつくってきてくれ、私もそのご相伴にあずかって、久しぶりに手作りの😋お昼をいただきました。

 畑のほうは、おかげで、普段できない細かいところの草を綺麗にとってくれたので、見違えるようになりました。

 やはり持つべきものは友。

 少しでも私に負担をかけまいと、細かいところまで気を使ってくれて、そしてよく働いてくれて、私は感謝感激。

 これからしばらくは畑の雑草ぬきの手間も省けます。

 Yさん、Kさん、Tさん、ありがとうございました。

 写真をつけます。

 
 藍工房での藍染作業です。
 藍の華が見事に咲いています。
 




 筒に布を巻きつけて、布の端を糸で縛って染めると波模様の染め具合になります。





 甕は5つ。みんな染め上がりの色が違います。




 仕上がった作品。




 これはブックカバー

 このところブログを書く時間的ゆとりがありませんでした。

 仕事がそれほど忙しいというのではないのですが、年度末の事務的なことに追われたり、つまらない諍いに首を突っ込んだり、あまり健康的ではない毎日を送っていました。

 そんなうちに何時しか春爛漫。

 春が来ました。

 やはり春は、外に出て、お花見やピクニックなど、楽しいことをたくさんしたほうがいいのでしょうが、そういうこととは皆無の生活。

 なんだか社会から取り残されているようで、寂しいですね。

 でも、せめて人並みにと思って、満開の運河べりを少し散策。

 私の住んでいる江東区木場は、以前は材木の貯木場で運河が縦横に走っています。
 そして、その中には桜の並木が創られていて、春には花が一斉に咲誇り見事な景観を見せてくれます。

 たぶんこんな風景もここ20年~30年くらいの間に整備(木場の貯木場が新木場のほうに移った後に)されたのだと思います。

 考えてみれば、私の家の近くには運河沿いをはじめ、木場公園や辰巳緑道など桜の名所が随所にあります。

 そして私の部屋の前も桜の庭になっています。

 私のところの桜は山桜系でソメイヨシノほどの派手さはありませんが、しっとりとした地味な雰囲気を持っていて私は好きです。

 特に夜、仕事に疲れて見上げる夜桜は最高。

 どこか寂しげで、それでいて凛としていて。

 ところで今日は、障害のある人たちの専攻科というか、学びの場として1年が過ぎたカレッジ早稲田の入学式に行ってきました。

 カレッジ早稲田では、今の学びの場を大学の中につくりたいとの思いを持っていて、昨日は早稲田大学の入学式にも参加してきたそうです。

 今年の新入生は13人。
 昨年入学して新2年生になったのは10人。

 この1年間に先輩たちは驚くほど素敵な青年になっていて、私は「学ぶ」ということがいかに大切かを痛感させられました。

 考えれば、障害のある人たちは学校を卒業したらそのまま社会に送り出され、学ぶという選択肢はありません。

 アメリカなどでは知的障害のある人たちも大学で他の学生たちと一緒に学んでいるシステムが整っているようですが、日本ではまだまだ。

 青年の多感な時を学ぶことを通して人生を豊かにしていく、それは本当に大切なことです。
 そろそろ日本もそういう充実したシステムができてもいいころだと私は思います。


 さて、明日は土曜日。
 天気予報はあまり芳しくありませんが、母のところに行く予定にしています。

 
   門前仲町の裏側を走る運河の桜
 




 


   
   私の仕事場の前に植えられている桜。
   他の木はまだ満開にはなりません。





  大島青松園では、3月29日、ハンセン病問題を考える市民の会主催の臨海学校が
  ありました。

  



  そして、今日のカレッジ早稲田の入学式での記念撮影

  






 マンションの一室の私の仕事場の横にある桜の木に花が一輪咲きました。

 この桜は葉っぱと花が同時に出る山桜系。

 全体が薄緑に包まれた木の中に咲いた一輪の白い花が、確かな春の訪れを告げてくれています。

 庭にはソメイヨシノの木も何本かありますが、それらはまだ固い蕾。
 果たしていつ咲くのか、いつも他よりかなり遅れて咲くのでまだ当分は開花宣言にはなりません。

 ところで、去年はお天気があまり良くなかったし、時間的な余裕もなかったので、花見はできませんでした。

 果たして今年は?

 まあ多分無理かもしれません。

 思う存分野原に飛び出して、ゆったりと花でも眺めていたい気持ちですが、年中あくせくとしている身には贅沢な願望です。

 残念なことですが、せめて我が部屋の窓からか、街中の桜の木でも眺めながらお花見気分を満喫しましょう。


 今日は開花宣言にのってお知らせです。

 来る3月28日(土)に、「世界一すてきな僕たち私たちへ」の上映会が群馬であります。
 世界自閉症啓発デー、発達障害啓発週間INぐんまの中での上映です。

 詳しくは
    
    日時 3月28日(土)13:00開場 14:00 開映
    場所 群馬会館
    費用 無料
    主催 群馬県、群馬県自閉症協会
    問い合わせ 027-898-2648 群馬県障害政策課color="#0000FF">



 それからもう一つ。
 「慰安婦」問題とジェンダー平等ゼミナールの講演と総会のお知らせです。


    日時 3月29日(日)13:00~16:30
    場所 文京シビックセンター4階 シルバーホール
    講演 私たちは「慰安婦」問題の解決のために何をしなければならないか
    講師 川上詩朗(弁護士)
    資料代700円(学生500円)

    問い合わせ 090-4227-7408 吉川まで


  お近くの方はぜひご参加ください。



 先週の17日、夫の義姉が亡くなりました。
 昨年暮れから体調を崩して入院していたようですが、私たちは知りませんでした。
 そして一度、退院し、元気にマージャンなどをしていたそうです。それが今月初めに再び入院。
 そのまま自宅に帰ることなく、亡くなりました。

 日頃人並みの付き合いはありましたので、電話が来た時にはびっくり。

 急いで自宅に駆けつけ、病院から戻った遺体にお別れを言いました。

 義姉は千葉の船橋に住んでいましたので、そんなことで先週は千葉に行ったり来たりで、殆ど他の仕事はできませんでした。

 考えたら私の周りの人は高齢者が多く、いつ、何があるかわかりません。

 そういう私自身もそろそろ「終活」の準備をしなくてはと、思う今日この頃です。

 とはいえ、母は元気。

 昨日の土曜日には、名古屋に住む私の従兄夫妻が母に会いに来てくれました。

 私は名古屋で上映があるときなど、良く会っていますが、母とは私の父が亡くなった時以来。実に20数年ぶりの再会です。

 従兄は「水」に関する研究者で、連れ合いも学校の先生で、現役のときにはなかなか自由になる時間がありませんでした。

 でも今は大学も辞し、幾分時間が取れたのでしょう。

 いつもは、一日中は起きていることのない母が、昨日は朝早くからきれいに身支度を整え、夜の11時過ぎまで、みんなと付き合っていました。

 それだけ嬉しかったのだと思います。

 実際、母の顔は本当に生き生きと、嬉しそうでした。

 (私と二人のときには見せたこともないような、余所行きの顔)

 折角従兄が来てくれるというので、私の弟も呼んで、四方山話に時間の過ぎるのも忘れて話し込んでしまいました。

 子どものころは、夏休みになると、東京や京都に住んでいる従兄妹たちが和歌山の祖父の家にみんなでひと夏を過ごしていました。

 でもそれぞれが成人し、社会人になって家庭を持つとともに、だんだんと疎遠になって、何かの「儀式」以外は会うこともなくなりました。

 とは言っても、何も構えることなく、ごく自然に付き合える関係は、やはり身内ならではなのでしょうか?

 私にとっても懐かしく、昔の自分に帰ったような至福の時間でした。

 そして今日は、従兄を駅まで送ったあとは畑の「仕事」。

 大事に育てたつもりの「菜花」は、このところの暖かさで、大きくなってみんな花を咲かせ、食べられるところは皆無。茎は煮ても焼いても食べられないほど固くなってしまいました。

 それから大根も,とうがたって花まで咲く始末。

 特にあとから植えた「三浦大根」は、根が大きくなるより先に茎が太くなって、白い綺麗な花を満開に咲かせていました。

 ブロッコリーも今が限度。

 やはりこの2週間の留守が痛かったと思います。

 今日の畑仕事は、草取りと、花を咲かせている菜花や大根抜き。

 もっと花を咲かせたままらしておこうと思いましたが、早く腐らせなくてはいけないので、ともかく抜いて、畑一面に敷いてきました。

 本当は山と積んで腐らせればいいのでしょうが、私はそのまま畑に帰してやったほうがいいような気がしたものですから。

 次回行ったとき、そのままの形で残っているかどうか心配ですが、考えたら、菜の花はそのままで肥料になるはずですから。

 畑仕事は5時過ぎまでたっぷり。
 今はかなり日が長くなってきましたので、それに今日は本当に暖かい1日でしたので、気持ちよかったです。

 母はさすが疲れたのか、畑にはちょっと顔を出しただけ。

 炬燵で気持ちよさそうに寝ていました。

 そして私が帰るとき、かなり寂しそうな顔をして「今度いつ来るの?」と。

 やはり一人っきりの生活は寂しいものがあると思います。

 まあ、これも仕方ないことなのでしょうね。

 遠いところからわざわざ来てくださってありがとうございました。


   
   母を囲んでの記念撮影

 
 




    花モモがきれいに咲いています。
   


 



   菜花は満開の菜の花に。そして大根も白い花を。





   ソラマメはたくましく育っています。そろそろアブラムシがつくころです。






 昨日から今日にかけて伊豆の国アートビレッジに行ってきました。

 第2週がアートビレッジのオープンデイで、今月は水口和子さんの講談がありました。

 しかもその講談は音楽とのコラボレーションという、実に意匠をついたものでした。

 演題は並木道子の「リンゴの唄」。

 戦争中の物資のない時代、並木道子が慰問に行った先でパンやリンゴをもらってお母さんを喜ばせた話が前段にあって、戦後、「リンゴの唄」が大ヒットするまでの物語を講談にまとめていました。

 並木道子は本当はリンゴはあまり好きではなかったらしいのですが、そして、リンゴの唄をうたった映画はあまりヒットしなかったらしいのですが、歌だけは戦後の暗い世相に希望を与えるものとして予想に反する大ヒットで、本人もびっくりしたとか。

 その講談の途中に3曲音楽が入って、参加者全員で歌いました。

 音楽はベースが栗原さん、そしてシンセサイザーが柳川さん。

 水口さんは沼津の小学校で養護教諭として働いていて、定年を迎えたのを機に講談を勉強。
 そして3年が過ぎましたが、声には針がありますし、時々センスの撥を見事に鳴らしてよどみない語りはプロ顔負けの巧みさがあって、そのうえ聴きやすさも手伝って、観客はみんなその語りに魅了されていました。

 アートビレッジはこの3月で1年になります。

 廃屋寸前だった建屋も色々な方の力で落ち着いて楽しめる場に変わり、訪れる人も多くなってきて、毎月何らかの文化的行事が行われています。

 講談の出し物が終わるとみんなで合唱。

 昔懐かしいフォークソングを中心に、少し若返った気持ちになりました。


 その後はみんなで温泉に。
 近くに「駒の湯」という共同風呂の温泉があって、45分350円で入れます。

 アートビレッジも元々は奈古谷温泉という地名で、そこの温泉旅館だったところです。

 駒の湯温泉でのんびり日頃の疲れを落として、夜はみんなで食事。

 もちろん支度もみんなでします。
 そして片付けも。
 ここでは男性女性の区別はありません。

 わいわいがやがや、楽しい会話をおかずに余の更けるまで語り明かしました。

 そして翌朝は7時に起床。
 すでに朝食が出来上がっていたのでそれをいただいて、洗濯や側溝の掃除、表周りの草取りをしました。

 草取りは日頃母の家でやっているので私にはなれたもの。

 本当ならば土日は母のところに行っているはずなのですが、今回はいけませんでした。

 しかし母のところと違って、アートビレッジは敷地も広大で、日頃人がいないので草は伸び放題。

 今は冬場でいいのですが、これから暖かくなると人の背以上の草で包まれます。

 できるだけそうならないように萱を短く切りましたが、なかなか根までは抜けません。

 もしかしたら気晴らし程度なのかもしれませんが、それでも草取りをしていると無心になれて、日頃のストレスが飛んでいくから不思議です。

 そして昼食をとって午後2時ごろにアートビレッジに別れを告げました。

 帰りは車いすの藍工房の理事長と、メンバーさん2日と私の4人で東海道で帰ってきました。

 メンバーさんたちはかなり障害が重いのですが、旅はなれていて,健常の人と少しも変りありません。

 考えたら私は高齢で、しかも三脚にキャスターという大荷物、それに車いすの人と発達障害のある若い男性二人。
 みんなどこかハンディを背負っているもの4人の珍道中ですが、何の問題もなく、電車の中ではぐっすり熟睡して帰ってきました。

 そしてお互いの距離がまた近く感じられたのは、私だけではなかったと思います。

 2日間の伊豆の国アートビレッジ行き、次回はいつになることか?

 毎月行けるほど時間のゆとりができればいいのですが、多分難しいでしょうね。



    講談をする水口さんとバックに控える楽器。
 
 


    



    講談の後は名古屋からの駒井さんも加わってみんなで合唱。

   



     アンコールではメンバーも加わって「見上げてごらん夜の星を」を
     みんなで歌いました。
  




 昨日3月11日は東日本大震災から4年目を迎える日。
 
 4年前、あの地震が起きたとき、私はたまたま事務所にいました。

 午後2時46分、突然に激しい揺れが起こったので、いつでも表に飛びだせるように慌ててベランダに通じる硝子戸をあけ、その硝子戸にしがみついていました。

 外では、電線が触れ合うのか、カーン、カーンという音が一面に響き、高速道路が激しく動いているのが見えました。

 振れはかなり長く感じられました。

 事務所にはもう一人、私の姪もいました。

 しばらくしてテレビをつけると地震発生のニュースが流れていましたが、ゆっくりとみる心のゆとりはなく、言葉にならない言葉を発していたように思います。

 その時、私の頭をよぎったのは、母のことと、取材中のこぴあクラブの子どもたちのこと。

 母にはすぐに電話をしましたがなかなかつながりません。

 すぐにでも飛んで行って安否を確認したいと思いましたが、地下鉄は全面的にストップしていて身動きがどれません。

 その時、こぴあクラブに駆けつければよかったのですが、正直なところ、その気持ちの余裕もありませんでした。

 母と連絡が取れたのはどれくらい経ってからだったでしょうか?

 体も家も何ともなかったと聞いて、体中の力が抜けていく思いがしました。

 でも、そのあとすぐに、津波のニュースが。

 それも太平洋岸一帯に。

 母のいる三浦海岸も、テレビの画面では「赤線」がひかれています。

 電話はつながるようになっていたので、すぐに避難場所に退避するように言いましたが、母は「いけない」と。

 その時、母の家は停電にもなっていました。

 真っ暗な家の中で、津波の恐怖におびえて一人でいるかと思うと、本当にいてもたってもいられない思いがしました。

 姪は早めに帰宅させ、その後はずっとテレビの画面に食い入っていたのを本当に昨日のように思い起こされます。

 幸い私のところは落下物ひとつなく、被害はありませんでしたが、同じマンションの上の階の人のお宅では食器棚が倒れ、大切な食器をバケツ一杯割ってしまったとか…

 考えたら、私のところも本棚に入りきれない書籍がうず高く山に積まれて、それが崩れ落ちたら床は本でいっぱいになっていたでしょうに、その点は本当に良かったです。

 
 日本は全土に地震の帯が走る地震大国。

 いつ、どこで大きな地震があっても不思議ではありません。

 それなのに、原発が今も推進されているなんて、本当に信じられません。

 あれから4年。

 私の日常は東日本の大震災とは直接的な関係は無くなりましたが、今も被災された方々は仮設住宅での暮らしを余儀なくされ、福島原発のあった地域では帰宅困難地域の問題が全く解決されていないだけではなく、見えない放射能に日々怯え、不安の中で暮らしている人たちも少なくありません。

 それに汚染水の問題も処理困難な状態にまで至っています。

 でも政府は、原発は完全にコントロールされたなど、よくも恥ずかしげもなく癒えたものだと、その無責任ぶりさには暗澹とした気持ちになってしまいます。

 かつての美しい山や海、地域はどこに行ってしまったのか?

 でも考えたら、私自身が被災者の心に真に寄り添っているのかと、どこかで他人事のように考えていることに反省するばかり。

 今こそ、あの大震災のことをもっと深く、真摯に考え直さなくてはと思っています。

 そう、真摯に、謙虚に…

 そんなことを考えるきっかけをくれたのは吉永小百合さんの「第2楽章 福島を忘れない」のCD発売を記念して開催された朗読会。

 3月10日、千駄ヶ谷の津田ホールでそれは開かれました。

 500の席はすでに満席で、多くの人が吉永さんの朗読じっと耳を傾けました。

 「第2楽章 福島を忘れない」は福島の学校で国語を教える詩人の和合亮一さんの詩集からと、福島原発で被災された佐藤紫華子さんという方の詩の中から、吉永さんが何篇かを選んだ朗読したもの。
 そのほか、「詩の寺子屋」というサークルの中でつくった子どもたちの詩も何篇かは言っています。

 バックミュージックは尺八とお琴。

 曲は藤原道山という新進気鋭の尺八奏者が作曲しました。

 そのお琴の哀調を帯びた中にも力強い調べとお琴の透明な旋律。そして吉永さんの朗々とした朗読が一つに溶け合って、それは素晴らしい朗読会でした。

 その日の夜は、江古田で前日に引きつつせいて行われている江古田映画祭での「無名の人」
の上映会に参加。観客は少なかったですが、そこでは素晴らしい出会いをいただきました。

 そしてよく11日。例の震災のあった日。

 この日は午前中は事務所で編集の打合せを行い、午後の一番で納品試写。そして夕方からは、やはり東日本大震災をテーマとしたフリー刺繍画の個展に銀座に行きました。

 フリー刺繍画は、昭和女子大学名誉教授の天野寛子さんが発案した糸と布を使って絵のような形を表現するというもの。

 一針、一針、まるで気の遠くなるような作業の中から、自分の表現したい思いを形にしていきます。

 天野先生はもともとは農村女性の研究者で、在職中からこのフリー刺繍に取り組んでこられたそうですが、それは実に見事なもの。

 陸前高田に1本だけ残った松をモチーフに、全国の人々に松の刺繍画を創ってもらうことを呼び掛けて、現地で展覧会を開いたり、全国で個展を開いたりと精力的に活動をされています。

 私はそのフリー刺繍画をみて、震災や原発のことを表現する手段は実にたくさんあることに気が付きました。

 そう、映像であれ、文章であれ、音楽であれ、朗読であれ、それぞれの持ち場で何かを伝えていく。
 これこそが本当に大切なことなのだと、当たり前のことですが、天野先生にも大いに触発されました。

 何かを表現する、そのことのすばらしさは、さかのぼること1週間。
 3月6日には、藍工房のメンバー松尾江里子さんの個展のオープニングパーティがアンシェーヌ藍で行われました。
 個展は翌7日から12日まで。

 松尾さんは数年前に絵を描くことの楽しさを体感したことから開眼し、今では絵筆を離したことがないというほど熱心に絵を描いています。

 それはメダカであったり、水玉のような模様で会ったり、かなり抽象的な絵ですが、色使いが素晴らしく、描きためた200枚以上の絵にはどれ一つとして同じ色遣いの絵はありません。

 3月6日はちょうど彼女の40歳のお誕生日。

 「40歳になったら個展を開きたい」と常々言っていた夢が実現したのです。

 みんなに宿泊され、満面に笑顔をたたえた江里子さんは本当に幸せそうでした。

 

     
      津田ホールで開かれた吉永さんの朗読会のプログラムとCD

  
 


    


 
    松尾江里子さんの絵




  



   ご両親に囲まれて嬉しそうな彼女
  



    天野寛子さんのフリー刺繍画の個展




   朝日歌壇にのった短歌をモチーフにフリー刺繍画を



 



  メルトダウンと題された詩集画






  原発再稼働反対に国会周辺に集まった人




  かつての美しい陸前高田の千本松原で遊ぶ子供たち


  そしてお祭りの風景






 土日と母のところに行ってきました。
 
 お天気はあまりよくありませんでしたが、降らなかったので久しぶりに畑仕事ができました。

 といっても今はほとんどすることもなく、ただひたすら畑の雑草取り。

このところ日曜日というと雨が続いて、お正月からほとんど畑には出ていなかったので雑草もかなりはびこっていて、抜くのにかなり苦労しました。

 野菜は大根がまだ少し残っているほかは、ブロッコリーへが良くできています。

 でも、他の菜っ葉類はもう芽が出てきていてほとんど食べられません。

 特に菜花はきれいな花を沢山咲かせています。

 本当は菜っ葉で食べたかったのですが…

 絹さやとソラマメは順調。
 苺もしっかりと根を張っています。

 これから気候が良くなるとやることがいっぱい増えてきます。

 でも体力が続くかどうか、ちょっと心配。

 それでなくてもかなりハードなスケジュールですから…

 まあ、気軽に、できるところからやっていきましょう。

 ところで、明日は「無名の人~石井筆子の生涯~」の上映が練馬であります。

 第4回江古田映画祭の中での上映です。

 私は、「地域をつくる上映会INねりま」にかかわっていた関係で、今回「無名の人」の上映が実現することになりました。

 ただ、ウィークデイの昼間ですので、果たしてどれくらいの方が来てくださるか心配です。

 というのも、2月21日の上映会に全精力を使い果たして、この上映のことはほとんど紹介できず仕舞いでしたので。

 本来ならば関係者に連絡を入れれば喜んで来ていただけたと思いますが、それだけの力がありませんでした。

 せっかくの上映ですのに、かえすがえすも残念。

 でも来てくださる方はみんな大切なお客様。

 明日はトークもありますので、のんびり石井筆子についてみんなで語り合えればと思います。

 お近くの方、興味のある方、ぜひいらしてください。

 なお、「無名の人」は10日の夜にも上映があります。

 この江古田映画祭では、福島関係の映画が多く上映されます。

 それらの作品も見ものです。

 ぜひ、是非いらしてください。

 今日の明日で申し訳ありませんが…

 写真をつけます。



     江古田映画祭のチラシ表面
 
 



     江古田映画祭のチラシ裏面




     無名の人のちらし表面

 



    無名の人のチラシ裏面



 
   石井筆子 フランス留学当時の写真





3月に入っての初めての投稿になってしまいました。

 本当はいろいろと書きたいことがあったのですが、ともかく時間に追われ、ブログにまでは手が回りませんでした。

 月はじめの1日の日曜日は、前日から母のところへ。

 3週間ぶりに行きましたので、家の中はかなり荒れていて、片付けにかなりの時間がとられてしまいました。
 翌日の日曜日は朝から終日雨。
 
 畑仕事は全くできませんでした。

 本当は今が畑仕事の最盛期なので、気は焦るのですが自然には勝てません。

 それでせっせとおかずづくり。

 1週間分の母の食事の「おかず」をつくっていました。

 翌2日は京都へ。
 3日に大阪の高槻市で「世界一すてきな僕たち私たちへ」の上映を地元の花の会の後援会の皆さんが企画してくださったので、その挨拶に行ってきました。

 本当は日帰りでもよかったのですが、たまたま大阪に来ていた藍工房の理事長と京都で落ち合って一夜を共に過ごすことにしました。

 その宿泊は、理事長の知人の娘さんが経営するゲストハウス。

 東山区の京都女子大の近くにあって、元京都女子大の女子寮だったところを改修してゲストハウスにしています。

 客はほとんどが外国人。
 安価に提供しているために外国では有名なゲストハウスだそうです。

 外目には京都の町風の雰囲気のある、そして中は何とも家庭的な、それでいて創りはプレイランドを思わせるような、不思議な空間でした。

 そして3日の朝、高槻へ。

 この日は夜には練馬の実行委員会があったのですが、それには失礼して、高槻でゆっくりと過ごしました。

 翌4日は、受注作品の仕上げで終日スタジオに。
 本来ならば昨年末には仕上がっていなくてはならなかったのに、緒都合で仕上げが遅くなっていた作品です。

 そして5日は、また練馬での実行委員会。昼間は事務的な仕事に追われ、夜の実行委員会は深夜まで。

 さらに6日は、藍工房のメンバーの松尾江里子さんの個展のオープニングパーティ。
 個展は7日から11日までアンシェーヌ藍で行われますが、その前夜祭として、メンバーたちや職員、ボランティアの皆さんが一堂に会してのお祝いの会がありました。

 他にもこの1週間はいろいろな予定があって、体がいくつあっても足りないほど、それにずいぶん失礼もしてしまったところもありますが、老体に鞭を打って頑張った1週間でもありました。

 でも考えれば、忙しいということはいいこと。
 それだけ、まだまだ必要とされていることの証でもあると思うから。

 ああ、それにしても体が3つくらい欲しい!
 
 そんな欲張りを考えながら、これから母のところに行ってきます。

 写真をつけます。

 1か月ほど前に着けた沢庵。
 やはり素人の悲しさで味はいまいちですが、私にとっては嬉しい完成品です。 



 高槻での上映会は、音楽をつくってくれている十河陽一さんの地元。
 当日も終日参加してくださいました。



   5日夜の練馬での実行委員会の様子です。




   松尾江里子さん40歳のお誕生日と個展のお祝いのパーティ。









 今日は雨。
 このところ暖かい日が続いていましたが、寒さもまた戻ってしまったような1日でした。

 昨日は、午後アンシェーヌで行われたSSTに参加させていただき、今日は21日の上映会に来て下さった方へのお礼の電話や手紙書き、それにこれまでにたまってしまっていた「事務」で終日が終わりました。

 久しぶりに屋内での時間を過ごして、体力的な疲れはかなりとれた感じです。

 そして明日はまた、午後から会議や夜の集まりが待っています。

 今晩は、3月3日(火)に大阪の高槻市で行われる「世界一すてきな僕たち私たちへ」の上映会のお知らせです。

 高槻は私の音楽を担当してくださっている十河陽一さんのいるところ。

 十河さんは「風の舞」以来、ずっと素敵な音楽をつくってくれている方ですが、新作ができるたびに高槻の知人・友人に呼びかけて上映会を行ってくれています。

 今回は、そうしてつながった障害者の作業所・花の会の後援会が主催してくれることになりました。

 関西地方での上映は昨年6月の京都に続いて3回目。
 今後、まだまだ普及させなくてはいけません。

 関西方面にお住まいの方はぜひいらしてください。

 詳しいことを書きます。

     会 場    高槻市生涯学習センター・多目的ホール
     日 時    3月3日(火)
            第1回上映 09:40 開場 10:00 開映
            第2回上映 12:40 開場 13:00 開映
            第3回上映 14:40 開場 15:00 開映
     協力費    大人一般 700円(当日の協力券900円)
            障害のある人、付き添い 500円
            学生   500円
     主催     花の会後援会
     連絡先    共働舎花の会 電話072-692-2859

 

   「世界一すてきな・・」の写真をつけます。

 
 



 それから、2月21日の練馬文化センターでの「風の舞」上映会の時に、回復者でいられる森元美代治さんが、清瀬にあるハンセン病療養所。全生園の梅の小枝を切ってきてくださいました。その時は固い蕾でしたが暖かい部屋の中で満開になっていい匂いを部屋中に漂わせてくれています。
 森元さんありがとうございました。