睦美の短歌日記 -58ページ目

歌詠みはマゾヒスト


■ミリ以下の隔てる膜の薄さすら寂しく思う私の入れ物


これ、読んでパッと意味が分かりますか。
昔投稿した歌なので、覚えてる人もいるとは思いますが、分かる人はエロい!じゃなくてエラい!ていうかエロエラい!

これはコンドームの歌です。

さて。
私は別に先進国で唯一エイズ患者が増加しつづけてる日本の嘆かわしい現状について警鐘を鳴らしたいわけじゃありません。(や、もちろん警鐘は鳴らしたいですが。先進国で唯一だなんて、本当にカッコ悪いし)

書きたかったのは、『どこまで自分のイメージを分かって貰えるように作るか』ということだ。
過剰な説明は詩的じゃないし、説明が足りなすぎるなら一人よがりだ。
日記を読んだら分かるかもだけど、私は文章を書くと、やたらと説明がくどくなる傾向がある。
短歌でも、最初に浮かぶイメージは、ミソヒトモジにはおさめきれないぐらい、いろいろと過剰だ。
そのイメージを削って削って、一つの歌にする。だんだん削いでいくその過程が、楽しくて、それ以上に悔しい。
どうしても使いたかったフレーズ、どう歌をこねくり回しても字数内に収められず、思いきってバッサリ切るとき、心が引き裂かれるような(これは大袈裟だけど)気持ちがする。

コンドームの歌は、そういう意味で実験的な歌でした。
普通なら意味が分からんと思うし(笑)

それなら定型詩じゃなく自由詩にして、文字数に縛られず、頭に浮かぶイメージを詰め込めるだけ詰め込んだ詩を書けばいいじゃないかと思われるかもだけど、それじゃダメなのだ!
短歌じゃなきゃダメなのだ!!

短歌にはマゾな快感がある。
だから歌詠みはみんなマゾである。
私はそう思っている。

スランプ

スランプは、短い期間のから長い期間のまで、何度も何度も経験しました。
モバ短に復活したのは約三ヶ月前だけど、それまでずっとスランプでした。
一首も作らない──いや、作れない期間が約続いた。

スランプから復活するごとに、歌に取り組む姿勢が変わってゆく。
「上手く歌いたい、でも歌えない」という気持ちがスランプのきっかけになったりするんだけど、この「上手く歌いたい」という気持ちが少なくなって、楽チンになる。
今は本当に気楽に作っている。自分さえ楽しめれば、上手かろうが下手だろうが関係ないや、って気持ち。

けど、上手く歌おうと必死こくのもめちゃくちゃ大事だと思う。

スランプを脱出するためには、駄作でもいいからとにかくたくさん作りまくることだ。あるいは、しばらく作らないこと。
たくさん作ったり、しばらく離れて改めて歌に向き合ったりしたら、悩んでたことが嘘のようにスコーンと抜けたりする。

■おさまりがつかず苦しい時はただ寝かせておこう 恋も短歌も


ルパン三世~カリオストロの城


■震えてる君の背中を抱く資格ないからギュッと握った拳


この歌は、ルパン三世カリオストロの城のラストシーンから連想して作った歌です。
宮崎駿映画は大好きで、カリオストロの城はナウシカの次に好きな宮崎映画なんだけど、なかでも好きなのが、ルパンとクラリスの最後のシーン。
胸に飛び込んできたクラリスを抱き締めようとしたルパンが、必死の思いでそれを我慢するとこ。
これこそ、

萌え!!


痩せ我慢してる男の姿って、萌えます。

いやー、しかしカリオストロの城は本当にキャラがいいね。

ルパンとクラリスだけでなく、脱出の際の不二子ちゃんはやたらとカッコイイし。
女嫌いなのに、クラリスのかわゆさに「可憐だ…」と呟いて顔を赤らめる五右衛門はカワイイし。
半分味方になった銭形警部は頼りになるし面白いし。
次元は…えーとえーと…そういえばあの映画、次元だけ萌えポイントがない!次元差別だわ!(笑)

てか、書いてたら、また見たくなってきました。
近々DVDを借りてこよっと。