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good days' diary*

20代会社員。
旅行・読書・カフェ巡りなどがすきです。

誰かのために生きる喜びを知って、誰かのために生きたいと思うようになったのはいつからなんだろう。



なんとなく思い浮かぶのは仙台の、空気が透きとおった秋のこと。

どんな形でも、どんな想いでも、他人に必要とされていることの温かみを、綺麗な秋空に感じていた。

懐かしい。


これまで全くの他人だったひとの中に、自分のスペースができること。その嬉しさ。

気づいたら、その人の中にいたくて、その人の中で生きるために、生きていた、のかもしれない。


それはそれだけであれば綺麗な物語ではあるけれど、

ひとつ事情が異なれば、依存、という表現もすることができる。


私はいつの間にか、誰かのためにずっと生きていた。

誰かのために生きる人生がいいとずっと思っていた。


だからふと、誰のために生きていいかわからない状況になると途端に迷子になってしまう。


私の優しさや、女らしさや、働くことや、生きる意味が。

何のためのものかわからない。


自分のため?

自分が納得するために、頑張って、自分に納得したところで、その先に何があるというのだろう。


自分に納得できる自信でいたい。それはもちろん。

でもそれだけでは、やっぱり楽しくないんだ。


人に自分を認めてもらわないと生きていけないなんて、子供だと思う。

自立した女なんかじゃ、ないと思う。


でもやっぱりつまらないんだ。

あなたに届きたくて。―つまり、私の価値をあなたに認めてもらいたくて。

そのモチベーションがなければ、本当につまらない。


認めたくなかった、私の中のもっとも子どもなところ。

でもやっぱり、どうにもならない。


どうか、あなたに届きたい。

あけましておめでとうございます。

今年も良い一年になりますように。


さて、もはや毎年恒例かのようになっているのが空しくもあるけれど、新しい年を迎えると、気持ち新たに今年の目標を立てたりする。

昨年の自分を振り返って、さらには自分の目指す姿を考えて、そのギャップを埋める何かしらを目標にする。


お金のムダ使いをやめる、英語の勉強する、痩せる、だらしない生活をしない・・・

私もたくさんやりたいこと、実現したいことが見つかったが、一番強く思うのは、「今年こそは、『今年こそ』を実現する!」ということだろう。


もちろん、今は強く思っていることも数週間とか、数か月経てばみるみるうちに色あせていくこともやや頭をよぎるのだが、やっぱり「今年こそは」という強い思いが今年の私にはある。


一つの理由は、今年27歳を迎えることだろう。

27歳と言えば、私の中では「女としてのピーク」なイメージだ。

もちろんピークなんて人それぞれであることはわかっているが、やはり若さと、大人さとの2つの要素がちょうど良いバランスを迎える年齢なんだと思っている。

その「女としてのピーク」にあたって、私は何より、自分に納得できる自分でいたい、と思うのだ。

ルックスや、仕事や、人間関係において。


だから私は今年、闘いたい。向き合いたい。自分と。


そんなことを考えていて、新年新しくした気持ちで、目標をいかに達成するか、ということを考えていたら、ふと気づいたことがある。

それは、「何かを新しく始めることより、今やっている何かを止めることの方が難しい」ということ。


「今年こそ」を実現するためには、新しく何かを始めること―たとえば、ジムに通うとか、勉強を続ける、とか―が必要だけれど、それらを習慣化するにはおそらく今の生活を変える必要があって、大抵の場合日々の何かしらで手一杯になっている現実のままでは、新しく始めたことも続かないのがもっともだ。

今までに習慣化しているもので、今の私には不要、または優先度が低いもの。

そういったものを(自分の慰めのために言葉を足せば、ある程度)切り捨てていくことが先決であって、それにはきっと相当の覚悟がいる。

大抵今までも「やめよう」と思いながらも、疲れた、とか、たまにはいいよね、みたいな言葉を盾にしてやめきれなかったものばかりからだ。

もちろん今まで100のものを急に0にするのは少し無理が生じるだろうから、少しずつでいい、と自分に言い聞かせるけれど、それでも、私は「今年こそ」やってみせる。



話は少し反れるけれど、でも共通した話で、何かを諦めることを覚えるのが大人になることなんだろうか、ということを考えていた。


全てに満足できる人生は、あるんだろうか。

若くて、青い私は、全て諦めたくない、と思ってた。

妥協なんてしたくない。


あるいは、何かうまくいかないことがあるとそれで頭がいっぱいになっていた。


生きていくうえで、絶望なんてたくさんある。自分のふがいなさや、もう変えられない過去への後悔や、哀しいニュース。

でも一方で、それだけじゃない。生きている今、私のどこかを切り取って違う側面から見れば、何かにはきっと希望を見出せるはずだ。

そう考えることは、たぶん間違っていない。


全てに満足することは、きっとできない。

これを受け止めることにもおそらく、覚悟がいる。


でも、何か希望はあるはずなんだ。

小説や映画にだって救いはある。


「現実逃避」という言葉は好きじゃない。でも、現実を優しく受け止めるためのクッションのような何かを持っておくことはきっと有益だ。


全ては諦めない。諦めたくない。でも全部は無理だから。


そうやって、少しずつ、自分と向き合っていく一年にしたい。



そしてこういう風に思えることすら、今までの自分では納得できないと思うことすら、根本に届きたい人がいるからなんだろう。


好きな人に、そのまま向き合える自分でいたい。


素敵な一年になりますように。



今年一年を振り返って。


という言葉から、いろいろ思うところはある。


まだ12月も入ったばっかりから、「今年はこんな1年だったなぁ・・」なんて感慨にふけることも多く、誰かに「まだ今年1ヶ月あるじゃん」てつっこまれるのを待ちながらもたくさんたくさん振り返った。

わりとネタのように「今年は散々な1年だった」と何度か言った。

もちろん楽しいこともたくさんあったけど。


簡単に振り返ると、1月から3月まで、幸せなんだけど辛い恋をした。

一緒にいることを「刹那」に楽しむような。


4月からは、不毛な時期だったと思う。

まぁ簡単に言えば、合コン的なものに行き、収穫がないどころか、女同士の友情を若干失った。


9月、新しい恋に自覚して。


12月、うかれたのも束の間、「待ってほしい」と言われて不穏な気持ちになっている。


恋愛関係だけで言えばこんな感じなんだけれど、その間(特に4月以降)仕事で思うように成長できない自分に対する劣等感をたくさん味わった。



一方で、人間関係にはとても恵まれたと思っている。


送り出してくれたたくさんの人たち。

何もできない自分を優しく受け入れてくれる人たち。

一緒に笑ってくれる友達。

旅行に行ってくれる友達も。


十分に幸せ。

だけれども、この「散々」さがなんとなく離れないのは、きっと望むものは何も手に入っていない、ということなんだと思う。今年一年。



私が欲しいのは、本当に一番欲しいのは、好きな人に愛されることなんだと思う。

身もふたもないけど、言ってしまえば。



ねぇ、だから。神様にお願いがあります。

今のこの恋だけは成就させてください。


この恋だけは。



彼とちゃんと話したとき、本当に好きになって間違ってなかった、と思った。

自分の芯が強くて。流されなくて。その中でちゃんと私と向き合ってくれていた。


「今は付き合うっていう決断はできない」

飾ることも、隠すこともなく、伝えてくれたこと、変だけど嬉しかった。


「もうちょっと時間をください」

それはもちろん、嬉しかった。


私はきっとたくさん間違えた。

もっと上手な距離の縮め方も、伝え方もあったはずだ。

恥ずかしい、なんてことを理由に、丁寧な足の踏み出し方をしなかったのはとても後悔している。


まだたくさん話したいことがある。まだたくさん伝えたいことがある。

フラッシュバックする過去。経験則から言えば不安ばっかりがよぎる。

余裕のあるふりをしたい見栄っぱり。あとは彼の決断だから私にはどうすることもできないって先回りして覚悟してる。


ねぇ、神様、でも、神様。

彼の言葉に、期待して待ってていいですか。

何かが、私の何かが彼の中にひっかかっているのなら。期待してもいいですか。

傷つくのなんて本当に怖い。だって今まで何度だって成就しなかった自分の気持ちと向き合ってきた。何度も泣いてきた。心の中にある空白の重たさ。たくさんたくさん味わって、それでも、もちろん嘘ではない気持ちで、この恋ができてよかった、とか、この経験があってよかった、なんて思ってきた。思い込んできた。本当は全然平気じゃなかったくせに。


だから、期待することは本当に怖い。本当に。

正直に認めれば、余裕なんてまったくない。自信もまったくない。フラれたくない。怖い。怖い。怖い。

でも、いま。「信じる」って言うのは少し違うのかもしれないけど、それでも、彼のことを「信じて」みたい。期待したい。

彼のまっすぐな言葉を受けたときに、思ったんだ、私もまっすぐ向き合おうって。

中途半端にはぐらかしたり、余裕のあるフリをしたり、するのはなんだかそぐわない。


つまり、本当に、一緒にいたいって、思ってるって、自覚していいだろうか。

神様。

私も頑張る。けれど、お願い。この恋だけは、本当に叶えたいんだ・・・



私はおみくじとか信じる方なのだけれど、今年引いたいくつかのおみくじには、揃いもそろって「今はあんまりよくないけど、そのうちよくなるから、それまで慎んでお参りしてなさい」的な内容ばかりが書いてあった。


「そのうち」っていつなんだ、ってずっと思ってたけど、なかなかまだ運気があがらない様なのはなんとなくわかった。


ちゃんと、誠実に、待ってるから、明るい未来が訪れますように。