宮崎信恵ブログ Comment allez-vous? -14ページ目
この土日は、連休以来初めて母のところに行ってきました。
先週の土日はハンセン病市民学会で行けなかったので約10日ぶりです。
忙しい時には2週間ぶりなんてこともありますので、まあ10日行かなくても、家のほうはあまり変わったこともありませんが、連休中に植えたり、撒いた野菜のことが心配でした。
というのも、植え付けから帰った翌日から毎日25度以上の快晴の天気が続き、地面が干からびてしまって野菜が枯れてしまったのではないかという心配です。
折角友達が3人も来てくれて、丹精込めて植えてくれたのですから、ダメにしてしまっては申し訳ない気持ちでいっぱい。
でもその後、雨らしい雨が降ったので、少しは気持ちが落ち着いていましたが、実際に見るまでは気が気ではありませんでした。
でも、その心配もどうやら奇遇に終わって野菜たちは元気でした。
ただ、母が「キュウリが枯れかかっていたので土をもってやった」と言っていましたが、多分、あの雨で根が出てしまったのでしょう。きゅうりは2品種を植えていますが、既に花が咲いて実もできている方のきゅうりの葉っぱが少し枯れかかっていたくらい。
あとは、茄子もトマトも、他の野菜も大丈夫。
それからモロコシも種をまいてもらいましたが、小指ほどの芽が出ていました。
その他、私は雑草のことも心配でしたが、まだ雑草もあまり生えていなくて、助かりました。
ですから、その日の私のやることはあまりなく、玉ねぎやグリンピースの収穫と苺の摘み取り。
今年は玉ねぎは思ったより良くできて、まだ少し小さいのは残してありますが、大きいのはみんな獲って、少しずつ束にまとめて縁側の軒下に干してきました。
グリンピースは、収穫の時期が少し送れて、ずいぶん固くなってしまったものもありましたが、土曜の夜には豆ご飯を炊きました。
それはそれは美味しかったです!
新鮮なグリンピースの甘みとほんのりとした香りで、私は豆ごはんが大好き。
母もいつも以上にたくさん盛ったのに、ぺろりと平らげてしまいましたので、やはりおいしかったのでしょう。
それから苺。やっと赤く色づいて、実は小さいのですが味が濃く、これもとっても美味。
アリさんに食べられるか、私たちが食べるか、摘み取りは競争。
赤くなっていないといけないので、苺に関しては毎日勝負です。
でも私はいませんし、母がどれだけ畑に出ていけるかが心配。
母は苺ができるのを楽しみにしているので、不自由な体を引っ張ってせっせと畑に出て行ってくれればいいのですが…
こうして、収穫物のことを書いていると、何とも幸せな気分になります。
でも、実情はそんなに幸せなのかどうか…
ものは考えようですが、体力的にはかなりきつい「仕事」です。
果たしてこの状態がいつまで続けられるのか?
もし母の体力が落ちてきて動けなくなったら、そして私に母のところに通うだけの体力が無くなったら…
そんなことがふと頭をかすめますが、私はまだまだ大丈夫だと思いますし、母も今しばらくは大丈夫だと思って、頑張らなくては。
そういえば、この日曜日、母は母の日に送られた薔薇とカーネーションの鉢植えを地面に植えなおしていました。
薔薇は私が送ったものですが、通販で注文したために、実物を見ると何とも貧弱。
カーネーションは義妹からの贈り物ですが、やはり通販での注文なのでしょう。
店先で見るような立派なものを想像していましたが手の中にすっぽり入るような小さな鉢植え。
薔薇は5000円に消費税、それに送料までかかって、こんな貧弱なものをと、何ともやり様のない怒りがむくむく湧いてきて、通販の怖さをまざまざと教えられました。
やはりこういうものは実物を見て買わなくてはいけないのですね…
世の中便利になりましたが、こんなところに落とし穴があることをつくづくと教えられた出来事でした。
日曜日、母のところから帰って家に着いたのは夜の9時半ごろ。
家では夫がテレビで大阪の大阪都構想の住民投票の結果を見ていました。
私は大阪市民ではありませんが、結果のいかんによっては国政にも大きく影響するのではないかと思って、ハラハラ、ドキドキ。
持って帰ってきた野菜を整理しながら私もテレビにくぎ付け。
最初は賛成派がリードしていて、これは都構想決定かとちょっとがっかりしていたところに、速報が流れて反対派が多数ということに。
テレビの画面では賛成派の数のほうが断然多いのに、いったいどうしたことか訳が分からず、しばらくは信じられませんでしたが、自民党大阪県連の関係者たちへのインタビューが始まったころから、出口調査の結果だろうということがわかって、やっと安堵しました。
私は都構想に反対というより、橋下市長がこれまでにやってきたこと、言ってきたことの欺瞞性に腹が立っていて、何よりもそのパーフォーマンスが許せませんでした。
それにもし橋下市長の主張が通れば、今の安倍政権の何よりもの援軍になったでしょうし、来年の参議院議員選挙の結果では憲法改正の国民投票が実施される危険も感じていましたので、僅差とはいえ反対派が勝ってよかったと思っています。
でも、そうだからと言って、集団的自衛権行使の現実が遠ざかったわけではありません。
やはり、社会の動きに敏感になって、何が正しく何が間違っているかを自分の目と頭で考えられる人間にならなくては。
今年の初夏は、本当に暑くなりそう。
写真をつけます。
アリストロメリアが満開です
バラの花も
先日、友人が撒いてくれた藍も元気に育っています。
収穫した玉葱
キャベツも見事大玉になりました
小松菜も今が最盛期
苺は実が小さいですが…
ソラマメも食べごろ
グリンピースは少し時期が遅れました。赤いのはエジプトのクレオパトラという豆
このところまたまたブログとはご無沙汰していました。
フェイスブックへの投稿に時間をとられていたのです。
連休明けからずっと初夏のような気持ちのいいお天気が続いていて、体調もさわやか。
でも、今週はジェンダーニュースの編集が深夜に入って、少し寝不足気味です。
このジェンダーニュースは、これまで4ページ建てでしたが、今回から8ページ建てになって、編集量が増えたことと、日中は本業の映像の編集でMacのコンピュータがふさがっているために、夜9時が過ぎないと使えないという事情もあって、それから3時か4時ごろまでの作業でしたので、体力的にはかなりきつい日が続きました。
でも、それも昨晩には仕上がって、デザイナーに送りましたので昨晩は寝不足解消のために早く寝ました。
その前の土日はハンセン病市民学会が東京でありました。
9日の土曜日は大手町の日経ホールで総会と交流集会、そして夜は国賠請求訴訟勝利14周年の記念レセプション。
この市民学会は全国を持ち回りで行われてきて、今回は東京。
私は毎回欠かさず参加しています。
ですから、全国からやってくる参加者ともほとんどの人と顔見知りになっていて、1年に1回の出会いを楽しみました。
翌10日の日曜日は東村山市にあるハンセン病療養所・全生園が会場。
緑に包まれた園内は久しぶりに参加した人たちの元気な声でにぎわいました。
その日は各分科会が行われ、私は「家族」の分科会に参加。
らい予防法が廃止され、ハンセン病基本法が制定されましたが、そして元患者さんたちへの補償もそれなりに進められてきていますが、同じ差別偏見を受けた家族への対応は手つかずのまま。
それぞれが、深い苦しみの中で、影を潜めて暮らしている実態が良くわかり、ハンセン病問題の根の深さを改めて思い知らされました。
思想的にはいろいろな人がいますが、ハンセン病という一つのテーマのもとに、全国の仲間が集まって意見を交わす、この市民学会は、今後も大事に育てていきたいと思っています。
それはそれとして、昨日、「戦争法案」ともいえる安全保障法案がまとめて閣議決定されました。
そして今日はそれらを一括にまとめて国会に提出されました。
安倍政権の危険性はいまさら言うまでもありませんが、私はこの法案が通れば、日本の平和は本当に危うくなると思っています。
それにしても、先日のアメリカの上下両院議会での演説。
下手な役者ではありませんが、手振り身振り、あんなみっともない演説を良くもできたものだと、テレビを見ていてあきれていましたが、中身がまた、欺瞞に満ちた日本の国民も国会も無視したひどいものでした。
安倍さんの頭の中には日本は不在。
ただアメリカに頭を下げて御機嫌を伺い、その言いなりになることしか考えていないようです。
総出なければ国会での審議もないままに、「希望の同盟」、つまり両国が手を結んで軍事力を強化することの約束なんかできないはず。
まるで「戦争」を「平和」、「危険」を「安全」という言葉でごまかして、アメリカに追従する事なんかできないはずです。
それにしても今のマスコミの体たらく。
NHKは言うまでもありませんが、テレ朝だって、これまでのテレ朝とは人が変わったように政府に追従して、事の真相やジャーナリストとしての役割を私たちに伝えることを完全に放棄しているように思えて仕方ありません。
ああ、このままいったら、日本は完全に70年前のあの戦争の時代に逆戻りしてしまう。
その怖さを私たちはどれだけ認識しているのでしょうか?
しかも、今回も11本もの重要法案を一括で提出して、数の力に任せて8月までに成立させるとか。
何とも国民をばかにした危険なたくらみが着々と進められています。
私はあまり政治的な人間ではありませんが、今の状況をこのまま見過ごすことは罪だと思っています。
ですから、何とかしてこの危険な動きを阻止したい。
でも一人ではもちろんできません。
野党も本当に力になる野党はどれだけあるのか?
数少ない野党に頑張ってもらうとして、今一番大切なことは国民世論を盛り上げること。
その国民の一人として、状況を正しく判断できる目を養い、おかしいことにはおかしいといえる力をつけなくてはいけないと思っています。
このブログを読んでくださっている皆さん、一緒に、今の危険な政府の動きにしっかりと監視の目を向けましょう。
そして反対の意思表示をみんなでしましょう。
何も言わなければ、あとで泣きを見るのは私たちです。
未来は戦争できなく、明るい笑顔のあふれる社会でなくてはいけないはずですから。
市民学会の写真をつけます。
1年ぶりの再会
台湾からの参加者も交えて
総会の会場
レセプション会場で
早稲田大学チャオの皆さんのソーラン節
翌日の分科会/家族の分科会で
全生園に隣接するハンセン病資料館も舞台になりました。
私の連休は4月29日から始まりました。
通算8日間のお休みです。
本当は30日と5月1日は事務所は平常業務でしたが、それは後のものに任せて私は休暇を取りました。
今年はお天気にも恵まれ、初夏の気持ちのいい毎日でした。
連休初日の29日は、以前から約束していた友人と会って仕事の話をしましたので、正式には休暇と言えるかどうかわかりませんが、そのあと母のところに行って3日まで過ごして、4日は他の用事があったので一度我が家に戻り、また4日の夜には母のところにとんぼ返りしましたので、休日といってものんびり、ゆっくりというわけにはいきませんでした。
でも、30日から2日までは、昔の活動屋仲間が来てくれてマージャン三昧。
母も一緒になって、3日間は朝から深夜まで楽しみました。
勝敗は?
私はトントン。母はかなり負けました。
でも勝敗よりも、みんなで軽口をたたきながらわいわいがやがやと盛り上がるのが何よりものストレス解消。
考えれば、この厳しい時勢にマージャン三昧なんて許されないのかもしれませんが、1年に1回の私の楽しみです。
ああ、でも疲れた…
1日3回の食事の支度も、風呂の準備も、みんな私がしなくてはいけないから。
もちろん29日の夜にあらかたの用意はしておいたので、それを出せばいいだけですが、もう一人くらい加勢があればもっと余裕をもって楽しめたのかもしれません。
そして4日は、夫の義姉の77忌の法要と納骨。
何も連休のど真ん中にしなくてもと思いましたが、それだけは仕方ありません。
この日は朝から快晴で、風はさわやかでしたが、お経と説法を入れて2時間弱、照りつける太陽の下にたったまま、僧侶のありがたい説教もどこかに飛んでしまうくらい…
前日までの麻雀の疲れがどっと出てしまいました。
そして5日は、それまで空いた時間にこつこつと進めてきた畑での土づくり。
私が不在の時に頼んでおいた堆肥が入っていたので、それをミニ耕耘機で土に漉き込む作業をしました。
それと合わせて、ひまわりとコスモス、朝顔、それにズッキーニーやニガウリなどの種まき。
朝顔は友人に頂いた種があったのですが、それを別のところに撒こうと手にしているうちに、どこに置いたのがわからなくなってしまって行方不明。
いくら探しても出てこないので、それだけはまだ撒ききれていません。
そうそう5日には弟の家族も来てくれました。
(弟は4日の日中に来ていましたが、連れ合いや甥一家は5日着)
1年に1回か2回程度しか会うことはありませんので、母も大喜び。
本当はゆっくりと泊まっていってくれればいいのですが、みんな予定があるのでしょう。
5日の夕方には帰っていきました。
もちろん畑仕事への加勢など頼みようもありませんでした。
でも、翌日の6日には、友人たち3人が朝早くから来てくれました。
良かった…
そして、みんなでそろって夏野菜の苗の植え付け。
きゅうり、茄子をはじめ、あらかたの夏野菜はほぼ完ぺきに植え終えました。
そしてトーモロコシの種も。
みんな東京や川崎から、朝7時には家を出てきてくださったようです。
本当にありがたいことです。
そうそう、いつもキュウリなどのつるものを植えるときにはネットを這わせるのですが、いつもそのネットを張るのに失敗して、うまくできたためしがありません。
それで今年はネットはやめて支柱を立てて、それにツルを這わせるようにしました。
ところが、このところの快晴続きで畑の土は固くなっていて、どうしても支柱が入りません。
立てる場所を定めてスコップで掘ったり、水で土を柔らかくしたり苦心惨憺して、どうにか立てることができました。
「こんな時男手があれば」誰が言うともなくそんな言葉も漏れました。
考えればか弱き女性たち、しかも中高年の。
でもこの中高年の底力は大したもの。
プロの農家の人がするように、きれいに、見事な畑が完成しました。
さて、これで収穫期になった時、どれだけの野菜が獲れるか?
「とらぬ狸の皮算用」ではありませんが、誰かは[三浦海岸の駅前で売ったら]なんて…
それには日頃の手当ても大切です。
でも私は1週間か2週間に一回、あとは95歳の母がどれだけ手だてをできるかか勝負です。
この日は4時過ぎまで目一杯、みんな頑張りました。
きっと今頃、腰や足や腕が痛くなっているのではないかしら?
そういう私は、少し体がだるいだけで大丈夫。
考えれば、口は動かしてもほとんど体は動かさなかったので…
そして3人は、用意してきた農作業衣やエプロン、長靴などをリックに背負って帰っていきました。
その後ろ姿に私は心の中で「ありがとう」と一言。
そして野菜ができたら「駅前で売るよりも宅配便で送るからね」と誓いました。
果たしてどれだ出来るかな?
今からの楽しみがまた一つ増えました。
こうした私の連休は終わりましたが、6日の夜、そろそろ帰らなくてはならない時間になると、母がすっかり意気消沈。
それまでは誰か彼かが来てくれて気分が紛れていましたが、明日からはまた一人。
母の気持ちを考えると帰るのがつらくなりますが、そこは心を鬼にしなくてはなりません。
帰り際、母がぽつりと「髪、おかしい?」と。
1人のときに自分で切りそろえたのです。
私は自分が忙しく動き回っていて、母の髪までゆっくりとみる気持ちの余裕がありませんでしたが、その時改めて母の顔をじっくり。
何とも寂しげに微笑む母の顔になんだか急に目のあたりが熱くなってきてしまいました。
それで、それをごまかす意味で慌てて風呂場の洗面台に櫛を取りに。
そして、自分ではかなりやさしく母の髪を綺麗に梳かしていると、そのまま抱きしめたい衝動に駆られましたが、それはできませんでした。
そこで母を抱きしめていたら、私も母も、それまで張りつめている気持ちが緩んで壊れてしまうと思ったから。
母がどうにか一人暮らしを続けていられるのも、私が1週間か2週間に一度母のところに通っていられるのも、張り詰めた気持ちがどこかにあるからだと思いますし、それが壊れるのが怖かったのです。
これからもせいぜい私にできることは、悪態をつきながらもできるだけこまめに母のところに通うこと。
そしてその都度、やさしくするように心がけようと思います。
写真をつけます。
農作業の写真です。
緑がさわやか。
お天気がいいと本当に気持ちがいいですね。
今週の土日は母のところはパス。
電話をすると弟が来てくれていて、ちょっと安心です。
私は昨日は、終日、これまで撮り貯めてきた映像のチェック。
何しろ莫大な量ですから、観るだけでも何日もかかってしまいます。
その中からインタビューに関するコメントをノートに書き写してシナリオに反映させる作業をしました。
そして今日は区議会議員の選挙の投票に行って、そのあとは新宿にある障害者センター。外山サンライズにローリングバレーの取材。
ローリングバレーというのは、私は今回初めて知ったのですが、関西地方の養護学校の先生が、障害のある子どもたちのために開発したバレーボールです。
それが大人の障碍者スポーツとして広がって、健常者二人と障害者が3人で人チームを作って、バーレーボールを手で操作して、ネットを張った下をくぐらせて競技するもの。
このローリングバレーのチームに、藍工房のメンバーの一人がもう10年以上前から参加していて、藍工房に取材に行くたびにその話を聞いていました。
そして一度見てみたいと思って、取材をお願いした次第です。
日頃工房で見る彼女とはまた別人のように明るく、楽しく競技する姿を見て、楽しいことには誰もこんなにうれしい表情をするのだと、改めて思わされました。
取材は私のカメラで。
あまり大げさにライトとか大きなカメラを持って行って、皆さんに迷惑をかけてはいけないと思ったからです。
でも、飛び交う球を追うのはとっても大変。
なかなかうまくは撮影できませんでしたが、想像以上にダイナミックなローリングバレーにすっかり魅了させられてしまいました。
そしてその後は、神保町にある岩波ホールに。
前から観たいと思っていた「パプーシャの黒い瞳」という映画を観てきました。
これはポーランドの映画で、ジプーシの一員であるパプーシャという女性(詩人)が、文字を知ったがために、ジプシー一族から追放され、精神を病みながら不運のうちに生涯を閉じるという話。
ジプシー(ロラ)は、15,6世紀のヨーロッパ、とくにバルカン半島周辺を移動生活をしていた集団で、文字は持たないで言語だけが伝承されていく中で独特の文化を築いてきました。
いわゆる放浪の民。
パプーシャとは人形という意味。
組織の掟のなかで、人形のように決められた役割に従順に従っていればコミュニティの中で波風もたたずに、集団もそれなりに安泰なのですが、近代から現代に移行する激動の時代、ジプシー集団そのものも、ナチの迫害を受けたり、戦後のソ連による社会主義国家の中での定着促進という変化の中で翻弄されていく一人の女性の姿を通して、その理不尽さを描いているところが何とも身に迫って感じられる映画でした。
全編はモノクロ。
まるで詩の世界に入っていくようにその映像は美しくも悲しい色調にあふれ、それを見ているだけでも心が現れるような不思議な時間が流れています。
私はジプシーの詩にこれまで全く触れたことはありませんでしたが、現在の文明からは考えられない自然と森を相手に、厳しい中にも毅然と生きる民の詩というものを読んでみたいという衝動に駆られています。
ともかく何というか、美しくも悲しい不思議な映画でした。
とても、て日本ではこんな壮大な叙事詩的な映画は生まれないと思います。
それにしても、移動していく集団の幌馬車のあとに残る轍が何とも印象的。
監督・脚本はヨアンナ・コス=クラウゼトクシシュフ・クラウゼの夫婦。
夫婦でこんなに素敵な映画が創れるなんて、うらやましいです。
チラシをつけます。

そしてローリングバレーの写真
やっと春らしい暖かい、というか暑い日が続いています。
変な気候。
でも季節は間違いなく初夏に向かって進んでいるようですね。
私はこのところ、2年近く前から取材を続けてきた「藍工房」のシナリオ書気にほとんどの時間を費やしています。
できたら連休前までに書いてしまおうと思って…
でも、世の中では、早いところでは明日からもう連休が始まるとか。
とても明日までには仕上げられません。
それに、予定に入っていなかった取材が日曜日に入ることになり、毎週土日に行っている母のところにも行けなくなりました。
堆肥のことも、母の携帯電話も中途半端な状態なのですが…
でも、まずは仕事第一。
そのあとの連休を使えば、夏野菜の植え付けは何とかなるでしょう。
そういえば、昨日、いつもお願いしている苗やさんに、夏野菜の苗の注文をしました。
苗を専門につくっていて、三浦半島の農家に卸している苗やさんですから、品物は確実。
栽培するほうの技量さえしっかりしていれば、栽培は間違いなしです。
でも、その技量が問題。
それに、1週間に1回だけなんて手抜きをしているものですから、農家ほどには立派な野菜はつくれません。
でも、やはり最高の贅沢というか、楽しみでもあります。
ところで私の連休は29日から。
4日に東京で用事がありますので一度帰ってきますが、6日までは母のところでのんびり?します。
そして7日からは、また「藍工房」の編集。
そうそう、ですから何としてもその前にシナリオを完成させなくてはなりません。
そういえば26日は区議会議員の選挙。
いつもは期日前投票をしていましたが今回は投票日に行けそうです。
さて、前半戦に続いて、どこまで反自民の票が伸びるか、減るか?
私は減ってほしいと願っていますが…
今日も写真をつけますが、この写真は私の甥が池袋でやっている飲み屋(小料理屋)が、雑誌に紹介された記事。
私はあまりアルコールは強くないので、こうした店への関心はありませんが、料理は結構おいしくて、池袋のほうに行ったときにはてまに寄ります。
このブログを読んでくださっている方で、もし池袋近辺の方がいらしたら、一度行ってみてやってください。
魚は毎日、三浦海岸の魚屋さんから取り寄せているそうです。
そして野菜も…
私が創る無農薬野菜ではありませんが、母の知人の農家から取り寄せています。
これは本の表紙
そして甥の店のページ
春だというのに、このお天気はどうしたことなのでしょう。
今日も朝から、しとしと雨どころか、本降りの雨になってしまいました。
その中を先週の木曜日に間違えて履いてきてしまった靴をお返しに行ってきました。
相手の方はきっと困っていたと思います。
本当にごめんなさい。
もっと早く返しに行ければよかったのですが、土日はどうしても母のところに行かなくてはならなくて、その前の金曜日は、編集のための打合せとこれまで取材してきた撮影済みのデータの整理があってどうしても動けませんでした。
土曜日は、予定通りでいけば堆肥が入ることになっていて、その指示をする予定があったのと、母の携帯が壊れてしまったので、駅前にあるドコモに手続きに行く約束をしていたのです。
母の携帯はAU、私の携帯はDOCOMO。母のがAUになったのは、たまたま通りかかった目の前にAUの取扱店があって、母の知人がその手続きをしてくれたから。でも私のDOCOMOにすれば家族割りとかも使えて、電話料金が安くなるのではないかと考えたから、この際「乗り換える」ことにしました。
しかし、本人ならば比較的手続きも簡単ですが、私が代理でやるとなるとものすごくややこしくっていやになるほど。たまたま駅前に新しくDOCOMOショップができたので、これ幸いにと行くことにしたのです。
でも本人が言っても住民票が必要だとか、そうすんなりとは乗り換えられません。
母の住民票は東京にありますので、急遽姪に撮りに行ってもらったら、委任状が必要だとか。
そのために委任状を書くように母のところに郵送したり、それを私が受けて姪に渡したりと、まずここで躓いているところ。
予約番号とかを言われているのですが5月2日までが有効だそうで、それまでにはたして住民評が取れるかどうか、不安です。
まあ、本人の確認をきちんとしなくてはいけないことはわかっていますが、普段何気なく使っている電話の手続きがこんなに面倒だとは思いもしませんでした。
翌日曜日は朝から野良仕事。
本当は堆肥を畑に漉き込むつもりでいましたが、こなかったのであまりすることはありませんでした。
でも、連休も迫っていますし、それほど時間的に悠長なこともしていられないので、たい肥が入った後のことを考えると恐ろしくなります。
昨年も山と積まれた堆肥をバケツに移して、畑に撒いていきましたが、それはそれは気の遠くなるような作業でした。
それで今回は、堆肥を落としながら車で畑を一回りしてもらうことを考えていたのですが、
私がいない間に来て、山と積まれたら…と考えるとぞっとします。
でもまあ、野菜を育てている以上、そんな泣き言は禁物。
覚悟してかからなければなりません。
そんなことで先週の日曜日は、畑の雑草はその前の日曜日に、友人が来て綺麗に取ってくれましたので、あまりやるべき仕事はありませんでした。
それで今生育中のキャベツや玉ねぎに肥料をやったり、ユリに腐らしておいた油粕の上澄液をやったり、畑にはびこっている苺の苗をプランターに移してやったりと、普段なかなかできないことを丹念にしました。
でも、折角の肥料もこの雨で流れてしまったのではないかと心配。
また苺は花が咲いていたのに移植して大丈夫かしらと、それも心配。
一つの予定が狂うと、心配がまた増えてしまいます。
そういえば、今年は絹さやの出来があまりよくありません。
FBに投稿した写真を見た友人が、絹さやの写真を見て、うどんこ病にかかってた居ると…
うどんこ病は日照が悪かったり、あまり密植したりするとでるそうで、葉っぱが全体に白くなって、枯れてきてしまったりしています。
手当は抜き取るしか方法がないそうで、今週末に行ったらその株は早速抜こうと思っています。
それにしても、今年は絹さやのツルを上手に上に伸ばせなかったので、成長点がどこか下のほうに潜ってしまって、ジャングルのように絡まっているのがいけなかったのだと思います。
それに雨も多かったし…
今もしとしとと降り続いています。
今夜は早く寝ることにしましょう。
写真をつけます。
畑の端にあるカラーの群生に花が咲き始めました。初夏の花です。
梅の実もいっぱい。まだ赤ちゃのように小さいんですが…
山椒の新芽にも花が…
問題のうどんこ病にかかった絹さや
そして熊本の友人に頂いたえんどう豆。
昨日に続いて今日も快晴の朝。
久しぶりにたまった衣類の洗濯を行いましたが、途中から空模様が変わって…
でも、風があったので洗濯物はよく乾きました。
昨日16日も、朝から藍工房の撮影。
場面は藍染ではなく、さおり織りと刺子。
さおり織りは良く、知的障害のある人たちの作業所などで行われていますが、藍工房でも織りをするのは知的障害のある人が中心。
メンバーの皆さんは年数の古い人が多いこともあって、みんな織物もベテランの境地に入っています。
そして刺子は精神に障害のある人たちが中心。
一針一針、気の遠くなるような作業をこつこつと続けています。
私は不器用なためにお針のセンスはゼロ。
小・中学生の頃、家庭科での縫い物の時間は、逃げ出したい思いで、早く1時間が終わらないかと、そのことばかり考えていました。
とはいっても作っていたのは雑巾だったと思いますが、浴衣なども塗っていた人もいました。まあ、一針ずつ布に糸を縫い込むのが苦手でした。
ですから今も、針仕事は、ボタンが取れたりした時など、よほどのことがないとやりません。
でも、編み物は好き。
セーターも編んでいましたし、帽子なども人の作ったものは気に入らなくて、自分で案でいました。
今でも時間ができたら、編み物はやりたいなと思っています。
まあ当面は無理でしょうけれど。
話は横にそれましたが、モノをつくるということは、本当はとっても楽しい、素敵なことなのでしょうね。
それにしても藍工房のメンバーたちの刺子は実に見事です。
それに何とも言えないゆったりとした時間が流れているのもいいものです。
昨日の撮影はカメラマンの夫と二人。
かなり予算がオーバーしてしまい、スタッフを増やすことが難しくなったので、老骨に鞭を打ちつつの撮影でした。
そのためでしょうか?帰るとき、人の靴を履いて帰ってしまって、今日職員の方からの電話で、初めて人の靴を履いてきたことを知りました。
私はたまにそんな間違いをすることがありますが、家に帰ってきちんと玄関にそろえていたのにもかかわらず、それが他人の靴だとは気が付きませんでした。
職員が「履き心地に違和感はありませんでしたか?」と聞かれても、履き心地まで考えるゆとりもなかったのか、別に何の違和感もなく、いえ、違和感よりもなんだか履きやすく歩きやすいとは一瞬思ったように思います。
もちろん、色は同じ黒でしたが、形は似ても似つかず、私のはブーツのようなドタ靴。相手の肩のは紐のついたしゃれた靴。
だれが考えても別物とはっきり分かるのに、やはりかなり疲れていたのでしょうね。
それとも何かほかのことを考えていたのか?
何とも言えない恥ずかしい失敗をしてしまいました。
昨日の撮影の写真をつけます。
沙織織りをするみなさん
織りと刺子でつくった携帯電話入れ
模様のある生地に刺子をしたポシェット
朝方はまだ雨がのこっていたのでしょうか?
出かけるときはまだ地面が濡れていました。
でも、だんだんといいお天気になって、風は強く、冷たかったですが、久しぶりに快晴の気持ちのいい1日でした。
今日は終日、藍工房の撮影。
大きな藍の甕の前で、真剣に藍染をしている姿メンバーの皆さん。
いろいろな模様付けの方法で、真っ白な生地がさわやかな藍色に染められ、しろや水ブルーの模様が浮かび上がる瞬間は、いつみても感動もの。
本当に皆さんはいっぱしの職人というか、作家そのもの。
個性的な作品が次々に出来上がっていきます。
そんな創作の現場にいると、モノをつくることの楽しさや感動が、私にまで伝わってくるから不思議です。
こうして出来上がっていく作品が、たくさん売れますように、そんな思いをしながら撮影に頑張っていました。
今日も朝からまた雨模様。
4月の天候はこんなに不安定だったかしら?
でもこの雨は先日種をまいた畑には恵みの雨になってくれればいいのですが…あまり降りすぎて種がみんな流れてしまったら大変。
畑仕事を手伝ってくださった友人からも、心配をするメールをいただきました。
そして堆肥が入らなかったので来週「またお手伝いに行きましょうか」とのありがたいメールが。
でも今後のお天気の様子では、来週も堆肥が入るかどうかわかりません。
ですので、再来週のほうがいいと、今返事を送ったところ。
ところで、今日は比較的楽な1日でした。
それでブログの表紙を新しく変えました。
なかなか気に入った表紙がなかったので、とりあえずはこのローソクの表紙に。
皆さんいかがですか?
今日は先日の畑仕事のときの写真をつけます。
その日に張り付ければよかったのですが、パソコンに取り込んでいなかったのでつけられませんでしたので。

