これぐらい過去の女達を含め女という存在を憎んでしまう。

過度の嫉妬。

ひろに関った女なんか死んだらいいのに。


過去とは言え許せない。

私と出会う前の事だからなんて一般論は私には通用しない。

嵐が過ぎるのを自分の中で絶えてるけど

本当は痛い目に合わせてやりたい。


ひろ本人も許せない。

聞かなければ良かった。

過去の女達の情報を聞いて、私が一番と言うことを確認して優越感に浸っても

満たされるのは一瞬だけで後に続く時間は嫉妬に悩まされるだけ。


前の彼氏の時も苦しんだ。

嫉妬の妄想に駆られて。。

嵐が過ぎるのは、嫉妬しなくなるのは相手に冷めた時だから救われない。






ひろとだったら一日中でもキス出来る。

唾液も飲めるし精液も飲めるし飲んでって言われたらおしっこだって飲める。

汚いなんて全く思わない。


薄い頬に触ると愛しくてたまらなくなる。

自分の子供を思うような愛しさ。

私がこんな風に感じてるなんて絶対しらないだろうな。。


洗い立てのふわふわの髪の毛に触ると抱きしめたくなる。

私が上になってひろの感じてる顔をみると、めちゃくちゃにしたくなる。

ひろの精子が中で全部出たとき愛しくて嬉しくて満たされて震えてしまう。


ひろのお母さんが羨ましい。こんな可愛い子供を生んで育てる事が出来て。。


耳から離れない特別な歌。

東京国際ホールでの夜を終えた次の日

東京でひろを待つ心境は正にこの曲の詩そのもの心境。


とても昔の曲で時代背景も環境もまったく今とは違うのに

私の心はこの曲そのもの。


国際ホールでの「銀座カンカン娘」が耳に残ったまま東京の街で一人待ちながら遊ぶ。

頭の中で歌いながら。


雨に降られて カンカン娘傘もささずに 靴までぬいで
ままよ銀座は 私のジャングル虎や狼 恐くはないのよ


こんな歌詞だったけな。。


大阪に帰って来て今日、トレビュートアルバムを買って聴いた。

大切な想いでの大事なアルバム。

このアルバムが悲しみのCDになるのか、懐かしい思い出のCDになるのか

先のことなんて分からないけど宝物のCDだよ。

新幹線に乗って新大阪から新横浜まで行き、東神奈川で乗り換えて横浜までの間。


特に新横浜から横浜までの電車の中の時間が愛しく思えた。


ひろにもうすぐ会える。この間の時間で聴く音楽は大抵Tristes Apprêts, Pâles Flambeaux だった。


ひろの顔を横浜で見つけても心の中の高揚は隠したままで驚くほどそっけなくしてたけど早くその手を繋ぎたかった。


大好きな手。


ひろの家の何もかもが好きだった。

ひろが育った家。ひろの歴史、ひろの兄弟や家族の歴史が詰まった家で過ごせる幸福感。

何度行っても飽きなかった。


本棚に置かれてある本の一冊一冊まで興味深く新鮮で

積み上げられたCDの一枚一枚、アルバム、お父さんの部屋、全部愛しかった。


全部した。気が済むだけの事ひろとはもうした。


思い残す事はもうないでしょう。。。


なのにまだまだ現れてくる。。


どうしようもなくひろの全部が欲しいのに、新しいものを欲しがる自分がいる。。

幸せの時間。


新宿で落ち合って一緒にランチしてカフェした後一時バイバイして

ひろの仕事が終わるのを待つ間、ささやかな幸せを感じてた。


私は一人じゃない。


仕事が終わればまた落ち合って同じ岐路で一緒のお家へ帰る。


お酒を飲んでそのままひとつになる事だって出来る。


温かいお風呂に一緒に入って温かい布団の中で裸で抱き合ったまま朝を迎えてコンサートの記憶が残ったままの音楽を一緒に味わう事もひろだから叶った事。


コンサートが終わって過ぎの日の朝、何気なくつけたテレビから前夜のコンサートの映像が流れてきたときの何ともいえない感覚をひろと以外誰と分かち合えるだろうか。