猫とくらす -3ページ目

猫とくらす

見たこと無いもの、新しいものが好きです。
演劇を見たり、
映画を見たり、
ライブに行ったり、
お金の計算と節税も好きです。

猫と暮らすためにお家を建てました。

この台詞から始まる、『the Hotel』というドラマを食い気味で見ていた小学生時代。
 
ついに自分が、口にすることになるなんて。

GWは、予定してないことがたくさん起きました。
 
ずっと前から頭の中で準備をしていたことが、実行できるチャンスが来た。

ビッグウェーブに乗ってみた。

まだ序盤なので気を引き締めたいと思いこんなことをメモしておこうと思う。

『“正しいことをした”と自分の行動に酔って周囲の人の気持ちを置き去りにしないこと』


昔、会社の社長(男性/60代)が

「女性は文句が多いが、聞いてやるだけで解決は必要ない。共感してあげるだけでいい。」

と言っていて、

「ああ、○○だな。」

と思ったことがあるのだが、

私が「ああ、くそだな。」と思った理由は、改善案をただの愚痴とみなしスルーしたところにあった。

結局最悪の結果が待っていたのだが。



まあしかし...

引っ越し後に就職した会社は、女性社員の男性社員に対する愚痴がとんでもなく多かった。正直びっくりした。


毎日、毎日、デスクで愚痴ってる。


たい焼きくんかよ。


そんなに人の悪いところがよく出てくるものだ。
何かの才能なので、何か人の役に立つことに活かされたらいいのに。



しかしルサンチマンについて調べていてふと、


女性の愚痴はルサンチマンなのではないか?
と思った。

ルサンチマンについては、
わかりやすい記事がこちら💁‍♀️ルサンチマンとは?


私の経験では...

私が、学生の際、私の生きたい方法を取ろうとした時、「不幸である。」と感じたことは

①出生地
②親の職業

の2点だった。



自分の力では変えようのないことである。



田舎に生まれ、
その中で小さい競争があり、それは広い視点から見たら本当に馬鹿げているようなことで、例えば隣町から立候補した人がどんなに素晴らしい生き方や政策でも、自分の地域から立候補した人に投票する「べき感」が漂う町だった。



高所得者の親を持ち、東京で生まれた子供は、幼少期からさまざまな経験を得ることができる。

田舎でどんなに川遊びをしようと、
お金がなければ海外旅行にはいけない。

都会でどんなに花や虫を見たことがなくても、
お金があれば図鑑で知識を得、田舎での体験で補うことができる。

ずるい。羨ましい。





そして、女性の生き方について歴史的に遡ってみても、

”女性“ は、いつの時代も戦ってきた。



旧優生保護法のきっかけの1つは、人工堕胎禁止の撤廃だった。




歴史的にみて比較的「女性」は、どうしようもない理由で辛い思いをしてきた。

だから、どうにもできない自分を肯定するしかなかったのだ。


悪いのは社会で、私ではない。
私が正しくて、制度を作った政治家が悪い。
だから、政治家は敵だ。


誰かを恨み、敵を作ることでしか保てない思いは誰にでもある。
(つまり、ルサンチマン)



まずは、その状態に気づくことから。



お金や時間にゆとりがある人間ほど、
自分のルサンチマンに気づかない可能性がある。



理想的な幸せを手に入れてるはずなのに、
誰かを恨んだり羨ましがったりするなんてあるわけがない...と思い込んでいるからだ。



上部に貼り付けた記事中にも記述があるが、
ルサンチマンを認め、現実をよりよくしていくためにどうしていくかが大切だ。

奴隷制度という言葉も使われていて、
「文句を言うという軽微な快感を得る代わりに、積極的に喜びを汲み取ろうとする感覚が麻痺してしまう」状態なのです。




たとえば、美しいまっさらのキャンバスがあって、そこに自在に絵を描いていけるなら「ゼロからのスタート」ですから気持ちがよいでしょうが、じっさいはそんなことはない。人はみな、しみがあったりデコボコになったりしているキャンバスのもとで生きていくしかない。しかも、人によってかなりちがいがある。しみが目立たないキレイなキャンバスに恵まれた人もいれば、巨大なしみだらけのものもある。しかしそれはもう「定まったもの」である。このしみだらけでデコボコのキャンバスに文句をつけるのではなく、その上にどうやって自分なりの絵を描くか、それはあなた自身に委ねられている 
NHK「100分de名著」ブックス ニーチェ ツァラトゥストラ/西研







一人一人、出来ること、出来る量が決まっているとは思う。

できないことがあったら助けるし、出来る人がやればいいとも思う。

でも、可能であれば同じくらいの量が出来るメンバーと組んだ方がいい。

『仲間意識が仲間外れを作り出す』

こんな言葉をツイッターで見かけた。

元々は、どこかのお寺の住職さんが書いた「今日の言葉」だった。

何かに所属していると、
例えば「自分は有名大学の大学生だ」とか「大手メーカー勤務」などは金銭的にも精神的にもゆとりが生まれそうな気がする。

だから多くの人が“できるなら目指したい場所”になっているのだと思う。


宗教の存在意義もここにある。

多数が同じものを信じて、心と体の安寧を置く。


日本には、宗教を信仰する人を「変わった人」としてしまう傾向を感じるが、それが会社に所属することで代わりになっているフシがある。


それぞれの会社だろうが、
地域だろうが、
宗教だろうが、
そこにあってよくて、
自由であるはずだ。


そんな自分にとって居心地の良い場所が侵されそうな状況に遭遇したら、抗いたくなるだろうし、守りたいと思うだろう。


壁の向こうから石が飛んできた。


だから、もっと大きな石を投げる。


石は、一方は友情の印だったが、
一方は敵対の意味だったとしたら。



地球上にも、
同じ人間でもまだ分かり合えない場合もある。

そんな大きな規模で考察すると、自分が大きい人間かのように錯覚する。



家族と。
となりの家の人と。
友達と。
友達の友達と。



まずはここから。



最初のきっかけは「かわいそうだからやってあげよう」でもいいと思う。

そんな、余裕を生むところからスタート。

そして始めればわかる。

自分が学んでいるということに。