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good days' diary*

20代会社員。
旅行・読書・カフェ巡りなどがすきです。



東京にきて、あっという間に半年間が過ぎた。



半年、はんとし。

長いようで短いようで。でも一まとまりで見ることができる程度には、十分な期間なんだと思う。


その間、わたしは何をやっていたんだろう、と思うときもあれば、

半年の間にいろんな経験したなー、と思う面もある。


正直に、今の自分の感情を認めると、前者の方が大きいだろうか。



東京の怖さは、人の多さだと思う。


わたし、みたいな人なんていくらでもいる。

わたし、じゃなきゃいけないことや、わたし、にしかないものなんて無いに等しいんだと思う。


自分なんてどうでもいい存在だから、存在価値を高めるために頑張る人もいるだろうし、

自分なんてどうでもいい存在だから、自分が楽しんで生きればいいって思う人もいるだろうし、

自分なんてどうでもいい存在だから、自分を大切に思えないし、他人のことも大切に思えないって面もある。



なんでも都会のせいにするべきじゃないのかもしれない。


でも他人のことを大切にできない、っていうのは自分のスタンスとして認められないものなのに、

油断するとそうなってしまっていた時期があったのは都会の病理のような気もした。





自分の持ってる時間は限られてる。


土日を過ごすたびに、あれもこれもできないまま終わってしまうのを眺める日曜の夜を味わう。

それっていうのは、自分があまりにもだらしない休日を過ごしてしまったせい、

ではなく、大抵は詰め込みすぎが原因なのだ。


友達と遊びたい。みだしなみのために美容院やサロン。

新しい服も買いたいし、日常の手続き的なこともこなさなきゃ。

平日の疲れを癒すためにゆっくり寝たいし、洗濯掃除もある。


本当にやりたいこと(一部、やらなきゃいけないこと)がたくさんあって、でもたいていはすべてこなせないまま終わる。


きっと自分に対する期待が高いんだと思う。

キレイになりたいし、友達も大切にしたいし、週明けからリフレッシュして出勤したい。


そして自分の能力をちゃんと把握できてないんだと思う。

これが本当に日曜の憂鬱のもと。



でも、欲張りたい。

一つのことだけじゃなく、いろんなことを頑張りたい。


でも、時間は限られていて、今のところうまく使いこなせていない。

かといって、時間に追われて、カツカツした生き方はしたくない。



どうしたらいいのか、アイデアを練る。


うーん。



ひとつは、ムダな時間は減らすこと。

でも、私の中で、ぐだーっとしたり、まったりしたりする時間は<必要>な時間。


では、ムダとは。


あまり自分に価値のない人との人間関係。

(何かを買うとかいう単純な物事においての)判断に迷う時間。

やることがたくさんあって、途方にくれている時間。



もうひとつは、一つ上の文章とも関連するけど。

やることがたくさんある。できていない。途方にくれる。

でも、やりたかったこと全部はできていなくても、一つずつ、少しでもやっていくしかない。

丁寧に生きる、とはそういうことなんだろうな。



やりたいことは諦められない。

全部やりたい。

でも全部はできない。


まずは、全部できなかったことを受け入れよう。それが現実なんだもの。

目標、とか、自分の目指す自分には程遠い。


そして、昨日より少しでも。一つでも何か+にできるよう。


いきなりブレイクスルーはできない。step by stepでしか人は成長できないんだろうから。




Kis-My-Ft2が好きなんです。

彼らの楽曲で、「SNOWDOMEの約束」という名曲があります。

これから始まる2人、まだまだたくさん知らないことがあるけれど、君といる今夜みたいに本当に大切な瞬間、スノードームに封じ込めたいくらい愛おしい。
そんな曲です。
コンサートでは、ファンの皆との絆を思って歌う曲、なんてメンバーが言ってたりしますが、普通に聞くと普通のラブソングです。

曲の中では、これから始まる2人のことを歌っていますが、「スノードームに封じ込める」という表現が素敵だなと思いまして。



冬に降った雪が溶けて、次第に寒さも緩んで季節が移り変わるように、人の気持ちや想いも移り変わるもので、いつかは消えてしまう想いだってたくさんある。

けれども、たとえば冬の寒さや、今は消えてしまった想いも、かつては実在していたことも事実で。
この曲のように、雪の冷たさや冬の寒さの中で感じたぬくもりをそのときの、そのままの温度、気持ちで、スノードームに封じ込めておくことができたら。

過去から現在、そして未来の一本の線で考えると、変わって、なくなってしまっているたくさんの想いや気持ち。それらを過去のどこかのあの日の時点で封じ込めたなら。

それは本当に雪がキラキラして、温かくて素敵なスノードームが出来上がるんじゃないかと。

今は残っていない雪の冷たさも、ぬくもりも、かつて確かにキラキラしてそこにあったんだって。

そう考えられるのなら、そしてまた、思い出をスノードームみたいな綺麗な形に残しておけるならとても素敵。

もちろん過去を懐かしんでばかりだけじゃよくなくて、今は今で進まなくちゃいけない。
けれども、これからどんな未来が訪れたとしても、過去にあった事実は変わらない。それはすごく温かいことなんじゃないのかな。

今も未来も掴めない、けれど過去だけは良くも悪くも変えられない。
それは本当は素敵なことなんだと思う。

「スノードーム」からそんなことを連想していました。



SNOWDOMEの約束を聞いていて、ふとそんな風に思って泣いてしまった。
1人で過去を思い出していたって泣くことなんてそんなにないのに。

音楽は、余計に感傷的な気持ちにさせる効果があると思う。
だから、普段は知らないふりをしていた心のささくれた部分に見事にひっかかる。

一緒に泣いてくれる音楽。
知らないふりをしたままだったら、どこかでまだずっとささくれたままだったかもしれない。
過去を受け入れて、ささくれと向き合って、悲しく、愛おしくなって泣くことは、たくさんのものを洗い流してくれる、たぶん前向きな行為だ。

SNOWDOMEの約束、曲はもちろんながら、その楽曲を冠したツアーも素敵な素敵なコンサートでしたので、気になった方はぜひ。


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