月の海に沈む廃墟〈全七夜~第四夜~〉 | 佐藤 美月☆庄内多季物語工房 ~心のエネルギー補給スペースへようこそ~

佐藤 美月☆庄内多季物語工房 ~心のエネルギー補給スペースへようこそ~

山形県庄内からの新鮮便。採れたての物語を召し上がれ。
あなたが初めて出逢ったのに、不思議と懐かしさを感じる世界が、ここにあります。
佐藤美月〈小説家・エッセイスト〉のブログへようこそ。




いらっしゃいませ。そしてお帰りなさいませ。

庄内多季物語工房へ、ようこそおいで下さいました。

山形県庄内地方は、澄んだ空気と肥沃な土壌、そして清冽(せいれつ)な水に育まれた、新鮮で滋味豊かな野菜や果物の宝庫です。

それに加えて、時に不思議な現象に遭遇する土地でもあるのです。

今回、物語収穫人である私、佐藤美月が遭遇致しました不思議な現象は、全部で七夜を通して、お届け致します。

それでは第四夜を、どうぞこちらから、ご堪能下さいませ。




月見お月様星空




ふと気が付くと、私の両足は、再び地面を捉えていて、頭上には、犇(ひし)めくような満天の星が煌めいていました。

けれども、どうやらそこは、地球とは別の惑星のようでした。

草木が一本も生えていない、殺伐とした荒野が何処までも広がっており、その地面は、琥珀色の砂で覆われていました。

そうして所々に、巨大なクレーターらしき穴が開いています。

それから、頭上で煌々と輝く星達は、シャンデリアのような明るく豪奢な輝きを放っており、更に白銀色に煌めく箒星の群れが、縦横無尽に夜空を駆け巡っていました。

更には、何処が発信源になっているのか分かりませんが、クリスタルボウルを鳴らしているような荘厳な音色が、辺り一帯にしっとりと響いていました。

その澄み切った音色に、全身の細胞が共鳴している感覚がありました。

それは、一つの音が鳴り終わりそうになった時に、また新たな音が一つ、追加されるように鳴り響いてくる感じで、延々と音色のリレーを繰り返しているかのようでした。

その揺るぎのない繰り返しは、一定の感覚で浜辺に打ち寄せる波音に、耳を傾けているかのようでした。

私はその場にしゃがんで、地面に両膝を付くと、琥珀色の砂を右手で掴んで、左の掌の上に、さらさらと零しました。

砂は彫像のように、ひんやりとしていました。

そうして、水のように優美に流れ落ちていく木目の細かい砂は、月の砂で拵えたという砂時計の砂と、全く同じ質の物に見えました。

やはり私が今着陸した惑星は、月であるようでした。

私は手と膝を叩きながら立ち上がると、手近に見えているクレーターの淵まで歩いて行きました。

それからその淵の際に再びしゃがんで両膝を付くと、そこから身を乗り出すようにして、クレーターの底を覗き込みました。

海とは良く言ったもので、そのクレーターの底までは、およそ三百メートルはありそうでした。

そうして直径は、軽く五百メートルくらいはあるように見えました。

ただ、そのクレーターは、他の巨大なそれに比べると、ごくささやかなサイズのように感じられました。

月から遠く離れた地球で暮らす人間からも視認出来るようなクレーターは、恐らく数百キロ単位で開いている、巨大な穴なのでしょう。

もしもその巨大なクレーターの途中に不時着していたら、果てしない底に辿り着くまで、延々と転がり落ちていたかも知れません。

そんな危険な目に遭わないで良かったと胸を撫で下ろしていると、クレーターの底の暗がりから、何やら軽やかな存在が、大群を成して、ひらひらと舞いながら、浮上してくるのが見えました。

その点描を描くような不規則な羽ばたき方は、どうも蝶のようだと思いながら見守っていると、やがて私の目の前を通過して行ったのは、予想通り、菫色の羽根を持った蝶の大群でした。

その繊細な羽根は、繻子織りの布地のように妖艶に色を変えるので、羽ばたく角度によっては、深い瑠璃色に見える時もありました。

私は、何故月に蝶が棲息しているのだろうと疑問に思いましたが、実際に月面にいながらにして、その風景を目撃してしまうと、ジントニックのグラスには、ライムの輪切りが不可欠であるように、月面には蝶の大群が不可欠なのだと思えてなりませんでした。

月面と蝶の大群という組み合わせは、妙に退廃的で、それは月の海の底に沈んでいるという廃墟の存在を、強く意識させることにもなりました。

月面を眺めているだけでは分かりませんが、その海の底には、数多くの廃墟が沈んでいるのです。

それが月を月らしくしているように思えてなりませんでした。

そうして、貴腐ワインの芳香のように華やかな蝶の大群は、まるで廃墟を想い出させる独特の香りのようにして、何処までも広がって行きました。

そんなふうにして、蝶の大群が群れ飛ぶ美しさに見惚れていた矢先、私の世界が、再びいきなり反転したのです。


お月様あしあとお月様あしあとお月様あしあとお月様あしあとお月様あしあとお月様あしあとお月様あしあとお月様あしあと


・・・ 月の海に沈む廃墟〈全七夜~第五夜~〉へと続く ・・・



ふんわりリボン佐藤美月は、こんなバックボーンを持っています。詳しくお知りになりたい方は、こちらを紐解いてみて下さいね。




義理チョコ佐藤美月は、小説家・エッセイストとして、活動しております。執筆依頼は、こちらから承っております。→執筆依頼フォーム