いらっしゃいませ。そしてお帰りなさいませ。
庄内多季物語工房へ、ようこそおいで下さいました。
山形県庄内地方は、澄んだ空気と肥沃な土壌、そして清冽(せいれつ)な水に育まれた、新鮮で滋味豊かな野菜や果物の宝庫です。
それに加えて、時に不思議な光景に遭遇する土地でもあるのです。
今回、物語収穫人である私、佐藤美月が遭遇致しました不思議な光景は、全部で四編に分けてお届けしております。
それでは第二景を、どうぞこちらから、ご堪能下さいませ。
![くまクッキー](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/451.png)
![本命チョコ](https://stat100.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char3/447.png)
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そんな『抱き締め屋』さんの話を聴いていて、何だか胡散臭いな~と思った私は、後輩にこのように確認せずにはいられませんでした。
「それって、抱き付き魔が熊の着ぐるみの中に入ってるだけなんじゃないの?
いきなり若くて可愛い女の子に抱き付けば犯罪だけど、それを職業にしてしまえば、犯罪者扱いはされないもんね。
考えたもんだよね~」
「もう、美月さんったら、抱き付き魔からは離れて下さいよ~!!!
実は私も『抱き締め屋』さんから抱き締めてもらったんですけど、かなり獣臭かったから、本物の熊だと思いますよ。
でも、腕も胸もお腹もほこほこと暖かくて、お気に入りのぬいぐるみと一緒にベッドに入っていた子供の頃を想い出したんですよね。
勿論、気持ちもほっこりと暖かくなりました。
私はスーパーで買ったれんげ蜂蜜で十分間でしたけど、高森さんなんて、わざわざ取り寄せた白蜂蜜をあげたら、三十分間抱き締めてもらえたって、自慢してましたよ」
高森さんというのは、同じ職場で働いている、それこそ熊のようにずんぐりむっくりとした体型を保持している、四十代半ばくらいの独身男性でした。
しかし、口を開けば、高級お取り寄せ食材の桃が美味しかったとか、一時間でこんなに生産数を上げたとか、とにかく自慢話しかしないようなタイプでした。
恐らくそれ以外で、自分をアピールする術を知らないのでしょう。
それでも、決して美男子でも若くもない高森さんを、三十分間も抱き締め続けたということは、その『抱き締め屋』さんの正体は、少なくとも、熊の着ぐるみの中に入った抱き付き魔ではないということなのでしょう。
もしかしたら本当に、蜂蜜の種類で選り好みする、本物の熊なのかも知れません。
その辺りは半信半疑でしたが、もしも真相を追及したければ、後は自分で確認するしかないのでしょう。
何だか奇妙な内容ではありましたが、それは日勤のメンバーと、夜勤のメンバーが交替する時間に交わされた、ごく短い会話に過ぎませんでした。
そこで夜勤帯の仕事を終えた私は、後輩にやりかけの仕事を引き継いで、怠い身体を引き摺りながら、二十四時間体制で稼働している職場を後にしました。
日勤が終わった後なら、ちょっとスーパーに寄って、食料の買い出しをするくらいの元気は残っているのですが、夜勤明けともなると、ひたすら眠気との格闘になってしまい、一先ず帰宅して、ある程度睡眠を取ってからでないと、何の用事をこなす気にもなれないのでした。
そんな時、現(うつつ)の世界と夢の世界との狭間に、ふわふわと存在している雲のような、何とも覚束ない感覚になります。
それでも、もうこれ以上何も出来ないという状態にまで自分を追い込んだら、後はぱたりと倒れ込むようにして眠るしか選択肢はないので、そんな感覚が嫌いというわけではありませんでした。
詰まるところ、放っておくと色々と考え過ぎる傾向があるので、時にはもうこれ以上、何も考えられないというシンプルな状態に、自分を置いておきたいという隠れた願望があるのかも知れません。
そんな理由から、その日は真っ直ぐに帰宅し、洗い晒した部屋着に着替えてから、布団に潜り込みました。
その後で事切れたかのように、ことんと眠りに落ちました。
一晩に何種類の夢を見ているのか、定かではありませんが、いよいよ現の世界に向けて、意識が押し出されていくようにして目が覚めたのは、溺れていて、息苦しさを感じていた夢の途中のことでした。
しかも、その時に溺れていたのは、美しい金色に澄んだ蜂蜜で出来ている海でした。
そこはべとべとしていて生温かく、こっくりとした甘い匂いが漂っていました。
きっと蜂蜜好きの子熊であれば、陶然となるような夢だったに違いありません。
それにしても、どうして夢の中に蜂蜜が出てきたのだろうと考えているうちに、数時間前に職場の後輩から聴いた『抱き締め屋』さんの話が、ぼんやりと想い出されてきました。
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・・・ 抱き締め屋さん〈全四景~第三景~〉へと続く ・・・
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佐藤美月は、小説家・エッセイスト・ライター・コラムニストとして、活動しております。
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