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原付マンのブログ

うううううあああああいううくぁあううあううああうあうああああああ

書くの忘れてた


この前一年生との交流会がありました


なんか私が思っている以上に一年生は考えていたし
私が思っている以上に三年生は考えていなかったし
結局皆同じ平行線上を同じレベルで歩いているのだと感じました。
ただそこに一年間の経験という厚みが増えるか増えないかの違いなのだなと

・将来設計についてと
・看護を選んだ理由
・どんな看護師になりたいか
これを討論したわけです。

私は書記だったんでみんなの意見聞いて頭で整理してまとめなくちゃいけなくて
それがすごく大変で自分が話すこと忘れちゃってたんで
自分の番になったときに嘘偽りなく薄っぺらなことをペラペラと話してしまったんですよね。
お笑いをやりたかったこと
コンビ解散で最終的にやっぱり自分は人を笑顔にできる、笑わせられる職につきたいんだとわかったこと(受験時に表面的に考えていたことではあったけど
間違いなく私はこれを目的にお笑いを目指していたのだね)
看護はもともと副業のつもりだったこと

過去を思い出しつつ、パラパラと適当に出てきた事実を話して、そこで適当に上記の3点をまとめて自分のも記入して終えてしまうつもりだったんだけど

先輩がまさかのフォローをいれてくれて

正直自分の程度の低さを身に染みさせられた

先輩のフォローはこんなもの↓

病院に入院する患者さんはどんなに自分の病気を意識してないつもりでも
やっぱりどこかしらで子供が病院では泣いてたり、心電図の音が聞こえていたり、バイタル測りますよーなんていう看護師さんの声やわざとらしく落ち着かせられるリラクゼーションミュージックが流れてたりして
いかに自分が健康であっても、そこが病院であって自分の立場が患者であることは間違いなくて、どっかしらでそれを不安に感じるものなんだよね
そこで、二年生二人が話すように(私ともう一人はビジュアル系のライブに通っている子だった)ライブとかだと、一瞬でも自分がいやだったこととかを忘れられる空間とかって必ずあるんだと思う
大好きなことに無意識に集中してしまっている瞬間とか
すごく楽しんでいるときって何者からも解放されて自分の思うように過ごすことができてる
だからそんな風に人を笑わせられる看護師になりたいっていうのは
患者さんがなんやかんやで思い続けてる不安を、気づいたら嫌なことを忘れさせられるような、話してて楽しいだとか、そういう看護師は患者さんからも愛されると思う。だからこれからも目指し続けて欲しいし、すごくいいと思う。

って



この先輩からの言葉が私の中で課題でもあって目標でもあって励ましでもあって

めちゃくちゃ大事なことをフォローしてもらったんだと思った



看護は事実とその判断に加えて
それらを伝える能力とかもどうすても必要になる
事実と判断(アセスメント)はぶっちゃけ医者でもできることなんだよね…


私に欠けているのは
自分で目標にしてるくせに相手をもっと思ってやれないことだったりとか

人を心配するっていうところがすごく欠けてて

まあなんというか
冷静というか
冷たいというか
機械的というか
愛着を持つまでが長いから余計にそういう風になってしまう。

医者と看護師の違いってよく言及されるけど
さっき言った事実と判断のその先の動きが違ってくることだと思うんです。

医者だったら
事実と判断をしたら
・薬の処方
・治療の優先順位
・他科移動指示・連絡
・手術・入院の必要性
・看護師への指示
・合併症予防治療
医者という立場だからこそできる患者さんへの説明(治療に関してはやっぱり医者の方が信頼度は高い)

とかになるのかな

でも看護師は

・患者さんの悩みなど心理的身体的社会的に受けているストレスがなんなのかの理解
・隠れた病気を発見するため、また患者さんの情報をより増やしていくための観察
・現在最も患者さんを苦しめていることはなんなのか(痛みに限らず、病院での治療が嫌で悪化する場合など心理的な面も含む)
・今患者さんにとってなにをすれば何がより改善されていくか
・医者の指示による治療の手助け
とかなんだよね
ほとんど習ったこと羅列してるだけなんだけど。

だから患者さんにとってもしそばにいてくれることが最も大事なことであったら
家族を呼ぶことも考えたり
チームに相談して自分や誰かができる限りそばにいてあげることも看護になるんだよね。


一方的なこれをしたい!っていう欲だけが看護ではないことを理解しているつもりだったんだけど
私の薄っぺらな 笑わせられる看護ってのは一方通行で患者さんにとってどうとか
患者さんがそれを本当に望んでいるのかなんてちっとも考えちゃいなかったんだよね。

相変わらず自分勝手に思考してるんだなあって思うし
でもこれを肯定できる程度には言い訳する語彙力や表現力を携えてしまっているから余計にダメなんだなと思う

私は正直言って
語彙力や知識なんてもんいらなくて
もちろん学力だって価値はないと思ってるくせに
変にプライドはある意地汚い奴なんですよね
でもいざっていうとき
本当に自分や大事な人が誰かを求めるときっていうのは
知識なんてちっとも役にたちゃしないことを知りました。
病気を事実上治すのは看護師ではなく本人の治癒力と医者の治療とその判断のおおかげであって
看護師に求められるものは実は本当は少ないと思う。

頭が悪い人でも今は看護師になれるし
そういう人のストレートな言葉の言い回しだったり表現で救われる人は多いと思う。
なんやかんやで看護師を志す人は看護師になるとき、すごく優しいから。言葉の掛け方なんて知らなくても、素直に泣いてやることだったり素直に私はあなたに元気になって欲しいから頑張ってほしいという単純な人間味溢れた言葉は人を本当に励ますしそこに嘘はないと思うんだ。

嘘は知識のある人しかつかないし


私はもっと素直に相手を心配して
泣いて怒ってミスって怒られて笑ったり落ち込んだり
人生の中でもっと他人の存在を認めた生き方をしてくるんだったって思う

素直でいられないことは
他人にうそをつくこともできるし
それを肯定できるし
つまりはそれは自分本位な生き方になってしまっていることの現れでもあるなって感じたんだよね


正直いって先輩の言葉でここまで考えさせられるとおもってなかったし
ここまで自分の生き方が今からの私の生き方を左右するような課題になっていくとも思ってなかった

もう学校つくしここらへんでやめておこうか