2025年4月22日(火)曇りのち雨☔

 

 

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🇹🇳チュニジア共和国

 

 



 

チュニジア共和国の概要

Tunisia location on the Africa map
 
 

面積:16万3,610平方キロメートル(日本の約5分の2)

人口:1,246万人(2023年、世銀)

首都:チュニス

民族:アラブ人(98%)、その他(2%)

言語:アラビア語(公用語)、フランス語(国民の間で広く用いられている)

宗教:イスラム教スンニ派(ごく少数だがユダヤ教、イスラム教シーア派、キリスト教も信仰されている)

略史

紀元前9世紀~、都市国家カルタゴとして栄えた。ベルベルとフェニキアの文化が融合

紀元前146年、ローマ帝国がカルタゴを征服

439年、ゲルマン系ヴァンダル族がカルタゴを占領し、ヴァンダル帝国を建設

533年、東ローマ帝国のビザンチンがヴァンダル帝国を滅ぼし、ビザンチン文化が開花    

7世紀以降、アラブ人の侵入、イスラム化の始まり、イスラム諸王朝の興亡

1574年、オスマン帝国の属州となる

1881年、フランスの保護領となる

1956年3月、 フランスから独立

1957年7月、君主政を廃して共和制に移行し、ブルギバ大統領就任

1959年6月、共和国憲法発布   

1987年11月、ベン・アリ大統領就任(ブルギバ大統領に続き近代化・西欧化を推進)

その一方で、社会主義運動及びイスラム過激主義運動を弾圧して政治的安定を維持。

これにより経済は安定成長を遂げたが、政治的自由や複数政党制の導入等の民主化が課題となった。

1989年4月、ベン・アリ大統領当選(その後、五選(1994年3月、1999年10月、2004年10月、2009年10月))

2010年12月、チュニジア中南部で発生した貧困・雇用対策を求める大規模抗議デモを機に、国内各地で反政府デモが発生。住民と治安部隊の間で衝突も頻発

2011年1月14日、反政府デモ・暴動が急速に拡大・深刻化し、23年間国家元首の座にあったベン・アリ大統領は国外に脱出。憲法規定に従い、ムバッザア代議院議長が暫定大統領に就任した(「自由と尊厳の革命」)     

2011年1月、ベン・アリ大統領が国外に脱出

 憲法の規定に基づきムバッザア代議員議長が暫定大統領に就任

2011年3月、1959年憲法の停止

2011年10月、制憲国民議会(新憲法制定のための議会)選挙の実施(大統領、首相、議会議長の選出)

→結果:同選挙はチュニジア史上初の自由選挙であり、我が国を含む多数の国際選挙監視団が派遣された

議会に多数議席を獲得した穏健イスラム主義政党「エンナハダ」、中道政党「共和国のための会議(CPR)」、左派政党「エタカトル(FDTL)」の間で、大統領・首相・議長ポストに関する3党合意が結ばれ、FDTLのベン・ジャアファル党首が議会議長に、CPRのマルズーキ党首が大統領に選出された。その後、マルズーキ大統領はエンナハダのジェバリ幹事長を首相候補に任命し、12月にジェバリ氏を首相とする新内閣が議会で承認された。

2011年11月、政権国民議会の開会

2011年12月、マルズーキ大統領就任(制憲国民議会により選出)

2013年2月、野党「民主愛国主義者運動」のベライード党首暗殺事件が発生

→その後:ジェバリ首相は国家を政治的危機から救うべくテクノクラート(実務者)内閣の形成を提案したが、同提案は首相の出身政党であるエンナハダの反対を受け失敗に終わり、同首相は辞表を提出

2013年3月、内務・外務・司法・国防の主要4閣僚等にテクノクラートを配したラアレイエド内閣が議会で承認

2013年7月、政府・議会の解散支持派と反対派の対立による抗議活動が各地に広まる

→きっかけ:野党「人民運動」のブラヒミ制憲国民議会議員の暗殺事件が発生したこと

議会内でも与野党の対立が深まり、議会は一時麻痺状態に陥った。硬直した政治状況を打開するため、テクノクラート内閣の組閣や憲法制定、独立高等選挙機構(選挙管理委員会)設置等の主要政治日程を定めたロードマップを提示。

2013年11月、結果主要21政党がロードマップに署名し、国民対話会議(与野党間協議)が開始

2013年12月、ジョマア産業大臣(当時)が次期首相に選出

2014年1月、新憲法公布(同年2月施行)

2014年2月、ジョマア首相率いるテクノクラートによる新内閣が誕生

2014年10月、新憲法下で初となる議会選挙が実施

→結果:2012年に結党された「ニダー・トゥーネス(チュニジアの呼びかけ)」が217議席中85議席を獲得し第一党に、2011年の制憲国民議会選挙では第一党であったエンナハダは69議席を獲得し第二党となった。

2014年11~12月、革命後初の直接大統領選挙が実施

2014年12月、エセブシ大統領就任

2015年2月、元内務相のエシード氏首相率いるニダー・トゥーネス、エンナハダ、自由愛国連盟(UPL)、アフェック・トゥーネス等からなる連立内閣が成立し、革命後初の本格政権が発足した

2016年6月、エセブシ大統領が「国民統一政府」構想を発表

各政党及び国内主要団体(UGTT、UTICA等)による協議

2016年8月、シェーヘド地方問題担当大臣(当時)が率いる新内閣が発足

2019年9~10月、エセブシ大統領の死去に伴う大統領選挙

2019年10月、カイス・サイード大統領就任

2020年2月、ファフファーフ内閣の発足

2020年7月、与党との対立により、就任からわずか5か月でファフファーフ首相は辞任

2020年9月、サイード大統領は新首相にムシーシー内相を任命(ムシーシ内閣の発足)

2020年9月、政治の主導権を巡り、サイード大統領とムシーシー首相は対立

2021年7月、ムシーシー首相を緊急事態における大統領の特別措置によって解任し、議会を停止

→結果:サイード大統領は、政治改革に向けて、実質的に立法・行政権を掌握する大統領令を発出

2021年9月、チュニス国立工科大学教授のナジュラ・ブデン氏を首相に任命し、組閣を委任

2021年10月、ブデン氏は、チュニジア史上初の女性首相となった(ブデン内閣の発足)

2022年4月、大統領は、前年7月から停止されていた議会の解散を発表

2022年7月、新憲法草案に関する国民投票(賛成94.6%、反対5.4%)、翌8月施行

→結果:新憲法が施行された(投票率:第1回11.2%、第2回11.4%)

2023年1月、新憲法下で国民代表議会選挙が実施され、新議会が成立

2023年8月、サイード大統領がブデン首相を解任し、チュニジア中央銀行出身のハシャニ氏を任命(ハニャ内閣の発足)

2024年8月、サイード大統領がハシャニ首相を解任してマドゥーリ社会問題相を新首相に任命(マドゥーリ内閣の発足)

2024年10月、サイード大統領再選(得票率90.69%、投票率28.8%)

→今後:ロシアによるウクライナ侵略や気候変動等によりチュニジアの経済・財政が影響を受ける中、経済社会改革に取り組むことができるかが注目されている。

 

内政

  • チュニジアは独立以来一貫して初等教育の普及と高等・専門教育の充実に力を入れている(義務教育対象年齢は6歳から16歳までの9年間)。また、女性の権利保障と社会進出を重視した法整備も進められてきた。特に、1956年個人地位法により一夫多妻制の禁止や夫の一方的決定による離婚の禁止等が保障されており、家族計画の普及にも積極的である。
  • 2017年7月には、女性に対する暴力を防止、処罰するための新法が制定され、同年8月にはエセブシ大統領が、相続における両性の平等実現とチュニジア人女性と非ムスリムの結婚手続きの簡素化に向けた議論の開始を提言した。

 

  • ベン・アリ政権下では、言論・報道の自由、情報アクセス権の制限、政府による検閲等、政府による人権の抑圧が指摘されていたが、革命後の新政権はこれらの自由・権利を認めた。その結果、多くの報道機関が生まれ、NGO等の市民活動が活発になったが、他方で労働争議や暴力的な抗議活動、また、サラフィストと呼ばれる保守的なイスラム主義者による暴力行為が頻発した。特に南部・内陸部を中心に、雇用・開発を要求する若者による座り込みなどの抗議運動が続き、経済活動に打撃を与えた。

 

  • (近年、軍・治安当局に対する攻撃を除き、外国人等のソフトターゲットを狙ったテロ事件は、2002年のジェルバ島のシナゴーグ爆破事件以降発生していなかった。しかし、2015年に入り、3月のバルドー博物館襲撃テロ事件(邦人3名を含む外国人観光客21名が死亡)、6月のスースにおける銃撃テロ事件(外国人観光客38名死亡)と、外国人観光客を標的にしたテロ事件が続けて発生した。同年11月にはチュニス中心部で大統領警護隊バス爆破テロ事件が発生し、全土に非常事態宣言が発出された(2024年12月まで延長)。2016年3月には南部リビア国境近くの町・ベン・ゲルダンで、リビアから侵入したテロリストに治安施設が襲撃されて以降、民間人が標的となった大規模なテロ事件は発生していないが、2023年5月にはジェルバ島のシナゴーグ付近で銃乱射事件が発生した。

 

 

引用:チュニジア基礎データ|外務省

 

チュニジアパビリオンの中を見ただけじゃ知ることができなかった、チュニジア国内の内政事情。

今回のパビリオン訪問をきっかけに、様々な情報を知ることができてよかったです。

 

 

チュニジアパビリオン

 











 

チュニジアパビリオンでは説明はほとんどなく、展示ばかり!

陶器、木などの材質は様々でしたが、ほとんどが食器類でした!

でもどれも可愛くて、、、これ値段が安かったら爆買いしてました、、、。

ただほとんど値札が付いていなかったので、怖くて触ることもできませんでした😂

でも金属製のお皿には名前を打刻してくれるとか?!

どのパビリオンもそうですが、打刻してくれるか否かは打刻する方々がいらっしゃるか否かによるため、毎日必ず行けばやってくれるという保証はありません!😂

これが世界です!!!!🌎

そこも含めてぜひ万博を楽しんで欲しいです😂

 

 



 

私が行ったときには展示が閉まる間際だったため、食事はすべて無かったのですが日本のホットサービスとと書かれた棚とチュニジアの食器の組み合わせが異世界観あってとっても可愛かったです😂❣

 

 

 






みなさん結構素通りして行ってしまったのですが、最後の最後に素敵なお家(?)があります。
そのお部屋の
タイルがとっっっても可愛い🥹

しかも家具一つ一つもしっかりしてて、本当に素敵な空間です🪑


ぜひ一つ残らず最後まで見て、チュニジアの良さに触れてください🫶🏻



 

レストランメニュー

 






メインメニュー

 :クスクス(チュニジアの代表料理 / これ食べときゃ間違いない)1,200円

小麦粉を粒状に加工したクスクスを呼ばれるものに、チキンなどのお肉や野菜を乗せて煮込んだスパイシー料理

  

 :チュニジア風チキンサンド 

スパイスに漬けたチキンをバゲットで挟んだもの(万博限定だそうです!)

  

 :日替わり提供

チュニジア家庭料理プレート


●コーヒー

トルココーヒーのように砂で温めて飲むあのコーヒー!!

 

デザート:1個250~300円程度

名前も書いて無いし、なにかもわからない。そして日替わり。

何が当たるかわからない。でもそれが楽しい。

 

 しかも多分みんなで同じ机を囲んで食べるんだと思います🙆🏻‍♀️楽しそう🥹

 

 

日本でも海外気分が味わえるとは、まさにこのこと!ぜひ海外を存分に楽しんでください~🛫

 



 

では~🌈