PESSIMIST PESSIMISM
François-Marie Arouet
腐敗している状態を維持するエクレジア
教会
ローマンカソリック
Catholic
普遍の教えを知るための会とか言ってもいいが
SACRAMENTO
サクリファイド
犠牲を奉献した後の事だからです
犠牲とは
そもそも
オスの一歳に満たない仔羊を
いわゆる長子を
先に
天にまします
神自身に
奉納し
奉献し
全部
祭壇
屠りまして
焼く
その薫香を
神の二つの鼻の
穴に
届けること
それこそ
感謝
いまでいいますところの
祈りの香り
御香
それらは
とても良い薫りだと云う事だ
その行為とは
人々が
神を認識した時点から
そうして
多くの動物たちも
また
選ばれた高貴なくらいの子息をも
奉献する行為をしている次第であり
儀式としても成立し
それは
神の怒りをやわらかにする狙いと
目的もある
怒る神は
人々が
悪事を悉く
展開するからこそ
という
理念を形成したのですし
疫病
自然にある災害
地震
雷雨
大風
日照りの続く事で穀物が育たない
昆虫の大量発生で全て喰われてしまう食糧
大雨大洪水
そして
戦争
飢饉のあることなどで
人々は
食糧の争奪戦
領土
いかにも良質な土地を求めていることでの
争い事
豊かな生活を求める希望のような嫉妬心
神のIMAGEを膨らませて
いつまでも
楽園のような處で暮らす事を強烈に求めて止まないので
他の人々を奪い取り
命をがほしければ奴隷として生きなさいとか命令する権限を
剣をもって示すし
殺されたくないなら
命令に従えと
威厳を示すし
それは
神が命令しているんだぞ
と
勘違いするし
どうして
平和
とか
平安が
出来るでのでしょうかね
英雄を神は用意はしていないのにね
となる
どこまでも
宗教政治を保持したいからこそ
神の代理人として
統治者だとか
うわごとをいいまくる
本来そうであるなら
どこまでもどんな人にも
神自身を
運ぶ人であるはずなのに
高い山の頂
の者のように
人々を集団化して
統制しようとする者だからこそ
その力は
誰からいただいたか
と
疑問が
生まれる
化けた者の正体であるのに・・・・・。
それに
憧れを持つ事自体
酔い
自己陶酔の典型だ
我こそ
没落したこの民族の救い主だぞ
なんて
いうのだから
はずかしげもなく
そして
その者は
不安を内在させて
自力では生ける事を無理だと知るのに
自覚はあっても
見栄はあるので
自惚れでは無い
自己憐憫こそ
究極の自滅の根源とたしかにしり
その時こそ
恐ろしい
恐怖の大王のような者として
みなを巻き込む
その事に
最期の力を振り絞るので
正に
とてもとても
気の毒の種子を
自分で
そもそも
はやいうちに
呑み込んだ証拠なのです
はやく
気が付く事があったかもしれないが
自己にある願望成就にどこまでも執着して
自分から自由を拒否してしまっているその状態すら
自覚しないのです
cultの正体
自分の願望をどこにいても成就し
達成したがるので
それでは
本来の
意図とは
まるで違う
結果を
受け止める事に成るのに
ライトニング
何を光らせているのか
その光の正体も知らないのでは
人にある理性とかいいますけども
どこまでもそれが
信である事では無いのですし
確実に完全に善い物事では無い
揺らぎがあり
幅があり
波のような羅列である事は
現象を詳しく観察して
観覧したら
事実として
ゆらぐことなしで
受け止める事は
可能なのですから
それに
ささえ
たすけ
のあることが
本来
必要
ニード
NEED
ウオンツでは無い
NEEDS
いろいろな必要である物事はあるのですし
基本
基盤
標準
普遍
ユニバーサルとか
UNI
VERSA
統合化する
インテグラは
自分にある
いろいろな諸要素を
一つにして
それを
臨機応援に駆使できる必要十二分な柔軟である能力そのもの
それこそ
養う
育む事
価値ある事の一つ
であるから
どんなに
傷を受け止める事で
それに
倒れるとしても
また
起きる事
これ
複生
の
本来の意図ですし
意固地である事では無い
むしろ
もっと
繊細に柔軟さで
生きる事を
保持する事こそ
賢明
智慧
Sophiaのその神髄
なぜならば
生命そのもの
VITA
とは
何か
とは
一人
一人に
共に
いまあることを
信である事だから
LOGO
のそのものですし
THEO
T
と云う事の
それなのですし
それを
ヘレニストは
GREECE
という地域の人々は
思考
考えて
観察し
理解を深めた
数
言
文
字
対話
問答
プシケ
とは
PHUESICE
METAPHYSIC
PHYSICAL
形而上とか漢字で表記しても
ぴんときませんしね
物質物理と共にある何か
それは
霊とかいう漢字でも
本来は
意味が間違うのです
そもそも
人自身に
生命そのものを
解明する能力も力量も無い事は
既に
証明で来ている次第だし
一度失った生命を
また生かす事など出来る事は無いのです
それが
確実な証拠品なのです
どんなに祈り
意
宣言
しても
無理は無理だと
知る事こそ
賢明な事
それを
奉献してあるが如しで
納得でき
満足できる能力こそ重要なのです
と云う事を
顕現したのです
唯一の神が人になった者は
南山堂
人自身がどんなに努力を投じても永遠に生きる事など出来る事は無いのですから・・・。
人自身がどんなに努力を投じても永遠に生きる事など出来る事は無いのですから・・・。
それについて
いちいち嘆いても
全く無駄で
自己憐憫の極みとなるでしょう
自分にあるその限られている能力を
どうつかうのか
一体
何のために投資するのか
を
査定して
価値化して
ASSESSMENTする技法を獲得して
実践している事が
賢明だ
そのためには
最善の御品物を
はじめから
おわりまで
詳しく知って理解している事
必要十二分
それこそ
知恵とか云う事のそれ
メリットって
一体
何か
?
いつか
どうせ
人の肉体は亡ぶ
滅び
入滅するのですし
そして
ホントに
一瞬も間も無い
瞬き
またたきの間も無いその
さよならも云う間もない
あっという間も無い
その時の間
全く図る事なども出来ない
作為も出来ない
人の能力の及びもしない事なのです
ある人は
ある人を
狙い
殺意を抱き
実行に移して
それを達成したとしても
その人の能力というのは
限られているのですし
存在自体を消滅させる事は
絶対に無理なのです
肉体は死んでも
情報
その個人の存在した事実自体は
永久に
いつまでも
残存するので
誰かが
おまえのようなものはい無くなれとか希望して
意図しても
それは無理
人類そのものが
地上から
失せても
人類の
一人
一人が
あった事は
消える事はまず無いのです
なぜか
エネルギーとしては
変化ない量である事もあるが
それと同時に
存在自体が
ある事自体が
人にある知識では
なんとも出来る事は無いのです
精子と卵子を創造したとか
人工作で
人が人を構築したんだ
と
か
いくら
ほざくことをしても
それは
単なる技術の問題であって
いかにも
万能者のような錯覚
錯体としての存在でしかないのです
そこに
一見
偉大な能力の真似事が
展開してあるだけで
いかにも
自分の権能を
ひけらかすかのような
自慢かもしれない
そもそも
生命を単純に道具化しているとして
人自身も
その行為自体が
そうだとするならば
その行為を選択した者は
ナルシシズムの典型かもしれないし
同時に
MATERIALISM
を主として
アディクトするだけかもしれない
病苦
身体の機能の支障
内臓器の不調とか
全部置換で
臓器の移植で
長命をしているとしても
いつか
その者の肉体自体は
崩落し膝を折る時は来るであろうから
です
永遠の命をもしも
完全に喜悦をしらないままに
得ても
それは
そもそもの不幸のはじまりとなるであろうことは
今でも推察できる事で
もしも
人自身が
何度でも
生き返る事
蘇る事
複生は簡単で
スイッチで
出来るなら
それは
確かに
人を殺し合うゲームを愉楽にしてしまうであろうことは
戦争ゲーム
実際に
戦争ゲームを観て観たら理解できる
そこに
今までの
人類の人と呼称している人の内実の
現実が如何にも投影されている次第だし
どれほどの悲惨かを
理解しているはずなのに
どうしても
それを好ましいと
思う時は
一体
なぜその事を選択するか
そもそも
快楽物質とかいうものが
頭脳神経細胞システム内での
内分泌の現象があって
それに条件付けという事であるならば
そこを
orderするそのものは
一体何かであるので
何か
理由を合理的な感覚で
附随しているなら
それは
動機をつける事では無く
単なる
頭脳神経細胞システムからの強制のような命令を
抗う事ができかねるからこそ
何か
正統な理由
正当な事として
神聖である事など
かこつける
神などをそもそも人自身の知恵で工作してしまうのですから
そこに
人の悲しさの原点があるようです
それは
cult
カルチベイト
土地を石ころを拾い上げて
原野の木を切り倒す事で
牛馬に
使役を命令し
飼いならし
そして
土地を保持し
肥沃である事を
維持し
食べる穀物などを
育成するという
操作する意図があるからこそ
確かに
太陽は
神様の化身のようであるし
月も
星々も
何か強烈な威力を保持し
われわれを
観ているように
おもえるかもしれないし
きらびやかな
衣裳とか
冠を
頭上に纏いあげて
権威を示す行為そのものは
他の動物たちが
番としての
組み合わせを
する時の
命令のようでもあるし
世界を構成している
理
ことわり
を探る時に
観察して
発見する
出来事
事象を
観ると
どうでしょう
喩えというその行為を知る時に
仮にも
という
例えばと云う事で
それらを知る事
理解
ことわりを
かいすること
その仕組みを全て知る事
受け止める事
という行為こそ
正に
明確に意図してある必要十二分の道理があって
から
ですから
土台というなら
何をいうのか
岩盤のようなその
捧げ物を置く
臺
うてな
それといいますものは
神聖といよりも
人の腰の高さに設定されているからこそ
であって
奉献と云う時には
そもそも
自ら
神殿とは
一体
何を云うかです
シンボリックであるそれらは
そうしてあっても
やはり
地上にある原料
物質物体を
利用しているに過ぎない
唯物主義から物を申しますと
何が
サクリファイドされてあるか
それそのものなのです
傷をつける事では無い事を
詳しく知る事です
招く
ここに
来て
出会い
いつまでも共にある事を
ほんとに真に希求し
希望し
達成する事を
必要
NEEDSとして
あるのか
どうか
そこ
南山堂
人が何かの新しい事を発明したとしてもそれは|0→1| 0から1の範囲内である事だし・・・。
人が何かの新しい事を発明したとしてもそれは|0→1| 0から1の範囲内である事だし・・・。
何が最も価値のある事か
人にとって
その人は存在した時はいつか
精子と卵子の統合化した瞬間のその時で
一つの0.1mmの玉
そこは
確かに種子
辛子種よりも
確かに小さな種子がある
一つ
そこから
鳥たちが大勢よってくる
実を生らせるとか
いうのは
一体
どんな意味であろうか
地を這う者
という事はどんな意図があるのか
そこにある
人は地を這う事は無い
足で踏み込む行為をする
行動も
ACT
BEHABIOR
作為
行為
行動
おもい
ことば
おこない
必ず点検する
査定
調査
評価
価値を見積る
ある人は一瞬で大金を喪失した
どんな人かな
条件
小さい頃苦しんだ体験を長期間積み重ねてきた
きっと大きな変化
行為によって生産した事実は
感情や気分よりも重要では無いか
感情や気分
野生の動物たちと
人間の違い
感情はあるか
悦ぶ事はあるか
喜悦
オペラント行動
条件付け
トークン
操作
コントロール
理論を探るためには観察
褒める事
誉める事
賞を与える事
ことば
おもい
おこない
しなもの
人をコントロールするための手法
栄誉
一つの投資
AIの構築で
倫理を学習するには支障がある
そもそも
AIの開発者は
知る事だ
倫理の事を
最重要である事だ
条件
人の歴史は30万年
全人類の数
1170億人
以下はWikipediaから参照
『チェルノレス文化の特徴
地球上で最も肥沃な、いわゆる黒土地帯と呼ばれる地域にほぼ一致して広がっており、穀物栽培が盛んであった。集落は城塞でない開けた構造のものと、丘の上に築いた城塞の2つの種類がある。城塞型は盛り土による防壁や環濠で守られていた。家屋は大半が地上式で大家族が住めるよう大型(縦6メートル、横10メートルほど)で堅固な作りとなっている。斧は石、青銅、鉄で作られており、武器は青銅のものが大半。装飾物は青銅製で、工具は鉄製であった。また、馬具も鉄製でその意匠はこの文化独特であった。馬を大切にし、愛馬が死ぬとその葬儀をも行っていた。
人の埋葬については、初期は様々な規模のクルガン墳墓(古代ユーラシア大陸中緯度地域独特の墳丘式墳墓)を築いて土葬していたが、のちには荼毘に付したあと集団墓地に埋葬する火葬が一般化した。この火葬の習慣についてはヘロドトスも 農耕スキタイの習慣として言及し、さらにその話の中で出てくる地名と初期スラヴ人の河川名とが一致している。そのためこの文化はスラヴ人の初期文化、ないしはのちにスラヴ人の基幹となる集団の先祖の文化のうち主要なもののひとつであると推定される。
遺跡から出土する様々な金製品の特徴から、遊牧系スキタイ人との密接な接触があったことは明らかである。またさまざまな借用語や河川名は、もとはイラン語群の言語から来たものであるため、遊牧系スキタイ人がイラン語群の言語を話していたとすれば現在のスラヴ語派やバルト語派にみられるイラン語群からの強い言語的影響はこの時代の人々の遊牧系スキタイ人との接触によるものであると推測される。』
以上はWikipediaから参照。
以上のリンクは馬の社会性についての論文。「動物心理・行動・生態学から探る ウマの社会性 リングホーファー 萌奈美 帝京科学大学 生命環境学部」から。