猫とくらす

猫とくらす

見たこと無いもの、新しいものが好きです。
演劇を見たり、
映画を見たり、
ライブに行ったり、
お金の計算と節税も好きです。

猫と暮らすためにお家を建てました。

Amebaでブログを始めよう!

色々な人に相談に乗ってもらって、


今いるNPO法人から離れることにしました。


 


不思議なもので、


「何かに所属している安心感」


「問答無用で仲間ができる」


ということに浮かれて、


「お互いに尊敬しあえる人と本当にやりたいことをやる。」


という大事な部分をないがしろにしてしまった気がします。




理事に誘われた時はほんとうに嬉しかった。


「必要とされてる」って嬉しい。すごく嬉しい。



年下の私を対等に見てくれてるんだと思って、すごく細部までいろいろなことまで考えて、今まで培った知識を全部投入しようと思った。



しかし次第に私は空気のような存在になっていった。



そこで「おや...?もしや...?」と気づく。



おそらく、「別に対等ではなかった」んだなと思う。



悲しいけれど、仕方がない。



「所属している安心感」

「自分が頑張らなくても手に入る仲間」



いったんリセットして、

自分を強く優しく育て直して

知識も実績も本物になっていこうと

決めることができました。



ドラクエだって、始まりは一人じゃんびっくり



着実に積み重ねて

口だけのニセモノじゃなくて

本物の街角ブランド人になりたいな。








子どもの数に対して少ないおもちゃを渡したら、案の定、貸してくれないと泣く子が出た。

様子を見ることにしたら、高学年の子が仲裁に入った。
 
高学年の子とは目が合い、
(泣いてるよ?)

と伝わったけど

(うん、みてるよ!)

と答えて、

(?)

意図がわからないようだったけど自分が仲裁しようと考えたみたいだった。

うん、それでいい。

結局仲間はずれは収まってみんなで楽しく遊んでいた。

さて、
喧嘩では
泣いたら/泣き喚いたら/先生に言いにきたら/殴り合いが始まったら/言い合いが始まったら...

止めるか/見守るか/謝らせるか/許させるか/個別に話を聞くか...

どう対応するのが正解なのだろうか。

何年生かどうかと、個人の性格、私がいつから見てたか、いろいろな条件で対応は変わる。

3年生以上は、感情的になっていなければ話し合いで解決できる可能性が高い。
大人でも泣いたり怒ったりしてる人とはまともに話ができないので待つ。

しかし、心身共に未熟な2年生以下は、泣いたときに「誰かが助けてくれた」という安心感を与えてあげたい場面もある。

答えはない。

ずっと永遠に考え続けようと思う。


暴力や暴言による恐怖で人を支配するのは簡単なのだけど、
そもそも「人をコントロールしたい」と思って手に入れるその技術や話術は、本当に必要ですかね??

心理学をかじった人が陥りやすい、罠だと思う。

こうすれば、こうなる。

そんなことを考えて話してる人は

バレてますよ。と。

言葉や表情で、無意識に目の前の相手を傷つけてしまった...という経験があるだろうか。

振り返ってみれば、子どもの頃なんてナイフのように周りの人を傷つけていたと思う。


バカとか死ねとか、

ふつうに言い合っていた。


大切な人が死ぬまで、「死ね!」がどういう言葉なのかわからなかった。


死がなんなのかわかってる人に「死ね!」という言葉は重く辛くのしかかることだろう。



年齢とともに、相手の表情と言葉が相手の真理の全てではないと学んでいく。




「ありがとう」の奥に「おせっかいだなぁ」という気持ちがあったり、


「あっちいけよ!」の陰に「寂しい」のサインがあることもある。




でも本当の気持ちを 隠さなくちゃいけない 場ってすごくしんどいよなぁと考えるようになった。




子供って、先生が「これでいい〜?」


って聞いても嫌なら嫌って言ってくる。


もーーちょーーウケた。


「えーーーーやだーーーーーー!!」





私たちって、いつから「嫌」って言えなくなったんだろう?





私はこどもに「やだー!」と言われてもこどものことは全然嫌いにならない。


なんなら、「何が ヤダァ〜 だよかわいいなもう」と思う。


完全に親バカ。




でも、部下に言われたら、きっとイラっとするだろう。


同期に言われても、はい???と思うかもしれない。




なんか、それって私調子に乗ってないか???

(いや乗ってる。)




だからそういう大人が多い中で、

「やだ!」という気持ちを受け止めてあげることができれば、なんとなく理想の人間に近づきそうだなーなどと思うと同時に、


なぜ困難な方へ行こうとするのか...


ともう1人の私が呆れている。





昔から逆境に燃えるタイプだったから、

ちょうどいいかも。





「芯のある人間になりたい」という目標に

「サイレントキラーにならないように」を付け加えようと思います。


どうにかする。

そう決めたらそうできるのに、

できないとわかったらやらない。

0か100の人。

50までお尻ペンペンしてくれて、

50まで戻してくてくれるのが夫。