先日、大学野球のナイター観戦に行ってきた。キャンパス内にある球場はチームカラーの緑を身にまとった観客でほぼ満席、大人から子どもまで和気藹々と非常に盛り上がっている。同行した友人いわくハワイにはプロスポーツ球団がないため、いきおい他州よりも学生野球に熱狂的な支持が集まるのだという。即座に思ったのは「そんなところまで沖縄に似ているのか。」
沖縄とハワイの共通点は数え上げればそれこそきりがなく、また一度でもハワイを訪れた者には一目瞭然でもある。わざわざ書くほどのことでもないのかもしれない。だが、いざそれを誰かに読まれることを前提に文章化するとなると話はまったく違った。どのように、またなぜ似ているのか。そもそも本当に似ているといえるのか。これまでただ漠然と受け止め、右から左へと機械的に受け流してきた多くのこと。その前でとにかく一度立ち止まってみることの大切さに改めて気がついた。そのような貴重な経験をさせていただいたことに心から感謝している。
エッセイストであり翻訳家でもある井上一馬氏は、「エッセイを書くことが好き」である理由を次のように説明する。「ひとことでいえば、それは、冷蔵庫の中にある雑然とした材料を使って、料理をひとつ作り上げたときの喜びに似ているかもしれない。」
名もなき料理、無国籍風の創作料理といえば多少は聞こえがいいかもしれないが、まさに「徒然なるままに」書き綴った私の場合雑然とした材料であるどころか、ときには原材料さえよくわからないような料理を供してきたような気がする。そんな料理にこれまでお付き合いいただいた皆さまにお礼を申し上げたい。
沖縄の方言に「さようなら」に直接あたる言葉がないというのはよく知られている。別れというのはすべて束の間のもので、どのような形であれゆくゆくはまた必ずどこかで巡り会うという感覚がそこにあるのかもしれない。沖縄についての他の多くの事柄と同様、そのような人生観を私は愛する。
あんせーや皆さん、また会う日までお体に気をつけて、ぐぶりーさびら!
