不完全であるのはどの人も同じ事 その不完全の善 完全に善は無い状態で生きるを維持すために投資す。
投資
見返り
果報
むくい
不幸という事について
その人の認知形成の過程は
どういう構築過程であったのか?
何を不幸なのだと
認定したか
その私的に行為した判断の基準 項目
身体の不調
身体機能に不全を抱えている状態
病気
怪我
外傷
自己実現が出来ない状態だと即断して
気分を害する事
感情は悲しみで一杯になること
その人の罪の為に
その親族も家族も悪い状態を得るという思想を
信じ込むのかどうか
積みかさねた行為の結果だったのか
因縁とか
関係した事実は
ほんとに
その人の行為の為の結果であるのか
そもそもその個人の内部にある素性の形成過程によるその過程に
何らかの支障を抱えてしまっているだけか
物理現象の一つか
マルトリートメントの事はどうだったか
何かに信じ込む事で
実際に提供する必要があった適切な世話を
提供していなかった
とすると
その人はどうか
たとえば
親が子にとり必要十二分である世話を提供するは無いという状態が
その子の成長期に当てはまるとしたら
その子は
どんな思いを心の内の小部屋に
経験した
事への
思いを
い
だしてきたか
そこは
誰か
傾聴しているのだろうか
母親の幼少期の過程は
どうであったのか
自分の人生の現状から
救いを求めている事ではあるが
いつまでたっても
自己のおもうような
救いは
得るは
無いとすると
何を本当は求める事が
最善であるのか
ある対象を信じ込む事は
どんなmeritを得ているのか
どんなDEMERITがあるのか
善いとか悪いでは
審判できない事案
何を期待しているか
そして
その個人が信じ込んでいる救世主という人物は
どんな人物であるのか
実際に
具体の支援とは
何か
人は誰もが不完全である状態を保持して生きている
全知全能
全善という状態であると云う事はまずあり得ない
物理的に
不完全そのものであるのが
人自身で
どの人も
不完全
完全に善い状態を常に保持できている者は
一人として存在はしていない
それは理
ことわり
そのもの
それこそ
現世で
完全に善いという存在の具現の人物があるなら
このような事件さえ起きる事は無いでしょうね
全智
全能
全善と云う事であるなら
死んだ後に
極めて顕示して
復活してもおかしくないのに
自分自身を
全ての人々に
別ける事
あなたの保持している財産を
全部
マネーにして
お金に乏しい苦しんでいる一人一人に
それぞれに応じて
別け
この私の後についてきなさいと
言った
その者は
Nazarethのイエシュアという人物
金持の青年は
この私は
戒律を全部守っている
何か自分に足らない者は
あるか!
と
そうして
Nazarethのイエシュアを先生と呼んで
対抗するよな行為をした人
あなたの所有している全財産を
処分して
貧しい暮らしをしている人々の為に
その金銭を別け
その後に
わたしの後から
ついてきなさい
といわれた人
悲しい顔をしたそうだけども
その者は
どうも
サウルさんという人かもしれないと
後の
パウロといいました人
初代のユダヤの王の名前から
もっとも最小の存在という意味の名前にしたのは
なぜだろうか
その人自身の内部にある
永遠に
たしなみたいそれは
一体
何
どんな品物なのでしょうか
親からの素直な世話
おもいやる真の心つかい
ココロを配る事
隣人の為に
奉仕をする事を
Nazarethのイエシュアは
宣べているけどもね・・・
罪の穢れたその状態の浄化とか
それは
金は必要ないとしているしね
あなたの心があなたをそうさせた
のです
というのは
どんな人との出会いの時か
ずーっと救い
悪から
悪い状態からの
扶け手を
助っ人
を
求めていた女性
何度も結婚と別れを繰り返していたそうだけども
その人に出会ったと云う事の
証し
金を寄こせとは
一つもいいませんね
Nazarethのイエシュアは
そこで
識別できる事もある
霊は
試す
事
その人物からの発意は
一体
隠されて
見えていない部分
すなわち
霊
物としての存在は無いが
精神運動の結果の
意図が
何か
ためして
観る事は
重要な
かかわりです
相手の言を
呑み込むのは
DEMERITを生産するだけ
自分とあらゆる他者は
全く
違います
存在自体
互いに
Treatmentを
贈る事の
ホントの意味を
結婚とは
それぞれ
詳しく吟味して
最善の事を
御互い理解した上での
婚約であり
そして
一年の経過で
婚約の期間を設定して
それから
互いが明確に判断をして
それぞれに
贈り物としての最善として
婚姻は
SACRAMENTO
となる
から
SACRAMENTO
サクリファイドされているその品物
感情とか気分とか
他者の命令では無い事
詳しく吟味する時の意図は
ローマカトリックとしては
父と子と聖霊の三位
の
意向を
両者ともに
詳しく理解できている証が
必要である事
気分や感情で
高揚感だけで
結婚では無いと云う事でした
正に
契約事
であること
誰かに決めてもらう事でも無いですね
と云う事
自分を知る事
相手の事も同時に知る事
知るとは
理解する事と
最善を御互い求めている事が必須だからです
協働
コワーキングする事
それは
父と子と聖霊の三位の意向に添う事
MariaとJosephが
MODELとなっている次第だ
信仰
自体は
正に
個人の選択
自由ですから
その行為の結果が
一体
何か
それもASSESSMENTする必要はある
存在自体の喜悦そのもの
というのは
実際にあるかどうか
どんな身体の状態であっても
その個人はUNIQUE
父と子と聖霊の息吹を受けている者だから
です
生命そのものと共にある者であるから
ある人は
ある人から
操作されても
その操作する者のほうが
DEMERITを積み重ねてしまっているのが実例です
操作するとは
自分の信じ切っているデザインとかイメージを真として
信じ込む認知行動パターン
その自分で作り上げてしまったイメージを
IDOL
ICON
として
信じ込む
どこまでも
アディクトしてしまう
不安とか
どうして自分だけは不幸を背負わないとならないのかという残念な気持ちの充満とか
ほんとは幸せになりたいのに
なぜ
幸せにならないのか
いつも不幸に遭遇するのか
とか
その意識の形成の根源は
どこの時点から形成され
自分で構築してきたか
人生の初期のステージのどこかでか
または
青年期か
など
何がその個人に起きていたのか
その個人ととりまく
人
物事
金
情報
時間
相互作用
親はどんな状態を保持していきている人であったか
やりとりで
その個人は
何を自分の室内に抱き
保持してきたのか
打ち明ける事をしていないとしたら
その秘匿にしている内在化した価値の種類やその内容とか
なぜ
その価値を自分で選択したのか
とか
判断した時の
感情とか
出来事とか
気分とか
判断した基準は
何によっていたか
など
精査する必要はある
自己覚知の作業の一つだから
自分の作為したImageを
どこまでも愛着して
それを実現化しようと
投資する事例もあるので
その方の
判断は
何をモチベーション
Motifにしてきたのか
いままで
という
事を
知る事
傾聴
インタビュー
教えてもらう態度は重要だ
聞き取る
聴取と云う事では無いのです
審査する事でもない
裁判事例ではあるけども
人を知る行為の基本
パーソナルサービスの根本は
カウンセリングマインドであるのは確かであるので・・・。
という事
南山堂
野に生きている生き物は刺激を与えない観察する事は賢明の事 意図しないで遭遇の事は事件case
case
事案
事件
事故
いろいろな言い方があるが
想定してその危険を避けているとしても
出会ってしまう事もある
その時
どうその瞬時の出来事を
対処して
具体の対応を
兼ね備えているか
具備具足
武器なるものは
一体
素手であるときは
何をすか
猛獣などとの遭遇
の事
獰猛
どうもう
威丈
いたける
猛
たける
高く力を満として
対峙する
弱さは
何か
役に立つ時はあるか
ないか
小であることの優位
弱であることの優位
柔軟さ
やわらきを常に保持する事の
賢明の徳目とか
身を熟すとは
一体
何か
接近してどこまでも接する事で
除することもあるだろうか
臨在するその毛の多もの
どうする
いざ
と云う時は
いのちのそのとおとさの
実感
実の確実を
詳しく知っている事は
無言でも
そのまんま
あなたと
わたし
の
共に在る事の
事実はそうだ
同時に
非常に興奮して
気性のあらくれである時は
どうにもこうにも
なすすべのない事
あーー神よ
あー
仏よ
と
神仏に加護を祈願する事かもしれないし
いわれのないその出来事であっても
いわゆる
縁
えにし
とか
いう意図を
みつけようとしてしまうかもしれないし
人の肉体の生命のその共にある状態から
その生命自体が
過ぎてしまう事
その時は
誰も
ほんとに
知らない
どんなに巧妙たる名医であっても
卜とか
占
とか
その祝詞をいはいふるわす職分の方であっても
その時のその瞬間などを
予知し
言にあらわせる者など
どこにも居ない
なぜか
人とは
そもそも弱い
よわい
つよし
ではない
つよくなることを嗜好している者もあるけども
それも
限界はある
能力自体に
人に備わっている
能力は
いままでの知り得た事実を
緻密に積み重ねて
あやうきを
事前に防ぐ
ふせく
予防
あらかじめ
ふせる
その相手の力を
ふせる
ふせるとは
地面に身をかがめる事
かかみみる
かかむ
そして
何も無いという状態を自分で作為する事
無
恐怖心は
敵対心かもしれない
おそろしく
おそれ
いること
おそろしい
とは
死を自らに迎えてしまう
危害を加えられしまうかもしれない
という
みのこなし
自己
身の熟す事の仕方の方便
どうあることが
最もな最善の事か
はじめからおわりまでを
詳しく理解してみようとする
準備
予め
具備具足とは
何を用意してあることか
巻物には
ある物語の事
獰猛な獅子たちが
いる
その牢獄に
閉じ込められた
ダニエル
DANIEL
さん
彼は
全く無傷であり
ライオンたちは
彼になついてしまった
という
奇跡的出来事
それは
はたして
どうしてか
訓戒のような
教訓のような
事である
偉大な王は
自分自身の化身のその大きな像物を
こしらえて
多くの人々に向かい
礼拝せ
と
命令していた
それに背く者は
処断す
と
拷問をもって
主である自らに従わせようと操作していた事実があったということ
そこで
真に生命の悦びをもってして
誉めている者は
DANIELであったこと
DANIELの物語の事であるが
弥栄
IYA
FUA
AVE
IYA
SHUAKA
IYA
SHUA
いやーしゃー
いやさけ
弥栄
弥高
八重垣
自分を守護保護防衛する方は
あなたの他ありません
という
ほむこと
ほ
むる
もれること
満タンの
その生き
それは
自分
人間自らの生産した御品物では無いという厳然としてある事実
不変で
普遍
カトリカであること
共通の事案
御品
奉献するそれとは
最善最高善
完全に善であるその御品物
と云う事でした
南山堂安居子
MEDIA 仲介因子
こまかに分析してその仲介者の事を知る事
または
仲介している物や物事
出来事など
詳細に査定
調査して
研究して
いろいろな視点
視座
内部から
外部から
構造観察
仕組み
相互作用の形態
SYSTEMの状態の変化など
どういう事が
それぞれの部分
場
開いたSYSTEMか
完全に閉じているSYSTEMか
機能しているSYSTEMか
そもそも
そのシステムの役目と役割と機能の整合は
あるのか
ないか
どの程度の役割期待を行使しているか
でけているか
でけてはいないか
とか
効果
リフレクション
そのものは
他の統合化されているSYSTEMとの関連とか関係性とか
統一した法理は無いという大前提で調べる時と
統一した原理があると信じ切った時に調べるその対象とは
結論がまるで違いますし
相反している事でも
統合化の視点では
それは
アディクトしていたと云う事もある
操作する主体が
御互いであるときは
それは
GAMESYSTEMそのものであり
いつか
ゆずり
権威を委譲
とか
移譲とか
どこまで固執するか
何かに
とか
変数と関数の無数にあること
変数が関数になること
いろいろな連鎖のような
非線形的な現象も
実際には
過去にあったように見えるけども
共通する事案と
全く違いますとす事案もある
それらを
ひとまとめにして
混合かしてしまおうとする
躍起の心意気とか
それらは
全く違いますと
確実に
存在自体を尊重する事で
最終勝利を得るパターンとか
何が
価値として
設えているのか
裏表とか
内実
外装とか
統一化しているのは
実際は
何かとか
統合化
総合化
統一化
同一化
顕在している現象を把握すると同時に
COREのそれぞれの位相や位置とか
その場によって
決まり事のような品物がある時には
非常に複雑SYSTEMが
同時に存在して
相互作用し
結果はいちいち
随時
生産されてくる
一つ
の小さな素因が
ある時に
何をそれは生み出すかは
不明理でもあるが
しかし
同時に
最善の物事を
先に
一番先に
自分から究明理する事は
御徳の第一義とは言白事
になる
事
それこそ
はじめに言ありき
LOGOTHE
LOGO
言
南山堂
安虚子