家庭教師であるという事。 -20ページ目

高校野球

日本の夏の風物詩、

高校野球、甲子園での熱闘


球速150kmでの剛腕投手を擁しても安泰ではなく、

打率4割越えの強打者をずらりと並べても、

勝利が容易ではない

夢の舞台


甲子園での一敗をみるまで、

夏の大会は、公式戦で負けを知らない永遠の猛者の競演

その戦いは、

儚く、そして、潔い。


ただ強いだけではなく、

チームメイトに対する思いやりや、

それぞれのチームに根付いた心を

あわせもち、強敵に立ち向かっていく姿、

いつの時代も、

変わらない。


球児たちの研ぎ澄まされた技術力、感性、思い。

今年も、存分に観る者の心を打ち続ける。

最後のアウトをとり、

ゲームセットの声を主審から聞くまでは、

けっして勝敗が決しない。


当たり前のことではあるけれど、

9回ツーアウトの猛攻から、

逆転するチームの姿をまのあたりにすると、

野球というスポーツの醍醐味と、

あきらめなければ勝利を手にする可能性は、

必ずあるということを、

球児たちが、身を持って教えてくれている。


『野球狂』の夏は、まだまだ終わらない。



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終戦記念日

今日は、終戦記念日です。

310万人余りの尊い命を奪った
第2次世界大戦終戦から、
66年目だそうです。


私は、もちろん、
戦争体験というものがありませんので、
実体験に根差したものは、
何も書けません。


しかし、戦争体験者の話を聞かせて頂いたり、
映画を見たり、ドキュメンタリーを見たり、
本を読んだり、私なりの解釈を積み重ねてきました。


そこには、
あまりにも、
圧倒的な人命軽視、

そして、軽視された人命の尊さ、

戦争というものの、

根本的な愚かさ、

巻き込まれた者の悲しみ、痛み、

この両極端の思いが、

私の人生での実体験では、

味わったことのない強烈なインパクトで、

私の心を打ち続けます。

戦時下では、

現代の日本人が、

ひょっとすると直視したがらない、

もしくは、直視できないほどの悲惨で凄惨な現実がありました。


当時の軍首脳部の利権体質、

統制のとれない陸海軍、

そして、コントロールを失った日本国政府のあり方、

けっして、純粋に『お国のため』ではなかった軍首脳部に対し、

あまりにも多くの日本国民や、諸外国の方々の尊い命を犠牲にしてしまった事実。

どこを切り取って論じても、


戦争を2度とやってはならないという結果に結びつきます。

大切な事は、

戦争を体験していない我々の世代が、

先人たちの過ちに対して、

直視しようとするまなざしで、

しっかり学んでいくということだと思います。 




戦争で亡くなった方々を

心から、ご冥福をお祈りします。

尊い命の犠牲のおかげで、

今の私たちがいられます。

感謝の気持ちを忘れず、

合掌








   

信じきること

私は、生徒さんに対し、
信じきることに徹しています。

口に出しても、
はっきり、言います。

「君ならできる!」

「やればできる!」

「君には才能がある!」

心から、そう思って、

口に出して言うようにしています。


本人が気づかない才能にスポットライトを当て、
気づいてもらう。

案外、やればできると、
気づいてもらって、
行動してもらうだけで、
結果が変わってきます。


自分のことを、
なかなか信じきれない、

自信が持てないのが、

人間の性(さが)です。


だから、指導者が、
心から、生徒さんを信じきる。

そこから、何かが始まるような気がします。

これが、私の基本姿勢です。


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