2025年4月23日(水)曇り⛅

 

さてやってきました!気合の2日目!

脚はボロボロ!でも今日も色んなパビリオン回りまくるぞ!EXPO!!!

 

 

 ▼ぜひ合わせて読んでください👀



 

 

 

🇶🇦カタール国

  



 

 

カタール国ってどこにあるの?

 

Qatar location on the Asia map

 

出典:Qatar location on the Asia map - Ontheworldmap.com

 

 

 

テーマ:「伝統が革新を刺激する」

 

隈研吾建築都市設計事務所が手がけるカタールパビリオンは、カタールのダウ船と呼ばれる伝統的な帆船と日本の伝統的な指物の技術にインスピレーションを受けたデザイン。
資源と貿易の拠点である海は、カタールと日本の強い二国間関係を育み、両国を豊かにしてきました。
ぜひカタールパビリオンを訪れ、カタールの沿岸地域の歴史的・現代的な重要性を巡る旅に出かけてみませんか?

 

 

 

 

カタールパビリオン

建物の壮大さに触れることができる

 



 

カタールの伝統的な木造船・ダウボートを用いて、共に海の国であるカタールと日本のつながりを表現するパビリオンをデザインした。船の帆をイメージした白い膜が木造の展示空間を覆い、周囲の水盤によって海に浮かぶ一隻の船が生まれた。

風になびく帆のように膜を湾曲させ、足元の象徴的な連続アーチに接続することで、イスラムの幾何学を感じさせる海辺のプロムナードを創造した。

膜の内側に建てられた木造のボックスは、杉の羽目板貼りで仕上げ、100年前のダウボートの色味を再現するために3色の塗料を塗り重ねた。

映像も物も溢れる時代の万博は、その遠い場所の空気、光、風を感じさせることだと考えた。建築は形を持つ必要もなく、ものを展示する必要も、映像をうつす必要もない。この建築はカタールという水際の自由で心地よい場所を人々に与えるための道具である。白い膜と木の箱の間を吹き抜ける風を感じながら、水辺のプロムナードを歩く時、我々はカタールとひとつになる。

引用:大阪・関西万博 2025 カタール館 | 隈研吾建築都市設計事務所

 
 
エントランスに入る前に一直線になったアーケードのような道を歩くのですが、これが建物に込められた意味を知っているのと知らないじゃ私は格段に感動の違いが出る気がしています。



 
入ったら入ったでまた驚くのが、カタールの砂浜をイメージした建築



これは砂なので、ほんの少しずつ動いて開幕時と閉幕時では少しデザイン性も違う気がします。
それを楽しみにまた行くのもありなのかなと!
 

 

 

 

展示の仕方と展示の内容が充実している🐚

 






 

現在、人口の90%以上が海の近くに住んでいる🌊

海は真珠採取や漁業を通じて生活を支えてきた。

新たな産業が誕生するとともに、国は貿易と外交のグローバルな拠点へと発展させた。

 

 


カタールの写真を見るたびに不思議だったのが、高い建物やビルがいっぱいるのにその横にすぐ海がある!ということ。。。

海の近くってビーチ!って感じがして海が一面に広がっているというイメージが強かったのですが、カタールは海と海の間に普通にビルが建っていたりして、写真を見ただけなので一部の都市かもしれませんがすごく不思議でした💭

 

 



 

真珠の旅(バハル)の海を航行する



 

経済活動は夏の間にほとんど行われ、熟練した男性たちが真珠取りの旅に参加していた。

「ガワシーン」と呼ばれる真珠採り師は、潜水が唯一の任務で1日に数時間潜水し、様々な危険にさらされていた。

「タワッシュ」と呼ばれる真珠商人は、ダウ船の間を移動し、真珠をその大きさ、形、色、光沢に応じて分類し、評価。

彼らはすくい網、ふるい、はかりなどジシュタクタと呼ばれる木製の箱に保管された独特の道具を使用していた。

 

展示されているものは実際にカタールにある博物館から、持ってきた実物のものらしいです!!!🐚✨

 

 

真珠の旅を航る(アル・サヘル)の岸辺




真珠採りの季節の始まりは、出港する真珠採りの船員たちを見送る女性や子供たちにとって悲しい日とされていた。

夏の終わりに彼らが無事に戻ってくるかどうかも分からなかったため。
海岸地域「アル・サヘル」ではほとんどの男性が海に出ている間、女性たちは困難な仕事を担っていた。
夫の不在中は彼女たちが家を守り、生計を支え、子供たちの世話をしていたが、これらの活動は深く社会的で、拡大家族のメンバーとも協力しながら行われた。

 

海岸の家々で女性たちが日々行っていた仕事や日常着に焦点を当てている。

 

 

 

カタールという国はサッカーの試合である「ドーハの悲劇」※しか正直知らなかったです⚽

ただ今回国、経済の発展において真珠採りがものすごく大切な鍵だったんだということが分かりました🐚

 

 

※ドーハの悲劇とは
ドーハの悲劇(Agony of Doha)は、1993年10月28日にカタールのドーハで行われたサッカー日本代表とイラク代表の試合を指します。この試合は日本代表が1994年のFIFAワールドカップアメリカ大会出場をかけた大一番でした。

 

当時、日本はワールドカップ本戦出場の夢が目前に迫っていました。イラクとの試合で先制点を取った日本でしたが、後半に入ってからイラクに同点に追いつかれ、その後日本が再びリードを奪います。しかし、ロスタイムでイラクにコーナーキックから同点ゴールを決められ、2-2の引き分けに終わります。この結果、日本は得失点差で韓国に及ばず、予選第3位になり、本戦出場を逃すこととなりました。

 

この瞬間、日本代表選手たちは愕然としてしまいました。試合終了後、涙を流す選手や号泣するキャプテンの姿が印象的でした。

日本サッカーはこの経験を活かし、1998年には初めてワールドカップ本戦出場を果たします。さらに、その後のアジア大会やワールドカップでの成功を通じて、ドーハの悲劇は日本サッカーの歴史の一部として位置づけられています。

引用:ドーハの悲劇とは? 意味をやさしく解説 - サードペディア百科事典

 

 

 

 

カタールはヘナタトゥーができると聞いていたので胸を躍らせていったのですが、ヘナをする職人さんが25日からしか来ないと言われて泣く泣く断念しました。。。

これも運ですし、これこそ人生ですよね。。としっかり諦めて帰ってきました😂

 

ヘナやった人は、自慢をコメントしてください~💭!

 

 

 

 

それでは~🐰