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心の歩み、さまざま

米国マサチューセッツ州で、サイコ(心理)セラピーをしています。
そこら辺に転がっている、日常の色々。
心理学の視点、文化の視点から斬ってみると、また別の物が見えてくるかもしれません。

前回から引き続きお知らせしている、ポールさん。

 

ガタイの大きい人です。
格闘技で体を磨き上げ、
ケンカの場で腕を発揮していた、というのがご自慢の方です。

 

自分の家族や友人に悪いことをする人をなぐり倒して、
「正義の味方」をふるまうものの、
その結果、自分が刑務所に入るような騒動を
繰り返し行って来たそうです。

 

そのポールさんには、
幼い頃から父親に度々殴られてきたという背景があります。
泣くと殴られ、「弱虫だ」と言われる。
言い返すこともできない自分を「弱い」人間だと思い、
いつか父親を倒すことができるように「強い」人間に
なりたいと思って、鍛え上げてきたのだとか。

 

刑務所に入るのが嫌だから、一応最近は、
ケンカ騒動を抑えてはいるものの、
「悪い」人間を殴って、家族を「助ける」ことの
何が悪いのか、なかなか理解できないご様子です。


そんなポールさんが、目下非常に気にしていることは、
妹さんが連れてきた14歳の娘さんのことだそうです。

 

この人は本当の娘さんではなく、
妹さんが養子として引き取った子供。
「そうすれば妹は、州から養育費がもらえるから。」
という理由で引き取ったらしいと、
ポールさんは言います。

 

娘を引き取ったものの、妹は全く世話をしない、

とポールさんは嘆きます。
しょっちゅうボーイフレンドのところに出かけ、
食事も着るものも与えていない、というのが
ポールさんの言い分です。

 

そんなポールさんは、姪の事が心配で
仕方がないそうです。

 

妹がしょっちゅう出かけるので、
学校への迎えは、ポールさんが引き受けるそうです。

 

「悩みがあるけれど、母には打ち明けたくない。」
姪にこう言われると、ポールさんは、
親に悩みを話せなかった自分の過去と
重なってしまうのか、
自分が妹さんを引き取ることができたら
どんなにいいかと考えるそうです。

 

そして先日は、
「この間、俺が姪に傘と靴を買ってやった。
 俺は買い物をするときに値段を見ない。
 俺はチープな人間じゃない。そうしたら、
 妹が、勝手にものを与えるなって文句を言ってきたんだ。」

 

母親がいながら、伯父が物を勝手に与える。
どんなにひどい母親だとしても
母親と話をして同意を得る、
というステップを踏む重要性が
今のポールさんには見えていないようです。

 

妹さんへの「助け」を散々してきたポールさん。
妹さんが「堕落していて困る」と言って嘆いていた
ポールさん自身の中に潜む、
「人助けをして、自分の存在感を得たい」
という無意識の欲求は
ずいぶん意識化されてきましたが
いまだに存続しているように見受けます。

 

そのポールさんが同時に抱えている問題。
怒ると瞬時に相手にパンチをくらわしたくなる、
衝動はいまだに抑えるのが難しいこと。

 

父親に繰り返してされた
非常な暴力的なの為、
映画館の席で、隣の人のジャケットが自分に触れたりするだけで、
いつのまにか昔の苦しみがよみがえるらしく、
気づいたら殴りかかっている、
ということもしばしばあるのだとか。

 

レジで立っていても、後ろの人が自分に触れたりすると
「わざと俺を苛立たせているのか?」と、
相手の胸ぐらをつかんでしまうというのです。
スーパーのレジで、他人と騒動を起こし、
わが子が泣き出すこともしばしば。

 

今回は、こんなシミュレーションをしていただきました。

 

妹さんに連絡がつかないとして、
姪御さんが家にいるかどうか、見に行ってみました。
家の中からは、男の大きな声と、
姪さんの大きな声が聞こえます。

 

ポールさん。
「レイプか?」

 

何だかわかりません。
けれど、音だけが聞こえて、ドアは閉まっています。

 

ポールさんはどうしますか?
「ドアをけり倒すか、窓を割って入る。」

 

中に入ったとします。
男の姿と姪御さんの姿が見えます。
姪御さんが部屋の隅にしゃがみ込み、
男が何かをしようとしています。
姪御さんは泣きながら何かを叫んでいます。
どうしますか?

 

「男を殴る殺してやる!」

 

それはどうしてですか?
「姪を傷つける奴は許せねぇ。」

 

その時点で傷つけたかどうか、わかっていますか?
「そんなことはどうでもいい。」

 

ではポールさんが殴ったとします。
その結果どうなりますか?
「また牢屋行きだ!俺はかまわねぇ。」

 

妹さんが姪御さんのケアをしていないとして、
ポールさんが刑務所に入ってしまったら、
姪御さんはどうなりますか?
「...。」

 

ポールさんにはお子さんも居られますね。
「...。」

 

こみ上げる、抑えの利かない相当の怒り。

 

父親を見て育った為に、
父親から「習得した」暴力をふるう姿。

 

「弱虫」と言われれ育ち、
やっと「強く」なった。

 

俺はわが子を暴力で黙らせるのではない。
人を助けているのだ。
それが悪いとでも言うのか?

 


このシミュレーションを行いながら、
ポールさんは、目に悔し涙をためています。

 

ではポールさん。
ポールさんが殴らなかったとします。

二人の様子はどんなですか?
「たぶん、男はひるむ。
 俺の体がデカいから。」

そうですか。ということは、ポールさんが
部屋に入るだけで、何かが防げるということですね。

それは大きいですね。

 

すると、その後の結果はどうなりますか?
「俺は刑務所に入らない。」

 

悔しそうに言う、ポールさん。

 

せっかくやる気満々なのに、
せっかく、身を粉にしても、人を守ろうとしたのに、
なぜ自分は、法にひれ伏さなくてはいけないのか、
と、以前も言っておられました。

 

それだけではないですよ、ポールさん。
1.殴らなかった
2.危険から姪を助けた

 

それ以外にもあります。
3.成人になっていない子供の危険な場に、
  母親は存在しなかった
4.その場に居たのはポールさんだった

 

このような場合を(米国の)法廷に持っていけば、
姪御さんの養育権をポールさんが得ることを
訴えることが可能ですよ。

 

「あ!」

 

我慢をすることで、
罰を受けないだけではなく
欲しいものも手に入る。

 

今までは、
「悪い」人間を殴って、家族を「助ける」
ことの何が悪いのか、というかたくな信念により
自分のコンプレックスをサポートし、
自分の衝動をも発散してきたのですが、
ここでこれが初めて崩れかかった様子が
垣間見られました。

 

この後は、不思議なことに
姪御さんへのサポートも、
突然やめてしまったポールさん。

 

「姪が色々買ってくれと言うから
 最近は妹の家には行かない。」

のだとか。

 

ポールさんの心の中に何が起こったのでしょう?

 

今度は又、別のお話を書かせていただきます。

前回書かせていただいたポールさん。
彼にはもう一つの疑問があります。

 

実妹が男等に騙されたり、襲われたりする度に
ポールさんに泣きついてくる。、
その度にポールさんは、相手の男等を
殴り倒してきたそうです。
しかしながら、妹さんは、
その男と再び消えてしまったり、
何度も同じような変な男をつかまえて、
それどころか、相手の男を殴ったことを
恨みに思ったりする。

 

しかも、さん妹さんは仕事もせず、
生活保護ももらわずに、
自分の給料にさえ頼ってくる。
俺が「仕事を見つけろ」、「もっとましな男を見つけろ」と助言をしても、
自分の言うことを一切、なぜか耳にしない。
やりたいことだけやっては、頼ってくる。
妹は「頑固者」であり、腹が立ってしょうがない、
と言うものです。

 

そんなポールさんのお仕事はどうなっているのかと言えば、
2年前まで働いていた工事現場で
仕事の最中、穴に落ちて足を大怪我をし、
まともに歩くことや仕事ができなくなってしまった。
弁護士と一緒に会社を訴えた結果、
訴訟に勝って、大金を得ることになった、
という状況です。

 

突然資産を得てしまったポールさん。

 

そのお金の匂いをかいだ妹さんは、
さっそく別の州から引っ越してきました。
14歳のお嬢さんを連れて。

 

「俺は気前が良い。俺は男だ。」というポールさん。
妹さんにもお金を譲ることも考えています。

 

どうも共依存の匂いがしたので、

それが本当に妹さんの為になることなのか、
ポールさんに聞いてみました。

「妹は俺に頼ってきた。
 妹は家族だから、俺はなんでもしてやる。」

 

ところで、妹さんに仕事をして欲しいって言っていましたよね。
と聞いてみます。
「仕事をしたがらない。困ったもんだ。」

 

ポールさんご自身の、今のご自分があるのはどうしてですか?
「人生で底の底まで行ってから、這い上がってきたからだ。」

 

では、妹さんが本当の失敗から学ぶのを、
経験させてあげることはできますか?
「それはできない。
 妹は家族だから、俺がケアしなければならない。」

 

妹さんはドラッグをやっていますか?
「やっていない。妹はクリーンだ。」

 

もし妹さんがドラッグをやっていたら、お金を渡しますか?
「渡さない。全部ドラッグに使ってしまうから。」

 

ドラッグをしている人にお金を援助すると、

それをさらにドラッグにつぎ込んでしまい、

薬物中毒が悪化するという常識そ、

ポールさんはよくご存じの様子。

 

では、ドラッグをやっていなかったら、お金を渡しますか?
「渡す。」

 

その違いは何ですか?どうして違うのですか?
「...。」 きょとんとしています。

「中毒じゃなければ、無駄遣いしないから。」

 

本当ですか? 使うものがドラッグでなかったら、

お金を援助しても安心ですか?
「...確かに。」

妹さんにお金を渡すことは、妹さんにとって「助け」になりますか?
「ならない気がしてきた。」

 

そしてポールさん、
「俺を利用するようになっている妹が

 最近、嫌になってきていたけれど、
 今見放したら、俺が悪者になる恐れもあった。」
とおっしゃっていました。

 

「俺の言うことを聞かないから、
 今は妹が好きじゃないし、だから譲らない。」
という感情がちょうど芽生えていたところ。

けれど、ポールさん。
実は他にも、成人して仕事もしている
実の息子2人と娘1人が他の州に居て、
今でも前の奥さんと一緒に住んでるそうですが、
その人たちには、なんと
既に10万ドルずつ渡してしまったのだそうです。

 

「I love them more than anything.」
「俺は、もらった金を独り占めするような、ケチな男じゃない。
 俺は道端でだって生きていけるし。」

 

ポールさんは、今まで何年も度々刑務所に入れられたり、
仕事を転々としていたので、
当時ポールさんに育てられた、息子と娘には、
まともに養育費を出してやることができずに、
ポールさん自身が申し訳ないという気持ちで生きていらしたとか。

 

一方で、こんなことも言っておられました。
「俺の妹は、有り難がらない。
 彼女は、助けてやったのに、俺の言うことも聞かない。
 でも息子達は違う。それに、俺のアドバイスもよく聞く。
 だから、息子たちだけには金の支援をしてやりたい。」

 

自分のアドバイスを聞かない相手が
憎らしくてたまらない、というポールさん。

 

実際、ポールさん自身のBoundaryは幼い頃から
親から犯され続けていました。

 

父親に箸の上げ下ろしで、殴られる。
口答えしようものなら、殴られる。

 

父親に反論しようものなら、サンドバッグにされてしまう。
言うことを聞かないと、痛い目にあう。

 

従ってポールさんは、父親だけではなく、
いじわるな兄たちの言うことも聞いて、
とにかく言うとおりにしていたのだそうです。

 

どうして言うことをきいていたのでしょう?
「復讐が怖いから。」

彼自身のBoundaryが犯されるまま、

長年、それが通常化していた状態、
そしてそれを我慢しなくてはいけなかった、

ポールさん。

 

このお話をしながら、ポールさんは

すすり泣きをしておられました。


「俺は人からアドバイスを受けたら聞く。」
「それはきっと、今思うに、

 自分が我慢して他人の言うことを聞いたから。」

 同時に、他人のアドバイスを受けない人間も許せない。

 「No」ということに恐怖を覚えない人間がいるなんて、

 悔しい。

 

こんな風にして、ポールさんは

自分の言うことを耳にしない妹さんに対して
相当の怒りを抱いていることが、
実は過去の自分が抱いていた鬱憤とつながっている

ことに、気づいたのだそうです。


自分の中のそんなからくりを、

ポールさんは時間をかけて、

一生懸命発掘しておられます。

 

「じゃぁ、俺は一体どうすればいいんだ? 

 教えてくれ。」

というポールさん。

 

私には答えは与える資格はありません。

私の仕事は、ご自分の中にある答探しの

お手伝い、とご理解ください。

 

でもポールさんは、もう、解決への道は

ずいぶん歩いていますよね。

そして、光も見えてきていませんか?

 

「え?」

 

もし、簡潔な答えは得られない、

人を変えることはできない、

のだとしても、

自分の中の世界を探ることはできる。

 

自分が変わると、自然と

皆の自分への接し方も変わってくる。

そういうものでは、ないですかね?

 

このポールさん。

小さなことから、大きなこと、

様々なことをこれからも考えて行かれます。

 

次回は、ご自分の中の
いろんな衝動と、どう戦っていくのか
について、また書かせていただきます。

 

ポールさんはガタイの大きい人です。
自己流に格闘技を練習し、

体を磨き上げてきました。

 

工事現場の仕事で大けがをして以来、

ここ数年、家事と現在10歳の息子の育児は

ポールさんが担当し、
奥さんが一日10時間、

そして週末も働いておられるのだとか。

 

その奥さんは、

休みの時間は寝ていたいのか、
またはそれ以外の理由があるのか、

とにかく、ポールさんは

「ここ何年も妻と何もしていない!」

と言われます。

 

このポールさん。
「俺は男だ」が口癖です。
時によって意味が変わりますが、
この場合は、

「男だから性欲があって当たり前である」
ということのようです。

 

他にも
「女は他にも沢山いる。

 実際に近寄ってくる女もいる。」
なのに、「妻の為に」我慢している。とのこと。

 

どんな人ですか?と聞いてみると、
ボクシングジムで数年前に

あった女友達、だとか。


しょっちゅう「おねだり」をしてきては、
頬に口を寄せてきたり、

耳を噛んだり、する、と。

 

その人と寝たいのですか?と聞かれると
「そんなことをしたら、家庭が崩壊する。」
「離婚したら、息子となかなか会えなくなる。」

 

その人が好きなのですか?と聞かれると
「ナイスボディーだけれど、

 友達以上の何でもない。
 変な関係になって、

 友達関係にヒビが入るのが嫌だ。」

 

「奥さんの為」だけではない理由も。

 

そんな大事な友達に、

耳を噛まれたりするのは

どんな感じですか?
「断るのがつらい。」

 

その人とポールさんが寝たいからですか?
「そうじゃなくて、欲を抑えるのがつらい。」

 

そのつらい状況、

これからずっと続けたいですか?
「やめてほしい。」

 

その「お友達」と少々

距離を置くことはどうでしょう?
「僕にはその方が良い。」

「けれど、怒ると思う。」

 

何に怒るのでしょう?
「拒絶されることに、だと思う。」

「今までも時々怒っていた。」

 

ポールさんが今必要としている、

家族と自分の身を守るために必要な
彼女との間の境目。

私達がBoundaryと呼ぶものです。

 

それを引くことが困難な理由は、
ポールさんの過去にあるようです。

 

実際、ポールさんご自身、

子供のころから、
母親に拒絶され続けてきた人だとか。

 

母親は父親に殴られても、

かまってくれない人だった。

 

それどころか、

母親が家の中で他人と浮気をし、
そのことを父親から問われ、

答えるまで殴られ、
結局、相手の男の名前を吐いた後、
母親に恨まれ、そして「行動問題児」として
しばらく養子に出されてしまったのだとか。

 

泣くと父親に「女みたいに泣くな」と、

さらに殴られ、
泣くと母親に「赤ん坊め」と言われ、
泣いた罰として、

小学校にオムツを着て登校させられた
なんてひどいお話しもあります。

 

子供のころに

親にハグをされた記憶がない

そんなポールさん。

 

肌を触れられたことは、

父親に殴られた時だけだそうです。

今でも、男性に不意に触れられると、

思わず殴りかかってしまい、
女性へ触れることは、

おそらく普通の人以上に
切望している様子が伺われます。

 

「何であんなに何年も昔の事なのに、

 今でも思い出してしまうのだろう?」と
 ポールさんは度々疑問に思う様です。
「あんな記憶消えてしまえばいいのに。」


「思い出す度に泣いてしまう。

 こんなに体は強くなったのに、

子供みたいだ。」
とポールさんは言います。

 

そんなポールさんの中では、
「男は体が強く、従って心も強く」
「女と子供は体が弱い、従って心も弱い」
と信じてしまってきたのでしょう。

 

きっとお父様も、

心が弱い人だったんですね。
という私の言葉は、ポールさんには

「考えたこともない」ことだったとか。

 

そんなポールさんは、

「拒否する」奥さんへの怒りが膨大で
今にも破裂しそうです。

 

奥さんに怒っていますか?
「俺は女は殴らない。」

 

男女の別を超えて考えてみたとして、

奥さんに怒りを感じますか?
「妻が男だったら、

 今頃打ちのめして、

 殴り潰しているかもしれない。」

 

そうですか。何に怒りを感じますか?
「俺は良い父親だ。(子供を殴らない。)
 俺は良い夫だ。(浮気をしない。)
 俺はまっとうな人間だ。(ドラッグをしない。金もある。)
 なのに、妻は俺を拒否する。
 飼い殺しだ!」

 

奥さんは、ポールさんが

怒っておられることを知っていますか?

 

「わからない。たぶん。
 俺は乱暴すぎるから嫌だと

 言われたことがある。」

 

乱暴にしたことがあるんですか?
「殴ったのではない。

 彼女をいい気分にさせただけだ。」

 

それは彼女の望んだ形ですか?
「女は皆、俺のとことんやるセックスを好む。
 他の奴とは違う、記憶に残るような形をとる。」

 

奥さん、あなたの怒りが嫌なのではないか、と

考えたことありますか?
「...。 でも俺のニーズを 

 全く満たしてくれないから、
 俺が怒るのも当たり前だ。」

「神は俺に体をくれた。

 男の体は女を欲するようにできている。」

 

奥さんのニーズは何ですか?
「わからない。」

 

相手を喜ばせる、と言いましたが、

これはポールさんの場合どんなものですか?
「It is a business to finish each time.」
ビジネス!

心と切り離された、愛情と対極の言葉が出てきました。

 

神とおっしゃったけれど、例えば

神、夫婦、愛、生命、子供、愛、神、

このようなリンクをどんな風に考えますか?
「なんだそれ、その中にセックスはないじゃないか。」


言い切りました。

あまりはっきり言い切ったので、

私も驚きました。

 

愛情が何か、

親から教わっていないのでわからない。

 

愛とセックスは完璧に切り離れている。
セックスと命も切り離れている。

これは何も

ポールさんに限ったお話ではなく、

メディアの責任も大きいですが。

 

しかしよくよく聞いてみると、

ポールさんの場合、

以前の女性達とは、

一日に10回が平均で、
一日に2‐3回というのは、

「少なすぎる」と言われます。

 

ポールさん。
寂しい人がスナックばかり

食べてしまうことがあります。
栄養を取る目的ではなく、

なんとなく口にしてしまう。
食べるつもりはない

ポテトチップスのようなもの。
食べすぎると後悔したりするのに、

ついつい後に引いてしまうもの。

 

これと、愛情のないセックスは、

どちらもドラッグと同じ質のもとだと
思ったことはありますか?

 

「え?」

 

心の底が満たされることがないから、

表面的に繰り返され、
満たされないので、

さらに求めるけれど、

求めるものが何か違う、
といったような。

 

口がしばらく開いて、

考え込んでいるポールさんがおられました。

 

「考えたこともなかった。」

 

奥さんは、今まで食べてきた

沢山のポテトチップスよりも、

愛情のこもった、

本当の美味しいごはんをたまに味わいたい、

そんなご飯をお互いに作り合いたい、

そう言っているんではないですかね。

 

「言っている意味、わかる気がする。」

 

そして、伺いますが。
奥さんへの様々な気持ちは、

ひょっとして、

小さい頃のポールさんが
お母さまへ抱いていた様々な気持ちと

つながっている可能性はありますか?

 

最初は「何の事か、わからない。」

といった様子のポールさん。

お母さまとの思い出を、

もう一度話していただきました。

 

そうしたら、目からあふれる涙とともに、

ものすごい怒りが現れました。

 

兄が何人もいるのに、

父親と母親二人で、
自分ばかりを責めた挙句に、

他人に預けてしまった過去。

 

「今晩は妻を怒らない気がする。」

 

こんなポールさんとのセラピーの会話も、

これからしばらく続きます。

 

***

関連ブログ

 

今後のポールさんの発展

 

妻を憎んでいた自分は間違っていた。ポールさんの場合・4。

 

許せない親と同じ行動をしているらしい自分。何故?ポールさんの場合・5。

 

 

お次はミッシェルさんのお話です。

ミッシェルさんのお母さまは、
ミッシェルさんが5歳のころ、
暴力的な夫から逃れ、
一人でミッシェルさんを育ててきました。

ミッシェルさんは
どちらかと言えば犬より猫が好き。
自分をも猫に例えます。

いつも飼い主に甘える
犬の気持ちがわからないし、
犬にしょっちゅう
甘えられるのも嫌である、と。

猫は独立性が強い、
人に邪魔されるのが嫌い、
気の向いたときにだけ飼い主に甘える。
気ままに過ごしたい、
私はそんな猫っぽい性格である、と。

一見ただの「動物に例えたアタシ」という
可愛いお話しに聞こえますが、
こういう彼女には、
彼女の母親とのしがらみが
理由として潜んでいるのです。

ミッシェルさんは
料理の苦手な人です。
お母さまも、
あまり料理をしない人でした。
「30分以上かけて料理をして、
 5分で食べるなんて、
 料理ほど無駄に思えるものはない。」と
必ず、「ごもっともな理由」が付きます。

そんな彼女は、
いつも昼食をポテトチップスで済ませ
肥満体系です。

そして何より、
片付けの苦手な人です。
前頭葉の働きが
少々弱い様子が見られます。

このお話しは、また別の時にしますが、
前頭葉がうまく働いていないと、
整理整頓が苦手になるだけではなく、
予定を立てるのが難しい、
ぎりぎりに準備を開始するので遅刻が多い、
と言ったように、
順序立てて物事をこなすのが
不得意になりがちです。

こんなミッシェルさんを、
密着して育てたお母さまは
彼女のことを「いつも心配」して
おられるようです。

ミッシェルさんの今の悩み。
何年か前から、
2週間に1度、母親が
「為になる雑誌記事の切り抜き」を、
ミッシェルさんに送るように
なったそうです。
内容は、医療、健康食品、整理整頓術など。

猫のような性格のミッシェルさんは、
この記事を読みたがらないどころか、
弱点を度々つつかれているような
思いもありつつ、
かといってお母さまに断ることもないそうです。

結果、記事は散らかった部屋の隅に
どんどん溜まっているのだそうです。

そのミッシェルさんの口ぐせ。
「I 『should』 clean my room。」
「I 『must』 be more organized.」
「部屋を片付けなきゃ。」
「整理ができるようにならなくては。」

何々を「しなきゃ」「するべき」と
自分に言い聞かせながら
なかなか事が運びません。
奮闘して「今週末中に全部片付ける!」と
言ったかと思うと
翌週には、何か言い訳をしています。
セラピーでも色々やりました。

完璧にこなそうと思いすぎでは?
「じゃぁ、少しずつ整理すればいいのかしら?」

Should、Mustを使って、
自分を「やらねば」「せねば」と
締め付けていませんか?と聞けば、
「部屋を片付け『たい』」と
言い方だけを変えて、思考はなかなか変わりません。

記事をいっそ捨ててしまう
というのは?と聞けば
「溜まった雑誌の切り抜きは、
読んでから捨てるわ。」

そこで聞きます。記事を読みたいのか?
「読みたいかときかれると、
 読みたくはない。」

なぜ捨てないのか?
「母が傷つくから。」

この人は、お母さまに言いたいことを
正面から言ったことがあまり
ないと言います。
言えばたいていお母さまの方が、
大きな声とまくし立てる説得力で、
彼女を押さえつけるのだそうです。

あまり怒りを表さない
ミッシェルさんの場合、
彼女にとっては口やかましいお母さまは、
無視して避けられたら楽なのかもしれません。

しかし母一人子一人。
お互い他に頼る人がいない、
そんな関係でもあるので、
そう簡単にはいかないようです。

このお母さまのサポートの形は
くせ者です。
「頼んでもいないことをする」、というのは
日本の家族内ではよくあることですが、
独立を重んじる国では大問題です。
けれどミッシェルさんにも、
それは問題とは意識されていません。
「これは母の愛情だから。」

一方で、引っ越しをした数年前、
自分の部屋にお母さまが
勝手に水の浄化器を置いて行ったとかで、
「母は私に、必要か否かを聞かないで、
 勝手にやるところがある」と
笑いながら鬱憤を漏らしていました。

あまり怒りを表さないミッシェルさんの場合、
怒りは皮肉な笑いとともに漏れれば良い方です。
長い間セラピーでも、
お母さまを保護する発言で自分ばかりを責めていました。
隠れた怒りをなかなか表さないので、鬱として溜まり、
回復にも時間がかかりました。

ここで「超えてはいけない壁」の話をします。
前回も書いたように、これは:

*相手の意思や行動を変えようとしない
*相手の決断がどんなにまずくても任せる、尊重する
*人の問題に首を突っ込まない
*他人のプライバシーを探ったり想像したりしない

と言った心の境界線のようなもの。
英語で、これをBoundaryと言います。

ミッシェルさん自身、
自分の問題より他人の問題に興味を示したり、
あることないこと推測して、勝手に傷ついたり、
精神疾患のある人を自己流にサポートしようとして、
二人でおぼれてしまいそうになったりと、色々あります。

なぜBoundaryを超えるのか?と聞かれると、
「なぜ超えてはいけないのかわからない。」と
素直に言います。

Boundaryを超えて超えてこられた人は
どう思うか?と聞かれると
「不快に思う人がいるなら思えばいい。
 それはその人の問題。」と
突然境界線を引いたりします。

自分のBoundaryを超えてくる人が居たら、
どんな気持ちか?
と聞かれると「別に構わない。」

そう。ではあなたのことを
過剰に心配したり、
あなたの行動を変えようとしたり、
陰で何かを操作したり、
あなたのプライバシーを
勝手に想像したりされたらどう思うか?
と聞かれると「嫌だ、それって私の母みたい。」

そしてしばらくして、
「でもそれは母の愛情だから。」
と言います。たしかにそうですね。

ではこれはどうでしょう?
1)情報だけを提供して、
 「情報を使うか否かは後はあなたに任せます。」
というのと
2)「この情報使いなさい。今すぐ。
 あなたのためになるから」
との違いは何ですか?

「一つは任されている感じ。
もう一つは押し付けられている感じ。」

そうですね。一つは、
相手の意思を尊重する形で、
もう一つは、超えてはいけない
境界線Boundaryを超えた形です。

そこで、ミッシェルさんは
邪魔されるのが嫌いな
「猫」のタイプでしたよね?
と言われると。
「本当にそう!
 私は放っておいてほしい人なの!本当に!」

以前、お母さまからの記事が
重荷に感じると言っていらっしゃいましたね。
と聞かれると、
「人が人を操作するのは私の家族の在り方だから。」
と言いながら、ミッシェルさんの笑いが噴き出しました。

家族の在り方を大事にするのは良いのです。
それで幸せが保てれば
それに越したことはありません。と言われて、
彼女は爆笑しました。

その後、こんなことを言われました。
「私の母は80歳。
 この先どれくらい生きるかわからない。
 私が母にもらった記事を読むのが嫌で、
 全く読んでいないし
 もう欲しくない。
 その事を、いつか伝えたいのだけれど、
 母の気持ちを傷つけたくない。」

ミッシェルさんは嫌だ。
でもお母さまが傷つく。
だから、続けられている。

ということは、それは
お母さまのニーズで行われているように
聞こえますが、
と聞かれ。
彼女は「そう思う。」と言います。

ということは
ミッシェルさんが独立心をもって、
自分で自分の人生を切り開いていく、
それに対して傷つくのですか?と聞かれ
彼女はやはり「そうだ。」と言われます。

お母さまは、ミッシェルさんが健康になることを、
喜ぶのではなく、傷つくのだとしたら、
では一体、何を望んでいるのでしょう?
と聞いてみました。

すると、こんなことを言いました。
「My mother has a need to tell me I am wrong a lot.」
つまり、母は私をしょっちゅう
ダメな子供だと思い込むことで、
自分を保っているのだ、と。

「思えば、昔からずっとそうでした。
 母は、私をなかなか独りにしてくれなかったですし、
 私が出来る事さえ、出来ない、と言っていました。」

つまり、母親が彼女を
「しょっちゅう心配する」ということは、
一見母親がミッシェルさんを
「助けている」様でありながら、
ミッシェルさんが健康になり独立して生きてしまうと、
自分が受け入れられない寂しさに耐えられないために「傷つく」
ということのようです。

彼女はこんなことも言いました。
「私の母の母も、母のことを
 ダメな子供だと言い続ける人だったみたいです。
 だから、母には自信がないのかもしれません。」

このミッシェルさんのこの日の
洞察力を持った発言の数々に、
私は感動しました。

長い間お母さまのことを
守る発言が多かったミッシェルさん。
長い間蓋をしていたものが、
ここで突破口を見つけて噴き出した感じでした。

自分の事を責め続けて、鬱になり、
八方ふさがりになっていた
ミッシェルさんの思考が、
ここで別の形を捕えたようです。

「子供のころの言うことを聞かない私を、
 母はベルトで鞭打った。」
そんな彼女には、母親に「No」ということは、
考えるだけで昔の恐怖が蘇ってしまう、
ということのようです。

そんなミッシェルさんにはセラピーの中で
することがまだいくつもあるようですが、
彼女自身のに、母親の「共依存」の姿が明らかになったことは、
大きな進歩だと言えます。

共依存のお話し。まだあります。それはまた今度。


***

関連ブログ

今後のミッシェルさんの歩み

自分を責め続けていた私。ミッシェルさんの場合。
http://ameblo.jp/mnitta/entry-12141045035.html
今日のクライエントさん何人かのうち、
二件が共依存に関して
なかなか重みのある展開になったので、
まずひとつ記しておきます。

「共依存」というと、
何やら難しい響きですね。
けれど、お互いに助け合うことを
重んじる国では、結構そこらへんに
転がっている話かもしれません。

一人目の人はマーガレットさん。
兄弟が多く、しかも
幼い頃に親が離婚して再婚した為に、
あまり親からの気持ちが注がられることなく
育った、と言う人です。

マーガレットさんの苦手な点は、
頼まれた時に「断る」こと。

結構クセの強いお母さんとお姉さんたちに
抑えつけられながら育ったとかで、
「喧嘩をするくらいなら、私が我慢した方が楽。」
と言いながら、人に怯え、ガードが固いために
人からも好かれず育ったそうです。

お姉さん等に「あぁしろ、こうしろ」と
言いなりになってきたその分、
自分も相手に何かを言えば、
相手が変わってくれるかもしれない
という期待があるようです。

しかしマーガレットさんの場合は
自分で言って争うのは嫌なので、
別の人に頼んで他人を変えようと
ともしていたのだそうです。

家族がお互いにプレッシャーをかけながら、
争いが絶えない家庭。

マーガレットさんは、
仲の悪いお姉さんと母親の仲介役を、
度々背負っていました。
「母と姉に喧嘩しないでほしい。」
「自分の姉なのに、話が通じないのが悲しい。」と
涙をこぼすマーガレットさん。

マーガレットさんが来院されて以来、
まず始めていただいたことは、
自分と相手の間に、
「超えてはいけない壁」を作ることでした。

それはどういうものかというと:
*相手の意思や行動を変えようとしない
*相手の決断がどんなにまずくても任せる、尊重する
*人の喧嘩に首を突っ込まない
*他人のプライバシーを探ったり想像したりしない

と言ったようなものです。

英語で、この心の境界線のようなものを、
Boundaryと言います。

これは来院された当初のマーガレットさんには、
至難の業でした。

「大事な家族のことを放っておくなんて。」
「家族のもめごとは無視できない。」
「家族の問題は私の問題。」
「彼らは私の助けを必要としている。」

と言っていました。
「愛情」という言葉を使って、
今までの弱い自分を擁護してきました。

けれど、「超えてはいけない壁」を作ってみることで
だんだんわかってきたことがあったようです。

「喧嘩の仲介をすると、
母と姉がなおさら、直接話をしなくなる。」
「必要な人同士が、ちゃんと向き合って
 話をする方が良い。」
「喧嘩は彼らの問題で、彼らは大人。
 私の問題ではないはず。」

これらは、
「超えてはいけない壁」を立ててみてから
徐々に気づいたことであったようです。

最初のうちは、彼女はこんな風にも
言っておられました。
「家族の問題を見ないようにするなんて、
私の心が苦しい。」と。

けれど、
「相手にとって本当の意味で『助け』になるのか?」
と聞かれると:
「ならない。」

「では何を恐れているのか?」と聞かれると:
「なんだか怖い。」

「何に?と聞かれ」:
「姉の復讐がある気がして。」
と言っておられました。

けれどしばらくしても、彼女が
思い込んでいるほどに
お姉さんたちが逆上したりしないことで、
だんだん彼女の心も平常心に
近づいてきた感もありました。

というか、彼女が平常心を得たことで、
お姉さんたちも今までの様に思うままに
彼女を動かせなくなり、戸惑いが
あったかもしれません。

最初は「断る」ことが難しかった彼女に、
何故かと聞くと:
「相手が気の毒になる。 罪の意識が
 ぬぐえない。」と言っておられました。

これは逆にとると、
断らない = 自分の罪の意識を減らすため
という公式が無意識の中にあったのだ
いうことではないか。

つまり、相手の為にしていた、というよりは、
自分の気持ちを楽にするために
していたということである。
そのように彼女は徐々に気づいていった
模様です。

お姉さんたちの狭間で、
お姉さんたちに言われるがままに
過ごしてきたそんな彼女も、
徐々に自分の意見をお姉さんたちに
言えるようになったそうです。

そして断ることも。

そんな彼女。
今現在、実のお母さまと、
26歳の娘さんとの三人暮らし。

お母さまは70過ぎていますが、
いまだに稼いでおられ、
娘さんもお仕事をしているとのことです。

マーガレットさん自身は病弱なために、
生活保護を受けて過ごすつもりでいるのですが、
役所の生活保護の手続きがなかなか進まず、
ここ何年か、母親と娘に金銭的に頼って、
肩身の狭い思いをしています。

時々マーガレットさんは
「娘が成人したのに、
彼女は甘えん坊で本当に困ったものだわ。」
と愚痴をこぼします。

料理もしないし、洗濯もしない。
しないだけではなく、できない。

好き嫌いが多いので、食事はいつも
彼女用に別に作る。

時々部屋に食事を持って来てくれと
頼まれる。

けれど、話をよくよく聞くと、
「まぁ、娘に頼まれて、
 私が色々やるのも、
 苦にはならないんだけどね。」

一見何も問題ないように聞こえるこの話。
ここはセラピーで要注意です。

「助ける」と聞こえてしまう行為の中に、
「相手の独立心や責任感を奪う」という
危険性が秘めている、
というお話だからです。

マーガレットさんに伺います。
「では選択してください。数年後、
 あなたの体に何かが起きて、
 娘さんが一人暮らしをしなくては
 ならないとしたら、
 あなたは娘さんに今我慢してもらいながら
 将来一人で生活できるようになってほしいですか?
 それとも今のままが良いと思っていますか?」

こんな風に言われると、
愛する娘のことを思いながら
「今のままで良い」言う母親は
かなり少ないと思われます。

そんな彼女が足に怪我をしました。
正確に言うと、足の血管の問題で、
しばらくは容易に歩けない状態に
なってしまいました。

そんな彼女は、足の痛さよりも、
娘に頼まれたことを「できない」と
言わなくてはいけないのがストレスだ、と
言っておられました。

それもそのはずです。

今まで他人との衝突に遭うくらいなら、
自分を犠牲にして
人の言いなりになる方が楽、というパターンで
人生を切り抜けてきた人です。

別の言い方をすると、この人にとっては、
娘に「NO」ということは、
他人との衝突に正面から向き合う事と
等しいわけです。

さらに、今現在自分に収入がなく、
その分「家の中で働く」と言いながら
娘の世話を過剰にされていたのでしょう。

「やってしまう方が気が楽。」 というのは
この人の場合、
それは、「じゃないと、私の心が痛いから。」と
同じ意味の様です。

つまり、相手のニーズのためを思って
いる行為のようでいながら、実は
自分の「心の負担を減らす」という目的が
無意識にある。

私達は、自分の無意識は
大抵気づかないものです。

気づかないために、このような場合多くは
「愛情」「家族愛」という言葉で
自分の行為を正当化することが多いのですが、
マーガレットさんは、
セラピーを続けてしばらく経っているので、
この話を「本当に、その通り!」とすんなり
受け入れるだけの強さも
すでに持っておられる程になっておりました。

けれど、これがスタート地点。
頭でわかったことを、これから実行する為の
試行錯誤はこれから始まるようです。

共依存のお話し。
もういくつかあります。

これままた後程。。。