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とにかく自然体である。常に笑みを絶やさず、自分で言った冗談にもくすくすと笑う。問われた質問に対し、わからないことはわからないとまっすぐに答える。御年75歳になるダライ・ラマ14世である。その人懐こい瞳が想像を絶するようなチベットの悲劇を目撃し、その華奢な肩の上にはアジアのみならず世界情勢さえも動かすほどの責務がかかっているなどとはにわかには信じがたい。

先日チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマの五年ぶりとなるハワイ訪問が実現し、二日間にわたっておこなわれた講演会にはのべ二万人が詰め掛けた。伝統的な緋と黄色の僧服に身を包んだダライ・ラマは入場するとまずその場にいたすべての人々に向かって深々と頭を下げた。「私はただの僧侶、そしてあなた方の兄弟です。」

学生を対象とした講演では「対話」の大切さが説かれた。友人や家族については言うまでもないが、たとえ敵対関係にある者とでも話し合うことは可能である。端から否定し拒絶するのではなく、相手の言葉に心を開き耳をかたむける―すべてはそこから始まるのだ。

チベットが直面する宗教および人権の抑圧は渦中の問題である。僧侶たちによる文字通り命をかけた抗議行動、その揺らぎのない信念には言葉を失わざるを得ない。そんな容赦ない現実をどうすれば受け止め、なおかつ穏やかに笑っていられるのか。

ダライ・ラマは実際よく笑った。好々爺という言葉がぴったりである。以前耳にした話によると、「いちゃりばちょーでー」にも通じる彼の信条はインド北部ダラムサラにあるその住居においても変わることなく実践されており、特に問題さえなければダライ・ラマ自らが世界中から集まる訪問者たちとの面会、握手に応じるそうである。

2009年に来沖した際、ダライ・ラマは現実問題としての米軍基地の必要性について触れた。机上の空論、信仰に基づく理想論を振りかざすのではなく、物議をかもすことを十分承知したうえでの言葉である。新たな「対話の時代」に向け私たちも心を、耳を開いていよう。