mmfjtoのブログ  ~なぜなら ぼくは、どうしようもないくらい汚れ腐ってますから~ -116ページ目

PESSIMIST PESSIMISM 

François-Marie Arouet

 

 

腐敗している状態を維持するエクレジア

 

教会

 

ローマンカソリック

Catholic

 

普遍の教えを知るための会とか言ってもいいが

 

SACRAMENTO

 

サクリファイド

 

犠牲を奉献した後の事だからです

犠牲とは

そもそも

オスの一歳に満たない仔羊を

いわゆる長子を

先に

天にまします

神自身に

奉納し

奉献し

全部

 

祭壇

 

屠りまして

焼く

 

 

その薫香を

神の二つの鼻の

穴に

届けること

 

それこそ

感謝

 

いまでいいますところの

祈りの香り

 

御香

 

 

それらは

とても良い薫りだと云う事だ

 

 

その行為とは

人々が

神を認識した時点から

そうして

多くの動物たちも

また

選ばれた高貴なくらいの子息をも

奉献する行為をしている次第であり

儀式としても成立し

 

それは

神の怒りをやわらかにする狙いと

目的もある

 

 

怒る神は

人々が

悪事を悉く

展開するからこそ

という

理念を形成したのですし

 

 

疫病

自然にある災害

地震

雷雨

大風

 

日照りの続く事で穀物が育たない

昆虫の大量発生で全て喰われてしまう食糧

 

大雨大洪水

 

そして

戦争

 

飢饉のあることなどで

人々は

食糧の争奪戦

 

領土

いかにも良質な土地を求めていることでの

争い事

 

豊かな生活を求める希望のような嫉妬心

 

 

神のIMAGEを膨らませて

いつまでも

楽園のような處で暮らす事を強烈に求めて止まないので

他の人々を奪い取り

命をがほしければ奴隷として生きなさいとか命令する権限を

剣をもって示すし

 

 

 

殺されたくないなら

命令に従えと

 

威厳を示すし

 

それは

神が命令しているんだぞ

 

勘違いするし

 

どうして

平和

とか

平安が

出来るでのでしょうかね

 

英雄を神は用意はしていないのにね

となる

 

どこまでも

宗教政治を保持したいからこそ

 

神の代理人として

統治者だとか

うわごとをいいまくる

 

本来そうであるなら

 

どこまでもどんな人にも

神自身を

運ぶ人であるはずなのに

 

高い山の頂

の者のように

 

人々を集団化して

統制しようとする者だからこそ

 

その力は

誰からいただいたか

疑問が

生まれる

 

 

 

 

 

 

化けた者の正体であるのに・・・・・。

 

 

 

 

 

 

 

それに

憧れを持つ事自体

酔い

 

自己陶酔の典型だ

 

我こそ

没落したこの民族の救い主だぞ

 

なんて

いうのだから

 

はずかしげもなく

 

 

 

そして

その者は

不安を内在させて

自力では生ける事を無理だと知るのに

 

自覚はあっても

 

見栄はあるので

 

自惚れでは無い

 

自己憐憫こそ

究極の自滅の根源とたしかにしり

 

その時こそ

恐ろしい

恐怖の大王のような者として

 

みなを巻き込む

その事に

最期の力を振り絞るので

 

正に

 

とてもとても

気の毒の種子を

自分で

そもそも

はやいうちに

呑み込んだ証拠なのです

 

 

はやく

気が付く事があったかもしれないが

 

自己にある願望成就にどこまでも執着して

自分から自由を拒否してしまっているその状態すら

自覚しないのです

 

 

cultの正体

 

 

 

 

 

自分の願望をどこにいても成就し

達成したがるので

 

それでは

本来の

意図とは

まるで違う

結果を

受け止める事に成るのに

 

 

 

ライトニング

 

 

何を光らせているのか

その光の正体も知らないのでは

 

人にある理性とかいいますけども

どこまでもそれが

信である事では無いのですし

 

 

確実に完全に善い物事では無い

 

揺らぎがあり

幅があり

波のような羅列である事は

現象を詳しく観察して

観覧したら

 

事実として

ゆらぐことなしで

受け止める事は

可能なのですから

 

それに

ささえ

たすけ

のあることが

本来

 

必要

ニード

NEED

 

 

ウオンツでは無い

 

 

NEEDS

 

 

 

いろいろな必要である物事はあるのですし

 

基本

基盤

標準

普遍

 

ユニバーサルとか

UNI

VERSA

 

 

 

統合化する

インテグラは

自分にある

いろいろな諸要素を

一つにして

それを

臨機応援に駆使できる必要十二分な柔軟である能力そのもの

 

それこそ

養う

 

育む事

 

価値ある事の一つ

 

 

 

 

であるから

どんなに

傷を受け止める事で

 

それに

倒れるとしても

また

起きる事

 

これ

 

複生

本来の意図ですし

 

 

 

意固地である事では無い

 

むしろ

もっと

繊細に柔軟さで

生きる事を

保持する事こそ

賢明

 

智慧

 

 

 

Sophiaのその神髄

 

 

なぜならば

 

生命そのもの

VITA

 

とは

何か

とは

一人

一人に

共に

いまあることを

 

 

信である事だから

 

LOGO

のそのものですし

 

THEO

 

T

 

と云う事の

それなのですし

 

それを

 

ヘレニストは

 

GREECE

 

 

という地域の人々は

 

思考

考えて

観察し

理解を深めた

 

 

 

 

 

 

 

対話

 

 

問答

 

 

プシケ

とは

 

PHUESICE

 

 

METAPHYSIC

 

 

PHYSICAL

 

 

形而上とか漢字で表記しても

ぴんときませんしね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物質物理と共にある何か

それは

 

 

霊とかいう漢字でも

本来は

意味が間違うのです

 

 

そもそも

人自身に

生命そのものを

解明する能力も力量も無い事は

既に

証明で来ている次第だし

 

 

 

一度失った生命を

また生かす事など出来る事は無いのです

 

それが

確実な証拠品なのです

 

 

 

どんなに祈り

 

宣言

 

しても

 

無理は無理だと

知る事こそ

賢明な事

 

それを

奉献してあるが如しで

納得でき

満足できる能力こそ重要なのです

 

 

と云う事を

 

顕現したのです

 

唯一の神が人になった者は

 

 

 

 

南山堂

 

人自身がどんなに努力を投じても永遠に生きる事など出来る事は無いのですから・・・。

人自身がどんなに努力を投じても永遠に生きる事など出来る事は無いのですから・・・。

 

それについて

いちいち嘆いても

全く無駄で

自己憐憫の極みとなるでしょう

 

 

自分にあるその限られている能力を

どうつかうのか

一体

何のために投資するのか

査定して

価値化して

ASSESSMENTする技法を獲得して

実践している事が

 

賢明だ

 

 

そのためには

最善の御品物を

はじめから

おわりまで

詳しく知って理解している事

必要十二分

 

 

 

それこそ

知恵とか云う事のそれ

 

 

メリットって

一体

何か

 

 

いつか

どうせ

人の肉体は亡ぶ

滅び

 

入滅するのですし

 

そして

ホントに

一瞬も間も無い

瞬き

またたきの間も無いその

さよならも云う間もない

あっという間も無い

その時の間

 

 

全く図る事なども出来ない

作為も出来ない

 

 

人の能力の及びもしない事なのです

 

ある人は

ある人を

狙い

殺意を抱き

実行に移して

それを達成したとしても

その人の能力というのは

限られているのですし

 

 

 

存在自体を消滅させる事は

絶対に無理なのです

 

肉体は死んでも

情報

その個人の存在した事実自体は

 

永久に

いつまでも

残存するので

 

 

誰かが

おまえのようなものはい無くなれとか希望して

意図しても

それは無理

 

 

人類そのものが

地上から

失せても

 

人類の

一人

一人が

あった事は

消える事はまず無いのです

 

なぜか

エネルギーとしては

変化ない量である事もあるが

 

 

それと同時に

 

存在自体が

ある事自体が

 

人にある知識では

なんとも出来る事は無いのです

 

 

精子と卵子を創造したとか

人工作で

人が人を構築したんだ

 

いくら

ほざくことをしても

 

それは

単なる技術の問題であって

 

いかにも

万能者のような錯覚

錯体としての存在でしかないのです

 

そこに

一見

偉大な能力の真似事が

展開してあるだけで

 

いかにも

自分の権能を

ひけらかすかのような

自慢かもしれない

 

そもそも

 

生命を単純に道具化しているとして

人自身も

その行為自体が

そうだとするならば

その行為を選択した者は

ナルシシズムの典型かもしれないし

同時に

 

MATERIALISM

を主として

アディクトするだけかもしれない

 

 

病苦

身体の機能の支障

 

内臓器の不調とか

 

全部置換で

臓器の移植で

長命をしているとしても

 

いつか

その者の肉体自体は

崩落し膝を折る時は来るであろうから

です

 

 

永遠の命をもしも

完全に喜悦をしらないままに

得ても

 

それは

そもそもの不幸のはじまりとなるであろうことは

今でも推察できる事で

 

 

もしも

人自身が

何度でも

生き返る事

蘇る事

複生は簡単で

スイッチで

出来るなら

 

それは

確かに

人を殺し合うゲームを愉楽にしてしまうであろうことは

戦争ゲーム

実際に

戦争ゲームを観て観たら理解できる

 

 

そこに

 

今までの

人類の人と呼称している人の内実の

現実が如何にも投影されている次第だし

 

どれほどの悲惨かを

理解しているはずなのに

どうしても

それを好ましいと

思う時は

一体

なぜその事を選択するか

 

そもそも

 

快楽物質とかいうものが

頭脳神経細胞システム内での

内分泌の現象があって

 

それに条件付けという事であるならば

 

 

そこを

orderするそのものは

一体何かであるので

 

 

何か

理由を合理的な感覚で

附随しているなら

 

それは

動機をつける事では無く

単なる

頭脳神経細胞システムからの強制のような命令を

抗う事ができかねるからこそ

 

何か

正統な理由

正当な事として

神聖である事など

 

かこつける

神などをそもそも人自身の知恵で工作してしまうのですから

 

 

そこに

人の悲しさの原点があるようです

 

 

 

 

 

それは

cult

 

カルチベイト

 

 

 

土地を石ころを拾い上げて

原野の木を切り倒す事で

 

牛馬に

使役を命令し

飼いならし

 

そして

土地を保持し

 

肥沃である事を

維持し

 

食べる穀物などを

育成するという

操作する意図があるからこそ

 

 

確かに

太陽は

神様の化身のようであるし

 

月も

星々も

 

何か強烈な威力を保持し

 

われわれを

観ているように

おもえるかもしれないし

 

きらびやかな

衣裳とか

冠を

頭上に纏いあげて

 

権威を示す行為そのものは

 

他の動物たちが

 

番としての

組み合わせを

する時の

命令のようでもあるし

 

 

世界を構成している

ことわり

を探る時に

観察して

発見する

出来事

事象を

観ると

 

どうでしょう

 

 

喩えというその行為を知る時に

 

仮にも

という

例えばと云う事で

それらを知る事

理解

ことわりを

かいすること

その仕組みを全て知る事

 

受け止める事

という行為こそ

 

正に

明確に意図してある必要十二分の道理があって

から

 

ですから

土台というなら

何をいうのか

 

岩盤のようなその

捧げ物を置く

 

うてな

 

 

それといいますものは

 

 

神聖といよりも

人の腰の高さに設定されているからこそ

であって

 

 

奉献と云う時には

 

そもそも

 

自ら

 

 

神殿とは

一体

何を云うかです

 

 

 

 

シンボリックであるそれらは

そうしてあっても

やはり

地上にある原料

物質物体を

利用しているに過ぎない

唯物主義から物を申しますと

 

何が

サクリファイドされてあるか

それそのものなのです

 

傷をつける事では無い事を

詳しく知る事です

 

 

招く

 

ここに

来て

出会い

いつまでも共にある事を

ほんとに真に希求し

希望し

達成する事を

必要

NEEDSとして

あるのか

どうか

 

 

そこ

 

 

 

南山堂

 

 

 

人が何かの新しい事を発明したとしてもそれは|0→1| 0から1の範囲内である事だし・・・。

人が何かの新しい事を発明したとしてもそれは|0→1| 0から1の範囲内である事だし・・・。

 

何が最も価値のある事か

人にとって

 

その人は存在した時はいつか

 

精子と卵子の統合化した瞬間のその時で

一つの0.1mmの玉

 

 

 

そこは

確かに種子

 

辛子種よりも

確かに小さな種子がある

 

一つ

 

 

 

 

 

 

そこから

 

鳥たちが大勢よってくる

実を生らせるとか

いうのは

一体

どんな意味であろうか

 

 

 

 

地を這う者

という事はどんな意図があるのか

 

そこにある

 

人は地を這う事は無い

 

足で踏み込む行為をする

行動も

 

 

ACT

 

BEHABIOR

 

 

作為

 

行為

 

行動

 

 

 

おもい

ことば

おこない

 

 

必ず点検する

 

 

 

査定

 

 

調査

 

 

評価

 

価値を見積る

 

 

ある人は一瞬で大金を喪失した

 

どんな人かな

 

 

条件

小さい頃苦しんだ体験を長期間積み重ねてきた

 

 

きっと大きな変化

 

 

行為によって生産した事実は

感情や気分よりも重要では無いか

 

感情や気分

 

 

野生の動物たちと

人間の違い

 

 

感情はあるか

悦ぶ事はあるか

 

喜悦

 

 

 

 

オペラント行動

 

条件付け

 

 

トークン

 

 

操作

コントロール

 

理論を探るためには観察

 

 

褒める事

誉める事

 

賞を与える事

 

ことば

おもい

おこない

 

しなもの

 

 

人をコントロールするための手法

 

栄誉

 

 

一つの投資

 

AIの構築で

倫理を学習するには支障がある

そもそも

 

 

AIの開発者は

知る事だ

倫理の事を

 

最重要である事だ

 

 

条件

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人の歴史は30万年

 

 

全人類の数

 

1170億人

 

 

 

 

 

 

チェルノレス文化 - Wikipedia

以下はWikipediaから参照

 

『チェルノレス文化の特徴
地球上で最も肥沃な、いわゆる黒土地帯と呼ばれる地域にほぼ一致して広がっており、穀物栽培が盛んであった。集落は城塞でない開けた構造のものと、丘の上に築いた城塞の2つの種類がある。城塞型は盛り土による防壁や環濠で守られていた。家屋は大半が地上式で大家族が住めるよう大型(縦6メートル、横10メートルほど)で堅固な作りとなっている。斧は石、青銅、鉄で作られており、武器は青銅のものが大半。装飾物は青銅製で、工具は鉄製であった。また、馬具も鉄製でその意匠はこの文化独特であった。馬を大切にし、愛馬が死ぬとその葬儀をも行っていた。

人の埋葬については、初期は様々な規模のクルガン墳墓(古代ユーラシア大陸中緯度地域独特の墳丘式墳墓)を築いて土葬していたが、のちには荼毘に付したあと集団墓地に埋葬する火葬が一般化した。この火葬の習慣についてはヘロドトスも 農耕スキタイの習慣として言及し、さらにその話の中で出てくる地名と初期スラヴ人の河川名とが一致している。そのためこの文化はスラヴ人の初期文化、ないしはのちにスラヴ人の基幹となる集団の先祖の文化のうち主要なもののひとつであると推定される。

遺跡から出土する様々な金製品の特徴から、遊牧系スキタイ人との密接な接触があったことは明らかである。またさまざまな借用語や河川名は、もとはイラン語群の言語から来たものであるため、遊牧系スキタイ人がイラン語群の言語を話していたとすれば現在のスラヴ語派やバルト語派にみられるイラン語群からの強い言語的影響はこの時代の人々の遊牧系スキタイ人との接触によるものであると推測される。』

 

以上はWikipediaから参照。

 

 

hippophile91.pdf

 

以上のリンクは馬の社会性についての論文。「動物心理・行動・生態学から探る ウマの社会性 リングホーファー 萌奈美 帝京科学大学 生命環境学部」から。