死んだって仕方ねっし、というのは、誰かな、どうせ人は死ぬのだもの、ってそういう人もある、
死んだって仕方ねっし、というのは、誰かな、どうせ人は死ぬのだもの、ってそういう人もある、
そして
へらへらと笑っている次第の方
どうせ死ぬのなら
この俺さまのためのお前奉仕せ!
なんて
この俺様のためにお前の全部を捧げろ!
そしたら
功徳を積めるぞ
と
いう
やから
もある
いてますね
ほんとに居ます
いろいな人がいるものだけども
そして
その人の言いなりになる人も居てるんで
なぜか
なぜそれを選択したのか
非常に不可思議
摩訶不思議
MAGA
MAHA
非常にという意味
魔訶
魔訶とは
翻意訳なのです
漢字で
音をアテガウだけですから
まことに不可思議
おもい
言を
互いに
口
心中から
吐き出して
事を詳しく調べようとする行為だけども
疑問
問う事
これは一体
何であるか
とか
あなたは
なぜ
その行為を自分で選んだのですか?
どんな意図が内在して
隠されていたのですか
口先と
心根の意図の違いは
あるか
ないか
ほんとに
あなたの
言と
行為と
欲しているそれは
同じものごとなのですか?
それとも
自分の生命こそ
一番大事なので
他人をあなたをいかすための
道具にしているのではないのですか?
など
あること
言
LOGOTHEC
テクノロジーク
南山堂
雪月院
花鳥院
風雷院
蝶蝶蜻蛉院
青山瑠璃海院
白明院
赤心院
森羅萬象月下塵芥院
操作する事 セルフコントロール 自己の状態をすべからく管理出来る能力 必要十二分の要件要素
操作する事 セルフコントロール 自己の状態をすべからく管理出来る能力 必要十二分の要件要素
いつでも健全で健康でいる事
というのは
べき
しなければ不幸になるに違いない
とか
強迫性のある意図がある事
そうする事で勝ったとか
いつでも健全で健康体を顕示して威張る事とか
他人よりも優れているんだぞと
自己を非常に他者に差し出す事とか
見栄
見映え
自己顕示する事の嗜好性
それも
快楽を生成する手段ではある
行為をしたその瞬間に
ドーパミンの内分泌があるとするとだ
そもそも
条件
反射
刺激を自分で自分に与えて
自らに快楽を提供するという循環系
の
一つ
の仕様
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
他人との比較行為
では
何をその比較する者が
しているか
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
何を求めているのか
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
自分こそあらゆる他者よりも優位になっていたいんだ
最高の幸福者たるものだぞ
と
自認していたい
からでしょうか?
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
他人を貶す者もある
自分の存在自体に実際には不安定な感情表出を保持していて
時に
他者を気に喰わないからと
貶しまくる
そして
自分こそ優位なのだと
主張して
自認する事を
その行為を実践していることで
なんとなく
自己の精神の調和をコントロールする事
生きる事の
モチベーション
他罰的な行為や
自罰的な行為や
その両方の事を自分で選択している状態を保持し続けるしかないという状態
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
そもそも
自己存在自体への
慶祝
悦び
歓喜
喜悦
そのものの
欠如している状態とすると
どうか
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
他人からの視線をとても気にして
自分は一体
どう他者から思われて判断されているのか
と
そこだけを注目して
他者のいいなりになったりする者
そして
自己嫌悪の感情が生成されている始末
どうせ自分は何も無いんだ
という
虚無の感情が生み出されてくる自己自身とか
それは
頭脳神経細胞システムの
仕組みとして
何か
状態のその仕組みがあるのだろうか?
MECHANISM
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
あるうつ病を抱えている人が
頭脳神経細胞システムに通電できる装置を
設えたとき
その適当なレベルで実践したら
とても気分がはれやかになって
生きて行こうという気力が湧き出した
という事例がある
日本では無い国での
実証する実験
医学者の管理の元で
脳神経の関係の業務ではあるが
人々の病気の治療の一つの方法として
道具を開発するための
研究過程での事
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
物理としての範囲で
人体そのものへの
なんらかの刺激が
その人自らの感情や気分の生成に
影響を与える
力を付与して
状態を変える事は
普通にある事だ
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
人命が侵害されない程度の範囲内で
scienceの実験をする事が当然ではある
倫理の問題が当然あるから
なんでも好き放題に
人体を媒体にして
実験して良いです
とはならないですからね・・・
良心とか云ってますし
ethics
人として
何を善徳とするか
それは
RELATION
か
absolute
か
私的個人は
その人にある肉体も生命そのものも
完全にその者の所有権の対象か
というテーマがある事
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
人というのは
資本論
CAPITALISMを以てする時に
物化するのですけども
物質物理の現象も含めて
全部データ化して
それは情報という物にしている事だから
生きているそれを
受け止める事の荘厳さを
喪失してしまうのは
当然と云う事かもしれない
それの当然は
普通では無いのですけどもね
普遍とか
公共という事と
公共の善徳とは
一体
何であるか
です
そこを
詳しく精査して
検分する作業は
私的にも重要の中の重要
それを
哲学とか
希哲学とか
いうのかもしれないけどもね
フィロソフィア
Sophiaとは
上智と
翻意訳している
学校の名称とは
違いますけども
イエズス会の会員とは
一体
誰だったか
死に目にあうことで
貴族の体質を保持しながら
いきることの
意味を
自己探求したのは
Ignatius of Loyola - Wikipedia
ロヨラという處で生まれた
イグナチウスさん
また
ハビエルさんもいてますけども
当時は
Catholicのパリ大にいてますね
ローマカトリックの長子とか
長女と言われているのは
フランスではあります
カール大帝
シャルル
とか
チャールズとか
とも
発語しますけどもね
王
キング
戴冠
天主の代理人から
戴冠された人だけどもね
ローマの司教であるのは
ペトロという12人の使徒のリーダーの継承者
という事
権能は
奉仕だ
あらゆる人々に
かしつくこと
御輿で
担がれてしまうのは
なぜなのかなと
ローマの司教を
どうして
あのような
設えにしてしまったのでしょうかね
どの神官 祭司 たちよりも
上位であると
世界中に
顕示したいからであったろうか
不思議だけどもね
イエシュア自身は
人々の汚れている足を
洗うと云う事を
実際に
実践したのでしたけども
人の思惑では
先生
高貴な先生に
そんな事をさせられませんと
いうのは
あの漁師の網元のペトロ
こと
ヨナの子のシモン
シモーネ
サイモン
彼は
がちがちのイスラエルの北部のガリラヤの人
がちがちとは
戒律も当然まもるし
異国人も
軽蔑するし
汚い
ローマ人は特に
排斥したがる
嫌悪する
汚いと
そういう自分たちこそ
優位なのだと
思惑があった
そこで
周辺諸国の大国などから
いろいろイスラエルの人々が
侵害されてきた事実がある
なぜ
IYA
FUA
AVE
IYA
PHUEA
AVE
いやー
ふぁー
あーーへ
弥高(弥栄)やへー(八重)
父阿
安倍
は
わたしたちを
救って
くれないのか
と
躍起
おれたちを
おまえらは
殺す気か
と
レビ
祭司の使命のある者たちが
特に
怒ります
潮の海の荒波を
超えて
鷲の翼で
向う岸まで
配置してくれたというのに
からからだ
喉がかわいた
エジプトでは
肉も食えたぞ
あのままでいて
よかった
と
そう
いいます
レビの末裔たちは
天主は
当然に
嘆く
そして
祭司たちの堕落に
怒るのは
まあ当然ですね
人々の身代わりに
天主に
常に
顔を
向けて
執り成しを実践して
死の時を迎える事なのに
なぜ
自分の生命を保持する事にどこまでも
執念を燃やすのか
と云う事だった
故に
燃える火の蛇
を
はなつこと
噛まれた者は
死を迎えたが
みな
恐怖心しかない
おそれて
顔も上げる事が出来ない始末に到るとき
に
モイゼに
命令した事は
あの蛇を
青銅でつくって
旗竿に
掲げて
みなに
注視させなさい
そうして者は
もう二度と
燃える火の蛇に噛まれても死にはしないと
という
約束
これは
アブラハムと
イサクと
ヤコブの末裔の者たちへの
天主からの
言でした
他の民族のために
最善を執り成せと
いうのが
今もある事
イブリールの人々の事を
天主は
このような頑なな民は
知らないと
そう
言われてしまったからですけども
これは
旧約とか言われている聖書とかいっている
巻物のその記事として
継承されている
次第だ
天主とは
一体
なにものなのか
AdamとEVAの
子らを
どうしたか
カインと
アベルの事
二人の兄弟は
兄は弟を嫉妬し
天主の差配を拒否する事
自分で収穫した初穂を
全部奉献しないで
一部をくすねた
というのは
なぜか
豊作ではなかったからか
なぜ
弟は
あのように豊かであるんか
など
父と母にしてみたら
兄弟
兄が弟を殺した
とは
なんと
痛い
心痛どころでは無い
悲しみであばかりか
やはり
嘆く事
どこまでも
嘆きは打ち付けられた釘のように
その傷は
癒える事は
無い
死後でさえも
カインは
生かされるのです
誰かから
今度は処刑されるに違いないと
そう主張した
そこを理解して
感情や
気分のままに
意図して
相手
血と肉を別けた
その弟を
殺意を明確にして
実行した
その結果
自分の命は
非常に非常に
惜しむ
死への恐怖を抱く
そこで
天主は
あなたを処断する者からわたし自身が守護保護防衛します
と
したのでした
女性と出会い
結婚して
子を授かる
カインの末裔という小説もあるけども・・・・
悲嘆にくれる事では無い事は
その生命自体を侵害してしまった
人の
生育過程と
その心中の種子と
その成果を
何をもって
評価するか
です
天主という存在の顕示は
いたるところにあって
そこに
自分にあるその
傾聴のmotivation
それを
どう扱うか
と云う事だから
気が付きとは
いつ
訪問してくるか
知る事は出来ないのです
単純な
瞑想行為とか
そう云う事では無い
意図した
探求する希求心が
どうしても必要だから
自分とは
何ものか
と云う事
などですし
他の生物を観て
自分自身との違いを知る事を求めるかどうかとか
世界の形成自体は
どうして
いまのように
実在しているのか
など
正に
サイエンチア
ただ
偉い
権威ある者に
いわれたことを
信じ込めば
それで
救われるんだぞ
なんていう
マヤカシ事を
どこまでも
信じ込む事は
どこかに
危険そのものを
はらむ事だからです
何も考えるな
自分で
と
いいます
cult主体者は
俺様は教師なんだぞ
と
そういうから
必ず
中には
世界教師なんだぞ
なんて
世界中のあらゆる人々を
教えて
指導して
道を指示した
導くのが
この私なんだ
ぞ
なんてね
いいますね
cultのその御人は
正に
神の代理の使命を
自己顕示という権威主義で
自己陶酔的に
ようことを
気分よくするための行為そのもの
その者の言には
要注意だと
いうこと
たとえ
その口から出て来る言が
天主の言だとしても
それは
巻物に既に記事されているのですし
口伝
聖としての伝えて来たその物事を
顕示されても
それはそれと
きちんと
区別する意図を知っている方便
方法論を理解している事が
とても重要です
神の権能というのは
全部
一人一人に
働きを
実際にいま
あるというのが大前提であるから
その時に
神はどこにでもある
神というのは
Almightyです
から
神々の中でも
完全に善
全部の事について全てを知り尽くしている者
全能
である者
そして
完全に自由自主であるそのものです
善意しかないのですから
善をその者は
欠如する事は無いのです
満足も満足
全部善徳でみちみちているいつまでも
そのような存在は
唯一無二だと云う事なので
他にあっても仕方がないのです
ゆえに
全ての人々に示す事を
2000年前に顕示した事
それは
父は
子を一人の子を
地上の人々に
派遣した
それは
イブリールに一番先に示す事でした
なぜなら
多くの他の民族の一人一人の為に
それぞれ個人個人が
担当して
身代わりになって
唯一の聖三位である天主に向かい
恩恵を執り成す事を
生業とせと
いう命令があるのでした
これは
継承されてはきている
未だに
そもそも
ヨーロッパのラテンの人々や
ヘレニストや
ゲルマンの人々とか
東
イスラエルからは
エルサレムからは
東の方面にある人々に
ペルシアのアーリアの人々とかね
中国中原の高貴な人々とか
南のインドの人々など
もっと東方の方面にも
それぞれが
聖体を運ぶ事だった
パンをたべなさい
け
と
そして
呼ばれた
招かれたものは
く
と
なるか
どうか
はじめに
器を
奇麗に
水で洗い流す事
枯れ木の状態なら
なをのこと
と云う事でした
生命
いのちそのものは
正に
寶の中の宝
宝珠そのものだったというのは
長命をこう者は
どんなに金を支払ってでもほしいそれです
と云う事だった
同時に
全部の事を知ると云う事は
当然に
死滅自体を
知る事
体験しないと
完全に知った
と云う事にならないからです
ですから
死を過ぎ越す事
と云う事でした
日本では
死と再生の体験プログラムは既に
いろいろ
古来から
用意されてはいますけどね
熊野三山とか
出羽三山とか
なして
そんな事を嗜好するか
いいえ
明確な根拠
理由が
あるからです
ですから
多くの貴族の人たちも
率先した
山に登る
し
谷間に向かうし
その道行を
経る事で
功徳
御徳を積む事を為す
行為とし
ARTを形成したのです
からね
神殿というのは
人のそのものだと云う事は
明けらかにされている
故に
自分という
暗闇の腹の底に
一条の光を
招く事
それこそ
生命の再履行
複生
と云う事の
まえもっての
訓練
PRACTICE
LESSONだと云っている次第
今浄土の思想とも
関連があること
南山堂
人自身を知る という行為自体 苦しみと共にあると云う事は自明と云う事。Human Rights
性風俗は"大人の正しい娯楽"か…世界一有名な赤線地帯にある「娼婦博物館」で大学教授が体験した意外な展示(プレジデントオンライン) - Yahoo!ニュース
人自身を知る という行為自体 苦しみと共にあると云う事は自明と云う事。Human Rights
一部の偉い地位のあるもの
それは殺傷できる武器を潤沢に保持している存在
古来は
狩猟の腕のいい者が
偉くなる事もある
野生の生き物を狩る道具
弓矢のある事
腕前の良いものなら
他の人よりも強い者として存在する事
人の頭脳神経細胞システムから生成された情報は
資材を得て
人の手で物を作りだして
自分よりもかなり力ある者でさえも
倒せる能力を得る事を意図した
それは
食べる物を得るため
同時に
それは
食べ物を沢山得る事が出来る能力を有している者は
偉い者として
他の人々から褒められる
ほむべきもの
人々は
山や野原では野生の生き物から急激に襲われる事がある
それは
死を意味するから
大きな熊でも
大きなサメでも
人に襲いかかる生き物
船
人々は大きな森林で
大木を切り倒す
伐採
それは
金物が必要だ
資材も必要だ
鋭い刃で
強靭な刃が必要だ
船を作る事も
計算して沈没したりしないように
そして海を道にして
港湾施設を形成し
遠くの地域からの品物を輸入して
それを地元の金持ちに売ります
そして利益を獲得する手法は
ある
株の投資
トラスト
事業に
投資して
その利益の分配
会員となる
メンバーシップ
一緒にパンを食べるもの
得た利益を分配する者
「性」
「生」
「命」
LIFE
VITA
order
right
肉体を提供する事
か
sexを媒体したセラピー
テラピア
心身の傷を癒すために必要なサービスか
全身疲弊し傷ついて者が
その満身創痍の状態から
RECOVERY
の
ためだろうか
そういう媒体としてある者もあるでしょうね
肉体と精神と統合化したその者
その人との出会い
という具合に
信頼を構築する事の意味が
実際に
人と人の要と云う事ならば
信頼とは
TRUST
TREE
一つの木を
育むように
養うように
何を媒体にするか
それぞれの
価値がある
自由
とは
その価値を詳しく査定して
知って
判断している事
が
大前提
正に
うまそうだ
おいしそうだ
興味がある
なんとなく試してみたいと
いう
そういうトライの精神だとすると
確実な品物を得ると云う事は
不可能に近い状態だ
稀に
確率の高い事もあるかもしれないが・・・・
前提は
人生はどうでもいいんだ
自分なんか
は
と
自認の結果
自分自身を放棄している者だとすると
どうだろうか
私は
生きる事
そのために
この商売があると
明確に自己の立身をしている者と
比較する時には
その一人
一人の
行為し
その意図を実践した結果
何が
その人に成果として
あるのか
観察し
みてみようと
行為実践した成果物は
ただなんとなくの行為
ACT
目指す事も無い
自分なんてどうでもいいんだ
意図する行為の結論を
見ようとしない否認したまま
肉体を媒体として
行為する事は
頭脳神経細胞システムの内分泌の神経伝達物質のそのいろいろな作用がある事
感情を意図して表出する事への刺激を与えるSYSTEM
MECHANISM
装置
物質物理の法理があること
肉体も物質物理の法理の範囲であるので
好きとか嫌いとか
興味があるとか興味関心が無いとか
条件付け
オペラントの法理もあることだ
その時に
人という存在自体は
一体
どんな価値で
規定できるか
判断できるのか
どんな状態を自己に迎えている者であるとしても
その者は
かけがえのない存在
唯一無二である方である
とは
確実に立証できる
それは
その人がそこにいる
今在る事で
完全に立証できること
IDの不正があるとかないとか
その性とか
男性だとか
女性だとか
同性と性行為をした同性愛者だとか
性自認が無いとか
その人にまつわる属性はいろいろある
生まれた国と場所は
誰が親か
なども
生育過程も
その結果の状態と成果とか
ただ
何も無いという状態だとしても
むしろ
DEMERITしか積み重ねていないとしても
その者は
永遠にその者であると云う事を
自分自身としての存在自体が
立証している
それこそ
一つの柱とか
いう言い方があるが
木としての
存在を
そこに
暗喩しているのです
たとえていうならば
いみじくも
枯れ木のように
生命がその肉体から
離脱する時
其の後は
正に硬直してしまう事だ
はなしかけても
何も返答は無いし
反射もない
神経の
全身は
確かに体温よりも
遙かに冷たい
ひんやりとしてしまう
どうして
人のからだは
熱を発生しているのか
ぬくもり
バイオメカニズムのSYSTEMの事だ
ENTERTAINMENTを媒体として
人自身を
理解する事
窮理
それを学問
studyする事
それは
価値ある行為であって
自己を知る事の一つの手法でもある
MENUは無数にある
合理性を欠如しているように従来の価値を基準とする時には
そうだろうけども
Almightyのある者としての
その者の視点を思案する時には
完全に自由を限りなく尊重するもの
と
理解できる
から
生
命
いきよ
と
命じている
その命令の主とは一体だれなのか
orderしている
せしむる
とは
何か
平安
安心
完全に
やすらける
状態とは
一体
なんだ?
と云う事
御互い
最善の贈り物であること
生命とその肉体と
その人自身
統合化している事だ
ゆえに
侵害したいとか
侵害するとか
ありえない
どこまでも
大切にし
我が身よりももっと大切にしたいと
そう意図するであろうから
すくなくとも
熱情とか
愛情と云う事では無い
まさしく
タカラモノ
たあからもの
その存在自体が
かかやく光としての
贈り物としてあること
その出会いは
どこで
どう
確率論では無い
ひかれあうとか
メランコリアでもない
出会う事の意味
隣人に
最善の贈り物を贈る事のその行為を明確に選択するかどうか
ローマカトリックの聖地の一つではある
アムステルダムとは
そこは
ホスチアの奇跡のあった町
聖体
と
いいますけども
漢字では
host
hostです
主人という意味だけども
それは
LORD
大王の中の大王
Nazarethのイエシュア自身の事
アムステルダムは
人工で
水の管理をして
干拓して
自然をコントロールして
人々が生きている世界の一つ
スペイン
ポルトガルなどから
ユダヤ人が
大勢
移りすんだ土地の一つ
Catholicとは
ローマカトリックだけでは無いのですが
Nazarethのイエシュアの12人の使徒の最期の土地との関係もある
イスラエルから
みな
移動して
それぞれに
東西南北に
渡ります
何をもって
最善の御品物
それは
聖体を運ぶ使徒でした
その聖体とは
パン
です
パンは
飢えた人に
与える
ほんの少しのパンの切れはしを
多くの人々に
施す
何もせしめる事は無い
恩を売り買いする行為では無い
人を
無限に
大事にしたいと
いう熱情があること
燃える日輪の如くよりも
さらに真っ白に光それだ
と云う事
雪よりも白く
というのは
その光を
受け止める者の
認識した結果の言です
から
どんな仕事についている者でも
どんな心身の状態にある者でも
そして
特に
こんな自分など存在しない方がいいんだと
自分で
自分を処断し
存在自体を消し去ってしまいたと
いつも
念願している存在自体に
向けた
その光そのもの
生命そのもの
わたしと共にあること
というのは
その主人足る者
の
招きであること
門と扉
その向こうには
大宴会場の設え
その大王の中の大王は
それぞれの招きの人々に
正装を用意して
待っている
そして
欲しいだけ
食べ物も
住まいも
与える
と
いうその
共にある
という
言の
立証を
宣言してる
意を
宣る事を
既に
2000年前に実行している
として
その証を再度
再現するための
奇跡の私的な啓示がある事
物理的な現象として
人々に
顕示されていた事
そこには
Maria
NazarethのMariaが
介在していた事
今も
そうして
全ての人々
一人
一人の為に
仲介して
Nazarethのイエシュアに
執り成し
身代わりに
意を宣る
代弁する仕事をしている事
当人は
世界
人々
不完全な人間のエンタメにあるとしても
その霊自体は
渇きを自覚しているとして
身代わりに
仲介し
恩典
恩寵
保管している
DAM
なのですから
メルシフル
MERCEDES
そのもの
母の中の母と云う事
生まれたての
あかちゃんを
抱っこする
父と
母
生誕のいわいふるとき
その家族は
どんな家族なのですか?
と云う事
隣人を愛せ
というホントの意味
と
その明確な行為実践とは
一体
何でしょうか
あの大祭司や
律法の先生たちとか
博士たちの
振舞いは
なんでしたかね
戒律だけを重視して
自分たちの自惚れを
着ている
虚飾の人々であり
汚れて穢れている者は死ねとか
平然といいますし
金持こそ
天国に入れる
なぜなら
神に金を沢山奉納できるからだ
とか
平気でいいます
そこで
寡の献金の御話があった
そうではない
ヨナの子シモンは
金持が天の国に入れないのなら一体
誰が
入れるというのですか
と
このよな者
そこには
子
小さい子
生まれてからまだ数年しか経過していない子ら
その子らの心に
ならうこと
幼いイエシュアの事とは
そうして
広められる事になる
情報が
小さい者
弱いと判断されてしまっている者
みなから
排斥されて
一緒に住む事を嫌悪されている者
会話も拒否
対話もしない
親切の供養もなし
排斥され
除外され
廃棄されている
存在
人が人にしでかす始末
はじめからおわりの行為のACTのつみかさね
つみ
と云う事です
善意を全部欠如したその行為
きわめて
汚い
腐敗した
臭い
その意図
ココロというのは
何を設えているか
ですね
南山堂安居子