司馬遼太郎の作品の中の名言に


「男子の生涯の苦渋というものは


 その志の高さをいかにまもりぬくかというところになり

 

 それをまもりぬく工夫は格別なものではなく

 

  日常茶飯の自己規律にある、という。」


日常茶飯の自己規律の重要性を説いている


大きな目標、高い志を持っていても、日常の何気ないことに対して


ちゃんと向き合っているか?が大切である


”日常茶飯”における、ここの行動にしっかりと責任を持てるかを


自分に問うてみると・・・


自信がない・・・


志を保つことは、日常のひとつひとつの行動が大事なのだろう・・・


峠 (上巻) (新潮文庫)/司馬 遼太郎
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やっても、やっても駄目な時がある


問題なのは、その境目である


失敗する人は、諦めの境目を自分で判断してやめてしまう


成功する人は、粘りに粘って成功するまで頑張る


諦めた人は、境目がわからない


粘った人は、成功する境目をわかることができる


とても大きな差である


成功者こそが、努力が成功に結びつくことを理解でき


失敗者は、努力が報われることを経験しないから、負の連鎖になる


自分を信じて、どこまでやり遂げるかである


失敗者は、どんどんその境目を手前に持っていこうとし


成功者は、どんどん成功するまで粘るようになる


諦めの境目、粘りの境目


ほとんど差がないかもしれないが


それによってとても大きな差が生まれるような気がする



東日本大震災以降、”絆”という言葉を良く聞く

言葉の響き自体が、繋がっていそうな、良い響きだ


平成になって、人間同士の繋がりが弱くなっていたと感じていたが


日本人は、やはりしっかりとした人と人の絆を持っている


企業と顧客の関係もそうである


スタイルが違っても


リッツカールトンや加賀屋は


たとえ一瞬だけの出会いでも、この顧客との絆を、大切にしている


絆が生まれる瞬間/高野 登
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同じ著者の本で、「サービスを越える瞬間」というリッツカールトンを舞台にした本があるが

この本は、組織や会社ではなく、一個人としてのホスピタリティを重要視している

絆・・・という言葉が、最近良く聞こえてくるが

少し真剣に考えてみるきっかけになる一冊だ

加賀屋のこころ/細井 勝
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顧客との絆・・・


社員との絆・・・


さすが日本一は、違う・・・!


ホテルのホスピタリティと旅館のおもてなし


両方とても、読むだけで泊まりたくなる・・・一冊になった

北陸を中心に活動している関係上


伝統工芸、伝統産業の相談が、多い・・・


高度経済成長時代に、より速く、より多く、より安くを求めた日本のモノづくりは


いかに、手間をかけずに生産できるかを求めてきた


しかし、大量に売れる時代で無くなった、今・・・


”手間暇かけたモノづくり”に価値が出てきている


手間暇かけたモノづくりといえば、伝統工芸だ


アイデアだけの商品や


現代のライフスタイルに単純に合わせてつくるものではダメである


手間暇かけているという、価値をいかにわかりやすく理解してもらうかが


とても重要である


手間暇かけている、手間暇がかかっている


これらをどう発信していくかだ・・・


今お手伝いしている産業では、毎月20名ほどの主婦を対象に


モノづくり体験の教室を開いている


この企画が始まって、来月で1年になるが


参加者の6割強が、現在のユーザーになっていると聞く


体験するから、手間暇かけた大変さや価値に気づく


体験するから、ブログやツイッターで、その満足感を伝える


様々な工程を、詳しく発信している・・・とても興味深いものもある


手間暇かけた、モノは、長持ちする


手間暇かけた、モノは、大切にする


これからの、モノづくりのキーワードは・・・


「手間暇かける」「長持ちする」「大切にしたくなる」である


ひとつの商品を長く使い続けることこそ、エコであり、省エネだ


家電が壊れると、修理するなら買ったほうが安くつく・・・定説だ


もう、大量生産、大量廃棄の時代は終わっているはずだ・・・


手間暇かけて、つくられた伝統工芸を


大切に、長く使い続ける


”手間暇かけて”  ・・・ これからのモノづくりは、これだ!


深夜のニュース番組が、島田神助の引退をどこも取り上げていた・・・


明日(今朝)の、朝礼ネタは、これに対するコメントが多いだろう


一般人からみれば、昔の演歌歌手などは、当たり前のように、その筋の組織と


関係していたように思う。


いまさら、この厳しさは何なのか・・・?


多かれ少なかれ、芸能界なら接点はあるだろう・・・


これでは、ほとんどの芸能人が引退しなければならなくなるのではないだろうか


利害関係があったわけでもなく・・・


むしろお笑いを扱っている”ヨシモト”だから、厳しかったのだろう


これから、何が出てくるかわからないが


会見は、潔く感じた


これまでも、様々な報道がされてきたが


引退・・・は、潔い


政治家では、こうはいかない・・・


好き嫌いはあったが、切れ味鋭い、あの司会が、観られなくなると


神助がいないと、存続が危ぶまれる、番組もあるだろう・・・


芸能界よ、表面上だけのクリーンさだけでは、単なる体裁だけになる


本当の意味で、これを糧にできるかが、課題ではないだろうか


島田紳助100の言葉 (ヨシモトブックス)/島田 紳助
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嫌いではなかった・・・


島田神助の人生観が伝わってくる本だった



よく講演の後に、司会の方が、


「質問のある方は、どうぞ・・・」と言っての質問タイムがある


ほとんどの場合、質問をする人は少ない・・・


しかし、先日、ある団体の講演で、


なんとこの質問タイムが延々と30分近く続いたのである


仕込みかと疑うほどの整理された質問の連続だった


質問に対する、アンサーのやり取りで


講演以上に充実した時間になった


質問は無くてもさみしいが


有り過ぎると、応答が大変だ


なかには、有料にしたいくらいの具体的な質問もあった


(別途、アドバイス料を、頂戴したいくらい真剣に答えてしまった・・・)


いつも質問の少ない講演ばかりなので


逆に、とても新鮮な雰囲気だった


100人ほどの前だから、質問する人も緊張している


やはり、このような場合は、質問したほうが得だ・・・


もっと、もっと講演での質問タイムを有効に使うべきだと改めて感じた講演だった

サービスやおもてなしは、心に余裕があれば、とても魅力的になる


挨拶ひとつでもそうである・・・


「いらっしゃいませ・・・」という言葉一つでも


心から言っている場合もあれば


邪魔臭くいっている (忙しくて面倒な気持ち)

迷惑そうにいっている (閉店間際に来る客に対しての気持ち)

何も気持ちがはいていない (マニュアル主義で気持ちなし)


様々である


企業自体に余裕があれば、自ずと店員にもその余裕が見られる


以前、値引き対象になった商品を、購入しようとした時

サイズや色が、欠品していた

ユ○クロの店員さんは、別の店舗に在庫を確認して

教えてくれた・・・

安い商品の欠品くらい、売り切れです・・・と答えられたら、了承するのに

とても丁寧な対応だ・・・


これは、単なるマニュアルだけでは、ここまで気持ちよく対応できない


やはり、企業にも、この店員さんにも余裕があるからだ


逆に、悪循環の例もある

サービスの悪い店は、もちろん業績も悪く、客も減っている

減っているにもかかわらず、貴重な客にサービスが悪くなる・・・


前述した、余裕があると

「やっぱり、ユ○クロは、さすがだ・・・」になる


余裕がなくサービスが悪いと

「この店、流行らないはずだ・・・」になる


より価値のあるサービスを提供するには、提供する側の心に余裕が必要だ


売上げが欲しい時こそ、ゆとりのあるサービスが重要だ


消費者は、しっかり観ているはずだ・・・



政治の世界では、次は誰なのか・・・?


と連日、名前が挙がった人がニュースで取り上げられている


国民も、菅さんよりは、マシ・・・と感じているだけだろう


選挙になると、”官僚主導”を悪のごとき叫んでいる民主党だったが


政府がこんな状態でも、国が動いているのは


”官僚主導”だからでもある


一部のマスコミに取り上げられている、パフォーマンスの官僚と違い


本当に優秀な官僚たちは、寝る暇もなく頑張っている


寝食忘れて、様々な対応に追われている


日本は、官僚主導だから、政府がこのようにいい加減でも、なんとか機能している


もちろん、中には問題のある公務員も少なくないが


志や情熱のある若い官僚は、頑張っている


優秀で、志や情熱のある彼らに任せていれば安心だ

官僚主導・・・大いに結構だ


子供手当てや高速道無料化・・・財源を考えない数多くの政策


震災の復興の停滞や放射能問題の終息しないのは


全て、政治主導だったからだ・・・


これこそ官僚主導にしていれば、解決が早かったのではないだろうか


票を集めて、肩書きを持った人たちに

どうやって、これらの問題の解決ができるだろうか・・・?



福島の特産の桃が、ピンチだ


報道によると、原発の放射能の影響で、売上げが下がっているらしい


もちろん、なるべく被災地のものを購入するという意識で

自分で食する購買は、減ってはいないのだが


この手のものは、贈り物にする商品である

そうなると、意味が違ってくる


贈る側へのことを考えると、やはりひかえていまうのだ


都心では、関東より西の自治体のふるさと物産館が賑わっていると聞く

普段さほど売れない、水や野菜、米などが、数倍売れているとのコトだ


自然と消費者も、放射能報道に影響を受けている


専門的な知識も乏しく

目に見えないものだから厄介だ・・・


善意で、気にしないようにしても

今のマスコミの、特に週刊誌を見ると危機感ばかりが募る


人の噂も・・・というが、今回ばかりはそうもいかない


政府は、これらの影響も考え、もっと具体的な取り組みを

急がなければならない


不満が募り、不安に代わり、不信となり

今以上の風評被害を避けなければならない


単純な手法だが、宮崎県の前の知事のパフォーマンスが懐かしい・・・


正確な情報と、素早い措置で、この難題を早く解決して欲しいものだ


しかし・・・


福島の”桃”を贈られた人は、どのように感じるのだろうか・・・?


被災地だから安く買えたのか?

被災地支援のために買ったのか?

嫌がらせのつもりで贈ってきたのか?


やはり、このままでは、いろいろな憶測が飛び交ってしまうだろう


今年の”桃”は、大変美味しく出来上がっているらしい・・・

もちろん、規制値を大きく下回っている・・・

昭和の時代・・・


      余計なお世話という人情味溢れた行動が存在した


現代、社会問題となっている晩婚化・・・


昭和の時代には、必ずといっていいほど

近所に、お見合い写真を抱えて走り回っている

”お節介おばさん”が生息?していた


最近では、ご近所でも、プライバシーの侵害になるのか

めっきり、この手の行為が見られなくなった・・・


他にも、多くの”お節介””余計なお世話”が絶滅した


雨の日に、ご近所の家の洗濯物を代わりに取り込む・・・


いたずらしている、近所の子供たちを叱る・・・


様々であるが、地域のコミュニティを支えていたのも

この”余計なお世話”である


余計な・・・ことがドンドンなくなり

必要なことばかりで、世の中が動いている


ある意味、今のボランティアは、この余計なお世話的なものではなく

ルールやマナーに縛られすぎているように感じる


人が、己で気づき、行動を起こす

図々しく見えて、しっかり相手の事を敬っている


昭和の時代の、心意気が少しずつなくなっていることに気づく今日この頃だ