mmfjtoのブログ  ~なぜなら ぼくは、どうしようもないくらい汚れ腐ってますから~ -63ページ目

メタファーのようなそれら IDEA ICON

私自身はマルトリートメントを沢山受けて来た子らがその状態よりも少しでも安心安全の構築を支援提供し

私自身はマルトリートメントを沢山受けて来た子らがその状態よりも少しでも安心安全の構築を支援提供し

 

 

つまり

一人

一人が

安心を確認し

実際に

感覚でそのまま受け取めることが

出来る環境の構築作業を実践してきた

 

一人

一人と

 

 

安全という事は

どういう事か

 

SELFCARE

 

 

自助の基盤基本

 

今ある自己の心身の状態を

自分自身で十二分に把握して

自分の不安な事

自分にある安全では無い事

 

侵害されてきた事実

その一つ一つを

受け止める能力を自分に養い育む事を作業する事

 

 

傷ついている事の自認

そして

その傷を負った自身の

自己回復の手法を具体に知る事

 

学び

 

実際の生活でそれを実践し

その結果を随時

 

フィードバックし

 

互いに

生活の質をいまよりもより善くする事を

協働して

作業する事の

御徳

 

一人のその子自身が

 

対話

 

あらゆる他者との対話が必要十二分できる能力を自分から養う事を支援する事

 

 

親でも

その親自身が自己の生活の中でいろいろ侵害されて

心的な傷を複数抱えて

ある者は

精神疾患の診断を医師の元で受けていて

精神科治療を実施していて

その親自身の行為障害もある事

 

そして

子に向けた辛辣な言動がしばしばあるとか

家庭内での不和とその親同士の混乱状態と侵害行為のくりかえりなどの問題を

長期に抱えていた状態

 

公的機関の公務員や

医療機関

一般化の病院のソーシャルワーカーや

精神科病院のソーシャルワーカーなどが

医師や看護とか

情報を共有して

地域の福祉関連機関のスタッフとの連絡調整連携をして

必要な適宜な適切な介入を意図しなかった

それは

日本国の国施策では法としてあっても

社会事業や社会福祉事業としての法文があっても

人々の生活現場で

労務している

臨時職員も正規職員も同じく公務員であるが

 

 

適切な個別化の支援を具体には実践してこなかった

ネグレクトの事例でもある

 

公共機関によるネグレクト

事例

 

近隣の人々

学校の教師

保健所の保健師

福祉事務所の公務員職員

 

いろいろな

公的な機関も

私的な人々も

同時に存在していても

 

適宜な介入方法を

学んでいない事もあって

 

放置という選択で終始してきた事例ですから

 

caseとして

必要十二分に取り組むように

関係諸機関のそれぞれの職員には

随時

情報を提供して

その子らの一人一人の具体なNEEDSを明確に把握して

協働で支援を提供する体制を構築するように強く促して来た

 

 

 

 

 

 

 

 

それでも

忙しいという理由もあって

groupworkの実践さえも難しいのですから

 

それで長期間の実際にある基本的に必要な支援の関与を放棄しているということは

 

難題

 

難しい問題を

人々が

背負っているという事

 

児童養護施設で長く暮らした子でも

その施設を出てから

一人で暮らしていて

 

中には

自死

自殺

を選択してしまった子もある

 

 

 

 

それも

複数の事例がある

 

誰にも言わないで

その内実の苦痛体験後の積み重ねの苦しみの事を

 

懊悩と云う事

 

 

 

 

 

他人様に

迷惑をかけないでいきるおとなしいこ

 

よいこ

 

典型の事例である子もあるし

 

 

 

いろいろな反応をしめして

HELPを発信していた子もあったが

 

 

その中の子は

成長し

ホームレスで生きる事になるという事例もあるし

 

 

 

 

 

 

なぜにそのような事を

その子らは

迎える事になるのか

 

現代の社会の実情の様々を

観察して

 

モニタリングはしている

 

 

その結果を

当事者との

一人

一人とは

共有して

対話を

積み重ねてはいますけども

 

 

問題というのは

一つでは無い事だ

と云う事

 

 

課題

 

一つ一つある問題を解決するための

課題を複数整理して

調整しながら

連携しながら

調節する事は

いつ

どの課題に取り組むか

ですけども

課題の達成も共に実践する事

 

信頼とは

相互

関係している一人一人が

ともに作業して

構築するもの

そのものですので

 

 

 

一方的に提示するものでは無いと云う事です

 

 

 

自己覚知の作業とは

御互いを詳しく理解する意図を

明確に実践することから

可能でもあるからです

 

自分自身というのは

一体

どんな状態にあるのか

どんな存在なのか

と云う事

 

これは

自らの肉体に死を迎える瞬間まで

必要不可欠な作業の一つでもある

 

 

 

 

人はどうせ死ぬのだからもういいや

 

まったく好き勝手にしていればいいじゃん

 

とういう意見もある

 

それは

 

その方の選択する自由の範囲での実務の事だし

 

限りなく尊重する必要のある事

 

自由そのものを

尊重するのですから

 

人という基盤

の中にある要素の一つ

 

 

 

 

 

 

同時に

仁慈

というのは

一体

何か

と云う事を

探求する作業の重要な仕事の一つ

コワーキングですね

 

希望を持ちましょうと

よくいいますけども

 

 

その希望とは

一体

何の事か

 

 

信じ込む事では無い

 

 

事実を実際に受け止める事で

詳しく対象を知る事と云う事から

希望とは

生成できる事

 

 

 

いのちそのものは最善の御品物

 

存在そのものは御徳という事

 

 

それを大前提とする時に

希望の芽は

おがる

 

 

 

 

OGARU

 

 

おきあがる

 

何度も踏みにじられても

あの小さな草の種子の一つ一つの芽吹きのように

おがるのです

 

生命

 

VITA

 

ふーたら

 

 

 

FOOOOOと

三回

三度

ふきつける

いきるためのいきふき

 

息吹

 

その子は

母の胎内では

水がその子を覆ってる

まるで

魚のような

 

管で

母とその子は

継続している

つながれている

 

 

そして

胎内の狭い道から

ではる

おがる

 

0.1mm

小さな小さなその種子の一つから

 

成長

 

おがるのですから

 

 

おぎゃー

 

OGYA

 

 

声を張り出す

 

言を吐く

 

 

息を吹く

 

息吹

 

生き吹く

 

 

その子自体は

 

贈り物の最善と云う事だから

その親だけでは無い

全ての人々にとっての

喜悦そのもの

祝意

慶祝のそれそのものだ

と云う事

 

これこそ

希望のそれだから

 

いわいふるわす

 

と云う事

 

 

あのイサクを

祭壇である

大きないわおに

台座に

載せて

 

全焼の生贄にしなさい

天主から

命令された

アブラハムは

既に99才で

妻サライは89才

 

二男である

 

長男は

イシュマエル

 

エジプトの人である女性は

サラの御つきの人

 

側女

 

 

そのサライは

夫のアブラムを

気の毒として

身代わりにその側女を捧げ物にし

 

子の授からない事の償いにしようとして

 

子は授かる事

 

イッシュマエル

 

その後に

困る事

女主人としての

そのエジプトの女性は

威張るから

と云う事で

サライさんは

排斥してしまった

 

 

彼女とその子のイッシュマエルの事は

アブラムさんは配慮し

仁慈を贈るのでしたし

天主も

砂漠の中で

湧き水を

齎した

 

そして

アブラムが

アブラハム

 

アブ

イヤハー

ラーム

 

サライ

サラ

 

 

イヤサラー

 

IYA

あなたは

天主に呼びかけと

栄誉を贈る言

 

彌榮

彌栄

八重

いやたかし

弥高

あなたは

たかいもの

 

あなたにこそ榮あること

 

 

永遠の生命

死んでもまたよみかえる

復生

復活

 

また生きる事

 

その賢明で聡明で

柔軟で

なこやかである

 

 

終わりのない生命そのものこそ

喜悦そのもの

 

価値の価値

 

その生命を永遠に失ってはと云う事の重大な恐怖

 

 

なぜ

生命そのものを

侵害する事にいたるしか

選択は

無いか

 

その個人の形成した結果の状態は

何か

 

 

 

 

希望ということの

HOPE

 

 

何にその希望を

奉献する事が

最善の選択行為のそれか

 

 

人にとっての最善の御品物とは

一体

なんだというのか

 

ということが

大テーマ

大命題

 

 

 

その個人の実情でのいろいろな支障

生きるために必要な物事の欠如とか損害とか

 

さわりなっているそれ

 

つっかえになっているそれ

 

一体

何か

 

無数あるでしょう

 

個別に状態は違いますから

 

これだとは

審判できない

 

 

白黒判定

白黒判断は

無理だから

 

 

 

 

その柔軟な思考の方法も学ぶ事

そして

身に着ける必要もある

 

 

自分自身の存在自体を

どうその子は

受け止めているか

 

自分なんていないほうがいいんだ

思い込む理由のその形成過程は

一体

何か?

 

周囲がそうして

いろいろな人から

揶揄されて

排斥され

排除されて

拒否されていたり

 

何か

ターゲットにされて

侵害されていたり

 

 

誰かの身代わりに悪事を押し付けられてしまっていたり

 

 

自分で自分の事を

適宜に守護保護防衛する事が出来ないでいたり

 

 

 

 

肉身の事だけでは無い事ですから

 

 

地道に

取り組む作業はどうしても必要な事

それに対しての投資は

物品販売対象にする投資と

どう

調整がされているか

 

経済発展の目標と

世界経済の競争SYSTEMと

 

一人

一人の

安心

安全の確保と

どう

いう

介入で

地球社会の環境SYSTEMの統合化を図るのか

 

宇宙の中に存在している地球に

無数の生命を保持している存在は

同時にある状態を

いまも維持するために

人々があるが

 

それは

administratorとしての役割でもある

 

 

支配し操作し

IMAGE通りに

その実現

自己のアイディアをそのまま良い品としての実現化のためでは無いと云う事だ

好きだ

自己陶酔のため

自己自身の快楽物質の求めをその報酬ゲットのためではありませんよ

 

という

その法理がある事

 

 

 

 

南山堂安居子

 

権力ある人の生き方と権力ない人の生き方と 野生動物たちの生き方と それぞれの違いがあること

死者12人「クマ被害」山で起きている"残酷な現実"

 

武器を保持している事は

誰かの生命を侵害するという危険を同時に保持している事

 

いつか誤認で殺されてしまうかもしれないとか

 

死刑制度もそうだし

 

ある者の権力や名誉とか高い地位が欲しいがために

偽証の行為があって

社会での公式の審判があって

死刑宣告を宣言されて

その後に処刑されてしまった方も複数ある

 

 

そもそも

生命を侵害するという行為の狙いは

どういう事か

 

 

行為するそれぞれが

自身の生命を保持するというorderに添うことであるから

 

 

熊の生命の保持も

人の生命の保持も

 

そうして

生命の保持についての意図がそこにあるが

 

同時に

何を優先するか

と云う事に

 

人の命を保持する事を優先するのです

という価値化した価値が

大前提にあって

 

同時に

今までの人々の生活の維持のために

自然の環境に強く介入してきた結果の今の状態を

人々が迎えてしまっているとするならば

 

誰かが償いの為に犠牲を支払う事という理屈でもあるかもしれない

 

 

何の償いか

というと

 

自然の管理を適切に実施してこなかった

という

事の償い

と云う事

 

 

地球の管理は

人々が実践している必要があるでしょうから

という大前提がある

 

人の手でいろいろ材料資源を調達してきた経過があるが

行き過ぎた開発もあったし

山から樹木が無くなったと時もあった

 

それは

人の数が増えて

燃料を得るために樹木を多数

切り倒す事だったから

 

自然環境から

資源を得る事で

そして

人々が生きる事を保持してきた

 

そこの調整の方法が

詳しく研究されてこなかったかもしれないし

 

認識が無かった

 

 

かもしれないし

 

多くの人々にとって

 

生きる事自体が

課題だからで

 

多くの事に精神的な余裕を保持し

研究すると云う事も出来ない事でもあるから

 

毎日の食事を用意するだけでも精一杯

手一杯

とい

生きる事は難儀な事という

そういう生活の内実も多くあった

東北地方はそういう生活背景を保持してきた人々も

大勢いた

 

その人々は

都市部に

向かうこともあることは自明です

 

働くため

とは

生きるためであるから

非常に

難儀な人生を経過したきた人々も大勢いたし

いるのですし

 

では

どうやって

全国土で生活する人々の安心と安全を保持するか

 

ということ

 

 

 

安心

安全

というのは

生活する者にとっての必須条件であるから

 

 

 

NEEDSです

 

でも

誰かみて

直ぐに

安心だなとか

安全だなとか

理解する事はまず不可能

 

なんとなく

雰囲気とか

その人の行動とか

 

行為の積み重ねなどを観察するとかしないと理解するための方法として

 

 

 

今は

熊が出ます

街にも

 

と云う事で

いつ

自分自身が

熊から狙われてしまうか

分からないので

不安

安心できない状態を

多くの人々が迎えている始末だから

 

 

 

 

自然環境の保護を実践する事が

むしろ人々にとっての

安心

安全を構築する事という判断ではあったもしれない

 

 

同時に

 

熊という存在の数が加増して

また

温暖化も影響しているかもしれないし

 

天候の作用もあるのかもしれないし

雨が少なかったし

 

 

 

そこで樹木の実が成果しないというのでは

 

 

確かに食糧が無いからこそ

 

焦る

 

生きるためには

何か糧を得なければ

となるから

 

 

 

 

それは

人も同じという条件ではある

 

 

 

 

 

ここで問題は

明確な根拠を行為に成立させている事だ

 

 

価値と倫理で詳細に検討して

その部分を

放置しない事こそ

賢明だ

 

 

なぜ

処断したか

 

対話をしている最中では無い時

 

危機介入の時の

価値と倫理判断です

これは

感情とか

気分で

対処する物事では無いと云う事

 

 

 

基本

 

 

人の生きる事の支援の基本と基盤のそれに包括している事ですので

 

 

 

そこを

なぜ

迅速

俊敏

適宜

適切に

総意

関係者の情報共有と云う事にならないのか

いつでもそうですね

 

日本の社会の病理的現象が

事実として

浮き彫りに

自分自身の事として

表出して

顕示されている

 

一人

一人の

犠牲で

 

 

 

それは

地方と都市部の行政の意図の違いもある

 

 

認識をする方法と

常に臨戦態勢のように

モニタリングする技法や

能力を

やしなっていないかもしれないし

 

なんとなく

と思慮しても

対話形成が直ぐに出来る仕組みが

そもそも無いかもしれない

 

何かの事件の事例化した後に

いくつもの積み重ねがあって

やっと

意図する

作為すると云う事では

やはり

後手

であるのは

間違いない事だ

行政

まつりごとをおこないますところ

 

政治

まつりごとを

おさむる人々と

 

なぜ協働して

取り組みが

実直に出来ないのか

 

という

NICHE

部分にある

隙間の

問題

 

 

 

SYSTEM運営の支障が横たわってる事

山積する課題とは

何かというと

対話

Theme化する

政策判断の過程で

自治のその組織体の内部構造の

実践のそれぞれの

主が

何をしているのか

と云う事

 

 

公共という理屈を

放棄して

自分自らの好きな事

という仕事では

 

問題がやはり

山積してしまうだろうとは

誰でも予測できる

 

物事を柔軟にして

事実を受け止めて

そして

査定し

適宜な

支援対策を

開発する手技

頭脳

行動

行為

実践

その成果の評価する能力

 

フィードバックする力

 

 

人々の意見が出て来るように

促進する方法を

編みだす必要もある

 

 

 

自治ですから

 

そもそも

 

一人

一人が

自由に意見し

それを誠実に

受け止めるという技量を

保持してあるスタッフが

必要十二分あって

 

意図して

groupworkを

実践できる職員も必要であるし

 

何を構築していくことが

merit

御徳なのか

 

人命の犠牲という事を

比較する時には

 

また

自殺の問題

自死の問題も

当然

検討を従来の別の視点からも常に

対話を継続することが重要

 

多くの人々が参加できる仕組みを

開発することも

重要だし

 

 

 

そして

安心とか

安全を

確保する努力というのは

どの年齢でも必要な事だからです

 

 

ただ

品物を作成して

品物を売り買いして

人生は終了と云う事では無い

 

諸外国との関係の信頼の構築作業も

同時に重要であるし

 

 

信頼とは

互いに意図して構築する作業を実践しないと

成果としては成立しませんから

 

何かを信じ込む行為を選択するのではない事です

 

 

 

実際に

対話して

一つ一つを

情報を確認して

事実を知って

具体的に最善の投資と構築作業を実践する事

 

 

ともに

 

色々な意見は

傾聴する事

 

事実として

その個人の発意として

誠実に受け止めるという行為実践は忍耐する能力がどうしても必要です

 

感情や気分に押し流されてしまうことが多々あるから

 

忍耐する能力を強化する事も重要な仕事です

 

どうやって忍耐する能力を強化するか

 

受け止める

という事

 

いろいろな物事を

一つ一つ

汚れ無い器に

誠実に

荘厳に

受け止める事

 

焦る事があるなら

その焦っているという事実を

誠実に

自分にある器

汚れていない器に

そのままそれを

受け止める事

 

 

 

 

 

 

 

偶発的事件事故事例

caseとしても

意図して成果した事件事故事例

caseとしても

 

 

確率論と

事実の事を

統合化して

受け止める事

 

 

状況は

非常に実際は

沢山の種類の事象が

相互作用してその結果

 

事故や

事件は

発生するからです

 

 

 

 

物理的現象は

非常に複雑SYSTEMの中で発生するから

 

一つだけの事が要因では無いと云う事

 

 

 

従来から

人々が構築してきた事の成果は

無数にあるし

自然環境自体も内実は常に変化しているので

 

その内側

範囲で

起きている全ての現象でもあるからです

 

 

 

問題は

どんな状態を迎えても

常に

安心と安全を確保できるかどうか

そこの具体策は

一体

何ですか

と云う事

 

 

 

 

人にとっての

その安寧の保持の方法です

 

 

 

南山堂安居子