|そっと建築をおいてみると|乾久美子
・他人には理解できない秩序に満たされている空間は魅力的だ
・生活のリアリティの迫力
・御殿場アウトレット「仮想の光源」 意思の伝達のスピードダウン
・建築による酔い そしてその深化
・意味を発しているのかそうでないのかがよくわからないような空間によって、私たちの不安定な知覚がより敏感に反応してしまうような状態。つまり、意味はとても弱いのだけど、そうであるが故に私たちに強く作用してしまうような空間の「状態」
・クモにとって巣は体の一部ないし延長だという話を聞いたことがあるけれど、伯母にとってはこの家が自分の体の延長のようになっていたのではないかと思うのだ
・店舗のファサードは一般的に「言う」ことが望まれていて、その「言い方」をデザインすることが望まれるのだけど、一歩、言うことから退いて「聴く」みたいなものにならないのか
*「言う」のでなく「聴く」ことこそ確かなコミュニケーション。その抑制的な態度こそがむしろ創造的で生産的であるという認識の方法
・ディテールこそ建築を建設していくための具体的な条件が集積している場所
・八階建てという建築の大きさなのに、重さが感じられないようなひらひらしたもの
・意識的な人格と、無意識下で行動しているような動物の生←欲しかった言葉だ!
・まわりの風景によって意味が180度変わってしまうくらいデリケートなものであることが、表情の表情たるゆえんなのかもしれない
・コンテクストからの要素の抽出→表現といった一方向のデザインなのではなく、コンテクストと双方向の関係性において建築そのものを形作ろうとする視点が必要なのではないか
建築というものは、
思っていたよりも随分と文学的で詩的だ
建築を愛するということ 例えばあのガラス張りの外濠校舎も
その為にはまず相手を知ること 受け入れること
建築を愛するということ は
自身が生きている世界を愛するということ
知覚を研ぎ澄まして、世界を感じたい
「言う」「聴く」
受け入れたいのか 主張したいのか
建築が発している微弱なモーションのようなものを、いつか感じられるようになりたい
それを能動的に育てるのは、間違っているのかな
きっと気付いたら感じていたような人が、そこを志すんだろう
~p.46まで
・生活のリアリティの迫力
・御殿場アウトレット「仮想の光源」 意思の伝達のスピードダウン
・建築による酔い そしてその深化
・意味を発しているのかそうでないのかがよくわからないような空間によって、私たちの不安定な知覚がより敏感に反応してしまうような状態。つまり、意味はとても弱いのだけど、そうであるが故に私たちに強く作用してしまうような空間の「状態」
・クモにとって巣は体の一部ないし延長だという話を聞いたことがあるけれど、伯母にとってはこの家が自分の体の延長のようになっていたのではないかと思うのだ
・店舗のファサードは一般的に「言う」ことが望まれていて、その「言い方」をデザインすることが望まれるのだけど、一歩、言うことから退いて「聴く」みたいなものにならないのか
*「言う」のでなく「聴く」ことこそ確かなコミュニケーション。その抑制的な態度こそがむしろ創造的で生産的であるという認識の方法
・ディテールこそ建築を建設していくための具体的な条件が集積している場所
・八階建てという建築の大きさなのに、重さが感じられないようなひらひらしたもの
・意識的な人格と、無意識下で行動しているような動物の生←欲しかった言葉だ!
・まわりの風景によって意味が180度変わってしまうくらいデリケートなものであることが、表情の表情たるゆえんなのかもしれない
・コンテクストからの要素の抽出→表現といった一方向のデザインなのではなく、コンテクストと双方向の関係性において建築そのものを形作ろうとする視点が必要なのではないか
建築というものは、
思っていたよりも随分と文学的で詩的だ
建築を愛するということ 例えばあのガラス張りの外濠校舎も
その為にはまず相手を知ること 受け入れること
建築を愛するということ は
自身が生きている世界を愛するということ
知覚を研ぎ澄まして、世界を感じたい
「言う」「聴く」
受け入れたいのか 主張したいのか
建築が発している微弱なモーションのようなものを、いつか感じられるようになりたい
それを能動的に育てるのは、間違っているのかな
きっと気付いたら感じていたような人が、そこを志すんだろう
~p.46まで
すっかり思考回路は
生活者の嗜好と消費行動を理解すること
それは広告に限らず例えば広報活動においても言える
なぜその情報に辿り着かないのだろう
なぜそこに魅力を感じないのか
なぜ面倒くさいと感じるのだ?
何事においても「相手を理解する」
それは広告に限らず例えば広報活動においても言える
なぜその情報に辿り着かないのだろう
なぜそこに魅力を感じないのか
なぜ面倒くさいと感じるのだ?
何事においても「相手を理解する」
さらけだすこと
最近アグレッシブに仕掛けられているのは、もう守るものがないから
多くのことを 失ったから
だから恥ずかしいことも、出来るようになったんだ
だからまた得ていくしかないんだそれが私を強く立たせている
やっと、様々なことを肯定できそう肯定というより消化しているのかな
今回のことがうまく実を結ばなくとも、きっといつか花になるはずだ
というか咲かせてやるそれはもう自分の自由意志の下だ
何事も否定してしまうのは、よくないなと思った
だけど否定されなければ、改善はできなかったはずだ
つまりどれもいい じゃぁ自分はどの立場に立つのか どんな自分を目指すのだ?
髪を乾かしながら思ったのは、一つ一つの出逢いをもっと大切にしようということ
一つ一つに実をつけようということ
一人一人その瞬間毎に全力の自分でいること
そうしたらいつかきっと笑えるはずだ
多くのことを 失ったから
だから恥ずかしいことも、出来るようになったんだ
だからまた得ていくしかないんだそれが私を強く立たせている
やっと、様々なことを肯定できそう肯定というより消化しているのかな
今回のことがうまく実を結ばなくとも、きっといつか花になるはずだ
というか咲かせてやるそれはもう自分の自由意志の下だ
何事も否定してしまうのは、よくないなと思った
だけど否定されなければ、改善はできなかったはずだ
つまりどれもいい じゃぁ自分はどの立場に立つのか どんな自分を目指すのだ?
髪を乾かしながら思ったのは、一つ一つの出逢いをもっと大切にしようということ
一つ一つに実をつけようということ
一人一人その瞬間毎に全力の自分でいること
そうしたらいつかきっと笑えるはずだ
昨日のこと
とりいそぎ、備忘録として
プライドのかけらも捨てること
自ら失敗しにいくこと
相手に心を開かせる術としてのここだけの話、自分の意志
常に「相手に喜んでもらえるか」(その手段が建築であれ広告であれ1回のデートであれ)
そこに自分のスキルをのせるだけ
しかし同時に大事にすべきなのは(こと恋愛においては)「自分が楽しいか、自分がどうしたいか」
男女の付き合いにおいては、「うまく」つきあうこともできる
しかしそれが結婚となるとそれは幸せじゃない!
わたしはかなりロジカルらしい
しかし不思議だなー2年前の私は少なくともそうでない部分の方が大きかったから
そう思うとやはりこの2年は大きかったということだろう まぁゼミと就活かな
忘年会のはなし そこまでするのか!!さすがっす先輩勉強させていただきました
建築をやる人には2つタイプがあって、アーティスト肌と職人肌つまり自分の脳内を建築にするのか
要望や条件を形にするのか わたしは後者である 建築やってないけど 笑
心配する必要はないんだなと思ったむしろ楽しい時期だ まぁそれも分かってる
不安だから動いてるのもあるけど、動くのは楽しい 新しい世界の扉を、こっちからノックしてるに過ぎない
新人研修のはなし(まさに地所のGW)
しかしそれでいいんだがむしゃらで 変に分かろうとしなくていい分かろうとしたって自分から見える自分はそのサイズでしかない
あくまで判断はひとに任せればそれでいい(あ、辿り着いた)
例えば代理店の仕事は、完全にクリエイティブなものだと思ってた
しかしことそれがマーケに特化して考えると、完全に理詰めの世界だロジカルな世界だ
もちろんそこにクリエイティビティな発想は求められるだろうけど
見る目のある人事なら、きっと一番望んでない、きついところに行かせるよと
用地…わたし死んじゃうかも…笑
しかし極限までやった時のパフォーマンスは、別にわたし今でも負けると思ってない
もちろんチーム戦であり私自身だけの力じゃないけど、そこに食い下がる精神力と渇望は持っているということ
自分の強み弱みを知る戦略を練る
しかし素直でありがむしゃらである
世界はきっと、もっともっと楽しいそしてもっともっと目指すべきところがある
嫌悪感のはなしをしたら、それはきっとそれはすぐなくなるよと
なぜならどうやったって理想にたどり着けないから 笑
プライドのかけらも捨てること
自ら失敗しにいくこと
相手に心を開かせる術としてのここだけの話、自分の意志
常に「相手に喜んでもらえるか」(その手段が建築であれ広告であれ1回のデートであれ)
そこに自分のスキルをのせるだけ
しかし同時に大事にすべきなのは(こと恋愛においては)「自分が楽しいか、自分がどうしたいか」
男女の付き合いにおいては、「うまく」つきあうこともできる
しかしそれが結婚となるとそれは幸せじゃない!
わたしはかなりロジカルらしい
しかし不思議だなー2年前の私は少なくともそうでない部分の方が大きかったから
そう思うとやはりこの2年は大きかったということだろう まぁゼミと就活かな
忘年会のはなし そこまでするのか!!さすがっす先輩勉強させていただきました
建築をやる人には2つタイプがあって、アーティスト肌と職人肌つまり自分の脳内を建築にするのか
要望や条件を形にするのか わたしは後者である 建築やってないけど 笑
心配する必要はないんだなと思ったむしろ楽しい時期だ まぁそれも分かってる
不安だから動いてるのもあるけど、動くのは楽しい 新しい世界の扉を、こっちからノックしてるに過ぎない
新人研修のはなし(まさに地所のGW)
しかしそれでいいんだがむしゃらで 変に分かろうとしなくていい分かろうとしたって自分から見える自分はそのサイズでしかない
あくまで判断はひとに任せればそれでいい(あ、辿り着いた)
例えば代理店の仕事は、完全にクリエイティブなものだと思ってた
しかしことそれがマーケに特化して考えると、完全に理詰めの世界だロジカルな世界だ
もちろんそこにクリエイティビティな発想は求められるだろうけど
見る目のある人事なら、きっと一番望んでない、きついところに行かせるよと
用地…わたし死んじゃうかも…笑
しかし極限までやった時のパフォーマンスは、別にわたし今でも負けると思ってない
もちろんチーム戦であり私自身だけの力じゃないけど、そこに食い下がる精神力と渇望は持っているということ
自分の強み弱みを知る戦略を練る
しかし素直でありがむしゃらである
世界はきっと、もっともっと楽しいそしてもっともっと目指すべきところがある
嫌悪感のはなしをしたら、それはきっとそれはすぐなくなるよと
なぜならどうやったって理想にたどり着けないから 笑
Twitter革命 つづき
毎度振り回されてほんともうばっかみたい
だけど仕掛けようとしてたのに向こうからこられたら
ちょっとつまんないとか思って
つまり追いかけたいのか?笑
とりあえず
【第3章】
・ソーシャルブックマークがストックされていくものであるのに対して、RTによる情報共有は、リアルタイムな伝達を目的とするもの
・ストック型からフロー型へ、
・コミュニケーションの簡素化(前章では“拡がり”)、シンプルで使いやすいコミュニケーションツール
・ユーザーは常に新しい体験を求めているが、一方で非常にめんどくさがりでもある
・「誰でもジャーナリストになれる瞬間がある」(クラムズ氏のエピソードから)
#しかし反対に、本当の能力以上のものが可能になってしまう
自信の能力を拡大してくれるツールは多くあるが
それによって自信の能力以上のものを認識してしまう?
・ビューポイントの数だけ真実はある
・イベントやセミナーという空間はこれまで、リアルタイムでクローズドという特徴があったわけだが、参加者が自分のためのメモ書きをライブツイートすることによって、オープン化し、同期/非同期に新たなつながりを生み出している
・ライブツイートは現場に行けばよかったという飢餓感を煽る、ツイッター上のタイムラインとの多層化
【第5章】
・「キャズムを超える」=一般層に浸透する
・ゆるくていい加減なところがツイッターの一つの魅力であることは間違いない
・いろんな場所から別のいろんな場所へ人が移動して、それぞれの一日を送る。みんながお互いに無関心。ほとんどの人が、電車というパブリックな場所を、ipodや携帯、新聞、居眠りといったパーソナルな空間へと変え、それぞれの時間をすごしている。しかし、そんな普通の人々の、なんてことのない日常でさえも、ツイッターを通してみると、とてもユニークでいとおしいものになってくる。個々の人生の集合にすぎなかったものが、タイムライン上で一つの社会として可視化される。
#みんながドラマの主人公 ひとりひとりをクローズアップしてくれるもの
・ツイッターのタイムラインは、人類の挙動を、あたかも神の視点で垣間見せてくれているようにさえ思うことがある。
・これまでのインターネットでは、必要な情報のみを集めて活用する検索行動。逆にいうと、必要な情報しか興味を示さなくなった。「情報の偏食化」
全編読んで残った、思ったのは
・まずユーザーになってみること
・アイスクリームだって役にはたたない
・感性のつながりを実現しようとしているのがツイッター
・タイムラインは人間関係や社会を可視化するもの
・ウェブのリアルタイム化を可能に
・フォローもリムーブも自由→日本人になじむか?という疑問
・情報の偏食化は、そのレベルを一つ下げたに過ぎないのでは?
タイムラインにあがっても、追いかけるか否かは自身の嗜好による
要は、楽しめばいいのかって話
それを革命にするのかしないのかは、個人次第ということ
だけど仕掛けようとしてたのに向こうからこられたら
ちょっとつまんないとか思って
つまり追いかけたいのか?笑
とりあえず
【第3章】
・ソーシャルブックマークがストックされていくものであるのに対して、RTによる情報共有は、リアルタイムな伝達を目的とするもの
・ストック型からフロー型へ、
・コミュニケーションの簡素化(前章では“拡がり”)、シンプルで使いやすいコミュニケーションツール
・ユーザーは常に新しい体験を求めているが、一方で非常にめんどくさがりでもある
・「誰でもジャーナリストになれる瞬間がある」(クラムズ氏のエピソードから)
#しかし反対に、本当の能力以上のものが可能になってしまう
自信の能力を拡大してくれるツールは多くあるが
それによって自信の能力以上のものを認識してしまう?
・ビューポイントの数だけ真実はある
・イベントやセミナーという空間はこれまで、リアルタイムでクローズドという特徴があったわけだが、参加者が自分のためのメモ書きをライブツイートすることによって、オープン化し、同期/非同期に新たなつながりを生み出している
・ライブツイートは現場に行けばよかったという飢餓感を煽る、ツイッター上のタイムラインとの多層化
【第5章】
・「キャズムを超える」=一般層に浸透する
・ゆるくていい加減なところがツイッターの一つの魅力であることは間違いない
・いろんな場所から別のいろんな場所へ人が移動して、それぞれの一日を送る。みんながお互いに無関心。ほとんどの人が、電車というパブリックな場所を、ipodや携帯、新聞、居眠りといったパーソナルな空間へと変え、それぞれの時間をすごしている。しかし、そんな普通の人々の、なんてことのない日常でさえも、ツイッターを通してみると、とてもユニークでいとおしいものになってくる。個々の人生の集合にすぎなかったものが、タイムライン上で一つの社会として可視化される。
#みんながドラマの主人公 ひとりひとりをクローズアップしてくれるもの
・ツイッターのタイムラインは、人類の挙動を、あたかも神の視点で垣間見せてくれているようにさえ思うことがある。
・これまでのインターネットでは、必要な情報のみを集めて活用する検索行動。逆にいうと、必要な情報しか興味を示さなくなった。「情報の偏食化」
全編読んで残った、思ったのは
・まずユーザーになってみること
・アイスクリームだって役にはたたない
・感性のつながりを実現しようとしているのがツイッター
・タイムラインは人間関係や社会を可視化するもの
・ウェブのリアルタイム化を可能に
・フォローもリムーブも自由→日本人になじむか?という疑問
・情報の偏食化は、そのレベルを一つ下げたに過ぎないのでは?
タイムラインにあがっても、追いかけるか否かは自身の嗜好による
要は、楽しめばいいのかって話
それを革命にするのかしないのかは、個人次第ということ