mmfjtoのブログ  ~なぜなら ぼくは、どうしようもないくらい汚れ腐ってますから~ -82ページ目

死んだって仕方ねっし、というのは、誰かな、どうせ人は死ぬのだもの、ってそういう人もある、

死んだって仕方ねっし、というのは、誰かな、どうせ人は死ぬのだもの、ってそういう人もある、

 

そして

へらへらと笑っている次第の方

 

どうせ死ぬのなら

この俺さまのためのお前奉仕せ!

なんて

この俺様のためにお前の全部を捧げろ!

そしたら

功徳を積めるぞ

 

いう

やから

もある

 

いてますね

 

ほんとに居ます

 

 

いろいな人がいるものだけども

 

そして

その人の言いなりになる人も居てるんで

 

なぜか

 

 

なぜそれを選択したのか

 

非常に不可思議

 

摩訶不思議

 

MAGA

MAHA

 

非常にという意味

魔訶

 

魔訶とは

翻意訳なのです

漢字で

音をアテガウだけですから

 

 

 

 

まことに不可思議

 

おもい

言を

互いに

心中から

吐き出して

事を詳しく調べようとする行為だけども

 

 

 

疑問

問う事

これは一体

何であるか

 

とか

 

あなたは

なぜ

その行為を自分で選んだのですか?

どんな意図が内在して

隠されていたのですか

 

口先と

心根の意図の違いは

あるか

ないか

 

ほんとに

あなたの

言と

行為と

欲しているそれは

同じものごとなのですか?

 

 

それとも

自分の生命こそ

一番大事なので

他人をあなたをいかすための

道具にしているのではないのですか?

 

 

 

など

 

 

 

 

 

 

 

 

あること

 

 

LOGOTHEC

 

テクノロジーク

 

 

 

 

 

 

 

南山堂

雪月院

花鳥院

風雷院

蝶蝶蜻蛉院

青山瑠璃海院

白明院

赤心院

 

 

森羅萬象月下塵芥院

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

操作する事 セルフコントロール 自己の状態をすべからく管理出来る能力 必要十二分の要件要素

操作する事 セルフコントロール 自己の状態をすべからく管理出来る能力 必要十二分の要件要素

 

 

いつでも健全で健康でいる事

というのは

べき

しなければ不幸になるに違いない

とか

強迫性のある意図がある事

 

 

そうする事で勝ったとか

いつでも健全で健康体を顕示して威張る事とか

他人よりも優れているんだぞと

自己を非常に他者に差し出す事とか

 

見栄

見映え

 

自己顕示する事の嗜好性

 

それも

快楽を生成する手段ではある

 

 

行為をしたその瞬間に

ドーパミンの内分泌があるとするとだ

そもそも

条件

反射

 

刺激を自分で自分に与えて

自らに快楽を提供するという循環系

 

 

一つ

の仕様

 

 

 

 

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他人との比較行為

 

では

 

何をその比較する者が

しているか

 

 

 

 

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何を求めているのか

 

 

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自分こそあらゆる他者よりも優位になっていたいんだ

最高の幸福者たるものだぞ

 

 

自認していたい

 

からでしょうか?

 

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他人を貶す者もある

 

自分の存在自体に実際には不安定な感情表出を保持していて

時に

他者を気に喰わないからと

貶しまくる

 

そして

自分こそ優位なのだと

主張して

自認する事を

その行為を実践していることで

なんとなく

自己の精神の調和をコントロールする事

 

 

 

生きる事の

モチベーション

 

他罰的な行為や

自罰的な行為や

 

その両方の事を自分で選択している状態を保持し続けるしかないという状態

 

 

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そもそも

自己存在自体への

慶祝

悦び

歓喜

喜悦

そのものの

欠如している状態とすると

 

どうか

 

 

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他人からの視線をとても気にして

自分は一体

どう他者から思われて判断されているのか

そこだけを注目して

他者のいいなりになったりする者

 

 

 

そして

自己嫌悪の感情が生成されている始末

 

 

 

 

どうせ自分は何も無いんだ

という

虚無の感情が生み出されてくる自己自身とか

 

 

 

 

それは

頭脳神経細胞システムの

仕組みとして

何か

状態のその仕組みがあるのだろうか?

 

 

MECHANISM

 

 

 

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あるうつ病を抱えている人が

頭脳神経細胞システムに通電できる装置を

設えたとき

 

その適当なレベルで実践したら

とても気分がはれやかになって

生きて行こうという気力が湧き出した

という事例がある

 

日本では無い国での

実証する実験

医学者の管理の元で

 

脳神経の関係の業務ではあるが

 

 

人々の病気の治療の一つの方法として

道具を開発するための

研究過程での事

 

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 

 

 

物理としての範囲で

人体そのものへの

なんらかの刺激が

その人自らの感情や気分の生成に

影響を与える

力を付与して

状態を変える事は

 

普通にある事だ

 

 

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人命が侵害されない程度の範囲内で

scienceの実験をする事が当然ではある

 

倫理の問題が当然あるから

 

なんでも好き放題に

人体を媒体にして

実験して良いです

とはならないですからね・・・

 

良心とか云ってますし

 

ethics

 

 

 

人として

何を善徳とするか

 

それは

RELATION

absolute

 

私的個人は

その人にある肉体も生命そのものも

完全にその者の所有権の対象か

というテーマがある事

 

 

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人というのは

資本論

CAPITALISMを以てする時に

物化するのですけども

 

物質物理の現象も含めて

全部データ化して

それは情報という物にしている事だから

 

生きているそれを

受け止める事の荘厳さを

喪失してしまうのは

当然と云う事かもしれない

 

それの当然は

普通では無いのですけどもね

 

 

普遍とか

 

公共という事と

公共の善徳とは

一体

何であるか

 

です

 

 

そこを

詳しく精査して

検分する作業は

私的にも重要の中の重要

 

それを

哲学とか

希哲学とか

いうのかもしれないけどもね

 

 

 

フィロソフィア

 

Sophiaとは

 

上智と

翻意訳している

 

学校の名称とは

違いますけども

 

イエズス会の会員とは

一体

誰だったか

 

 

死に目にあうことで

貴族の体質を保持しながら

いきることの

意味を

自己探求したのは

Ignatius of Loyola - Wikipedia

 

 

ロヨラという處で生まれた

 

 

イグナチウスさん

 

 

また

 

ハビエルさんもいてますけども

 

 

当時は

Catholicのパリ大にいてますね

 

 

 

 

ローマカトリックの長子とか

長女と言われているのは

フランスではあります

 

カール大帝 - Wikipedia

 

 

 

カール大帝

 

 

 

 

シャルル

とか

チャールズとか

とも

発語しますけどもね

 

 

Charlemagne — Wikipédia

 

 

 

 

キング

 

戴冠

 

 

天主の代理人から

戴冠された人だけどもね

 

ローマの司教であるのは

ペトロという12人の使徒のリーダーの継承者

という事

 

 

権能は

奉仕だ

 

 

 

あらゆる人々に

かしつくこと

 

御輿で

担がれてしまうのは

なぜなのかなと

 

ローマの司教を

どうして

あのような

設えにしてしまったのでしょうかね

 

どの神官 祭司 たちよりも

上位であると

世界中に

顕示したいからであったろうか

 

 

 

不思議だけどもね

 

 

イエシュア自身は

 

人々の汚れている足を

洗うと云う事を

実際に

実践したのでしたけども

 

 

人の思惑では

先生

高貴な先生に

そんな事をさせられませんと

いうのは

あの漁師の網元のペトロ

こと

ヨナの子のシモン

シモーネ

サイモン

 

彼は

がちがちのイスラエルの北部のガリラヤの人

がちがちとは

戒律も当然まもるし

異国人も

軽蔑するし

汚い

ローマ人は特に

排斥したがる

 

嫌悪する

 

汚いと

 

そういう自分たちこそ

優位なのだと

思惑があった

 

そこで

 

周辺諸国の大国などから

いろいろイスラエルの人々が

侵害されてきた事実がある

なぜ

 

 

IYA

FUA

AVE

 

IYA

PHUEA

AVE

 

 

 

いやー

ふぁー

あーーへ

 

 

弥高(弥栄)やへー(八重)

父阿

安倍

 

 

わたしたちを

救って

くれないのか

 

躍起

 

おれたちを

おまえらは

殺す気か

 

レビ

祭司の使命のある者たちが

特に

怒ります

 

 

 

潮の海の荒波を

超えて

鷲の翼で

向う岸まで

配置してくれたというのに

 

 

からからだ

喉がかわいた

 

 

エジプトでは

肉も食えたぞ

 

 

あのままでいて

よかった

そう

いいます

 

 

レビの末裔たちは

 

 

 

天主は

当然に

 

嘆く

 

そして

祭司たちの堕落に

怒るのは

まあ当然ですね

 

人々の身代わりに

天主に

常に

顔を

向けて

執り成しを実践して

死の時を迎える事なのに

 

 

 

なぜ

 

自分の生命を保持する事にどこまでも

執念を燃やすのか

 

 

と云う事だった

 

故に

 

燃える火の蛇

はなつこと

 

噛まれた者は

死を迎えたが

みな

恐怖心しかない

 

おそれて

顔も上げる事が出来ない始末に到るとき

 

 

 

 

 

 

モイゼに

命令した事は

あの蛇を

青銅でつくって

旗竿に

掲げて

みなに

注視させなさい

そうして者は

もう二度と

燃える火の蛇に噛まれても死にはしないと

 

という

約束

 

これは

アブラハムと

イサクと

ヤコブの末裔の者たちへの

天主からの

言でした

 

 

他の民族のために

最善を執り成せと

いうのが

今もある事

 

 

 

イブリールの人々の事を

天主は

このような頑なな民は

知らないと

そう

言われてしまったからですけども

 

 

 

 

 

 

 

これは

旧約とか言われている聖書とかいっている

巻物のその記事として

継承されている

 

次第だ

 

 

 

 

 

天主とは

一体

なにものなのか

 

 

AdamとEVAの

子らを

どうしたか

 

 

カインと

アベルの事

 

二人の兄弟は

兄は弟を嫉妬し

天主の差配を拒否する事

 

自分で収穫した初穂を

全部奉献しないで

一部をくすねた

 

というのは

なぜか

 

 

 

豊作ではなかったからか

 

 

 

なぜ

弟は

あのように豊かであるんか

 

 

など

 

父と母にしてみたら

兄弟

 

兄が弟を殺した

とは

 

なんと

痛い

心痛どころでは無い

 

悲しみであばかりか

 

やはり

嘆く事

 

 

どこまでも

嘆きは打ち付けられた釘のように

その傷は

癒える事は

無い

 

 

死後でさえも

 

 

 

 

カインは

 

生かされるのです

誰かから

今度は処刑されるに違いないと

そう主張した

 

そこを理解して

感情や

気分のままに

意図して

 

相手

血と肉を別けた

その弟を

 

殺意を明確にして

実行した

 

その結果

 

自分の命は

非常に非常に

惜しむ

 

死への恐怖を抱く

 

そこで

天主は

あなたを処断する者からわたし自身が守護保護防衛します

したのでした

女性と出会い

結婚して

子を授かる

 

 

カインの末裔という小説もあるけども・・・・

 

 

 

悲嘆にくれる事では無い事は

その生命自体を侵害してしまった

人の

生育過程と

その心中の種子と

その成果を

何をもって

評価するか

です

 

 

 

天主という存在の顕示は

いたるところにあって

そこに

自分にあるその

傾聴のmotivation

 

それを

どう扱うか

と云う事だから

 

 

気が付きとは

いつ

訪問してくるか

知る事は出来ないのです

 

単純な

瞑想行為とか

そう云う事では無い

 

 

 

意図した

探求する希求心が

どうしても必要だから

 

自分とは

何ものか

 

と云う事

 

 

などですし

 

他の生物を観て

自分自身との違いを知る事を求めるかどうかとか

 

 

世界の形成自体は

どうして

いまのように

実在しているのか

など

 

正に

サイエンチア

ただ

 

偉い

権威ある者に

いわれたことを

信じ込めば

それで

救われるんだぞ

なんていう

マヤカシ事を

どこまでも

信じ込む事は

どこかに

危険そのものを

はらむ事だからです

 

何も考えるな

自分で

いいます

cult主体者は

 

 

 

俺様は教師なんだぞ

そういうから

 

必ず

 

中には

世界教師なんだぞ

 

なんて

世界中のあらゆる人々を

教えて

指導して

道を指示した

導くのが

この私なんだ

 

なんてね

 

いいますね

 

cultのその御人は

 

正に

神の代理の使命を

自己顕示という権威主義で

自己陶酔的に

ようことを

気分よくするための行為そのもの

 

 

その者の言には

要注意だと

いうこと

たとえ

 

その口から出て来る言が

 

天主の言だとしても

 

それは

巻物に既に記事されているのですし

 

口伝

聖としての伝えて来たその物事を

顕示されても

 

 

それはそれと

きちんと

区別する意図を知っている方便

方法論を理解している事が

とても重要です

 

 

神の権能というのは

全部

一人一人に

働きを

実際にいま

あるというのが大前提であるから

 

その時に

神はどこにでもある

 

神というのは

Almightyです

から

 

神々の中でも

 

完全に善

全部の事について全てを知り尽くしている者

全能

である者

 

そして

完全に自由自主であるそのものです

 

善意しかないのですから

善をその者は

欠如する事は無いのです

 

満足も満足

全部善徳でみちみちているいつまでも

そのような存在は

 

唯一無二だと云う事なので

 

他にあっても仕方がないのです

 

ゆえに

 

全ての人々に示す事を

2000年前に顕示した事

 

それは

父は

子を一人の子を

地上の人々に

派遣した

 

それは

イブリールに一番先に示す事でした

 

なぜなら

多くの他の民族の一人一人の為に

それぞれ個人個人が

担当して

身代わりになって

唯一の聖三位である天主に向かい

恩恵を執り成す事を

生業とせと

いう命令があるのでした

 

これは

継承されてはきている

未だに

 

そもそも

ヨーロッパのラテンの人々や

ヘレニストや

ゲルマンの人々とか

 

 

イスラエルからは

エルサレムからは

東の方面にある人々に

ペルシアのアーリアの人々とかね

 

 

中国中原の高貴な人々とか

 

南のインドの人々など

 

もっと東方の方面にも

 

それぞれが

 

聖体を運ぶ事だった

 

パンをたべなさい

 

そして

呼ばれた

招かれたものは

 

 

なるか

どうか

 

 

はじめに

器を

奇麗に

水で洗い流す事

 

枯れ木の状態なら

なをのこと

 

 

 

と云う事でした

 

 

 

生命

 

いのちそのものは

正に

寶の中の宝

 

宝珠そのものだったというのは

長命をこう者は

どんなに金を支払ってでもほしいそれです

と云う事だった

 

 

同時に

全部の事を知ると云う事は

 

当然に

死滅自体を

知る事

体験しないと

完全に知った

と云う事にならないからです

 

 

 

ですから

死を過ぎ越す事

と云う事でした

 

日本では

死と再生の体験プログラムは既に

いろいろ

古来から

用意されてはいますけどね

 

熊野三山とか

出羽三山とか

 

 

なして

そんな事を嗜好するか

 

いいえ

明確な根拠

理由が

あるからです

ですから

 

多くの貴族の人たちも

率先した

山に登る

谷間に向かうし

その道行を

経る事で

功徳

御徳を積む事を為す

 

行為とし

 

ARTを形成したのです

 

 

 

からね

 

 

神殿というのは

 

人のそのものだと云う事は

明けらかにされている

故に

自分という

暗闇の腹の底に

一条の光を

招く事

 

それこそ

生命の再履行

 

複生

と云う事の

まえもっての

訓練

PRACTICE

 

LESSONだと云っている次第

 

 

今浄土の思想とも

関連があること

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南山堂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人自身を知る という行為自体 苦しみと共にあると云う事は自明と云う事。Human Rights

性風俗は"大人の正しい娯楽"か…世界一有名な赤線地帯にある「娼婦博物館」で大学教授が体験した意外な展示(プレジデントオンライン) - Yahoo!ニュース

 

 

 

人自身を知る という行為自体 苦しみと共にあると云う事は自明と云う事。Human Rights

 

 

一部の偉い地位のあるもの

それは殺傷できる武器を潤沢に保持している存在

 

古来は

狩猟の腕のいい者が

偉くなる事もある

 

 

野生の生き物を狩る道具

弓矢のある事

 

腕前の良いものなら

他の人よりも強い者として存在する事

 

人の頭脳神経細胞システムから生成された情報は

資材を得て

人の手で物を作りだして

 

自分よりもかなり力ある者でさえも

倒せる能力を得る事を意図した

 

 

それは

食べる物を得るため

 

 

同時に

それは

食べ物を沢山得る事が出来る能力を有している者は

偉い者として

他の人々から褒められる

 

ほむべきもの

 

 

人々は

山や野原では野生の生き物から急激に襲われる事がある

 

それは

死を意味するから

 

 

大きな熊でも

大きなサメでも

 

人に襲いかかる生き物

 

 

 

 

人々は大きな森林で

大木を切り倒す 

伐採

それは

 

金物が必要だ

 

資材も必要だ

 

鋭い刃で

強靭な刃が必要だ

 

船を作る事も

計算して沈没したりしないように

そして海を道にして

港湾施設を形成し

遠くの地域からの品物を輸入して

それを地元の金持ちに売ります

 

そして利益を獲得する手法は

ある

 

 

株の投資

トラスト

 

 

事業に

投資して

その利益の分配

 

会員となる

メンバーシップ

 

一緒にパンを食べるもの

 

得た利益を分配する者

 

 

 

 

「性」

「生」

「命」

 

LIFE

VITA

order

 

 

right

 

 

 

 

 

肉体を提供する事

sexを媒体したセラピー

 

テラピア

 

心身の傷を癒すために必要なサービスか

 

全身疲弊し傷ついて者が

その満身創痍の状態から

RECOVERY

ためだろうか

 

 

 

そういう媒体としてある者もあるでしょうね

 

肉体と精神と統合化したその者

 

その人との出会い

という具合に

 

信頼を構築する事の意味が

 

実際に

人と人の要と云う事ならば

 

 

信頼とは

TRUST

 

 

TREE

 

 

一つの木を

育むように

養うように

 

 

何を媒体にするか

 

 

それぞれの

価値がある

 

自由

とは

その価値を詳しく査定して

知って

判断している事

 

大前提

 

 

正に

うまそうだ

 

おいしそうだ

 

興味がある

 

なんとなく試してみたいと

いう

 

そういうトライの精神だとすると

 

確実な品物を得ると云う事は

不可能に近い状態だ

 

稀に

 

確率の高い事もあるかもしれないが・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

前提は

 

 

人生はどうでもいいんだ

自分なんか

自認の結果

自分自身を放棄している者だとすると

どうだろうか

 

 

 

私は

生きる事

そのために

この商売があると

明確に自己の立身をしている者と

比較する時には

 

その一人

一人の

行為し

その意図を実践した結果

 

何が

その人に成果として

あるのか

 

 

 

観察し

みてみようと

 

 

 

行為実践した成果物は

 

 

ただなんとなくの行為

 

ACT

 

目指す事も無い

自分なんてどうでもいいんだ

意図する行為の結論を

見ようとしない否認したまま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

肉体を媒体として

行為する事は

頭脳神経細胞システムの内分泌の神経伝達物質のそのいろいろな作用がある事

 

 

 

 

感情を意図して表出する事への刺激を与えるSYSTEM

MECHANISM

 

装置

 

物質物理の法理があること

 

 

肉体も物質物理の法理の範囲であるので

 

好きとか嫌いとか

興味があるとか興味関心が無いとか

 

条件付け

 

オペラントの法理もあることだ

 

 

 

その時に

 

人という存在自体は

一体

どんな価値で

規定できるか

 

判断できるのか

 

 

どんな状態を自己に迎えている者であるとしても

その者は

かけがえのない存在

 

唯一無二である方である

とは

確実に立証できる

それは

その人がそこにいる

今在る事で

完全に立証できること

 

IDの不正があるとかないとか

その性とか

男性だとか

女性だとか

同性と性行為をした同性愛者だとか

性自認が無いとか

 

その人にまつわる属性はいろいろある

 

 

生まれた国と場所は

誰が親か

 

なども

 

 

生育過程も

その結果の状態と成果とか

 

 

ただ

何も無いという状態だとしても

 

 

むしろ

DEMERITしか積み重ねていないとしても

 

その者は

永遠にその者であると云う事を

自分自身としての存在自体が

立証している

 

 

それこそ

一つの柱とか

いう言い方があるが

 

 

 

 

木としての

存在を

そこに

 

暗喩しているのです

 

 

たとえていうならば

 

 

 

いみじくも

枯れ木のように

生命がその肉体から

離脱する時

 

其の後は

正に硬直してしまう事だ

 

はなしかけても

何も返答は無いし

反射もない

 

神経の

 

 

全身は

確かに体温よりも

遙かに冷たい

ひんやりとしてしまう

 

どうして

人のからだは

熱を発生しているのか

 

ぬくもり

 

 

 

 

バイオメカニズムのSYSTEMの事だ

 

ENTERTAINMENTを媒体として

人自身を

理解する事

 

窮理

 

それを学問

studyする事

 

それは

 

価値ある行為であって

自己を知る事の一つの手法でもある

 

 

 

MENUは無数にある

 

合理性を欠如しているように従来の価値を基準とする時には

そうだろうけども

 

 

 

Almightyのある者としての

 

その者の視点を思案する時には

 

完全に自由を限りなく尊重するもの

 

 

 

理解できる

 

から

 

 

 

 

 

いきよ

命じている

その命令の主とは一体だれなのか

 

orderしている

 

せしむる

とは

何か

 

平安

安心

完全に

やすらける

状態とは

一体

なんだ?

 

と云う事

 

 

御互い

 

最善の贈り物であること

生命とその肉体と

その人自身

統合化している事だ

 

ゆえに

侵害したいとか

侵害するとか

ありえない

 

どこまでも

大切にし

我が身よりももっと大切にしたいと

そう意図するであろうから

 

すくなくとも

 

熱情とか

愛情と云う事では無い

 

 

まさしく

タカラモノ

 

たあからもの

 

 

 

 

 

その存在自体が

かかやく光としての

贈り物としてあること

 

 

その出会いは

どこで

どう

 

確率論では無い

 

 

 

ひかれあうとか

メランコリアでもない

 

 

出会う事の意味

 

隣人に

最善の贈り物を贈る事のその行為を明確に選択するかどうか

 

 

 

 

 

 

 

ローマカトリックの聖地の一つではある

アムステルダムとは

 

そこは

 

ホスチアの奇跡のあった町

 

 

聖体

いいますけども

漢字では

host

 

hostです

 

 

主人という意味だけども

 

それは

LORD

 

大王の中の大王

Nazarethのイエシュア自身の事

アムステルダムは

人工で

水の管理をして

干拓して

自然をコントロールして

 

人々が生きている世界の一つ

 

 

スペイン

ポルトガルなどから

ユダヤ人が

大勢

移りすんだ土地の一つ

 

 

 

Catholicとは

 

ローマカトリックだけでは無いのですが

 

 

Nazarethのイエシュアの12人の使徒の最期の土地との関係もある

 

 

 

イスラエルから

みな

移動して

それぞれに

東西南北に

渡ります

 

何をもって

最善の御品物

 

それは

聖体を運ぶ使徒でした

 

 

その聖体とは

パン

です

 

 

パンは

飢えた人に

与える

ほんの少しのパンの切れはしを

 

多くの人々に

施す

 

何もせしめる事は無い

恩を売り買いする行為では無い

 

 

人を

無限に

大事にしたいと

いう熱情があること

 

燃える日輪の如くよりも

さらに真っ白に光それだ

と云う事

 

 

 

 

雪よりも白く

というのは

その光を

受け止める者の

認識した結果の言です

 

 

から

 

 

どんな仕事についている者でも

どんな心身の状態にある者でも

そして

特に

こんな自分など存在しない方がいいんだと

自分で

自分を処断し

存在自体を消し去ってしまいたと

いつも

念願している存在自体に

向けた

その光そのもの

 

生命そのもの

 

わたしと共にあること

というのは

その主人足る者

 

招きであること

 

門と扉

 

 

 

その向こうには

大宴会場の設え

 

その大王の中の大王は

 

それぞれの招きの人々に

正装を用意して

待っている

 

そして

欲しいだけ

食べ物も

住まいも

与える

いうその

 

共にある

という

言の

立証を

宣言してる

意を

宣る事を

既に

 

2000年前に実行している

として

その証を再度

再現するための

 

奇跡の私的な啓示がある事

 

 

 

物理的な現象として

 

人々に

顕示されていた事

 

 

そこには

 

Maria

 

NazarethのMariaが

介在していた事

 

 

今も

そうして

全ての人々

一人

一人の為に

仲介して

Nazarethのイエシュアに

執り成し

身代わりに

意を宣る

 

代弁する仕事をしている事

 

 

 

当人は

世界

人々

不完全な人間のエンタメにあるとしても

 

その霊自体は

渇きを自覚しているとして

 

身代わりに

仲介し

恩典

恩寵

保管している

DAM

なのですから

 

メルシフル

MERCEDES

 

 

 

そのもの

 

 

母の中の母と云う事

 

 

生まれたての

あかちゃんを

 

抱っこする

父と

 

 

生誕のいわいふるとき

 

 

その家族は

どんな家族なのですか?

と云う事

 

 

隣人を愛せ

 

というホントの意味

その明確な行為実践とは

一体

何でしょうか

 

 

 

あの大祭司や

律法の先生たちとか

博士たちの

振舞いは

なんでしたかね

 

 

戒律だけを重視して

自分たちの自惚れを

着ている

虚飾の人々であり

 

汚れて穢れている者は死ねとか

平然といいますし

 

 

 

 

 

金持こそ

天国に入れる

なぜなら

神に金を沢山奉納できるからだ

とか

平気でいいます

 

 

 

 

そこで

寡の献金の御話があった

 

そうではない

 

 

ヨナの子シモンは

金持が天の国に入れないのなら一体

誰が

入れるというのですか

 

 

 

 

このよな者

 

そこには

小さい子

 

 

 

生まれてからまだ数年しか経過していない子ら

 

その子らの心に

ならうこと

 

 

 

幼いイエシュアの事とは

そうして

 

広められる事になる

 

情報が

 

小さい者

弱いと判断されてしまっている者

 

みなから

排斥されて

一緒に住む事を嫌悪されている者

 

会話も拒否

対話もしない

 

親切の供養もなし

 

 

 

 

排斥され

除外され

廃棄されている

存在

 

 

 

 

人が人にしでかす始末

はじめからおわりの行為のACTのつみかさね

 

つみ

 

と云う事です

 

善意を全部欠如したその行為

 

きわめて

汚い

腐敗した

臭い

その意図

 

 

ココロというのは

何を設えているか

 

ですね

 

 

 

 

 

 

南山堂安居子