家庭教師であるという事。 -41ページ目

思春期の悩みの一つに親との距離の取り方があります。

中学生くらいの思春期になると
自我というものに対し、表現することに少し戸惑いを覚えます。

小学生の低学年の時みたいに
ストレートな表現ができなくなります。


中学生くらいの自分というのが、
一番、何者なのかがわからなくなる時期です。

チェックもう、子供じゃないという主張。
チェック異性も気になってくるけど、どう表現していいかわからない。
チェック理由のわからないモヤモヤ感
チェック率直に表現することができず、思いとは、反対の表現をしてしまったりする。

などなど

自分の中での葛藤が始まっているわけです。

そこで、ご両親との間に少し溝が生じることがあります。
これは、特に男子生徒によく見られます。

これは、この時期特有なものですが、なぜなのでしょうか!?

私の今までの経験で端的に書きますと、(実際のケースは、千差万別で書ききれないので)
これは、ご両親、特に母親の庇護下から、
一歩外に歩みだそうとしている過程である。

ということが言えます。

しかしながら、現実的には、
どっぷり、ご両親の庇護下にあるわけで、
このジレンマが、母親に対する反抗的な態度に変わったりするわけです。

この時期、非常に傷つかれるお母さんが多く、
よくご相談に乗ります。

そんな時、生徒には、このような話をします。

「もし、今、お父さんお母さんが、君の元から居なくなって、
自分一人だけで生きていかなくてはならなくなったとしたらどうする?」

「・・・・・・・・。」

生徒はたいてい口籠ります。

「ご飯を食べられるのは、誰のおかげ?高価な陸上用シューズを買ってもらえるのは?」

「僕は、こうして家庭教師としてここに呼んでもらって、
                   君と一緒に勉強できることを感謝している。」

「表現するのは照れ臭いかもしれないけれど、感謝の気持ちを持つことは、大切な事だよ。」

という話をします。

すると、生徒さんのやる気を誘発することができたり、
親子関係の改善にも役に立ったり、相乗効果が生まれることがあります。

『あたりまえ』という発想から
『感謝』 という発想の転換をはかるわけです。

これは、大人の社会でも十分に必要とされている発想なのではないかと思います。

私は、世の中を生きていくのに
『感謝』 という気持ちを持ち続ければ、
きっと、しっかりと生きていけると信じています。


だから、このブログの読者登録ボタンには、
感謝の文字を入れているのです。

人材を活かす。

人材の活かし方には、
様々な方法があります。

基本的には、
人というのは、適材適所、
能力や適性のあったところに配置されることが、
もっとも能力を引き出しやすいのだと思っています。

自分の能力や適性に気付かずに配置されたところで、
能力が開花したという場合も、それは、適所にはまったということになります。

適材適所にはまるためには、自分の中の見極めと、
適正な評価を下してくれる人材に巡り合い、
そして、適所がなければなりません。

私は、前職の会社でこんなことがありました。

いくつかの営業所を統合し、
2つになる。

1つは、もとからある営業所、
2つ目は、30億くらいかけて新調した新しい営業所
この2つの現場の全てを任されることとなりました。

・営業所ごとに違ったルールの統一。(マニュアル作りなども含む)
・20歳代前半から、60歳代の人材の配置、教育。
・他社との折衝

などなど、統合、立ち上げという業務全般について、
意思決定から、施行、運用までを担い、軌道に乗せたわけですが、
ここで問題になってくるのが、人材です。

この職場、課長、係長クラスの名ばかりの役職を背負った人材以外、
定年後の再雇用で来ていた人や、ほかの職場からNOを突き付けられてきた人材、
それに、準社員、派遣社員の20~30代のそれまで、私が、仕込んできた人材、

最低25人は、必要な職場を減らされて、10数人で切り盛りしていかなくなりました。
大変苦しい状況での船出、絶体絶命に近い状況です。

役職付きは、50オーバーで全て、仕事に対して後ろ向き、
若手は、文句も言わず、一生懸命やる人材ばかり、
立ち上げから、運用をどう回していくかを考えたとき、

「役職にこだわっていては、この場はしのげない。」

これでした。


統括としての私がいたわけですが、
持ち場がふたつなので、
もう一人、職場を引っ張ってくれるリーダーが、
必要でした。

そこで、私は、能力としてフラットに見たとき
誰が、一番適任かと考え、
そこで浮かんだのが、どんな状況にも耐え、
我慢を繰り返し、それでいて、きらりと才能の端緒を発揮していた
派遣会社のFくんでした。


関係各所、現場に説明し、彼を抜擢し、
彼を責任者として据えました。

つまり、能力と、忍耐力をも兼ね備えていなければ、
乗り切ることができないということから、
立場を乗り越えての大抜擢でした。

結果、それが、大成功で現場に混乱はなく
スムーズに軌道に乗せることができたわけです。

私が、職場を去る時、飲み会で、F君は、
大粒の涙で、私に応えてくれました。

私が、彼を抜擢し、彼もそれに応えてくれて、
そして、人と人との絆が、大きな仕事を成し遂げられたわけです。

人材というのは、活かすもの

であるということを私は、常に思うのです。






物質的な充足感から生まれる子供たちの能力の疎外

私は、週末、少年野球のコーチをしています。

そこで大いに感じることが、
ありますので、ここに書きます。

野球には、道具を使います。
グローブ、バット、スパイクなど、

子供たちも道具をそれぞれ持っているわけですが、
小学校4年生の野球道具にしては、
高価なものがずらりと並んでいます。

場合によっては、大人の道具よりも高価なものを
買い与えておられる親御さんもおられます。

私は、その光景に違和感を覚えます。

野球を学びだして間もない子供たちに
そのような道具が、必要なのか!?

私の子供のころは、
プラスチックバットがあればよいほう。
竹を切ってきて、バット代わりにしたり、
学校の掃除道具を使ったり、
グローブなどは、子供用を使っている子供など
ほとんどいませんでした。

物質的に満たされないということは、
工夫を生み、想像力を育みます。

問題は、いったいどこにあるのでしょう。

子供に対し、物質的な優位性を示そうとする
親御さん側にあるのです。

まだ、ルールもはっきりわかっていないような子供に対し、
大人の使っている道具よりも高価なものを与えているアンバランスさに、
まったく気づかない。
これは、まさに、親のエゴに匹敵するものだと思います。

野球というスポーツから、何を学ばせたいと思っているのか!?

これは、家庭教師先でも同じで、
物質的に充足しているご家庭のお子さんのほうが、
学習意欲がありません。

これは、顕著です。

多くの物を買い与えることによって、
お子さんの想像力を失わせていることに
気づいてもらいたいと切に思うのです。