心の歩み、さまざま

心の歩み、さまざま

米国マサチューセッツ州で、サイコ(心理)セラピーをしています。
そこら辺に転がっている、日常の色々。
心理学の視点、文化の視点から斬ってみると、また別の物が見えてくるかもしれません。

「探偵を雇ったわ。」

躁うつ病を持つ娘がボストンからNYCに
引っ越してから、娘が無事にやっているかを
彼女に知られないようにチェックするという
スーさん。

スーさんの銀行口座とつながっている
クレジットカードをの明細を見ると
娘さんがどこで何にお金を使ったかがわかり、
ちゃんと食事をしている、と安心したり
バーに毎晩行っていると思ったり。

「私がついていないと娘はどうなるか
 わからないから。」

娘さんがスピード違反で捕まった時も
法廷に弁護士を送り、弁護士には
母親から送られたとは言わないように伝える

探偵を雇って、変な男の家に出入りしていないか
調べさせたりも。

私はスーさんに聞いてみました。
これ、娘さん気づいていないと思っていますか?


「判らないわ。気づいているかもしれないし
 いないかもしれないし。
 でもこうすれば娘は安全でしょ?
 こういうのが雇える環境で
 彼女は恵まれているのよ。でしょ?」

スーさん。なぜそれをされるのですか?
それは娘さんがあなたに頼んだことですか?

つまりそれは
娘さんのアジェンダですか、それとも
あなたのアジェンダですか?
と聞きました。

批判されていると思ったのか、きっとした顔で


「娘のために決まっているじゃないの!

 娘を守っている以外に何があるっていうの?
 何?病気の娘を放っておけっていうの?
 あなたは親になったことがないんでしょう?」

と私に食ってかかったスーさん。

スーさんがこれ以上戦闘状態にならないように
彼女の気持ちに寄り添うことにしました。

親として。
貴方は、娘さんに何を一番望んでいますか?

本当は、娘さんとの仲を取り戻したいのでは
無かったですか?

それは全く否定しない彼女。

でも私の問いかけに黙りました。

娘さんが遠くにいる。何をしているか見えないと
どんな気持ちですか?

なかなか自分の弱いところを見せないスーさん。
感情を言語化するのには、実は長い月日が
かかりました。

本当は不安なのだ 

とは、自分では言われません。

スーさん。
これは私の想像なので、まったく的外れかもしれません。
どんな母親も、精神疾患の持った子供が
遠くに居たら、気にならないわけはないです。
不安に思うのが当たり前だと思うのです。

なんとなくスーさんのしておられることは
ご自分の不安を抑えるためにやっている行動で
もしかして
娘さんはそれを知っていて、
それから逃れるために
母親に監視されているのが嫌で
NYに逃げたのでは、ありませんか?

ハッとした様子でこちらを一瞬見上げる彼女。

そしてその後ゆっくり下を向きました。

「じゃあどうすれば良いと言うの?」

ちょっと怒ったようにつぶやくスーさん。

 

はい。
娘さんの事を守らなくてはという気持ちが
悪いという事ではない筈です。

そしてスーさんは常に行動的ですね。
その力で成功したキャリアウーマンですね。

でも娘さんはきっと、
頼んでもいないことを
同意なしにお母さまが次々にされることで
ノックなしに部屋のドアを開けられるような
自分が信用されていない感覚だったり
するのではないでしょうか?

又こちらを見上げるスーさん。

娘さんの助けになりたいのだとしたら、
彼女に聞いてみたらどうですか?
「How can I help you?」と。

ドア開けてしまうでもなく、
ノックして出てこなかったら
どこかに居なくなってしまうでもなく
「ここにいるから必要な時は行ってね」と
ドアの傍に座っている
そんなイメージでしょうか。

これは相手の境界線を尊重しながらも
放り出すのではなく
相手の気持ちに合わせたサポートの形

だと思うのです。

どうでしょう?

 


人のお世話をすることに慣れている人が
このセオリー通りに動くのには
相当な時間がかかることが多いのですが
スーさんはこの後、
ご自分の生い立ちからくる不安症の話を
いくつもされ
怖いお父さまにいつもたてついていた話や
家に閉じ込められた時の話など
いくつも記憶に付いた感情のエネルギーを
セラピーで発散された後、
やがて娘さんへの不安も和らいだのか
執着をしなくなりました。

同時に娘さんは自分で精神科医を
NYで見つけていたらしく、
それもスーさんの不安を落ち着かせる
良い要因となったようです。

そして仕事の事情でセラピーをやめたスーさんは
数年後に連絡をしてきました。

「今度初めて娘がホリデーに戻ってきます。」

子供を追いかけることをやめてから
遠くにいてもそれが娘に伝わったらしいと
感じたとのこと。

子供は親の無意識の世界を
いつも感じているのかもしれません。

 

「確かに思い出すとざわざわするけれど、

 別にそれでフラッシュバックとかないし、

 それで毎日悩んでいる訳じゃないし。」

「それを今ここで話した所で、何とかなるとか思えけれど。」

 

セラピーを始めたばかりのサムさん。

話をする前から、セラピーで過去の話をする事への

意味を疑問視することがしばしば。

 

この日、サムさんは

映画で車の事故等のシーンをを見ると

心が「ざわざわする」と言って、

「自分はもともと安全運転」だけれど、

ある時から

「ハイウェイに乗る時に

 手に汗をかくようになった」

と言います。

 

なぜでしょうね?原因を探ってみましょう。

 

うーん。と考えるサムさん。

 

お父さんの家族は皆んな結構几帳面で

完璧主義系。

どちらかと言えば不安が強くて

自分もそれ系かも。

 

それとも大都市で育って

車に乗ることが少なかった

これかな?

 

理由を色々考えながらも、

 

でも大学の頃は運転するのに

「べつに緊張することはなかった」

とも言います。

 

最初は当たり障りのない処から

セラピストに答えを与える

「良い学生」と言った感じのサムさん。

ちょっとかしこまっている感じです。

 

でも。。。

そういえば、大学卒業する頃に、

友人の運転で同級生が3人一緒に

車の事故で亡くなったことがあった。

 

その頃からかな、運転に注意するようになったの。

 

自由連想をしていると、記憶は蘇るものですね。

 

そう言われたので、私も

 

もしかしたらその頃の事が

トラウマ化されている可能性も。

記憶に着いた感情を整理すると

良いかもしれませんね。

 

と言ってみました。

 

そうするとサムさん。

「いやいや、トラウマって。

 別にそれでフラッシュバックとかないし、

 それで毎日悩んでいる訳じゃないし。

 確かにその時は友人を失って悲しかったし

 思い出すとざわざわするけれど。」と。

 

突然壁を作ってきました。

 

「その後共通の友達は皆、『運転は気をつけようね』って。

 別に僕だけが異常な訳ではないと思うんですよね。」

 

トラウマという言葉を使われて、

セラピストに異常だと思われた、と

思ったのでしょうか?

 

サムさん確かにあなたの言う通り

貴方が異常ということは全然ないと思いますよ。

 

トラウマというのは

貴方がPTSDを持っていると言っているのではないのです。

言葉がいけなかったかもしれませんね。

 

だれでも過去の思い出が現在の行動に

無意識に影響していることがあるので、

異常というわけではないんですよ。

 

誰でも蓋をしたい記憶はあるはず。

でも、その頃の処理されていない感情が

何か後々作用することは

ごく自然なんです。

 

しかも、話してもないと分からないですよね。

話してみても何も変わらないかもしれないし、

話してみたら、予想以上にすっきりする

かもしれないし。

 

そういった後、サムさんに選択してもらいました。

 

無理に話されなくても良いですよ。

話されたかったら今日でもいいし別の日でも良いし

話さなくても良いし。

 

セラピー内では

今ご自分の体が話したいこと、

自分で今自分にとって大事だと思えることを

話されるのが良いと思います。

 

そうしたら、真面目なサムさん。

「いえ、話してみます、今日は別に

 他には話すことが無いんで」

と。

 

それからは、サムさんと亡くなったご友人が

いつからの付き合いで、友人の背格好や人柄や優しさ、

夜な夜な語ったガールフレンドの悩みの話、

金曜の夜に遊びに行ったボーリング場の事、

共通の友人との冗談話で笑い転げた日の事、

を話し始めました。

 

そして

共通の友人からの事故の知らせ。

電話を受けた瞬間の事。

後からテレビのニュースで知った詳しい事故内容。

トラックに正面衝突して大破した車、

パトカーが囲むハイウェイの

生生しい事故現場の映像。

 

何度も流れてくる友人の同じ写真と

ついこの間まで話していた友人の笑顔。

 

その後の世間のいらない騒がしさと

学校のクラスの思い静けさ。

 

なにより

予期していなかった突然の出来事だったことと

 

事故のことを知った時はどんな気持ちでしたか?

 

「今は。。。まだぼーっとしてわからない。」

 

そうですか。

 

「でも、怖かった、かも。」

 

何が、怖かったですか?

 

「高速で運転して

 一歩間違っただけで死ねちゃうんだ、人って

 って思った。」

 

サムさん、体が震えています。

でもそれを見せないように頑張っている感じも。

 

まだセラピーを初めて間もないので、

私の間でご自分の内面をさらすのに

抵抗があるのかもしれません。

 

そこで言ってみました。

 

サムさん、良くお話してくださいましたね。

 

ゆっくり顔を上げてこちらの眼を初めて見て

すぐにそらす彼。

 

「いまだこんなに引きづっていたとは

 全く思っていなかった。」

と言われるサムさん

 

そうですね。

話してみないと判らないものですよね。

話すことで感情も蘇る脳の不思議。

それから、改めて気づくこともありますね。


ご自分の内面に向き合って

過去の感情は正しかったと受け止めてあげること

これで前進できることもあると思います。

 

少しホッとした様な顔つきになりました。

 

これからも安心してセラピーが受けられますように。

そしてサムさんが心地よく作業をされるように

私が環境を整えることに努めて参ります。

 

やる事が沢山あるのに

なんでこんなにYouTubeを

見てしまうんだろう?

 

長い一日が終わり、

カウチやベッドに少しは横たわって

リラックスしたい気もする。

やっと自由の時間が出来たから

夜寝てしまうのがもったいない気がするし。

動画制作者の応援もしたいし、

話題に追いつくのに手っ取り早いし、

自分の興味を深められるし。

 

でも気づいたらすごい時間が経っていて

いつも寝る時間が遅くなってしまう。

 

このメアリーさんの場合はさらに、

見る内容が戦争体験者の話だったり、

ホロコーストの体験とか

被災地で被害に遭った人の話など

怒ったり泣いたり感動したりする内容が多く、

一つ見ると関連動画が紹介されて、

また気になって真剣に見てしまうのだとか。

 

ここには「伸ばし伸ばし」にしてしまうのに典型的は

現実逃避的な心理作用

つまり

何か仕事をしようと思った瞬間に感じる

現実のプレッシャーやストレスを

感じたくないので

感情も作業も同時に避けてしまうという作用

 

それと同時に

動画を見ることで「誰かとつながっている感じ」という

疑似体験をすることで

孤独感も薄まる

という作用の両方が

働いているようです。

 

仕事のストレスや人間関係の疲れ

将来の不安や

不安・孤独・怒り・悲しみ・退屈から

を感じないように

無意識に 脳は刺激の強いものを求めて

一時的にちょっと良い気分になる、みたいな。

 

メアリーさんに言いました。

「伸ばし伸ばし的な現実逃避をするというのは

 生い立ちにも実は関係があるようです。

 例えば「初めてのお使い」のような場面で

 理想を言えば、両親がずっと後ろで見ていてくれて

 応援してくれる。「大丈夫だよ」と背中を押してくれる

 振り向くとそこにパパとママが居てくれる。

 お使いが終わったら、大喜びしてくれる。

 そのようにして人は独り立ちが安心してできるようになる。

 ところが。

 家族の人数が多くても少なくても、

 周りに人が居るのに なんとない孤独感を感じていたり。

 特にメアリーさんの場合は長女で、

 妹がすぐに生まれたと言っていましたね。

 幼い頃、本当はママにすがりたかった時も、 

 「お姉ちゃんはしっかりしているから大丈夫」と

 親は妹の面倒に明け暮れ

 でも本当は常に自分を見ていて欲しかった。

 子供だったら誰でもその気持ちは当たり前。

 なのにも関わらず、

 いつも一人で我慢して頑張っていた。

 我慢して寂しい思いをしていても、

 誰にも言えなかった。

 違いますか?」

 

その話を聴いて、メアリーさんは

思い出したように遠くを見つめながら

涙を流していました。

 

そうか、自分は寂しかったんだ。

こころの開いた穴を埋めようと、

簡単に手に入る刺激を使って

知らず知らずの内にはまっていた。

まさかYouTubeを見る行為と

自分が長女として生まれて

幼い頃に親の愛情に飢えていたことと

関係があるとは

まさか思っていなかった、と。

 

そんな風に1セッションが終わりました。

「今あの時点に戻って

 何を言っても良いとしたら、

 何を言いたいですか?」

 

普段温厚なジャンさんですが、

彼は自分のミスを許さない人。

そして他人のミスにも厳しい人です。

 

「先にちゃんと確認すれば良かった」

「なんであの時にああしなかったんだろう?」

行動が改善されてミスがなくなるというわけでもなく

自分を責めることは続く、そんな状態です。

 

けれど、ケアレスミスとは

自分が選んでしたことでもなく、

脳の状態で起こることだったり

どんなに気を付けていてもうまくいかない

そんなことまで「誰かの責任」にする。
 

これはつまり、

過去親か先生か誰かに言われた言葉を

知らず知らずの内に体内に取り込んで

その声を頭の中で何度も再生していると同じこと

かも知れません。

 

逆を言えば

もし過去の傍に居た大人が

「間違っても良いんだよ」

「失敗から学べばよいのだから」

という理解のある人達だったら、

このような自責の念が多い大人にはならなかった筈。

 

このピエトロさんに聞いてみます。

親御さんはどんな人でしたか?

 

この作業はピエトロの場合は時間がかかりました。

お父様が厳しい人だったというのは前々から

度々口にはしていましたが、

なかなかその実情を描写しなかったり、

思い出しても感情を感じることがなくて

終わったことに対して、それを掘り起こす

という作業をなかなかしない人でした。

 

けれど、ピエトロさんが父親に受けた高校の時の

運転の練習の風景を見たピエトロさんの弟は

「僕が運転免許を取る時はお父さんには

 絶対教えてもらいたくない」と言ったというのです。

この話でお父さまの厳しさがすさまじいものであった

というのが想像できます。

 

貴方はどう感じていたのですか?

と聞いても、「ま、父親は酷かったよ」位しか言わない。

どう感じたかは、「ま、イライラしたけれど」

「言い合いにしないように我慢して良かったと思う」と。

 

いえいえ、お父さまに反発すれば良かったですね

という話しではありません。

 

もし、今の大人になったあなたが、その時点に行って

何を言っても良いとしたら、何て言いたいですか?

 

ピエトロさんの顔がにやけ顔になってきました。

彼がにやけ顔になる時は、感情は感じているけれど

あまり表に出したくない、と言ったような反応に見えます。

 

別にここで感情を出せなかったら無理しないでください。

でも、想像して欲しい。

お父さんに何も言えない若い頃の自分が

反発したらさらに酷い仕打ちが返ってくるかも、

と黙っていたとしても、

だからと言って若い自分はお父さまの教え方に

納得しているわけではない筈。

本当は言いたいことがあって、

でも言えないでいた。違いますか?

これをUnfinished Jobつまり未済の仕事、

と言います。

 

今だったら言いたいことを全部言っても、

お父さまを傷つけることもなく

お父さまと酷い言い合いになったり

酷い仕打ちを受けたりすることもない、

けれど言いたいことをすべて言うことで、

若い貴方の気持ちは、

もう放置状態ではなくなりますよね。

貴方の言いたかったことと

記憶に着いた感情というエネルギーは、

ずっと心の中にしまって持ち歩いていると

何年もある時顔を出しては

自分に痛い言葉をささやくことになる。

 

きっとね。

車の練習をしながら

もし運転がうまくできなかったのだとしたら

お父さんが怒鳴っている傍で

ものすごく緊張していて

前頭葉が働かない状態になっていて、

出来るものも出来なくなっていたかも。

そうだとしたら、つまりは

お父さんが叱るせいでうまくできなかったのに

お父さんにそれを叱られたという

そんなことも起こっていたかもしれません。

 

今あの時に戻れるとしたら、

お父さんに言いたいことは何もありませんか?

 

「一杯ある。僕の国に言葉で怒鳴りつけるかも。」

 

それは是非。ご自分の言葉でなくては。

しっかり言いたいことは全部吐き出して

若い頃の自分の気持ちをしっかり受け止めてあげて

ください。

 

そうする事で

気持ちも軽くなるはずです。

脳内にずっと持っていた感情エネルギーも

Discharge(放電)して

しっかりと未済のお仕事を終わらせましょう。

 

その後しばらく一点を見つめていたピエトロさん。

今回はだいぶ深いところまで行けましたね。

お疲れさまでした。

 

「なんで私が苦しんでいるのをわかってくれないの?」

妻に度々いきなり責められるというウィルさん。

 

何か悪いことをしたつもりはない。

でも、僕の事を「鈍感だ」と言って責めたり、

「私の事なんてどうでも良いんでしょう?」

と言われたり。

時には、

「もしかして、別れること考えてる?」

と質問責めの事も。

 

「僕みたいな人の気持ちがわかる人って、

 なかなか居ないって

 外では言われるんだけれど」

「僕は彼女のケアをしているのに。

 僕だってたまにはケアされたい。」と。

 

そのことを奥さんに話したことはありますか?

 

ウィルさんは、奥さんには何を言っても

逆ギレされるから、黙ってしまう

と言っていました。

 

そこで伺います。

「黙ってしまう原因は

 奥さんが怒りを露わにするから、

 だけではない、

 昔の誰かほかの人との

 記憶のからくるということは

 ないですか?」

 

この「今起きていること」の原因が、

過去の経験から来るかもしれない、という考えは、

Psychodynamic approach

(精神力動療法)と言われ、

精神分析的アプローチから

派生したものです。

 

逆三角形を想像してください。

一つ目の点が、「現在誰かと自分に起こっていること」

二つ目の点が、「過去の誰かと自分に起こったこと」

三つ目の点が、「今セラピストと自分に起こっていること」

この3つを念頭に置いて進めるというのが、

このPsychodynamic approachの考え方の一つです。

 

今ウィルさんは度々怒る妻に困っている。

「怒らせるとどんな気持ちですか?」

と聞いてみると

 

「気分が害されるし

 妻の気持ちを収めるのも大変。

 逃げたい気持ちになる時もあるし」


そんな彼に幼かったころの

親との経験について聞いてみました。

 

敬虔なクリスチャンのご家族。

愛情たっぷり注がれて育った、というのが

彼がいつも語る親の姿。

 

親にひどいことをされたという記憶や印象は

意識レベルではないのか

もしくは、思っていても私にはまだ

言いたくないのかもしれません。

 

ある時私が

「親御さんのお話を聞かせてくださいと私が聞くと

 いつも素晴らしいことしか言わないんですね」

と言ってみました。

 

それから親に不満を感じたことを

一生懸命思い出して言い始めたものの

いつの間にか「親には本当に感謝している」

という話になっていました。

 

それから数回セッションを重ねたある日。

 

なぜか最近ふと、自分が怒った時に

親御さんに部屋に閉じ込められた時のことを思い出したと

語ってくれました。

 

「我が家では、怒りというものは、

 なるべく扱わないものと

 されていた気がする。

 これって 。。。

 

 長い間怒りは神の前では許されないものだって

 信じてきたけれど、もしかしたら親が

 誰かの感情に触れたらどう扱って良いか

 わからなかったのかもしれない。」

 

ここまで話すことができるようになったウィルさん。

普段からとても真剣に毎週考える方ではありましたが

とうとう心の中を開かれた感じがしました。

 

「そうすると、親御さんは子供の怒りを真剣に

 受け止めて話を聴いてくれる、

 理解しようとしてくれる

 そんなモデルではなかったと聞こえますが、

 そうですか?」

 

そんな私の問いにウィルさんは

「怒りを受け止めてくれるなんて、あり得なかった」

 と苦笑され

「そんなことをしてくれる親が居るなんて、

 想像もしていなかった」

と。

 

「そうすると、奥さんや他人が正直に怒りに触れると

 ウィルさんの心の中は、

 人の怒りに理不尽に感じたり、戸惑ったり

 時には圧倒されてしまったり、したのではないですか?」

と聞いてみます。

 

「なるほど。そうかもしれない。」

 

そう思いながらも、ウィルさんは

なんとなく頭では理解したけれど、

「それがわかっても

 親に対する不満はどうしても感じられない」

と言っていました。

 

一方で、ウィルさんは奥さんから

「あなたが何かを話してくれないと寂しい」とか

「なんでも話す関係であってほしい」とか

以前から度々言われていたそうです。

 

特に喧嘩になって、ウィルさんがが黙ってしまった時。

彼女はウィルさんに怒りをぶつけても

さらに寂しいというメッセージを

発しておられるご様子。

 

それに対して彼は

「妻の家族は昔から

 感情の話を何でもしたらしいけれど

 僕の家では感情の話は

 ほとんどしていないからね」

 

と長い間軽く流していました。

 

けれど、奥さんから言われる

「私を愛していないんでしょう?」

「私の事なんてどうでも良いんでしょ?」

と言われてしまうこれは

いまだにどうしてかわからないし、辛い。

 

ある日私が聞きました。

「ひょっとして奥様は、『最悪の状況』を考える傾向に

 ありませんか?」

 

そうしたらウィルさん。

「あー、それはぜんぜんあるよ。

 娘も息子も彼女に似て心配性でさ。

 あり得ないことを心配して

 みんなで心配して盛り上がって

 パニックになってる」

と。

 

そうですか。これは、「最悪の状況」に備えて、

いざという時に慌てないように心の準備をしていて

自分をそのようにして守っているつもりでありながら

その想像の中味はおそらく耐え難いものが多く、

自分の想像に押しつぶされてしまう、という

質のものですかね。

 

「ウィルさんが私に言う事の中味をそのまま、

 全て奥さんにお伝えされる、

 ということは考えたことありますか?」

 

「え!」と固まるウィルさん。

そんなことしたら、

彼女が怒るに違いない

とでも言いそうな顔つきです。

 

「ウィルさんは奥さんを大事に思っていて

 とてもやさしく、自分を犠牲にしてでも

 奥さんと仲良くやっていきたい、その気持ちが

 前面に出ていますよね。ここで話されることも 

 何一つ相手を傷つける刃のような物が

 一つもないですよね。

 どちらかというと、ウィルさんの

 彼女の怒りに対する恐れがあるから

 黙ってしまう。 

 さらに言えば、もしかして

 ご自分の怒りをも出しては

 いけないという恐れがあるから、

 黙り込んでしまう。 

 違いますか?」

 

「それはそうです」

 と言われるウィルさん。

 

「ウィルさんが黙っていると、彼女はウィルさんが

 何を考えているかがわからなくて 

 最悪の事を想像してしまうから

 「私の事なんて愛していないんでしょ」

 「私なんてどうでも良いんでしょ」という話に

 なってしまう。 でもそこで

 「君を怒らせたくないから黙ってきていた。」と

 伝えた上で、彼女の事をどんなに気にしているか

 彼女を怒らせることが自分が怖いと思っているけれど

 それは批判ではなくて 

 怒らせたくないから黙ってきたのであって

 それは彼女の事をどうでも良いと思っているのとは

 反対の気持ちであるということを

 全部お伝えされた方が、

 彼女は安心するんではないですか?」

 

この話をしばらく緊張した顔つきで

黙って聴いて考えていた彼。

 

「頭ではわかっているけれど

 それって考えたこともないし

 実際に話すのは結構

 彼女がどう出てくるか怖くて

 できるかわからない」

と。

 

この後の数回のセッションでは、

彼の中の昔から度々感じた

様々なことに対する恐れ、不安、罪悪感

等を処理する日々が続きました。

 

そうしたら、いつの間にか、

彼女とのコミュニケーションがやりやすくなった

どころか、彼女は最近自分を責めることが

少なくなってきた気がする、という報告が

突然ありました。

 

「どんな過程でそこまで話が展開したんですか?」

と聞く私。

 

そうしたらウィルさん。

「彼女が自分を責めた時に

 いつの間にか口から言っていたんです。」

 

 「僕は何も悪気はないし

 責められるのはつらいよ。

 いつもどうしたらサポートできるかを考えている。

 僕は君の気持ちを察するのは下手だから 

 逆に口で言ってくれれば

 僕はなんでもするんだけれど。」

 

と。

 

それ、彼女に伝えられたんですか?

とドキドキしながら伺う私。

 

「うん」

 

やりましたね!で、彼女は何て?

 

「『言ってもらって良かった』って言ってて

 案外すんなりと受け入れてくれたんで。

 僕も自分で言った後になって、

 ドキドキしちゃったんだけれど

 ホッとした。言って良かったと思いました。」

とウィルさん。

 

なかなか良い幸先ですね!

 

「まだまだ完全ではないんだけれど」

 

相手の気持ちを受け止めていたつもりが

実は逃げていたのかもしれない。

自分がどう感じるかを伝えないことが

相手を実は逆に傷つけていたのかもしれない。

 

けれど、一度良い流れができると

心が通じ合う。

 

そんな一例として、ウィルさんに許可をいただいて

書かせていただきました。

 

続きは又。