家庭教師であるという事。 -19ページ目

好きならとことん好きになれ!

私は、子供の頃、
プロレスと相撲と野球が、
大好きでした。


男として、
「強くなりたい!」

そういう願望も込めてか、
格闘技に憧れ、
テレビ放送があれば、
テレビの一番前で
まさに釘づけといった感じで観戦していました。

アントニオ猪木が、
悪役のブッチャーや、タイガー・ジェット・シンらがくりだす
反則攻撃に対し、血塗れになりながらも、
立ち向かっていく姿、

強烈な好敵手、
スタン・ハンセンやハルク・ホーガンなどに
体格差や、パワーでまったく及ばないのに
どうやって戦うのかを見て、
たいへん参考にさせてもらったものでした。


プロレスについては、賛否両論いろいろありますが、
(その頃も子供ながらに承知していましたが)

仕事とはいえ、体を張って、相手の技を受け、
立ち向かっていく姿を具現化しているプロレスラー、
私の中のヒーローは、まさに、そこにありました。

出版社各社のプロレス大百科を手に入れるため、
親を説得し、(極めて難航だった交渉力体得!)
載っている選手の身長、体重、出身地、得意技など、
ほとんど全部について頭に入れたものでした。

相撲なら、
私の子供のころの強かった力士は、
北の湖、千代の富士、

圧倒的な強さに対し、

突っ張りの麒麟児や、渋い取り口の鷲羽山、がぶり寄りの琴風、

その中でも特に注目していたのが、

大関 若島津関、ライバル北天佑との
にらみ合いは、しびれるものがありました。

野球については、
私の記事の中では、散見できますので、
割愛させていただきますが、

私の少年期、
中学校2年生になって、
突如として
学問というものに振り向くまでは、

上記の三つが、頭の中で、グルグル回っていただけで、
学校の勉強など、全く無頓着でした。


プロレス、相撲、野球に詳しい少年、
そうです、周囲の誰よりもです。

すでに解説が言う前に
家族や友達には、
新しく来日するプロレスラーの略歴を正確に伝えられました。(笑)


子供のころ、それしかなかったのです。

そこで身に付けたこと。

それは、集中力を伴った記憶力と、探究心です。


好きなものを、
とことん好きになって、
いち時期集中していく。

その中に、
人生の中で生きてくる要素が、
必ずあります。

これは、ジャンルを問うものではないと思います。

人生において、学ぶべきものは、
学校の教科だけじゃない。


がむしゃらに好きになったものを、
追い求めてみる。

後になっても、
けっこう心地よいものです。

『好きならとことん好きになれ!』

私からの一言です。

$家庭教師であるという事。-最強タッグハンセン&ブロディ組、文句なしの最強コンビでした。






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笑いの効用

人間は、笑いをどこかで求めている生き物ではないかと思います。

これは、確信です。

人は、誰もが、おもろいことが好きなんです。

しかし、笑ってばかりもいられない現実に
向き合わねばならないタイミングが、必ず現れるのも事実です。

つまり、生きるということは、矛盾や相反することを受け入れて、
前に進んでいくことが、否応なく出現してくるのです。



ならば、どちらかといえば、笑っていたい。

こう思うのが、人間の真情です。


笑うためにはどうしたらいいか!?

・笑える場所に行く。

・笑えることを考える。

・笑えるテレビ番組を見る。

・笑える人と一緒にいる。


などなど

方法は様々ですが、
私の考えでは、常に笑えることを探すアンテナを張っている。

ということも大切ではないかと思います。

そして、笑いのネタを人に伝える。


一緒に笑う。


この流れを、私は、幼い時から考えて生きてきました。
まるで、芸人のような考え方ですが、
私の中では、大切な事だと思っています。

人と人との良好なコミュニケーションには、
笑いの要素(ジョークを生む発想)は、不可欠だと思います。


人と人が、集まれば、そこにジョークを!


この法則に従うと私が、携わっている教育産業にも、
絶対不可欠だと思っています。


思い出してみてください。


学生時代、ジョークを交えて授業をしてくれた先生の授業、

頭に入りやすくなかったですか?


私の授業は、笑いが絶えません。

本当です。
(まだまだ、鋭いジョーク健在です。(笑))

大人の方を含め、小中学生を前にしても、
笑いながらの授業の展開で、
嫌いや、苦手を好きに変えていってしまいます。


人にものを伝えたり、教えたりするのに、
伝える側が、面白く、わかりやすく伝えたら、
まず、生徒さんは、その科目を嫌いになることはありません。


笑いの効用は、そんなところにも表れます。

笑いながら、勉強したら、楽しいと思いませんか?



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過保護であることの意味

最近の子育てを
私の周りで見ていると、
どう考えても、

少し過保護ではないかと思うタイミングが、
よく見受けられます。

例えば、


・友達の家に遊びに行くのに送り迎えがあったり、

・野球の練習中、まったく支障のない、
 青あざ程度で医者に連れて行き、
 練習を見学していたり、



昔の子供の仲だったら、
バカにされてしまうような事も、
現在の子育ての現場には、
あたりまえのように目にすることがあります。

少子化が、基本的に作用しているのかどうかは、
よくわかりませんが、
私は、そのような風潮に対し、
肯定的にはなれません。


子供さんの社会性というのは、
どこで育つのか!?



個人差はあるでしょうが、
少なくともいえることは、

親の目の届かない所での
役割が、大切であるということです。



親の目の届くところで、
展開される出来事には、
ついつい注意という心配性な親の一面が、
現れがちになります。

対して
友達や、仲間達で遊んでいる時は、
ぶつかったり、喜び合ったりして、
『自分の立場』や『自分の居場所』を
自らの考えや、行動で見つけていかなくてはなりません。


遊びながら学んでいくことが、
いかに多いことか。


どの程度が、
過保護にあたるのか、
他のお子さんに対しては、
よく見える気がして、
自分の子供さんに対しては、
見えにくくなるのが世の常ですが、
やはり、
常識的な範囲ということになるでしょう。


その根本には、
『子供さんに頑張らせる。』
という発想があれば、そう間違わないのではないかと思います。


少し距離の離れたおうちの友達ができたら、
その距離を実感してもらうのです。

「毎日、こんな遠いところから、学校に通っているのか。」

「距離が遠いだけあって、面白そうな所を見つけたぞ。」

「遠かったけど、また、遊びに来よう!」

帰ってきたら、
「そんな遠いところまで行ったの!」と
驚いてあげればいいのです。


それが、子供さんの自信になったりします。




このように
子供さんの
思わず伝えたくなるような体験や、
ちょっとした事件を、
自動車で送り迎えをしてしまうことによって、
奪ってしまうことになるのです。
 

お気づきになりましたか!?


案外、子供は、放っておいた方が、
良く育ったりするんですよ。








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