人里のしれないその山の奥とか海の底とか、人の知の及ばぬ處は、おそろしい、こわい強い力のあるところ
人里のしれないその山の奥とか海の底とか、人の知の及ばぬ處は、おそろしい、こわい強い力のあるところ
自身をその場所に向かわせるのは
正に
危険
あやうしと云う事である事は
既に
それぞれの
事件
事故
事例
実例
の
それぞれ
いわゆる
caseとして
個別化してある事
情報だけでは無い
その存在の独自
UNIQUEであるcaseです
いろいろな物事の敷き詰められている
そのつみかさねのこと
内容
CONTENTS
その人のオリジナルの体験
ORIGINAL
ORGAN
とは
正に
管の事
TUBE
生命そのもの
オーガニックとかいっているけどもね
その意味では
その者しかない
人も
他の生物群のそれぞれの
固体として
UNIQUEであるので
しかも
筒状のひも状のものの集積体
集約体
結束体
一つとして存在するために包括されているそのものです
それは
誰でも無い
そのもの
と云う事を
立証している
自分自身にも
あらゆる他の存在にも
そこで
自分とは何かと
問う事が出来る存在こそ
人だろうと
いいます
それは
PHUMANE
ふーっと
生きる事の為に必要な息を吹きつけられた
息吹されたその対象物
土塊から出来ている存在の事
人という器とかいいますけど
そもそも
地球の構成している素材から
人自身も
形成されているのであって
正に
物理の法の範囲で
生きている次第だし
死を迎える事も
物理の現象
phe
ふぇー
phenomenon
何かそれ
風の吹きつけてあるような現物
成果品
どうして
人などという存在が
地上に成果として
あるのか
そして
人々が
加増して
いまは
80億人ほどの量で
維持しているそうだけども
地上では
もっと遙かに多い
生命体もある
それに
人体の内部のそれぞれにも
小さな一つひとつの生命体が
群がっているのだし
それで
ともに生きている事を
しつかに
実践している
彼ら
は
細胞の一つ一つが
あることもそうだ
人体を構成している素材とその素材群の組み合わせで
一つ一つの細胞
こまかなふくろの状態のものが
生きている事を実践している
正に
自働装置の存在
生命という
自働装置そのもの
バイオメカニズム
構成してる全ての必要な要素とは
どんな物なのでしょうか
捕まえて
取って
喰う
くらいつくこと
は
どの生物もしてる
かどうか
HIERARCHY
という見方もあるけども
そのような位階制度としての理解だけでは
問題を
解決できない物事もある
細胞は増えるのだし
VIRUSもある
そこで
小さな小さな存在自体が
人体に入り込んでしまって
人体の機能を維持する事への支障をなる物質を吐き出すとなると
一体
どうなるか
とか
機能しているそれぞれの細胞群を
その機能の停止に影響を与える要素を保持していたり
人が
生きるとかいうのは
正に
奇跡的な事の
積み重ねであるかもしれないのであって
まれなこと
息を吐いて
空気を吸う事が
自己組織化の細胞群の形成の結果であることだから
それは
その人の努力の投資である事ではそもそも無い事ですしね
人自身が
人を生成したのではないと云う事
DESIGNも含めてどんな
設えにしてしまおうか
なんて
人自身が
IMAGEして
人が誕生しているのではないのですがね
そこで
IMAGEの自由
というのがある事は
心象を具体化する
自由もあること
一人で
なんでも
創作できる根源ではある
少なくとも
こんなものがあるといいなと
いう
そのイメージする能力は
それぞれに
保持されて
機能している時はそれを
媒体
MEDIAとして
道具として
利用している次第
そこには
MIND
HEART
BRAINの統合化したその肉体の装置がある事
それを
維持するために
何か
適切な食品を
自己に
包括して
くらう
管の奥のほうまで
呑み込む必要があるということだ
次第に食欲というものが
失われてくる方もあるし
それは頭脳神経細胞システムの一部の機能に支障を抱えている状態を
維持しているからである事例もある
そこで
食べる必要のある品を
自分では食べる事自体が出来ないという状態が
長く続くとなると
当然
飢えている状態を成立さてしまうが
当事者は
それを自覚する事が無い
認知の形成も出来ていない事例もあるのです
なぜか
いろいろ研究されていますけども
様々な要因が思案される
個別に於いては
共通する観方というのはあるのですが
一定の基準のような
ダイアグノシスでの見方もあるし
MEDICINEの分野だけでは
はかりしれない事象もあるのですが
そこで
一体
何かなと
推定することも
人には能力としては備えられてはいる次第だ
審判行為は
まず無理だと云う事
適切に事実を全部正確にそのまんま
理解するなんて言う事は
まず
人自身には誰しもが出来ない事なのです
全能全知でないのでね
JUDGEする時は
人の不完全そのものである状態が基盤にあるので
そこで
いろいろ法理を研究した者などが
judgmentを下す事ですけども
それはそもそも最期的には主観の判断に傾くのですどうしても
全体の情報そのものを全部
そのはじめからおわりまで
知り得て理解を全部丸ごとできるなど
そのような
全能
Almightyの者など
人には存在しないから
です
理由は簡単
もしも
わたしこそ
全知全能者だぞ
なんていう者が
登場した時は
危険な事だ
と云う事
徴
予兆のそれです
そういう危険も
世界には
そこ
ここに
あるということ
南山堂安居子
ある者はいいました、わたしの元に来るなら不老不死を叶えてあげるからと、ここに聖体があるぞとかいう
ある者はいいました、わたしの元に来るなら不老不死を叶えてあげるからと、ここに聖体があるぞとかいう
餌を撒いて
釣りをして
自分でそのつられた魚をまくらいけるものだ
といっていいでしょうね
となる次第だ
cultの宗教としての
自己自身を
偶像化する者
神と同格で同一化して
その者の口から吐きだすもの
その言は
全部
神言だと
どこまでも
いいはる者があって
なを
それは
なんとも
みじめであると云う事を
自己で
実証してしまっている
証拠品の事の一つ
の
実例ではあるので
そのようにして
神と同一化したいのだと
こころにむねさすのは
なぜか
ひととは
やはり
よわい
かよわいものであるからこそ
威勢を張り
そうして
見せかける事で
なんとか
生命と共に
SURVIVALする事に到るのだと
云う事は
正当な理屈の一つであろうと云える
自己評価が低いとか
自己肯定感をアップしようとかいう言説は
なんとも
曖昧模糊である
そもそも
自己評価の低さとか
認知形成の過程の私的行為の実践したその結果をいくつも従来の方法で
実行したその始末であるのであるから
自分と云う存在自体が
一体
何かを究明する事を
実践する必要は
真摯にあるだろうとは言えよう
NEEDSとして
どの人自身にも
心理学的な対処療法的なそのアプローチでは
きっと困難であることの人生を生きる過程での
生きにくさを
解決するとは
なかなか至難の事で
自分の全部を肯定するとは
一体どういう事かという問題もある次第だし
善の欠如があるなら
それを
肯定とは
確実に認知して
自分で自分を詳しく知って
ゆるすこと
そのままの存在として
あることを
自分であるからこそ
ゆるすこと
では
許可するのかどうかとか
その様な事をそもそも規定するのは
なぜか?
あなたのような人はこの家には要らないとか
あなたのような出来損ないは
わたしの子では無いとか
そして
親たちや親類や
先祖の意向とか
見栄とか
価値とか
の
そのいろいろある
その家の人に継承して価値ある思考の対象を
顕示されて
そのイメージの通りに生きなさいとか
命令される事などの
幼少期の家庭や学校などでの体験のそれ
その人の存在している地域社会の中にある複数の価値化されている価値類などの
人々の言動に
おおよそ
左右
されてしまうこと
境界
バウンダリー設定は
明確に実践する事は
重要だとするのは
当然
なぜなら
みな
一人一人
全く違うのであるから
肉体的血筋とか
遺伝子の継承とか
あっても
その当人は
他にはいませんからね
という自己確認を実践していくことの重要はある
御徳というのは
そして
見えない行為で
自認の作業の時の
UNIQUE
そのもの
一つそれそこにある
死を肉体自身に迎えるとしても
あると云う事は
消える事は無いからであって
まことに
そこにあること
いま
存在しいることは
消えない事だ
から
全部のその人の情報も含めて
ある
EST
BEING
と云う事だ
個人の個
子
小さなその状態を保持している事
自認として
何が自分自身を完全に保護して防衛して
育み養っていてくれているのか
何様は
あるか
自立とは一体どういう事か
金稼ぎの事だけでは無い事
金稼ぎのゲームSYSTEMの内側で
競争して
勝としても
よおおおけ
余計
金持
あまりある金品を所得しても
その者の
ほんとに
さちあること
ふく
となすことは
一体
何かあるか
と云う事
金で何でも欲しい物は手に入る
食べる物でも
なんでも
世界中から取り寄せることも可能
まるで
ローマ帝国の全盛期のように
文明と文化の爛熟の極みと
そして
次第に周辺と内部の制度自体の崩壊
相互作用の浮き沈む事が
常にあること
状態は常に変化する事を保持するために
投資しているのであるから
SYSTEMは
常に状態をかえているのであって
積み重ねは
善と
善の欠如の部分での成果品
善の欠如は
よしなしこと
よくないこと
GOODNESS
WELLNESS
の違い
善い事は即ち御徳ではある
良い品物は
御徳かうか
はかるのは相対化することだ
そして
私的思案で
その人が好い事としている物が
善いとする
価値形成は
近現代にある
誰かの指示を受ける事は無い
正に
私人の神という存在に成果としてある
全部
地上の人々が
神のようにふるまう季節があって
いまそのものだろうと仮定すると
あの
神は死んだと
いう言の実験と
実現が
完全に成就した事を意味しているだろうから
地上での
神々の戦争の様な事は
始終
起きている始末だし
その内乱のような地球のカテゴライズされているエリアでは
どう生き抜くか
というゲームが盛んであることで
はらはら
どきどき
の
感情を刺激するサービスが一面
到るところにあり
しかも
頭脳神経細胞システムの
内分泌を意図して
刺激する事で
条件反射のように
機能
物理としての刺激を無数開発して
生産する品もそれに追随している社会構成を形成してきている次第だ
ENTERTAINMENTの育成も
仮想現実という具体の道具作成も
地球全体の人々の分裂とか分断など包括して
ある主の
ドラマツルギーのその具現と
実際に
REALとしての
空想を現実化する作業であるので
また
自然界での環境状態の変動も然りであるから
いきるかしぬるか
の
瀬戸際である事の
詳しい体験を
過ぎ越すゲームのSYSTEMのように
世界は出来ているといっていかもしれない
そこで
幸運だとか
不運だとか
人々の内的価値が
神話と共に
形成されてきてあるし
その因縁思想とか
どうにかして
なぜそうなったのか
理由を知りたいからこそ
辻褄の合う事でも
辻褄の合わない事でも
IMAGEしたその言説で
なんとか
品物を生産しなければならないという
知的な事への追及する欲望を制御できないのかもしれない
どこまでも
自己願望を実現しなければいけない
しかられる
罰せられるからとか
自己実現という言語は
一体
何を云っている事なのか
自己実現の欲求 (Self-actualization)
承認(尊重)の欲求 (Esteem)
社会的欲求 / 所属と愛の欲求 (Social needs / Love and belonging)
安全の欲求 (Safety needs)
生理的欲求 (Physiological needs)
いわゆる
マズローさんの説明ではね
翻意訳の問題があるのですからね
自分の意図を形成して
自由を保持して
成果する行為実践をゆるされている環境
社会制度
その国家SYSTEMなど
人と社会環境との相互作用の部類ではある
NEEDSというのは
必要とするものごと
であるので
ウオンツ
WANTS
私的な欲望の対象では無い事
生きていくためには
必要なものごと
啓発する事では無い
啓蒙する事でもない
エンライトメントというのは
どういう事であるか
ローマカトリックは
2000年間の経過があるのですけども
価値としても
文化形成の基盤になってきた
そこで
東洋でも西洋でも
つまりユーラシアでは
そこにあるので
運ぶ人々が
大勢いた次第だし
いろいろな思案があっての
groupが形成されてきた
ある人が所属するPARTY
部分ですね
党
屯
組
講
とか
組織の事だけども
group
束ねられたそれとか
一つにある組織であることとか
社会体制の有機体論のような
また
役割理論では
誰が頭か
とか
党首などいっているし
大臣とか
天皇にまえつきみするもの
臣下
天皇
おおきみ
大王
など
大祭司
太政大臣
中納言
左大臣
右大臣
関白
摂政
位があること
正一位
とか
最高の地位
地上だから
ピラミッドのような形態で
組織化されるかもしれないし
または
みなCIRCLEのよに
対等で
向き合う方法もあるし
または
一人
一人の
弁舌
デモクラートする事を
ruleにして
それぞれの
Themeに応じた
具体な善い対応策を
ともに構築すること
そのグループにいたら
現世では
何でも御徳なんだよ
というのもあるかもしれないけども
どうでしょうかね
現世利益をどこまでもどこまも追及する
苦痛を
回避して
自由の回避などもあるかもしれない
自由を保持するには
非常に厳しい戦闘が必要になるかもしれない
地上での交流の内ではね
それは
人は
万能で全能で
全善で全部の事をすべて知ってまことにまことを理解している存在はまず
いないから
どこかに
隙間
NICHEがあるからであって
そこは
強味になるかもしれないし
弱みとしての
倒れるその印のシンボルかもしれない
弱いと云う事を
じぶんで
はじることではないことは
なぜそのよな
強さを顕示できるかというと
正に
MAGA
大なる力を保持している主人があると
確実に体験して
理解してあるからこそ
それを
信
として
望として
それこそ
尽きぬ
仁慈である
正に
慈愛といっているその人々にとっては
ぴゅありふぁいど
されているそれにある
サクリファイドされて完了した
御品物
と云う事
苦い潮水を過ぎ越し
熱い火を過ぎ越す
と云う事
荊
突き刺す
その針の棘をいくつも
侵害する
その行為と思いと具体の贈り物
侮辱する品の数々
さらには
存在自体を廃棄するという憎しむという行為の結果を
投じられている
正に
ゴミ捨て場のような有様であること
それは
一つの示し
この世の
荒野の顕示である
ありさま
あの
ざまみれ
という指示でもあるのです
そこで
人々が
何を
その私的なこころ
に
抱くのか
というのは
それぞれの
自立した
その意図であるからこそ
自由そのものを知り得ている者は
その選択を自由に完遂できること
迷う事は無いし
惑う事も無いと
云う事
顕示されて
2000年
経過した事は
事実だからこそ
何を私的に見つけるのか
発見
探すのは
何か
自分を探す行為というのは
一体
何をする事なのでしょうかね
ゴウタマシッタールタさんの
過程は
どうでしたかね
神通力を習得することもあったそうですが
それでも
満足に到る事
涅槃
般若
ぷたらか
ぽたら
という補陀落の安寧奈樂
を得る事では無いと自覚したそうですし
梵天
ブラフマンのすゝめで
その悟り得た事を
周囲の人々の
しらせたそうだし
さあて
2500年前ころですね
今から
一人
一人の
歩みの行為の
ONE
PEACE
パチコ
ぱせー
peace
ピース
やわらかな木
生木
成果
善徳のそのものが
成る木
実り
豊かで収穫する人は
少ないとは
一体
何を云って言うのか
畑で
収穫するとは
何か
辛子の種よりも小さな種っコ一つは
地上に落ちて
二つに割れて
新芽がでた
若枝の出
おめでたいこと
そして
成果する
秋
千秋万歳萬歳
悠久実徳
いわいふるわし
初穂の奉献
みなで節会
饗応のまねきあるうたけること
うけい
ゆたか
水に穂の立つひらか
平鹿
ひらか
おおひら
大平
やすめるところ
疲れた人は
私の元に
きなさい
やすませてあげるから
という
言
報せた
白い火かある言
あたたかな汁
つめたいしず
たらふく食える良善い肉とパン
餅
米
品食べ物
すかしてある
餓鬼のようである
腹の暗黒の様
何をその舌で味わう事が希望でしょうか?
たし
たしなめる事の意味
こころに残る事があってあるとして、、それで同時に、いつ死を迎えても良い 善いとする生きる方便品
なんでもかんでも
Hoc est enim corpus meum
これは他には無いわたしの体である
一品
ほんの少しのかけら
その一つの小さな小さな粒でも
わたしそのものだ
まこと
他にはわたしの体は無い
ここにある
あるがある
無いがある事では無い
いのちのそのものが
ここにある
わは
いのちそのもの
ひかりそのもの
LOGOTHE
父から
人々の内に派遣されて
天から地に落ちてきた
降りて来た
その受けた者は
NazarethのMariaそのものだ
胎内に
天の国からの
種っコ
光子
いのちのそのもの
宿る場所は
Mariaの
MARIS
IYA
AME
まるじあむ
まるしあむ
Maria
マーリーイヤファーアム
海の潮の苦みの味わい
あなたは生きる息吹く方それ
誉れ
渡海する時の支援としての
鷲の翼
古の先祖の事
先祖たちが
奴隷であって
所有物にされていた
エジプトのファラオからの追跡
自由を得るために
天主は
支援を方便品として
贈り物を贈る事で
受け止めたのは
一体
誰か?
そのGIFT
与える物
及びましたそれは
仲介
MEDIATRIX
と
MEDIATOR
PIPE
橋渡し
PONTIFEX
天の神と地上の人々と
統べている神
どこにでもいるという神と
人々を
仲介する
人々は
神の心の内側に
生存しているという内実
世界は
神自身の腹の底なのだという思想があること
大きな魚に呑み込まれた
あの者は
あしきことをする者たちに
天から火を降らせて抹殺してしまえと
そう祈願する者であった
そこに向けて
あわれみの種子をまいたのは
天の主人であること
全てを見渡しているその目には
何が映し出されているのか
御身通し
その御目は全てを観る事が出来る全能の者
知る事が出来る全ての事象の根源を
そのようなものは
他にいるのか
あなた以外で
という意味がある
まことに
と
云う事
ここにあるではないか
と
それは
と
して
指をさすのは
ココロ
持っているそれは
小さなパンの一切れ
それを
け
と
いはいふるわすこと
ほふりのこと
肉と種なしのパン
なぜなら
ふくらます時間が無いから
切羽詰まっている時に
何をするか
食事は大事なのですから
三日間の厄災の過ぎ越しには
三年間
30年間
40年間の準備期間が必要だった
成長するのは
必要十二分な品を
予備するため
自分自らの
内部に設える事の重要があるから
それを
NEEDSと
必要
私的な欲望して求めている対象では無い事
急ぎで何かを求める事では無い
歴史
ふみあゆみ人のその営みで
何が事象としてあったのか
出来事と人々の事例
caseを
studyする事
出来事は
無数にあるが
何を生産していたのか
品物を
詳しく検分する作業と
最善の御品は
一体
なんだ
?
と
自分のおもい
頭脳神経細胞システムを媒体として
思慮する作業
ワーキングを
一つ
一つ
アルバイト
コラボレイト
ラボラトリア
研究する
探求する仕事
事に仕える事
すべからく
須らく
査定して
検証して
臨検す
何が
それぞれの器に於いて
置かれているのか
光を照射して
見る事
観察
その指標を必要十二分用意する事
POSITIVE
光ひかりの当たるそれは
反射しておしえてくれるから
光らないそれは
光を吸収するので
見えない事だ
キラ☆キラと
輝くものが
全部
善い品物とは限らないし
それは
張り子のような品物かもしれないし
堅実
確実
たしかめること
空転した
柱は
折れるかもしれないし
自らのその両方の膝を折る事になるかもしれない
御前で
かしつく
ということ
最期の最期には
そして
人というのは
確かに
全能の神の様では無いのだと
詳しく覚えてわの頭に知る事
われさとしくし
しること
賢明の御徳様
それは
賢明という能力を理解する事で
処世術とはまるで違い
理解と云う事の
能力を
自己に
一つ
一つ
養いって
育む事
人というのは
何か?
生き物の中でも
どんなものなのか
それは何かと
詳しく
検証
検分
実験
テスト
試す事は
霊
スピリトスだから
精神そのもの
形成されてあるいまある
その者の内実にある
その果実そのもの
たしなめたいそれは
その者にとっては
何か?
あるか
と云う事
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
意図して
操作して
IMAGEのそのままの通りに工夫する事をどこまでもいつまでも希求希望
欲を丈る
欲を猛る
よくをたけること
よくたけ
欲望の積み重ねる事を三昧始終行為実践することの
人為得無徳
自己の穢れている事の心のそれを観ても
悲しみは湧かない
凍てついた心は
枯れ木の様なりて
自己願望実現の極みとなる
その願望する事の内実は
一体
なんだというのか
と
詳しく観察しようとはしないままに
そのままで行為する事の
DEMERITは
何か?
組織のある事
カンパニオン
一緒に飯を食うために労務する人々の集まり
groupのある事
SOCIAL
地域
COMMUNITY
明確な意図した仲間形成
cultもそうだ
cultは
宗教行為で一体化を演出しているし
皆同じ行動一致で同一感情を醸す装置がある事
集団形成という人の営みの一つ
わたしは信じているその対象物を
媒体にして
あつまって来た人々
魚とり
すなとりの漁師と魚の違いかもしれないし
何かを吾に我に呑み込みたいからその真っ暗闇の腹の底に納める対象物を探している次第だ
果実か
肉か
水か
鹽か
潮水の鹽
焚いて
藻塩をこさえる事
食べ物
豆を煮て鹽を加えて
醸す事
米を蒸して醸し
さか
さけ
さかけ
いやさけ
いやさしゃけ
わかささくらひこ
みつけ
御食
御饌
御餅
食べ物
五穀
クワイ
こわい
赤飯
まくらうもの
ささけるもの
ささ
け
る
もの
パン
PAN
PANI
CORPUS