涙の谷間を歩む生きますその道とはどんなにか狭いかと云う事 砂漠のそこ草木も無い風に吹かれてしまう
そこを40年間
さまよい
人生の
はじめから
後半
終末期
そして
生命自体が
その人体から
過ぎてしまう
時
まさに
おわりのおわりの一点その時
人生の経歴とか
履歴とか
形跡とか
足跡とか
成果とか
何をか知る事
あるでしょうか
実際に
ASSESSMENTして
完全に
どれがどうだったね
と
観察して
事実を
極めて
合理に判断できる
という
その完全な能力とは
そもそも
人には
所持できているのでしょうかね
ということ
Fortune
FORTE
力の作用というのは
ある
こと
重力とか
電磁力とか
弱い強いとかね
風が吹くとか
天から
雲から
大粒の雨の滴が
無数に落下し
地上は水で溢れてしまう事
流動性のあるそれは
全ての成果品を
洗い流して
そうしてまうとか
災
わざわい
がいすること
そのもの
禍
過ぎ越した辛辣な事実の積み重ね
仁慈とは
慈悲とは
何であろうか
天職とか
いいます
使命のような
MISSION
とか
派遣されてきたその者とか
云う事だ
何のために
派遣があるか
人命を維持するための奉仕職とか
たてまつります
のは
一体
何か
とか
つかえるその行為とは
内実は
何かとか
極めて私的な選択行為
の実践ではある
ボルンタス
自発の自己組織のその意図
自分の内心のCOREから
それは
魂の叫び声とかいいますけども
燃える灯の小さい事
それに必要な
油とか
真っ暗で
光の一つもない空間とか
メタファー
暗喩
たとえること
実際に
何も
希望の光
善い事をしているとしても
そして
災害の被害を被る事
侵害されてしまい
必要な品物を失ってしまうこと
なぜ
自分にこうなるのか
不運とか
信じてしまう事
WELL
GOODNESS
良好
と
善徳
の
違いは一体
何かな?
自分の中にある
ものごとの
把握する時の
指標は
一体
どんな指標を利用しているのかな
など
評価する項目を
いろいろ保持して居るのは
予め
セルフヘルプの事に連動する事
関かわりのとても重要な事
観方自体
一つの指針でしか
見ないとなると
偏重
偏執
また
強く
自分にある思考だけを
イデア
だけを
IDEA
だけを
信じ込む
行為に
アディクトしてしまうと
その方にとっては
DEMERITを
構築して
それを
随時
思考し
おもうとき
DEMERIT自体を
一つ一つ
積み重ねて
重荷になってしまう
事は
しばしば認める事ができる
人のその認知の形成過程では
何か
信じ込まずにはいられないのは
なぜか?
不安の除去とか
いまあることへの防御の反応かもしれないし
否認していることを
維持していることが
賢明なのかもしれない
全てを失ったとして
最低の地に立って
一人
そこに佇む事で
生命そのもの
を
体験できていることも
きがつくから
小さな
かよわい
灯す火
日のひあかりのあたるそこ
一条の光の筋をみて
小さな小さな種っコから
小さな青い芽のいでること
それこそ生
芽吹き
新し芽
新しい枝
ということ
ナツアレ
南山堂安居子
いのちとはいきることそのもの いきること いきようとしているそれそのもの どうする?
「同じ農薬を何年も使っていると、農薬が効かない昆虫が現れる…」。その時に、畑で起こっていることとは→「絶滅と進化」の関係から学ぶ(ダイヤモンド・オンライン) - Yahoo!ニュース
そもそも
根源
ROOTS
その種子
は
ほんとに
Nazarethのイエシュアの言ったとしているその言
辛子種よりも最小のそのたねっこ
その一粒
地に落ちて
死んだ
ら
どうなりましたか
という
メタファー
その土地を耕す事の前には
多くの木を切り倒し
切り株を除去し
生命の無数の繁殖を期待すること
ミミズとか
その人よりも
はるかに
小さな生き物たちの
能力を
人々は
活用することでした
人自身の内外にも
無数のBACTERIAは
住んでいる
共にとは
正に
その人自身は
実際には
視神経では認知形成できないそのおおきさ
小さき存在と
無数に
共に
くらして
いとなむ
いのち
そのものであるからこそ
地球自体も
生命は
増えに
増えて
加増し
まします
益した
増益
充ち満る
みつる
みちている
あふれている
つねに
湧き出す
なぜ
そうなっているの?
原子爆弾で
焼土
やけのはら
爆風
閃光
きらめき
小さな太陽が
天から
降って来た
といいますけど
ピカ
ドン
その真下
人々も
生物も
死に絶える事
しかし
それでも
芽吹く草も
木もあって
それの
生命の保持しているそのものを
しつかに
しることでもあった
人は
何かを
媒体にして
おそわることを
知る事
何を
おしえてもらえるか
どこまでも
人の頭脳神経細胞システム
MIND
HEART
BRAIN
肉体の各臓器群
連携している機能と働き
役目と
統合化
した
人自身
ORGANと云う事
管の無数の総括
内包しているのは
皮膚
一つのそれ
存在自体
筒状に成っている次第だ
それは
手足
四肢のあって
頭
首
いくつか
孔のあること
神経は全身にはりめぐらされ
管は沢山形成され
自己組織化して
あつまっている
その生き物
他の生物のそれぞれの機能を
踏襲している
植物でも
動物でも
両方の性質と機能を一つにまとめてある
のが
人自身
不思議
摩訶不思議
で
その貴重である事は
無限であることは
詳しく思考しても
簡単に簡便に思案しても
同じ事
自明の理だ
いのちなんて
なんぼでもあるし
どうで
死んだら
御仕舞ですよ
全部
という人もあるけどもね
なぜ
そんな事を
軽口を吐けるか
それは
その人自身の
人生での
何かの
たしなめた
その
ためしに
なめてみて
人生を経験して
いのちの
あまりも
はかなし
かよわさを
実際に
体験し
その痛みを
苦しみを
孤独として
過ぎ越してきたからかもしれない
それでjudgment
その人は良い人だとか
善い人だとか
悪い人だとか
白い黒い
とか
審判行為は
無理である
それこそ
合理の欠如
善意の欠如の事だから
誰か一体正義として
完全にその審判
裁判行為が出来るでしょうか
そのよな行為は出来きて
全能な人は
人の中には存在しない
人自身は
みなどの人も不完全そのものである状態を維持するために
いきることを
生命と共にあることなので
状態としてはそうだ
そして
ある者は
二楽を希望す
ふたらく
ぷーたらか
補陀落
漢字では
そう記事するけども
音
安寧
やすらけるその状態を
永久に求める意図ですけども
また
死んで後に再生したいと希望する者もあるし
できるなら
いまある肉体を保持して
永久にしなないで
いきていたいとかね
または
存在自体もう
要らない
消してくれと
いう人も複数人いてます
し
なぜ
それぞれが
そのよに
ココロに抱く
生成してあるのか
情報を
そこは
私的な審判行為の結果かもしれないので
そこを重点として
観察し
インタビュしてみても
善い
事かもしれない
それこそ
対話とは
会話を媒体にして
あけらかにする作業で
協働して
実践しないと
価値は無いのです
そこに
AGI
を
利用することもできますが
相手の言を
そのまま鵜呑みにするのは
とてもとても毒ですから
毒気にさらすことは
要注意です
自分自身を
つねに
セルフヘルプの意図を形成している事は
賢明の御徳と云う事
南山堂暗刻虚子
THESIS
と
Theme
の違い
を詳しく査定し
学こと
習う事
先人たちは
どうしてきたか
成果をしらべてみること
その個人の人生を歴史を観てみる事
無言ではある
実際には
でも
同時に
何かその人に関与する品物はあるかもしれない
推察など
は
可能であるし
どういった
人生の経験を積み重ねて
そのワンピース
一つの片鱗を
しる
事も
重要な仕事の一つです
世界には恐怖をあおる物事は無数にある、それを知りたいと希望する者もある、はらはらどきどきが・・
頭脳神経細胞システムの脳内の分泌物の刺激の促進となるから
快楽物質のそれら
それは
ある麻薬の効用があるけども
そして
その麻薬様の物質を
自己の脳内で内分泌するように
意図すこと
それに
その行為自体を
選択しないという事を
拒否している場合は
どうなるか
依存
とかいっている
行為
人の行為についての
現象論でしかない
人の物質使用について支障を抱えているのかどうかも疑問に価する事
そもそも
その人
その者自身
何を求めているか
欲しているか
嗜好しているか
が
問題である
とうこと
クエスチオン
悪いとか
善いとか
良いこととか
そのよな
審判する必要は
⓪です
何も無い
judgmentしても
全く意味ない
そもそも
生命を保持している事の
それを
どうしたいか
保持している
所有している
預かっている
預託
委託
委任
生命を正当に管理する使命があるんだ
としたら
どうする?
肉体にある
生命
肉体は傷つける対象にはならないですね
侵害し
肉体を利用し
媒体にして
快楽をどこまでも
好むとすると
どうなるのでしょうね
それこそ
天国至極といいますか
どうか
安静
安寧
セレネート
薬品では
セレネースなんていう名前の物品があるけども
それらを
適宜
活用して
医学の医師の判断で
利用する事に同意している方も複数あります
それは
治療という行為に
情報を適宜に相手に伝える事で
相手
すなわち
患者
わずらいをかかえている者ですけども
医師
くすし
薬品を適宜に扱える者ですが
MEDICINE
だから
治療というのは
正に
操作するのですからね
そもそも
精神分析の方法論を活用して
患者の内面の精神運動を操作する医師もある
家族の中に発生する力動の操作など
精神力動論
精神療法とかいいますけども
アプローチは
多彩だ
それは
いくつかのメニュがあって
専門の方もある次第です
薬物を利用して治療するんだとしての専門家もあるし
薬物は補助的に活用し
基本は対話を媒体にして
精神療法を
精神分析論は
援用しても
自己覚知の支援に徹しますと云う事でもある専門家もあるし
人心の事
心身の事
いろいろな
認知形成の行為パターンがあるので
それらを
知ることも
一つ
御徳ではある
特に
精神医療の現状とか
歴史とか
その経過など
詳しく知る事は
人そのものを知る事
明確な意図を探る事になるので
どうして
か
人が人を操作する事はしばしばあるからで
それは
マルトリートメントを生産する下地でもあるからです
南山堂安居子