こんばんは、mmm(まーママ)です。
「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴
~日本近代化の躍動を体感できるまち~」
構成資産の一部(51ヶ所)に説明板を設置
今回の日本遺産のテーマは、
「海軍防備隊・警備隊砲台群」。
⑰旧佐世保海軍警備隊大崎高射砲台跡
大崎高射砲台は来襲した敵機を迎撃する高射砲台として昭和17年に着工されました。
で、この説明板は、この公園の入口にあります。
■大崎公園
長崎県佐世保市針尾北町2157
展望台からの景色です。
近くには水源地や弾薬庫跡などの遺構が残っていると思われるのですが、全く探せず・・・
砲台跡といえば、
2020年1月にお出かけしてたこの場所も。
⑱旧佐世保海軍警備隊八天岳高射砲台跡
長崎県佐世保市里美町
八天岳高射砲台は佐世保軍港の最も東を守る高射砲台で、伊万里市方面から軍港上空に侵入する敵機を迎撃するため昭和14年に建設されました。
遺構は発見できましたが、何かは全くわからず・・・
こちらは、まーパパがポタリングの途中で探した
「牽牛崎砲台跡」。
日本遺産の説明板はありません。
場所は日野町の牽牛崎。
自転車ではアップ⤴️⤴️ダウン⤵️⤵️が激しくて、自転車押して歩きました。
一旦海岸線の突き当たり迄行くと、ポツンと3件ほど家が建っていて、丁度お婆さんが草むしりされてたので尋ねると、今は太陽光発電が設置されていて中には入れないとのこと。
また、急な坂道を戻って、それらしき場所を見てみると、確かにフェンスがあって入れません。
フェンスの向こう側には、砲台跡らしき石積みが見えますが、ここで引き返します。
最後にこちらを・・・
⑲戸尾市場(とんねる横丁)
長崎県佐世保市戸尾町
なんで、ここが海軍防備隊・警備隊砲台群に分類されてるの?
説明板をよく読んでみると・・・
太平洋戦争中は日本各地で空襲に備えて防空壕の掘削が奨励されました。昭和20年6月の佐世保空襲では市街地の約6割が焼失し、多くの人が亡くなりましたが、防空壕に避難して一命をとりとめた人もいました。
空襲で焼け出された人の中には、防空壕を住居や店舗に利用する人も。戸尾市場には、現在でも防空壕を利用した店舗もあり、「とんねる横丁」の名で親しまれると同時に、焼け跡から復興を歩み始めた人々のたくましさを伝えてるという理由で、構成資産に選ばれているようです。
お買い物に行ってみてね~
日本遺産巡り 説明板 残りあと32ヶ所。
まだまだがんばるよ~