最初は小さなことだった。
キュヒョナの声を聞き取れなくて、適当に相槌を打った。
キュヒョナのメールに、仕事に忙殺されて返せなかった。
そんなことが積み重なって、お互いに限界が来てたんだろう。
「俺、あなたみたいに面倒臭い人が一番嫌いなんですよね」
その言葉に、一気に頭が熱くなるのを感じた。
---------------------------
「.....ジョンウン、入るぞ」
キィ、と自室のドアが開く。
.....てっきりジョンスヒョンが来るかと思ってたけど、ヒチョリヒョンなのか。面倒臭いなぁ。
かろうじてどうぞ、とだけ言った俺を気にするわけでもなく、ヒチョリヒョンはどかっと床に直接座った。
「.....あの、」
「リョウガは俺の部屋に行ってるから」
「そう、ですか」
「こんな深夜に起こしとくわけにもいかねぇだろ」
それ、俺にも同じこと言えると思うんですけど。
そう思うけど、今日はヘマをやらかしているだけに口に出すことは出来なくて、ただでさえイライラしているのに更に増していく。
既に夜も半分終えているこの時間帯。
こんな時間にヒチョリヒョンが来たのも、寝る気分にもなれないのも、全部このイライラのせいだ。
キュヒョンと大喧嘩をして数日。
どれだけ一緒にいるのが嫌でも関係なく、いつも通りに仕事は入ってくるわけで。
最初はなんとか隠せたイライラも、日を追うごとに周りに露呈していく。
バラエティやインタビューでは誤魔化せていた気持ちの不調が一気に出たのは、今日最後の仕事だった歌の収録の時だった。
よりによってその日の収録が、浮気をされた男の気持ちを歌う....なんて、今の俺には到底平常心で歌えないテーマのバラード曲だったんだ。
どうにも声が出ない、音程も合わない、リズムも掴めない。
何度も取り直しをしても改善することはなく、最初はイライラを募らせていたスタッフさんも最後には逆に心配そうな顔でこちらを見ていて。
途中まで付き合ってくれていたジョンスヒョンとヒチョリヒョンを「大丈夫だから」と返したあとも、当たり前だけれど俺の調子が戻ることはなかった。
「結局、とれたのか。」
「....いえ。日を改めることになりました」
「だろうな」
はん、といつもの小馬鹿にしたような笑みを浮かべるヒチョリヒョンを睨みつけながら、それでも何も言い返せない。
だって、その通りだから。
このイライラを解消する方法は分かってる。仕事に持ち込むべきじゃないってことも、分かってる。
なのにヒチョリヒョンに謝罪できずに、寝てるだろうから、なんて理由で話をするのも明日に持ちこそうとする自分が、大馬鹿野郎だって思う。
だから、言い返せない。
そのまま俯いて黙り込んだ俺を見るヒチョリヒョンの視線も、だんだんとキツいものになっていくのが肌にひしひしと伝わる。
あ、これ俺やばいかも。明日大丈夫かな、なんて呑気なことが頭に浮かぶ俺に、ヒチョリヒョンがふっと息を吐く。
「....なぁ、お前はなんでイライラしてんの?」
「........は?」
怒鳴られるだろう、と身構えていた俺には予想外の言葉が降ってきた。
なんで?なんでって、この人知ってるんじゃないのか?
だって、俺からしてもこんなに分かりやすい。
それとも、俺の口からわざわざ言わせたいとか?
「な、なんでって.....」
「俺馬鹿だからわかんねぇわ。教えてくんねぇ?」
「っそれは、」
「あぁ。どうした?」
意図が分からずに思わず見上げた顔に、先程感じたような険悪な雰囲気はなかった。
むしろ小さい子供に言い聞かせるような、優しげな目でこちらを見るヒチョリヒョン。
その目を見て、自分の中に渦巻いていた何かが、しゅう、と抜ける音がした。
「...キュ、ヒョナと。ずっと、すれ違っていて」
「あぁ」
「それで、前、久し振りに会えた時に、久し振りなのに、全然楽しそうじゃなくて」
「あぁ」
「それで、つい八つ当たりして。そうしたら、大嫌いですって言われて、」
そこまで言ったあとは、もう何も言えなくなってた。
視界がぼやけて、言葉が詰まる。
あれ?あんなにイライラしてたのに、なんで泣いてるんだ俺。
困惑する俺を、ヒチョリヒョンはため息をつきながらぐいっと抱き寄せた。
「な、俺はお前がイライラしてた理由はわかんねぇけど、泣いてる理由は分かる」
「....っふ、うぅ、あ、」
「お前、キュヒョンに怒ってるわけじゃない。本当はさ、イライラしてるわけでもないだろ?」
また優しげな声で言ってポン、ポンと背中を叩いてくれるヒチョリヒョンに、更に涙が溢れる。
俺、何に怒ってたんだろう。何にイライラしてたんだろう。
イライラしてるわけじゃないなんて、分かってたけど、
つまらない片意地を張って気づかないふりをしてた。
キュヒョンが俺がいなくても平気な顔してるから。
キュヒョンが久し振りに会えたのに楽しそうじゃなかったから。
キュヒョンが俺を大切にしてくれなかったから。
だから、悔しかった。
だから、寂しかった。
だから、不安だった。
「なぁ、ジョンウン。イライラで感情に蓋すんな。自分を認めて欲しい気持ちをそんな刺々しい感情で隠すなよ。そんな風に逃げないで、向き合わなきゃ駄目だろ」
「っ....ぁ、は、い、」
「自分の気持ちをさ、きちんとすくい上げてやれ。それが1人じゃ無理なら言えよ、手伝ってやる。なんのために俺らがいると思ってんだ」
お前がそんなんなせいで、どんだけあいつらがうるさかったかわかってねぇだろ。と言ってまたため息をついたヒチョリヒョンに、また涙が溢れた。
大きくなってしまった泣き声を聞いて、ヒョンがあーもう!なんて言いながら抱いていた手を解く。
いつもの悪戯っ子のような顔ではなくて、ヒョンの顔をしたヒチョリヒョンが視界に広がった。
止めようとしてもなかなか止まらない涙を、優しく親指で拭うヒチョリヒョン。
仕方が無い、とでも言うように綺麗に笑ったヒョンに、少し見蕩れた。
「これからキュヒョン来るから、きちんと伝えろ。そんでさっさと仲直りしろよ。いいな」
「っ、ふっは、ぃ....え!!?い、今からって、」
そんな綺麗な顔から出された言葉への驚きで、あれだけ止まらなかった涙が一瞬で止まった。
今からって....ヒチョリヒョンの口ぶりからもうとっくにメンバーは寝てるんじゃないのかと......
驚きで固まった俺を他所に、おー涙止まったな。よかったよかったなんて言いながらヒチョリヒョンはさっきとは打って変わって意地悪く笑う。
「今ジョンスとソンミナとリョウガが行ってっから。そろそろじゃねぇか?」
泣かせた罰は重いんだよクソマンネが。と言いながらクックックッと笑うヒョンはさながら悪役のようだった。
.....ていうか.......怒らせると怖い人TOP3だ.......大丈夫かなキュヒョン.......俺も悪いのに......
キュヒョンの無事を願ったと同時に、遠くからバンッ!と扉が開く音がして複数の足音と怒声が響く。
3人にしては明らかに多い声。それを聞いたヒチョリヒョンが苦笑いをこぼしてからスッと立ち上がった。
「んじゃ、ジョンウン」
「っ...え?」
顔を上に向けさせられた直後、目尻にちゅ、と柔らかい感触が伝わる。
「キュヒョンに言っとけ。今度泣かせたら俺がもらうってな」
ヒチョリヒョンがガチャッと扉を開けたと思うと、そこからなだれ込むようにキュヒョンが入ってきた。
呆気に取られている間に、同じように目元を赤くしたキュヒョンが俺を見て眉を歪めて。
「キュヒョ、「ジョンウニヒョン!!!!!」っぶあっ」
俺が最後に見たのは、閉まってゆく扉の向こうに勢ぞろいしていたメンバーの顔だった。
--------------------------
「ったく、本当にそろいもそろって不器用なやつらだよ....」
「....ヒチョラ何もしなかっただろうな....?」
「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇ、なんもしてねぇよ。...お前らこそ何したんだよ?キュヒョンの顔最高に面白いことになってたけど」
「何もしてませんよ?」
「そうです。法には触れてないからセーフでしょ」
「乙男2人まじ怖かった」
「そういうドンへも凄かっただろうが」
「ヒョクチェも大差なかったですよ」
「俺は部屋に入ったらシウォンが真顔で仁王立ちっていうのが一番威圧感あったと思うけどな」
「や、カンインヒョンのガンの飛ばし方最高だった」
「....お前ら全員で行ったのか」
「電話もかけたよ。ハンギョンとキボムに」
「僕はチョウミヒョンとヘンリーに声かけました」
「ナイスすぎるわ」