mmfjtoのブログ  ~なぜなら ぼくは、どうしようもないくらい汚れ腐ってますから~ -2ページ目

そのままである、このままである、いまのそのままの我 吾 安吾 同時に状態は変化している

社会というのは

操作する意図を人にせわしなく想起させてしまう

それが

社会そのもの

 

自然とか

天然の土台の内側から

芽を出した

その存在というのは、

 

のきぃのきと

天空に上る塔のように

 

なぜ

スツーパ

そうして

高い高い塔にしたのだろうか

 

 

まるで

 

山の無い地平のど真ん中にあるからこそ

 

 

骨のように

立つそれ

 

 

 

 

 

神の像とか

仏の像とか

 

女神の像とか

 

多きな生物とか

 

大王の像とか

 

 

人々を

圧巻する

その偉大な存在を

証明してしまうそれは

 

 

正に

人のよわさでは動かせないその存在のシンボル

 

何か

加工して

自己のIMAGEの通りに工夫しないと

気が済まないのは

なぜなのだろう

 

 

そういうデザインが

そんなに

重要なのではないのに

 

 

 

 

いのちを

DESIGNするものなどあるだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

そもそも

自分自身と共にある

いのちは

自分とともにあることを

立証するのは

 

息を吐いている事で

知る事なのだから

 

 

そうして

 

しつまる

この肉体自身に

 

しつまり

共にあること

 

 

人の肉体は

多くは水だから

そして

炭素

窒素

硫黄

MINERAL

 

 

 

人の想起した

その世界の虚像は

確かに

今はあるけども

 

いくよの

よろつ

つみかさねた

その人々の行為の

結果であったが

 

 

それが

完全ではあることなどないことを

いつまでも

証明して

そして

いつか

その塔も

しつまる

 

 

 

 

風は吹き

 

太陽のひかりは照射して

 

 

 

夜と昼の

その煌めきと

陰の

合間

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の生活の営みのそれは

そんな

理想通りにはいかないものだ

 

どうしても

物理の現象の範囲にあるからであって

 

 

湧き出す気持ちとか

感情とか

 

もう

変える事が出来ない事など

 

どうしてあることが

重要で

大事なのか

 

最善の事

 

山のように積み

集積されている

いろいろな事の情報

 

 

それを

全て

手にして創作して

何か

新し品物を

想起して

工夫し

 

作るとしても

 

それは

存在してある事の

意義とは

一体

何か

 

生命を保持するための

一定期間の道具としての

使命とか

役目とか

機能とか

 

そういう

 

生命を保持するための

手段としての

 

一手

 

であるか

 

 

 

 

小さな小さな品物でも

 

正に

純粋であるその品物を

体験した者は

 

それ以上の善い事を

この世では

体験できないとするときには

 

いかにも

虚無だろうし

 

 

欲望の湧きだしの刺激行為ではなくて

 

いま

こうなのだ

覚え

 

そして

 

身代わりに

いのる事

 

 

 

 

 

それは

滅びとしての

存在があることによる

 

空虚な事への

充足した善徳を乞う事だ

 

 

 

まさに

餓鬼のような状態が

実は

地球上にあるもので

 

煉獄と云う事は

 

ピュアガトリというが

 

 

浄化するとは

 

その

善徳で

自己を充満する事を

希望し

希求する事を

いつまでも

そうであることを

いのることだ

 

 

 

 

 

南山堂

 

 

 

 

 

 

 

左手と右手

分からない

よに


右手は

左手


左手は

右手に







溝ある谷間を

越えて


越える



あちら

ここにある手


手ら




わたしから

向こう、


むかい


同じく


距離は


端にかける


アーチ


ARK



性質は悪しき ヨシ無し 善い品物とは いのち そのもの

人にある

備えられてあるは



肉体

頭脳神経細胞システムと各部位の臓器類

精神運動機能

電子の作用による意識化

計算

揺らぎのある物理現象


心の生成


認知の機能


知ること


もの


わたしを

知ることに

いたる



よわい、


よわい


はかない

存在だ


小さな

小さな


生きることさえ

辛辣に

現実は

厳しいと



誰もたすく

ものは

いないだろうか、




いのち

というものは



よわい

から


それが

あし

こと

では

ないだろう


つよさ

って

何か?



腹減らしてる人のある時


我が身を

切り

我が身を

與える


ほどこし


施療


空腹は


飢え



存在自体に

善いと

認知してあるなら


いつまでも

しあわせ

であろうから


いのち

共にある

肉体

わたし自身という存在



我から湧き出す欲と

あらゆる人にある必要とする要件



欲求とは


求められている基本的な御品物は

全て善い品物だけだ



善い品物は基盤にあり

善い品物を侵害する品物を求める行為は欲



当たり前にある善い品物は

はかない


よわい


すぐ

力の投資は加重にいたるなら

力の使い方を行き過ぎたら


人自身を

自己の所有品と

無意識で

認知してしまうなら


侵害してしまうだろうから


対象を


故に


傷はつけてしまう



意識化する意識は


対象である人を

大事


存在自体


大事と

よろこふるか

どうか



何故なら

はかない

いのちが

宿るから



同じ

いのちは


通用



普通


あまねく

あらゆる人に

ある


いのち



一人

一人にある


よし事

よしなし事



何か?



あらゆる人は


完全に善い者では無い


わたしは

善い者だぞ

正義者なんだぞ

常に

正しい人間なんだ


自己自身を

自分から

信じ込み

そうでないなら

ゆるされないんだ

思い込むなら


とたんに


あしき事を

識別できる能力を失ってしまう


意識している自己イメージは


常に

完全な者だから


それがいま

ある

なんて

思い込んだら


どうなるか


これこそ

人の

はかない


あまりにも


そういう


揺らぎのさま

そのものを


実証してある


という事



故に

善徳と

良好と

また

よし

あし

よしなし


まぜこぜにしないように

注意して

認知作業は必要


自己覚知の作業は

いそぐな

あわてるな


感情や気分による

かたむきにより

物事は

判断すな


事実を

誠実に

受け止める力を

自分から

育む

養う



という行為

目的

意図






南山堂