mmfjtoのブログ  ~なぜなら ぼくは、どうしようもないくらい汚れ腐ってますから~ -40ページ目

江刺  和賀

ロシアがローマ帝国の両方を統合化した国として地上にあると云う事は、そのローマ帝国への反対を心に意

ロシアがローマ帝国の両方を統合化した国として地上にあると云う事は、そのローマ帝国への反対を心に意

 

一つのシナリオと云う事では無いが

 

ローマ帝国の支配でもっとも悲惨

辛苦を舐めたのは

正に

ユダヤ人と言われている人々で

国家は

無くなるから

 

 

ペリシテに配分され

パレスティナとなった次第で

 

そもそも

イブリール

ウルというメソポタミアの出身となっているが

 

その道行きの界隈を

約束してくれた

神があってのこと

 

 

その

神は

イスラエルの神であるが

 

いろいろな

受け止めの内容があって

人々の思考の結果の戒律も成果としてあるから

 

とても複雑な事象が各地にある

 

 

 

 

そこで

 

正当で神聖なるローマ

帝国を

継承する存在としての

ロシア

ルーシー

赤毛のルーシー

 

 

双頭の鷲

 

鷲は

太陽に向かって

上昇する鳥のシンボルで

権威の象徴で

 

その地上の多くの人々を

束ねる事

ファッショ

というのはその事だったけども

 

 

ローマ帝国の拠点とは一体どこに設営されていたのか

 

12人のいわゆる

聖体を

運ぶ者たち

長老

 

司教

 

教えをつかさどる者は

司牧者

 

羊たちは

どこにいっていいか

分からない

迷い

惑える

者だから

といい

 

羊を飼う者は

主人から

羊たちを

委託されている身分であって

それぞれの羊のNEEDSを適確に把握して

長子のよに

倣い

自分から

へりくだして

その羊たちの中に入りて

 

熊や

狼や

獅子などから

侵害されないように

 

その先の曲がった鉄の棒で

打ち砕くとか

 

棍棒を所持して

頭部を殴るとか

 

スリングショットの

丸い河原の小石を用意して

常に

警戒を怠らないで

番をするとか

 

 

マグナムの玉よりも

破壊する力量はあるそうだけども

 

そうした

主人と主人の委託を受けた召使いである「司牧人」

という立場であって

 

 

そこを勘違いして

偉大な

主人は

このわたしだと

司教が

おもいあがったときには

羊たちをその司教は

めしあがることになるだろうから

 

どうなるのでしょうか

 

天の主人のものを

全部

よこどりするのは

その召使であった

という

こと

 

 

これは

巻物に記事されていまして

 

 

いつの代でも

ある事象の一つ

 

 

いまの代では

一体どんな

事象が

あちらこちらと

あるか

検分

観察する事は

賢明だと

そう云う事

 

 

 

 

南山堂安居子

ARC 箱 贖いの蓋と箱 それは聖母マリアの予めの像としてあるという認知形成した事 カトリックの

ARC 箱 贖いの蓋と箱 それは聖母マリアの予めの像としてあるという認知形成した事 カトリックの

 

 

 

その長子

一番先の子

 

その子を授かった女性

 

産んだ女性

 

聖霊によりて宿す事

 

男を知りませんという女性

 

マリア

 

Maria

 

MARIYAPHUEA

 

マリス

 

海の潮の苦み

 

エジプトでヤコブの子らの末裔は

虐げが400年間あること

 

そのきっかけは

 

大飢饉が人々にあって

 

エジプトだけ

当時は

食べ物が豊富にあった

それは

ヤコブの末の子

ラケル

レイチェルとの子のJosephが

いて

宰相に任命されて

王の夢を

理解し

啓示された事を

実践していたから

 

 

その夢を理解する智恵こそ

ヤコブの礼拝してやまない父の神

アブラハム

イサク

の礼拝してきた

つまり

ともに

信頼を構築してきたその方であった

 

 

 

エジプトの王が礼拝する神々もあって

メソポタミアの人々も

地中海の各地域で暮らす人々にも

それぞれの信頼を構築してきた神々があって

 

その中でも

最強

最善

至高善である神が

一体

どの神なのか

という

壮大な問

質問があって

疑問

どの神が最高に偉大なのかという

その神々の力比べがある

 

 

何が最善なのか

 

エジプトでは

ユダヤ人の子を

大河にながしなさい

命令が下される事で

その

事を

イスラエルの神は

報復して

しまう

意固地にするために

エジプトの王を

なぜならば当時の

エジプトの王は

Josephを仲介として

イスラエル

ユダヤの神が

恩恵をもたらした事を

すっかり忘れ去ってしまって

 

自分たちの神々の栄誉を観ている事で

しかも

ユダヤ人が

大勢になると

國を乗っ取られてしまう

そう

意図して

男子の子は全部

大河に

廃棄せ

命令が

下る

 

そうしないと

 

どうなるのでしょう

 

 

 

::::::::::::::::

 

 

 

 

自分の所有物として

ユダヤ人の人々とその飼育する家畜の全部

資産として

認知していた王でしたが

 

その苦痛を体験した者たちの

声を全て

傾聴しているんだと

 

イスラエルの神は

モーゼに語る

 

 

意固地にする

として

行動をとったのは

イスラエルの神自身であったし

モーゼ自身は

40才まで

エジプトに居たが

その御

エジプト人を殺害し

逃亡して

回避する事

荒野で暮らす

 

家族もおいて

 

そこで出会うのは荒野にいた祭司の娘さんである

荒野

砂漠地帯

岩の世界

灼熱と寒冷

 

どこに井戸があるか知らないと

死を招く事

 

さまよっているのは

危険そのもの

 

 

 

エジプトに戻ると

死刑だ

 

 

そこで

80才まで過ごす

子も授かった

 

シナイ

山にいくと

燃え尽きない柴の木に遭遇する

 

 

 

そこでは

至聖所

はきものを脱げと言われて

神さまの顔も観るなと言われるし

地面に伏すしかない事だ

 

神を視た者は

即死だから

 

あまりの光のかがやけること

 

 

ゆえに

モイゼ

恐怖で一杯

信頼など

形成する安心は

無いから

 

 

 

エジプトに戻って

言を伝えてくれと

 

神は委託するが

嫌だ

誰も信頼などしてくれませんし

非常にいじけて

 

神の意向は

拒絶していた

 

あなたと共にあるではないかと

神は言を吐くが

それでも

嫌だと

そこで

アロン

83歳の兄を

迎えに出す事で

承服した結果

 

それは

モイゼは

発語する事が

なかなか難しい

 

説明する事がとても苦手であって

スピーカーが

兄のアロン

 

姉は

マリジャム

 

マリアという名前

 

箱舟の事でもある

 

 

 

海にある神さま

 

箱舟に乗っている

先導役

 

あの頂を目指して

と云う事かもしれない

 

地上は

人々の心から

善を排除する事に

喜びをもってしまって

長くあって

100年間

箱舟を作りなさいと

意向をしめすことから

 

アスファルトで

防水の処置をして

 

大きな

三段の船を

完成させた

 

地上は止まない水

大洪水で

全て

洗い清め

流されてしまう

 

 

肉体を侵害し

生命を破壊する事を

悦ぶというのはどうしてなのでしょうかね

 

 

 

 

 

生命を

贈る者としての神さまは

どう

人々を思うか

 

神を像を利用して

人々から

金品を横取る事をして

人々を困窮させる事をしている祭司たちなど

 

 

生命の保持する事に

支援を提供すことはしないで

 

 

全て自分の物だぞ

その地上の全部を

神の名前を利用し

わが物にしようと企みを

内在させている祭司などは

どうだろう

王として

存在したときなど

 

軍隊を用意して

自らの意向に歯向かう者たちを

懲らしめる

 

 

などする事は

どうしてだろうか?

 

どこまでも

その私的な我欲の願望を

実現することに

意欲を傾け

全てを投資する事は

なぜなのでしょうか?

 

 

そういう大王

人々が選択した時は

どうするか

 

あの大王から

にらまれたくない

殺されてしまう

とか

意図するので

正に

恐怖という権限を利用して

統制する人心を

 

操縦して

自分の頭脳神経細胞システムのIMAGEした

ORDERを具現化し

自己の偶像を

信じ込むと云う事になる

 

それと

イスラエルの神の意向とは

一体

どんな内容なのでしょうか

と云う事

 

善悪二元論と云う事では無い

勧善懲悪

と云う事でもない

 

生命

いのち

を実際に

喜悦とする事を

体験してもらうための

促しを

それぞれに

贈り物として

手配している

 

次第だ

 

 

 

どんなものの中でも

いのち

そのものは

最善徳だという

立証を

個人

個人は

その存在自体を媒体にして

証明する事

 

その支援と云う事

 

 

 

それは

しつかにしつまり

静寂の内に

心臓が鼓動してRHYTHMを刻む事でもあるし

 

血という液体は

なにから形成されて

素材はなんであるのか

 

そして

その束になっている

いろいろな管があって

皮膚は

それを

覆う

 

 

なぜ

人と云う存在が

地上にあるのか

 

それは

天主に似せてこさえた

という理由があること

 

 

 

 

そのようにして

 

善徳を

似せて

こさえている事の意義とは

何でしょうか

 

 

イスラエルの人々とは

何を天主から

期待されて役目があるのか

 

多くの他の民族の一人一人の身代わりになり

天主にその恩恵を

せいめいのそのものは最善であり喜悦であるんだということの

それを

知らせる事

 

贈り物として

 

 

 

いのる

司祭とは

つねに

天主の顔を

観ている者だ

同時に

その恩恵は終わりの無い事

最善の品物

その者とは

父の一人子を

マリアという

女性を仲介して

地上の全ての人々に

贈り物として

おくって

しかも

糧として

差配している事

 

永遠の生命の糧

いのちの源を

と云う事であるから

 

 

死を過ぎ越す事を

父と子と聖霊の三方は

証明している事で

 

それを

見聞きしました

というのは

 

当時

いまから

2000年前に

ローマ人もあるし

北アフリカからの人々もあるし

メソポタミアからの人々もあるし

近隣諸国の人々もあって

世界都市

 

エルサレムの城塞にまいっていた人々が

みたこと

きいたこと

であった

といこと

 

ローマ帝国は

地上で素晴らしい技術を保持し

軍団の兵士たちが

各地で

貢献してきた事実もある

 

ネオローマを構築してきた

 

それと

ローマ人でも

Nazarethのイエシュアを

受け止めて

その意向を知る事を実践した者もあって

300年ほどの経過で

 

ローマ帝国は

大王として

Nazarethのイエシュア自身を

迎え

 

ローマ市民の保護者として

Nazarethのマリアをその頭上に冠を捧げた

 

 

 

 

大きな魚の腹の中に飲まれた

小さな魚たちは

どういう糧となったか

と云う事

 

暗喩

メタファー

 

 

 

 

南山堂

 

 

南山堂