ユダヤの逆襲(6)
2月28日2026年 トランプはイランと交渉中などと言いながら突如イランを攻撃した。イランにしてみればその件で会議中だった。たくさんのイランのトップが集まっていた。それを狙ってハメネイ氏を殺害し、一挙に34人の側近も殺害された。これってトランプのだまし討ち? トランプは「奇襲の前に教えるやつがいるか?おう、そう言えばお前ら日本人はよく知ってるはずだよな? だってパールハーバーを騙し討ちしたんだから 日本の真珠湾攻撃と同じだ」と高市総理に言った。
トランプが今イランを攻撃する時ですとペートへグセスが言ったので奇襲攻撃したという。イスラエルのネタニヤフがへグセスに今攻撃しろと命じたのだと思う。ネタニヤフがトランプを利用して戦火はどんどん拡大してゆく。
一体何がそうさせるのだろうかと考えたことはないですか?
私はもの心がついたころから、もう一つの自分が、いつも自分と相手を見てきたように思う。そのもう一人の自分が自分を動かしてゆく。 何度も書いてきたが父と母はよくケンカをしていた。父は母に難癖つけて虐め、母はその腹いせに私に難癖つけて虐める。母というのは鬼で娘を虐めて育てるのだと思っていた。16才の時までは、母は弟は虚弱だったので、可愛がって育てた。思えば、私は心の根の優しい良い子だった。父と母とは違う惑星からきたのではと思う。親によって歪められた心が、御本尊様に南無妙法蓮華経と唱えることで少しずつ本来の自分を取り戻していった。
どうして父は母を虐めるのだろう? 父は根っからの怠け者で働かないから商売がうまくいくはずがない。それが自分でわからない。父は母をバカ女と見下しお前のせいだと虐めた。母はいつも父を甲斐性なしと叫んだ。子供心にどちらも正解と思った。父はとても傲慢で利己の人だった。自分は偉い人間でお前たちは馬鹿だとよく言われた。自分がバカだから皆がバカにしかみえない。どうして父はこういう人間になったのだろう。と子供ながらに考えた。 父の父つまり私の祖父、もうすでに亡くなっていましたが、少し勉強ができる父に期待しすぎた。お前は賢い将来は成功するだろうと勝手に思い込み、お前はすごいとお前はすごいとほめて育てたのだった。 ウォレンは次男パーカーが小学1年の時IQが高くバイブルをすらすら読んだそうだ。次男はウォレンの期待の星だった。それからウォレンはお前は賢いと褒めて甘やかして育てた。本人は天狗になって全く努力せず高校卒業の時は落第寸前だった。以来ウォレンにたかり続けた。愚かな親が多すぎる。人の心を観るとき、その人のファミリーヒストリーを聞くとすぐわかる。
三菱商事で働いていた時、初めて出会ったサウジアラビア人のメイセル。4年後、アメリカから帰って商社の安宅産業に勤めていた時にまた巡り合った。世の中にこんな素敵な人がいるのだと思った。心がきれいで、優雅で品がある。その上背が高くてハンサムだ。彼は敬虔なイスラム教徒でどうしてこんな心のきれいな人がイスラム教徒なのだろうと思った。 イスラム教徒というのは凶暴で性欲や不満を発散させるために喧嘩や戦争ばかりする。女性を蔑み虐め男の管理下に置いて自由を与えない。私のイスラム教のイメージはそんなものだった。
1980年代イランイラク戦争があった。イスラム教のイラクのスンニー派とイランのシーア派の戦い。どちらも領土の取り合いだった。 イラン人モスレムと結婚した日本人女性が黒い布アバヤでまとい顔だけ見せていた。たった一人の大事な息子をこの戦争で失った。彼女は戦争に送り出した息子を立派に死んだという。でも相手に対する憎しみは消えないと言った。平和な日本から、それをテレビで見ていて、息子は トップの権力争いに巻き込まれて犬死にしただけではないか。彼女は女は男の従属物だと思っている。日本人の女性もイスラム教に洗脳されればこうなるのかなと思った。 その時はまだわからなかったけれど、彼女の心(生命)に刻まれた子供を殺された憎しみは他人にすり替わり巡り巡ってまた争いになる。人は愚かなことを繰り返す。
1986年 大阪茨木市に住んでいた。以前には堺泉北ニュータウンや箕面団地にも住んでいた。どこの地域でも座談会や会館はメンバーでいっぱい。体験、体験で座談会は歓喜で沸いていた。皆希望で輝いていた。いつも圧倒された。信心強情なメンバーが多かった。「生命でわからないと宿命転換できません。同じことを何度も繰り返しますよ。だから題目をあげるのです」とリーダーが言う。へー?生命って何だろ?と思った。皆が引っ張ってくれた。思い返せばありがたいことです。 思えば、御本尊様は私が信心を学ぶためにアメリカ・ロスから関西に戻し、それから今度は南カリフォルニアシミバレーに戻したたように思う。
1986年 唱題をしていてふっと他のメンバーに比べて、私は御本尊様に好かれている。なんでかなと思った。ふっと10年前(1976年)の光景が目の前に現れた。(詳しくは最初の頃のブログ “生命” に書いてあります)私はそのまま彼の中に吸い込まれた。あ!彼は私だ。九識論だ。御本尊様は彼はあなたです。あなたの心は彼と同じです。仏法では生命のことを九識論で表す。それが生命です。そうなんだ。彼は私のことを素晴らしい女性だと褒めてくれた。私を褒めてくれたのは、唯一、彼一人だった。人は自分の生命レベルで人を観る。 メイセルは生命レベルの高い素晴らしい人だった。最後に別れたとき彼は34歳だった。サウジアラビア人で、会社の社長であり貿易の仕事で世界を回っていた。彼は世界を見ているからイスラム教には懐疑的だった。
日本人の元夫は私をくず女だと思っていて見下していた。元夫は父親に虐められて育った強欲で中身のない意地悪な人間だった。もう一人の私はそれがわかっていた。わかっていたけれど結婚させようとするこの不思議な力には逆らえなかった。元夫には私を憎む心しか感じなかった。それは父親を憎む心のすり替えです。娘が風邪でも引くと私のせいだと怒り狂って意地悪をする。父親への憎悪を私にむける。怒り出すと感情が爆発して異常になるので、怒らせなかった。ヒステリーのような症状です。母は父に虐められてよくヒステリーをおこした。被害者は娘の私です。娘たちに恐怖心を与えて私と同じ思いをさせたくなかった。父親や母親に対する恐怖心や憎しみが子供の生命に刻まれるとろくな人生しか送れない。もちろん子供にはわからない。 私は娘たちを守ってよく耐えたと自分をほめてやりたい。題目を上げ続けた。まさに能忍です。気が付かないうちに生命は磨かれていた。
自分としては自分を動かす冷静な自分とのろまで蛍光灯、才能もなく、体力もない、よく寝る自分がいた。
34歳の時に覚知した生命、心が軽くなった。一体何なのだろう? 今度は生命を探求するはるかな旅にでる。
生命とは南無妙法蓮華経なのですが、多くの人が題目をあげて宿命転換して、この地球を守ってほしい。そう願って自分の体験を通しメンバーや日蓮仏法に興味のある人に向けて書き続けた。