mmfjtoのブログ  ~なぜなら ぼくは、どうしようもないくらい汚れ腐ってますから~ -76ページ目

あるカルトを信じ込むと云う事は、どんな事か? cult 信仰とか民主主義の事とか、

【旧統一教会】"政界への働きかけ"今も続く? 教団の元広報部長が語る「狙うのは当選スレスレの議員。こちらから押しかける」 参院選でNHK党・浜田氏支援「教会員がシンパシー」

 

 

 

原理研究会というのは昔ありました

 

それ以外でも

いくつものカルトのグループはあって

それぞれ

自主で選択した結果ではある

 

政治と民意統制の道具としての宗教グループの活用は

古来からあります

 

人々の中に

 

人と人の間に宗教を媒体として人心の操作行為

 

 

何かを信仰の対象として

それを

推進する事

 

groupとして形成されてくると

集団としての

統制が敷かれる

 

力動

 

groupworkでは無いので

 

集団化した人々が

意図して操作される事になる

 

政治SYSTEMと宗教を媒体とする集団との結合がしばしば観察できる

 

 

それは

一人

一人

生きていくという過程での意図した出来事

 

階級や

階層が形成され

トップ

頭が登場し

手足の機能を果たす者も登場する

 

はじまりは

小さな種子のような存在であるが

 

 

次第に形成されてくる過程で

いろいろなものごとを

それは

呑み込む

 

そして

結実した

果実を

配る事になるが

 

あて

 

何がその果実なのか

 

詳しく

観察していること

 

 

それは

どの宗教

 

宗教の中にある

cult

それは

一体

どんな品物であるのか

 

検分する必要が

どうしてもある

 

 

内在している素性

成分

 

構成しているそのもの

 

 

複数の価値を内在化し

インテグレイトしているのですから

 

外見

内実

両方の検分は

詳細に実施して

 

臨む

臨検と云う事

 

参与観察法も援用する事

 

 

 

 

事実がある

 

 

何かに利用できる価値を内在しているかどうか

 

 

相互作用の

TRANSACTIONの過程

 

一体

何を味わいたいのか

それぞれが

 

 

その各位の本心

 

ほんとの心の内実

何でしょうか?

 

 

期待していたイメージとは

まるで違いますという事もあるでしょう

 

しかし

 

そのグループからの

退場は出来ない実情もあるのかもしれない

 

自分で選択した行為は

間違いでは無いという

盲目的な自己過信

などの行為

 

その行為にアディクトする事を継続し

いつか

自らの自己実現に至るはずだという

二重の思い込むその意図とか

 

 

では

主催している当人はどうなのか

 

地上の楽園構想を参与したいからなのか

 

 

地上に楽園を自分たちで構築して

幸福を得る事を希求するとすると

 

どうでしょうか

それも自己の頭脳神経細胞システムの生成過程のIMAGEとしての

構築

 

 

現世では

最善の事だとする価値で

自分自らの内在してある価値化を実践しようと

努力するかもしれませんね

 

 

 

その信じ込む対象とは一体何か?

 

もしもそれは

最善の品物では本当はそうでは無いのですと

証明されてしまったとき

どういう弁明があるか

 

 

 

 

 

 

自分は決して判断に間違うはずがないのだ

 

という強い自己信念の形成過程があるのかどうか

 

 

 

 

など

個人

個人の

内的

意図のその明確な行為の実践の結果の一つ一つの積み重ねがある

 

 

 

その過程は

その個人の告白に頼るが

同時に

 

おもい

ことば

おこない

を一つ一つ

観察し

臨在しているそれらを研究する必要がある

 

 

 

当事者の思惑はなんであるか

と云う事

 

動機

 

そのプロセス

 

 

 

なぜそのカルトを

信じ込むのか

 

 

と云う事

 

 

 

 

@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

 

 

 

 

 

 

 

何かの対象を

IMAGEや

その人を

信じ込む必要は無いのですが

 

人とは

対等であるから

偉い地位があるならば

それは

偉いという地位の人々こそ

やはり

偉くないという地位にある人々の

一人一人に

奉仕

自分の身を削る事で

分配する事

支援を提供する事のほうが

賢明ではあると云える

 

自分たちの王を

 

私的な恣意で感情と気分をもって

創作する事も

可能ではあるし

 

そして

人気者が

われわれの王様なのだ

とするのは

それも

古来からあること

 

人々の中に

英雄を求める行為とか

いまの不幸的状態から

抜け出すための

脱出のための相互支援組織が形成されて

正に

悪から救い出す人物こそ私のメシアさまと成るのも

通常に見受けられている

 

あなたは仏のような人

とか

 

この人は神のような人物なんだとか

しばしば

人の吐く言はあることだし

 

お客さまこそ神さまで

とか

 

いまは

そうではない事

 

対等

 

関係は

同じ格差の無い対等の

個人と個人の相互のやり取り

 

 

 

 

 

 

 

互いに仁慈を提供する事は御徳ではあるし

 

 

格差ゲームSYSTEMを意図して勝ち負けの世相の感じる

いろいろな戦略的なSYSTEMの中で

いまの世の

勝という事では

 

何か

物事の欠如もあるかもしれない

 

 

 

敵対する宗教グループもあるし

 

自分たちこそ優位

真で

他の宗教は全部悪であるとしている宗教団体もあるし

 

 

 

そこは

人の内在している心の中に出来上がる意図があるからだろうと思います

 

 

 

 

 

 

その

汚れている部分が

何か

というのは

どんな人にもあること

 

決して人は自力で清浄になるとは無理ではあるから

 

という前提でThemeを検討してみると

 

 

 

 

 

Almightyである人間はまずいません

 

神の代理人とかいっているローマカトリックの神父とか司祭でも

決して

神そのものでは無いのですし

 

 

彼らの使命とは

神と人を仲介する存在なので

 

誰から認めてもらい

人気者になって

大勢の人々を集団化する事では無いのです

 

 

 

 

 

祈る

多くの人々の

身代わりに

なって

自分の発意で

それは

コーリングのあることです

天主からの

 

執り成してとしての

 

自分を仲介としての

恩恵を

それぞれの個人に

贈られるようにと

受け止める事が出来るようにと

 

徳を

福徳を

身代わりに受け止めて

そして

配る

それぞれに

贈る仕事を

天主自身と

共に協働する

 

ゆえに

どんな状態の人にも

仁慈を

慈愛をもって

提供する役目があると云う事

 

そのためには

家族を求めていない事です

 

常に

天主と共にあるからです

 

そういう

決別の意志は

必要であること

 

Catholicの司祭は

 

ユダヤの祭儀の時からの継承でもあるので

 

Nazarethのイエシュア自身が

大祭司の中の大祭司である事だから

さらには

天主の父の一人子

子であるイエシュアは

預託されている

地上の管理人としてということ

大王の中の大王と云う事

 

 

そこで

意図があること

天主からの派遣者の最高位である

 

 

 

 

今から2000年前に

悲惨に獄門の対象とされたのは

 

身代わりになる使命であったから

 

バラバイエシュアという人物の

代わりに

枯れ木にはりつけられた

接ぎ木されて葡萄の木

 

 

 

それで

完了したのは

その枯木で死んだ事

それは

生命を与えるため

施しそのものだった

 

そして

死後

 

埋葬されて

三日目

 

三日後では無い

 

三日目に

自力で復生したのだと云う事

 

 

死滅そのものに勝利した

ヴィクトリ

 

 

 

神が人になった唯一の存在であり

 

人が神に成ったのではないという事

 

 

 

失敗と云う事では無い

 

使命は完遂された

天主の意向を

そのまま

受け止めて

我が身になりますように

アメンと

云う事

 

Fiat

Voluntas

TUA

 

Let

It

Be

Done

 

でした

 

 

信とは

確実なそれ

果実

 

 

それを

味わう事を希望すか

 

永遠の生命そのもの

 

聖体とは

パン

 

 

わたしの体といっていた

わたしの肉体

その少しを

別け与えると施しをしにきた

 

全部

あなたに捧げると

 

ける

 

といった

その約束は

果したと云う事です

 

から

 

 

失敗したのではありませんね

ということ

 

 

 

 

メシアとは

油を塗布された者という意味だそうですけども

 

聖香油

とかいいますが

 

 

オリーブの油に薫香のスパイスの粉末があるんどして

天主に奉献されて

汚れを祓われて

祝意が吹き込まれているその油と云う事

 

 

 

 

いろいろな

事が

世界中にはある

 

人の頭脳神経細胞の機能によって

いろいろな物事が

生成されて

具現化されてきましたね

 

それで

何を

その内実にひそめているか

 

具体に詳しく見る事

観察する事

 

検分すること

臨検すること

その行為は

非常に重要で

賢明だと云う事です

 

信じ込むと云う事は

やっかいなことです

 

そもそも

何かを

 

確実ではない品物を

自らの思い込みでそうしたいと

操作することになるから

 

 

 

 

 

南山堂

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

均衡 かねあい 隙間に介入 繋ぐ 仲介 調整 調和

鎌倉 切り通し 7つの道




堅固な要塞


平直方の娘と

源頼義

婚姻


八幡太郎義家

賀茂次郎綱義

新羅三郎義光



河内源氏の関東の拠点




陸奥

紫波

陣ヶ森


出羽

杉澤

陣ヶ森


義家さん

義光さん

鎌倉権五郎景政さんら


藤原(清原)清衡さんら


出羽清原氏の一族を

全滅に至らす


金澤の城柵の包囲戦


食糧を尽きるように

一年間

包囲して

陥落にいたらせる


女性

子ら

みな

殺害されてしまう



三十年以上の戦場


安倍氏

清原氏

両方ともに

壊滅に至らせた


戦争の悲惨を知ること


藤原清衡さんは

幼少期から

そうして

人間の仕業を

見つめてきたから


浄土


あらゆる存在の死滅の

弔いを

奉献して


平泉に

政庁


二階堂



後に


源頼朝さんは


鎌倉に


平泉

中尊寺

倣う


二階堂を

建立し


永福寺

ようふくじ


いま

史跡として

鎌倉には

整備されてある



死に至る

戦乱

戦争で


みな

弔います



亡くなった人々

あらゆる生き物


償い


滅罪


放生



沢山の生き物を

放つ


千羽の鶴を

由比ヶ浜に

放った


とか



八幡の神


頼義さんら

河内源氏は

八幡の神


応神天皇

神功皇后

宗像ヒメ三神


清和天皇の皇子の流れから

でしょうから


先祖

いさましい

いくさに勝利している

方々に

頼る