昨日、ある職員に5年後、10年後の立ち位置について考えてもらいました。
ずーと、20代の職員と同じ仕事をしていて満足ですかと。
自分は20歳代にやるべきこと。
30歳代、40歳代、50歳代・・・・それぞれ社会が望む役割があると思うのです。
若い職員と泥まみれ汗まみれになって働くことも大切です。
でも、社会はそれだけを求めてはいないのです。
彼は40歳代。
確かに資格者の数を考えれば、多くの雑用事もあるでしょう。
しかし、それだけに甘んじていて次のステージに行こうとしないのです。
チャンスは多くありました。
チャンスが来るということは、どういうことでしょうか?
彼に、求められていることがあるという証拠なのではないでしょうか。
それを、「苦痛」と感じるだけなのか、背後にある「意味」を感じ取れるかは、
彼の心がどちらに向いているかで、全く違うのです。
彼は、はじめチャンスを喜び、意欲さえみせていました。
しかし、いざ壁が立ちはだかると「苦痛」が心を100%支配し、
出てきた言葉は、「自分には出来ません」と。。。。
自分は思うのです。
現役を引退したら、手にした技術はすぐに錆びてしまい使い物にならないと、
自分は歯科技工士として働きましたが、もう昔のように、その仕事は出来ません。
手が動かないし、手技は日々進化しているからです。
でも、仕事の中で壁を乗り越えたとき感じた感動や達成感は、
どんなに年を経ても消えることはないと思うのです。
我々は孤独ではないんですよ。
期待している仲間があり、成長を待ち望む上司もいる、そして支えてくれる家族。
自分も応援している仲間のひとりですよ。
置かれている立場を冷静に見てみてください。
きっと、必死にもがき苦しみながら登っている壁には、私も一緒に登っている姿があるでしょう。
その壁を登る「意味」は必ずあるのですよ。
