人間関係って難しいなあって何度ぶちあたっても難しいなと思うのですよ。
親の代になっても
私の代でも
私より若い代でも
みーんな似たような悩みを抱えてるんですから
ただ対応の方法とその方法の豊富さが変わるだけで。
でも親が悩んでるのとか見ても
やっぱり思うのは
人間関係に悩んだ時は「自分は悪くない」っていう視点なんだなって。
時には「私のせいだ…」ってなるようなことで悩むこともあるけど
それで悩むのって、いかにその自分を肯定していけるか、ってところで悩むわけだし
本来自分を本当に嫌うようには人間できてないんだろうなって感じました。
本当に自分が全て嫌いな人間ってのはどう考えてもいないんだろうなと
別にそれは悪い事ではないし
むしろ人類存続のためには必要不可欠な無意識の思考回路なんだと思います。
ただうまく自分を受容していかなければいけない。
下手に受容しすぎるとナルシストで
自己中心的に動いてしまうし
成長することができなくなってしまうんだと思うし
下手に受容しなさすぎると周りが引いていってしまうんですよね。
不思議なことに。
受容しなさすぎるっていうのは言い換えれば他者からの受容を極端に求めていることのうらっかえしだとも思うんです。
前提として本当に受容しきれていない人間なんていないわけですし。
まあ簡単な例で言えばどんな助言与えても「だって…」とか「どうせ…」で返してきて
結局自分の意見を変えられない人とかは良い例だったりしますね。
自分に否定的である人に多いのかなって私の中では勝手にイメージついちゃってる。
いやまあ別に私の視野の中だけじゃどうもいえないことではあるから
ほんと色んな人と積極的に接していきたいんですけどね。
なんで毎度毎度私はこうやって人間関係で悩まなくちゃいけないのか
正直よくわからないです。
最近になって繋がりは確かに増えました。
私が原付マンになってからは特に。
私がケイトだった頃と
私がことであった頃と
私が原付マンであった頃
ぜんぶ私であることは変わりないんですけど
やっぱりそれぞれの時期で私も成長していて
思考の仕方が変わっていて
この半年っていう短期間で得られたものが大きかったのは
多分原付マンだと思いますね。
正直、ケイトであったころは何も知らな過ぎたし
そのくせ確かに自分の軸がいっぱい作り上げられて良かったし
最終的に現時点での自分の原点でもある時期だったし
安定してたとも思うんだけど
謎のプライドがあったんだよなあ。
人間関係で揉めることはライブの関係者ではなかったけど
学校で色々ありましたから。
ケイトを捨てなくてはならなかった。
捨てたくはなかったけど
あれは自分が悪かったなあと今は後悔したりしなかったり。
ことの期間は長かったからこそ
地道に作り上げたものが多かった。
人との関係性だったり
長いからこその思考の構築もゆっくりで
思うこともいっぱいあって
私の幅が広がるにつれて板挟みになることもいっぱいあって
その分ゆっくりではあったけどめちゃくちゃ大人になれたと思います。
ただやっぱり根本的な軸を変わらずにやれてこれた。
でも軸になってたものがぶっこわれたら段々どうでもよくなっちゃったんですよねえ。
私が支えとしてきたものが壊れたしなくなったし
すがりようがなくなってしまったので。
すがっていたことが相手にとっては負担だったようです。
私が支えだと思っていたものは
相手にとっては重荷でしかなかったようで
まあ人格破綻してめちゃくちゃなこと言いだして
変な意味で凄く成長しました。
多分誰との出会いと別れを繰り返してきた中で
最も辛い現実とぶちあたって私の中でなんか妥協できるポイントがスゴく浅くなったんでしょうね。
良いのか悪いのか正直よくわかんないけど
成長はできた期間だった。
あと人へのあつかいが雑になりましたね
もうどうでもよくなってた。
実際どうでもいいのかもしれないとか思った。
原付マンは
いつか黒歴史になるかもしれないね
アカウント分けたのは意味があったのか正直わからないです。
いっぱいつぶやいて
ことの方で邪魔にならないように邪魔にならないようにって思って作ったし
もう何も気にしないで作ったはずだったのに
結果的にサブアカみたいになっちゃって
周りに変な気を遣わせてしまったりして
存在の意味を最近感じなくなってました。
あと変な身内ノリが残り続けていたことは間違いなかったし。
私の中でなんかよくわかんないけどひっかかってたことは間違いなかった。
なんか別に悪いことではなかったんだけどね
嘘はつきたくないし
かくしていたくもなかったし
きっと自分が寂しがり屋だから良くないんだなって思って
もっと自分を律するためにもこいつを消すことにしたわけだけど
なんかやっぱり周りからすると「なんかあったの?」ってなるみたいで
別にそういうわけじゃないんだけど。
最近ずっとなんだかなぁっていう思いがいっぱいあって悲しくなったり怒りたくなったり
どうあがいてたって意味がないのにただイライラしたりして
年がら年中生理前かよっていうような感じだったけど
アカウント消したら少し良くなりましたね。
もう二十歳で
もう大学二年生で
実習のための勉強も始まってて
先輩から凄く良い言葉も貰って
なのにまだネットにすがりついているわけにもいかないなと思うわけです。
別にネットにすがる人達をディスるわけではないけど
わたしは使い方を間違えていたように思えて
凄く考えて考えて、
自分みたいな奴に看護されたいかなって思ったら
いやだなって思ったわけです。
こんなネットに人生左右されてるような奴に
患者の気持ちなんかわかるわけがないなと。
患者さんがどういう不安を抱えているかなんて
目の前でリアルに関わってきてなんぼで
いくらパソコンとにらめっこして情報をゲットしたって
患者さん本人から得られるリアルなものは何一つ得られやしない
そう思ったらなんか
ネットに存在意義を感じなくなってしまって
でもこうやってブログ書いてるってことは
やっぱりまだ自分的にSNSに未練があるからなんですけどね。
まだこれは私の甘えの残留だなという感覚だけど
正直人との繋がりが私の全てみたいな所あったから
ぜんぶは断ち切れないですやっぱり。
でも文字にして表現すると
凄く落ち着くんですよね。
頭の中が整理できる。
誰に理解されるとかそういうのは関係なくて
ただ文字にして表出させたいというか。
1つの自己アピールの仕方なんだなって思う。
ただ目につかないところでやりすぎなんだろうな笑
本当に愛されている人はこういうことはしないものね。
ラインとかいうものを活用し始めたんだけど
活用し始めたらし始めたで
疲れちゃいますね。
いっぱい連絡来る。
皆いっぱい人と関わりを持っていたんだなって
ツイッターとかSNSでしか人との関わりを持てていなかった自分からすると
少し驚きでした。
だから私はダメなのだなあとか思った反面
自分は嫌ってきていた没個性の中に少しずつ飲まれて行っているんじゃないかっていう恐怖感もあり
最近自分のサブカル感に気持ち悪さも感じています。
個性ってなんなんだろうねえ。
難しい。
