家庭教師であるという事。 -25ページ目

参った~!!

先日、子供たちが、
私の車の周りで遊んでいて、
後ろのガラスを見事に割られました。

ネットで調べてみると、
ガラスを発注するより、
ドアを一枚換えたほうが、
早いことに気が付き、
昨日発注し、
明日到着予定です。

商品は、
山口県からのお取り寄せ、

今頃、どのあたりを走っているのかな~。


明日、大雨が降らないことを祈ります!
おやすみなさい。






食べ物の好き嫌い

食べ物の好き嫌いは、
昔からささやかれていることです。

私は、幸い世の中の食べ物で、
(食べ物ですよ!)食べられないものはない、
というくらい好き嫌いがありません。

たいてい、何でもおいしくいただけます。

小学生の時を思い浮かべると、
牛乳が飲めない、給食で食べられないものがあるとなると、
みんなが掃除をしている最中まで放置されて、
飲める、食べれるまで、帰れない、そんな勢いでした。


随分ひどい感じでだったと思い起こせますが、
我々の子供の時は、実際こんな感じでした。


『何でも食べる子、元気な子!』

みたいなキャッチフレーズのもと、
好き嫌いをなくすべき、
という風潮が、学校内にもあったように思われます。

このことの是非については、
賛否両論あると思いますが、
私の食べ物の好き嫌いに関する考えを書きます。


昔に比べ、好き嫌いがある人たちが、
むしろ、当たり前のようになってきています。

食べられない、食べようとしない、食べたくない。
(中でも、アレルギーなどをも持ちの方は、仕方がないと思います。)

大人から、子供まで、けっこう、私の周りは、
当たり前のように聞こえてきます。


食べ物というのは、
命をつなぐ糧です。

食べるということは、
自分の体内に取り込むということですので、
食べ物を受け入れなくてはなりません。

受け入れるのです。

受け入れないということは、
つまり、人が、
生きていくために必要な栄養素を、
何らかの理由で拒絶しているわけです。


だれしも、1種類や2種類、苦手なものもあるかと思います。

しかしながら、食べ物に対し、
好き嫌いがあまりにも多いということは、
思考方法や、性格形成において、
大きな影響を及ぼすものだと考えています。


食べ物の好き嫌いが多い人というのは、
私の経験上、自己愛が強く、他人を容易に受け入れない、
比較的、偏った性格の人が多いような気がします。

自分が、嫌いだから、受け入れない。

この発想は、食べ物において、端的に言い表せますが、
人生においても、同じような発想をどうしても持ってしまいます。

誰かのお家に招かれて、
そのお家が、最高にもてなそうと用意した料理を
嫌いだといって、手を付けないことの、
失礼さに気づかない。

招いた側の気持ちを台無しにしてしまう。

一生懸命作ってくれた料理をおいしい、おいしいと言って、
食べれば、作った人もうれしいし、食べるほうもうれしい。

食べ物というのは、人と人とをつなぐ、
大切なものでもあります。

どこからか、
「食べられないものは、しょうがないじゃない!」

と聞こえてきそうですが、

そこを、
少し、
考えてみてください。



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想像力の扉 補足

想像力をかき立てる原体験、
これが、大切だと書きましたが、

もう少し補足します。

なぜ、なのかを少々。

視覚、聴覚、臭覚、触覚、味覚、

五感が、震えるわけです。

新しい体験を積んでいくと。


家に閉じこもっていたり、
行動範囲が、限られてきてしまうと、
五感が、慣れてしまって、鈍くなってくる。


そうすると、想像力を触発してくる五感が、
いい具合に働かなくなる。

五感が慣れあってしまうと、
想像力というものが働かなくなってしまいます。
私は、それを退化と言ってもいいのではないかと思います。


例えば、食べたことのないものを食べてみたり、

行ったことのない所に行って、
その街の空気感に触れてみたり、
匂いを嗅いでみたり、
発見が、発想を呼ぶのです。

それから、
いい音楽を聴くのも良いですね。
いい音楽が、優美な想像の世界へ導いてくれることもあります。


ますます、混とんとした時代、
想像力や、奇抜な発想が、
必要とされてくる時代がやってきていると思います。

$家庭教師であるという事。-ウィーンのカフェ

私が行ったウィーンオペラ座の前の、
某有名カフェです。
素晴らしく優雅な時間を与えてくれるカフェ、

このお店に地下にあるトイレが、
もの凄い匂いを発していた事と、
トイレの門番のような人がいて、
チップを払わないと用をたせなかったこと。

実際行ってきたので、鮮烈なイメージとして、
忘れることはないのです。

行ってみたつもり、やったつもりでは、
人生の醍醐味を味わいつくせない。
私の人生観の一部です。


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