私自身はマルトリートメントを沢山受けて来た子らがその状態よりも少しでも安心安全の構築を支援提供し
私自身はマルトリートメントを沢山受けて来た子らがその状態よりも少しでも安心安全の構築を支援提供し
つまり
一人
一人が
安心を確認し
実際に
感覚でそのまま受け取めることが
出来る環境の構築作業を実践してきた
一人
一人と
安全という事は
どういう事か
SELFCARE
自助の基盤基本
今ある自己の心身の状態を
自分自身で十二分に把握して
自分の不安な事
自分にある安全では無い事
侵害されてきた事実
その一つ一つを
受け止める能力を自分に養い育む事を作業する事
傷ついている事の自認
そして
その傷を負った自身の
自己回復の手法を具体に知る事
学び
実際の生活でそれを実践し
その結果を随時
フィードバックし
互いに
生活の質をいまよりもより善くする事を
協働して
作業する事の
御徳
一人のその子自身が
対話
あらゆる他者との対話が必要十二分できる能力を自分から養う事を支援する事
親でも
その親自身が自己の生活の中でいろいろ侵害されて
心的な傷を複数抱えて
ある者は
精神疾患の診断を医師の元で受けていて
精神科治療を実施していて
その親自身の行為障害もある事
そして
子に向けた辛辣な言動がしばしばあるとか
家庭内での不和とその親同士の混乱状態と侵害行為のくりかえりなどの問題を
長期に抱えていた状態
公的機関の公務員や
医療機関
一般化の病院のソーシャルワーカーや
精神科病院のソーシャルワーカーなどが
医師や看護とか
情報を共有して
地域の福祉関連機関のスタッフとの連絡調整連携をして
必要な適宜な適切な介入を意図しなかった
それは
日本国の国施策では法としてあっても
社会事業や社会福祉事業としての法文があっても
人々の生活現場で
労務している
臨時職員も正規職員も同じく公務員であるが
適切な個別化の支援を具体には実践してこなかった
ネグレクトの事例でもある
公共機関によるネグレクト
の
事例
近隣の人々
学校の教師
保健所の保健師
福祉事務所の公務員職員
いろいろな
公的な機関も
私的な人々も
同時に存在していても
適宜な介入方法を
学んでいない事もあって
放置という選択で終始してきた事例ですから
caseとして
必要十二分に取り組むように
関係諸機関のそれぞれの職員には
随時
情報を提供して
その子らの一人一人の具体なNEEDSを明確に把握して
協働で支援を提供する体制を構築するように強く促して来た
それでも
忙しいという理由もあって
groupworkの実践さえも難しいのですから
それで長期間の実際にある基本的に必要な支援の関与を放棄しているということは
難題
難しい問題を
人々が
背負っているという事
児童養護施設で長く暮らした子でも
その施設を出てから
一人で暮らしていて
中には
自死
自殺
を選択してしまった子もある
それも
複数の事例がある
誰にも言わないで
その内実の苦痛体験後の積み重ねの苦しみの事を
懊悩と云う事
他人様に
迷惑をかけないでいきるおとなしいこ
よいこ
の
典型の事例である子もあるし
いろいろな反応をしめして
HELPを発信していた子もあったが
その中の子は
成長し
ホームレスで生きる事になるという事例もあるし
なぜにそのような事を
その子らは
迎える事になるのか
現代の社会の実情の様々を
観察して
モニタリングはしている
その結果を
当事者との
一人
一人とは
共有して
対話を
積み重ねてはいますけども
問題というのは
一つでは無い事だ
と云う事
課題
一つ一つある問題を解決するための
課題を複数整理して
調整しながら
連携しながら
調節する事は
いつ
どの課題に取り組むか
ですけども
課題の達成も共に実践する事
信頼とは
相互
関係している一人一人が
ともに作業して
構築するもの
そのものですので
一方的に提示するものでは無いと云う事です
自己覚知の作業とは
御互いを詳しく理解する意図を
明確に実践することから
可能でもあるからです
自分自身というのは
一体
どんな状態にあるのか
どんな存在なのか
と云う事
これは
自らの肉体に死を迎える瞬間まで
必要不可欠な作業の一つでもある
人はどうせ死ぬのだからもういいや
まったく好き勝手にしていればいいじゃん
とういう意見もある
それは
その方の選択する自由の範囲での実務の事だし
限りなく尊重する必要のある事
自由そのものを
尊重するのですから
人という基盤
の中にある要素の一つ
同時に
仁慈
というのは
一体
何か
と云う事を
探求する作業の重要な仕事の一つ
コワーキングですね
希望を持ちましょうと
よくいいますけども
その希望とは
一体
何の事か
信じ込む事では無い
事実を実際に受け止める事で
詳しく対象を知る事と云う事から
希望とは
生成できる事
いのちそのものは最善の御品物
存在そのものは御徳という事
それを大前提とする時に
希望の芽は
おがる
OGARU
おきあがる
何度も踏みにじられても
あの小さな草の種子の一つ一つの芽吹きのように
おがるのです
生命
VITA
ふーたら
FOOOOOと
三回
三度
ふきつける
いきるためのいきふき
息吹
その子は
母の胎内では
水がその子を覆ってる
まるで
魚のような
管で
母とその子は
継続している
つながれている
そして
胎内の狭い道から
ではる
おがる
0.1mm
の
小さな小さなその種子の一つから
成長
おがるのですから
おぎゃー
と
OGYA
と
声を張り出す
言を吐く
息を吹く
息吹
生き吹く
福
生
その子自体は
贈り物の最善と云う事だから
その親だけでは無い
全ての人々にとっての
喜悦そのもの
祝意
慶祝のそれそのものだ
と云う事
これこそ
希望のそれだから
いわいふるわす
と云う事
あのイサクを
祭壇である
大きないわおに
台座に
載せて
全焼の生贄にしなさい
と
天主から
命令された
アブラハムは
既に99才で
妻サライは89才
二男である
長男は
イシュマエル
エジプトの人である女性は
サラの御つきの人
側女
そのサライは
夫のアブラムを
気の毒として
身代わりにその側女を捧げ物にし
子の授からない事の償いにしようとして
子は授かる事
イッシュマエル
その後に
困る事
女主人としての
そのエジプトの女性は
威張るから
と云う事で
サライさんは
排斥してしまった
彼女とその子のイッシュマエルの事は
アブラムさんは配慮し
仁慈を贈るのでしたし
天主も
砂漠の中で
湧き水を
齎した
そして
アブラムが
アブラハム
アブ
イヤハー
ラーム
サライ
は
サラ
イヤサラー
IYA
は
あなたは
と
天主に呼びかけと
栄誉を贈る言
彌榮
彌栄
八重
いやたかし
弥高
あなたは
たかいもの
あなたにこそ榮あること
永遠の生命
死んでもまたよみかえる
復生
復活
また生きる事
その賢明で聡明で
柔軟で
なこやかである
和
輪
終わりのない生命そのものこそ
喜悦そのもの
価値の価値
その生命を永遠に失ってはと云う事の重大な恐怖
なぜ
生命そのものを
侵害する事にいたるしか
選択は
無いか
その個人の形成した結果の状態は
何か
希望ということの
HOPE
何にその希望を
奉献する事が
最善の選択行為のそれか
人にとっての最善の御品物とは
一体
なんだというのか
ということが
大テーマ
大命題
その個人の実情でのいろいろな支障
生きるために必要な物事の欠如とか損害とか
さわりなっているそれ
つっかえになっているそれ
一体
何か
無数あるでしょう
個別に状態は違いますから
これだとは
審判できない
白黒判定
白黒判断は
無理だから
その柔軟な思考の方法も学ぶ事
そして
身に着ける必要もある
自分自身の存在自体を
どうその子は
受け止めているか
自分なんていないほうがいいんだ
と
思い込む理由のその形成過程は
一体
何か?
周囲がそうして
いろいろな人から
揶揄されて
排斥され
排除されて
拒否されていたり
何か
ターゲットにされて
侵害されていたり
誰かの身代わりに悪事を押し付けられてしまっていたり
自分で自分の事を
適宜に守護保護防衛する事が出来ないでいたり
肉身の事だけでは無い事ですから
地道に
取り組む作業はどうしても必要な事
それに対しての投資は
物品販売対象にする投資と
どう
調整がされているか
経済発展の目標と
世界経済の競争SYSTEMと
一人
一人の
安心
安全の確保と
どう
いう
介入で
地球社会の環境SYSTEMの統合化を図るのか
宇宙の中に存在している地球に
無数の生命を保持している存在は
同時にある状態を
いまも維持するために
人々があるが
それは
administratorとしての役割でもある
支配し操作し
IMAGE通りに
その実現
自己のアイディアをそのまま良い品としての実現化のためでは無いと云う事だ
好きだ
自己陶酔のため
自己自身の快楽物質の求めをその報酬ゲットのためではありませんよ
という
その法理がある事
南山堂安居子
権力ある人の生き方と権力ない人の生き方と 野生動物たちの生き方と それぞれの違いがあること
武器を保持している事は
誰かの生命を侵害するという危険を同時に保持している事
いつか誤認で殺されてしまうかもしれないとか
死刑制度もそうだし
ある者の権力や名誉とか高い地位が欲しいがために
偽証の行為があって
社会での公式の審判があって
死刑宣告を宣言されて
その後に処刑されてしまった方も複数ある
そもそも
生命を侵害するという行為の狙いは
どういう事か
行為するそれぞれが
自身の生命を保持するというorderに添うことであるから
熊の生命の保持も
人の生命の保持も
そうして
生命の保持についての意図がそこにあるが
同時に
何を優先するか
と云う事に
人の命を保持する事を優先するのです
という価値化した価値が
大前提にあって
同時に
今までの人々の生活の維持のために
自然の環境に強く介入してきた結果の今の状態を
人々が迎えてしまっているとするならば
誰かが償いの為に犠牲を支払う事という理屈でもあるかもしれない
何の償いか
というと
自然の管理を適切に実施してこなかった
という
事の償い
と云う事
地球の管理は
人々が実践している必要があるでしょうから
という大前提がある
人の手でいろいろ材料資源を調達してきた経過があるが
行き過ぎた開発もあったし
山から樹木が無くなったと時もあった
それは
人の数が増えて
燃料を得るために樹木を多数
切り倒す事だったから
自然環境から
資源を得る事で
そして
人々が生きる事を保持してきた
そこの調整の方法が
詳しく研究されてこなかったかもしれないし
認識が無かった
かもしれないし
多くの人々にとって
生きる事自体が
課題だからで
多くの事に精神的な余裕を保持し
研究すると云う事も出来ない事でもあるから
毎日の食事を用意するだけでも精一杯
手一杯
とい
う
生きる事は難儀な事という
そういう生活の内実も多くあった
東北地方はそういう生活背景を保持してきた人々も
大勢いた
その人々は
都市部に
向かうこともあることは自明です
働くため
とは
生きるためであるから
非常に
難儀な人生を経過したきた人々も大勢いたし
いるのですし
では
どうやって
全国土で生活する人々の安心と安全を保持するか
ということ
安心
安全
というのは
生活する者にとっての必須条件であるから
NEEDSです
でも
誰かみて
直ぐに
安心だなとか
安全だなとか
理解する事はまず不可能
なんとなく
雰囲気とか
その人の行動とか
行為の積み重ねなどを観察するとかしないと理解するための方法として
今は
熊が出ます
街にも
と云う事で
いつ
自分自身が
熊から狙われてしまうか
分からないので
不安
安心できない状態を
多くの人々が迎えている始末だから
自然環境の保護を実践する事が
むしろ人々にとっての
安心
安全を構築する事という判断ではあったもしれない
同時に
熊という存在の数が加増して
また
温暖化も影響しているかもしれないし
天候の作用もあるのかもしれないし
雨が少なかったし
そこで樹木の実が成果しないというのでは
確かに食糧が無いからこそ
焦る
生きるためには
何か糧を得なければ
となるから
それは
人も同じという条件ではある
ここで問題は
明確な根拠を行為に成立させている事だ
価値と倫理で詳細に検討して
その部分を
放置しない事こそ
賢明だ
なぜ
処断したか
対話をしている最中では無い時
危機介入の時の
価値と倫理判断です
これは
感情とか
気分で
対処する物事では無いと云う事
基本
人の生きる事の支援の基本と基盤のそれに包括している事ですので
そこを
なぜ
迅速
俊敏
適宜
適切に
総意
関係者の情報共有と云う事にならないのか
いつでもそうですね
日本の社会の病理的現象が
事実として
浮き彫りに
自分自身の事として
表出して
顕示されている
一人
一人の
犠牲で
それは
地方と都市部の行政の意図の違いもある
認識をする方法と
常に臨戦態勢のように
モニタリングする技法や
能力を
やしなっていないかもしれないし
なんとなく
と思慮しても
対話形成が直ぐに出来る仕組みが
そもそも無いかもしれない
何かの事件の事例化した後に
いくつもの積み重ねがあって
やっと
意図する
作為すると云う事では
やはり
後手
であるのは
間違いない事だ
行政
まつりごとをおこないますところ
政治
まつりごとを
おさむる人々と
なぜ協働して
取り組みが
実直に出来ないのか
という
NICHE
部分にある
隙間の
問題
SYSTEM運営の支障が横たわってる事
山積する課題とは
何かというと
対話
Theme化する
政策判断の過程で
自治のその組織体の内部構造の
実践のそれぞれの
主が
何をしているのか
と云う事
公共という理屈を
放棄して
自分自らの好きな事
という仕事では
問題がやはり
山積してしまうだろうとは
誰でも予測できる
物事を柔軟にして
事実を受け止めて
そして
査定し
適宜な
支援対策を
開発する手技
頭脳
行動
行為
実践
その成果の評価する能力
フィードバックする力
人々の意見が出て来るように
促進する方法を
編みだす必要もある
自治ですから
そもそも
一人
一人が
自由に意見し
それを誠実に
受け止めるという技量を
保持してあるスタッフが
必要十二分あって
意図して
groupworkを
実践できる職員も必要であるし
何を構築していくことが
merit
御徳なのか
人命の犠牲という事を
比較する時には
また
自殺の問題
自死の問題も
当然
検討を従来の別の視点からも常に
対話を継続することが重要
多くの人々が参加できる仕組みを
開発することも
重要だし
そして
安心とか
安全を
確保する努力というのは
どの年齢でも必要な事だからです
ただ
品物を作成して
品物を売り買いして
人生は終了と云う事では無い
諸外国との関係の信頼の構築作業も
同時に重要であるし
信頼とは
互いに意図して構築する作業を実践しないと
成果としては成立しませんから
何かを信じ込む行為を選択するのではない事です
実際に
対話して
一つ一つを
情報を確認して
事実を知って
具体的に最善の投資と構築作業を実践する事
ともに
色々な意見は
傾聴する事
事実として
その個人の発意として
誠実に受け止めるという行為実践は忍耐する能力がどうしても必要です
感情や気分に押し流されてしまうことが多々あるから
忍耐する能力を強化する事も重要な仕事です
どうやって忍耐する能力を強化するか
受け止める
という事
いろいろな物事を
一つ一つ
汚れ無い器に
誠実に
荘厳に
受け止める事
焦る事があるなら
その焦っているという事実を
誠実に
自分にある器
汚れていない器に
そのままそれを
受け止める事
偶発的事件事故事例
caseとしても
意図して成果した事件事故事例
caseとしても
確率論と
事実の事を
統合化して
受け止める事
状況は
非常に実際は
沢山の種類の事象が
相互作用してその結果
事故や
事件は
発生するからです
物理的現象は
非常に複雑SYSTEMの中で発生するから
一つだけの事が要因では無いと云う事
従来から
人々が構築してきた事の成果は
無数にあるし
自然環境自体も内実は常に変化しているので
その内側
範囲で
起きている全ての現象でもあるからです
問題は
どんな状態を迎えても
常に
安心と安全を確保できるかどうか
そこの具体策は
一体
何ですか
と云う事
人にとっての
その安寧の保持の方法です
南山堂安居子