Lは知った。またフリーダの自画像にはたびたび小さなクモ猿たちが登場する。猿たちはフリーダの背後にいて彼女の肩越しに顔を覗かせ、あるいは彼女に抱かれている。或る図録にこうある。「猿は欲情と乱交のシンボルであり、フリーダが愛情とユーモアを込めて描く親密な友人であり、彼女の望んだ子供の代役でもある」[i] 。と。性の快楽への欲望は、男との情交が途絶えた晩年には同性にも向かった。彼女は本質的に性的であるがゆえにまた両性具有的であった。そのレズビアン体験は絵「森の中の二人の裸婦」に描かれた。
Lには、フリーダこそは、男の画家たちのあからさまな性欲誇示に拮抗しうる対称性をなす稀有な女の画家と思われる。フリーダの伝記作家中の伝記作家ヘイデン・エレーラはこう述べている。「多くの人がリベーラ夫妻には性的絆はなかった、同志的絆が主だったと言っている。…(略)…結婚後二、三年で彼のフリーダに対する肉体的欲望は衰え、また再婚後の二人の関係は非性的なものとする約束になってはいたが、それでもなお彼女は夫に対し、まごうことなくエロス愛を保ちつづけていた。彼への肉欲のために、日記の多くはエロティック・ラブレターの性格を帯びている」[ii]
。こうエレーナは指摘した後、それを証明する長い引用をフリーダの日記からおこなっている。またその引用のあとをこう続けてもいる。「ディエゴへの肉欲の強烈さを考えれば、彼の性的裏切りが彼女を傷つけたことは驚くにあたらない。フリーダは自己防衛のために、子供を甘やかす母親役――立場は異なるが妻と同じくらい情愛に満ちた関係――を演じたのだ。『わが肉体の内なるディエゴの緑の剣眼』を感じる代わりに、また彼の姿の『巨大さ』に『囲まれ』『侵入される』という身体感覚の代わりに、母親のようにディエゴを膝に抱き、湯あみさせ、世話をする者となったのだ」[iii]
と。エレーラはもちろんフリーダの有名な絵「宇宙、大地(メキシコ)、ディエゴ、私、ショロトル、神の愛の抱擁」を念頭にして、こういう。