ようやく羽生結弦さんのプロとしての初めてのショー、「プロローグ」について記事にすることできます。(映像を見ないことには書けませんからねえ。)
しかしあまりにも時間が経ちすぎているので、もう私の言いたいことは全て言い尽くされた感があり、どんな記事にして良いのかも分からないまま、書き始めているのが正直なところです。
例えばイタリア在住の Nympheaさんの秀逸なコラムがまさに私の感じたことを網羅しています。
まずはこちら:
そしてこちらも:
素晴らしいですよね?
ってことで。もうこの二つの記事をご紹介するだけで終えても良いくらいなのですが、それだとあまりにも怠惰なので、少しだけ、私からも何かを提供したいと思います。
私はショーが6分間練習で始まって、そして直後に「SEIMEI」の試合さながらの演技が続いたと聞いた時、驚きませんでした。それよりも「羽生さんらしいなあ」と感じました。(ホントよ)
ただ、会場にいる(そして映画館やテレビなどで映像を見ている)人たちに向けて、競技の場面を(マイナスその他の競技者ですが)そっくり再現して見せるのは、あらゆる意味で「勇気」というか、「度胸」の要ること。
いくらファンが「羽生さんの6分間練習が大好き」だと言ったからといって、本当にそれをショーに組み込んで、たった一人で会場中の視線を浴びながらやり遂げるのは、彼でさえもシンドイんじゃないかなあ。。。
と思っていたのです。
しかし実際にその場面の映像を見ると、すぐにそんな思いは打ち消されました。
「ああ、もうここは羽生結弦の支配する空間なんだ」
(だから何も心配することはないんだ)
会場にいる全ての人が彼を、彼だけを観に来ているのだから、その時点で「共通認識」というか、「約束事」みたいなものが出来上がっているわけで、彼は自分の心を開き、そして観ている側はそれを受け止めるだけで良い。
お互い何も遠慮はいらない、羽生結弦というアスリート・アーティストと、そのファンたちのための水入らずの空間、がそこに広がっていました。
スポーツ報知の高木記者が何とも上手い表現で書いていた通り、彼が「見せたい」ものとファンが「見たい」ものがピッタリと合致していたのですよね。
本日の紙面原稿です。連載初回です。よろしくお願いします。
— Megumi Takagi/高木恵(スポーツ報知) (@megdale1021) November 5, 2022
「見せたい」と「見たい」の見事な合致 完璧だった #羽生結弦 さんの #プロローグ 連載「#序章」1
スポーツ報知 https://t.co/hxzc543r2k
ところで以前にも、8月にインタビューさせてもらったデイヴィッド・ウィルソンの言葉を引用した記事を書きましたが、改めて彼の言ったことが蘇ってきました。
年月とともに彼は信じられないほどカリスマ性のある、とてつもないパフォーマーに成長したのです。そのカリスマ性といったら、それこそ耳やら鼻からも溢れ出るほどの稀に見る類いのものですよ。あれほどのものは俳優にもミュージシャンにもなかなか見られません。
(「耳やら鼻からも溢れ出るほどの」の部分は、デイヴィッドさんのすごく派手なジェスチャー入りでした。)
そしてそのあとに言ったのは:
彼が氷上に一歩踏み出す。するとそこにはもう彼以外、誰もいなくなってしまう。その場を完全に掌握するんです。
彼が滑り出す。するとまるで『俺を見ろ!』と、何もしていなくても言っているかのようなんです。
しかも今回は実際、最初っから彼しか氷上にいないんですからね。
それでも全く空間がだだっ広いと感じさせず、全ての人の目を釘付けにできるのが、デイヴィッドさんのいうところの羽生さんのカリスマ性のなせる業なのです。
そして観客の方々が全員、ショーの成功を祈り、感染対策をしっかり守ってマスクを着けて、整然と座り、なるべく声を出さない代わりに出来るだけ大きな拍手をしている。私にとってはこれも感動的な光景でした。
もっともこれほどまでに考えつくされたショーを見せてもらうと、ファンとしては冥利に尽きるでしょう。(特にバングルを使っての観客参加、あるいは事前に質問を募ってのファンダムの一体化、も含めて、全ての構成が見事です。)
羽生さんが寝る時間を削って一生懸命、構想を練り、体力をつけ、演技を磨き、そして本番で一瞬たりとも気を抜かずにやり遂げたのですから、壮大なラブレターを受け取ったような気がしませんでしたか?
ここでまた、シェイリーン・ボーンのインタビュー時の言葉が思い出されます。
「ある意味、彼は『別の空間』へと移行ができる」
からだと言います。
そして
「人々はそんな彼を見て、つながり合えたと感じる。そこにいる彼、その存在とのつながりを感じ取れるというのは、ものすごく深いところで起きることですよね。だからこそ人々は会場を去った後もその感覚を心の中に持ち帰り、永遠にそこに留めておくことができるのです。 」
。。。
私、実はシェイリーンのインタビューをした時に、この部分ですっごく感動したんですよね。
まるで羽生さんから放たれたエネルギーが、無数の小さな光となって会場中に散って、見ている人々の心の中にポッと灯るのが見えたような気がしました。
そしてそれぞれが胸の奥でその灯の温かさを感じながら、大事に大事にお家に持って帰る姿が目に浮かんだのです。
会場にいらした幸運な方々、いかがでしたか?
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なお、最後になりましたが、プチネタです。
羽生さんが2012年にトロントに練習拠点を移し、カート・ブラウニングさんに振り付けてもらったショーナンバーの「Hello I Love You」を、横浜公演の二日目に滑りました。
羽生さんは演技前の説明で、このプログラムをあまり滑る機会がなかった、というようなことに触れていましたね?そして「足さばきとか、カートブラウニングさんらしい振付、ロックな感じを」見てほしい、とも。
そのことをカートさんと親しいPj Kwongさんを通して伝えてもらったのでした。
するとまもなくしてクオンさんから
"as you can see from the note below - Kurt is THRILLED!"
「以下のメッセージを見てもわかる通り、カートは大興奮!」
という返事が来ました。
カートさんのメッセージには:
I am So So Happy he is doing this.
彼がそうしてくれて("Hello I Love You" を滑ってくれて)本当に本当に嬉しいよ。
It is true that he did not use the program much and I assumed it was bad luck or that he did not bond with it much.
確かに彼はこのプログラムをあまり使わなかったから、何となく運がなかったのかな、とか、もしかすると「あまりしっくり来ない」みたいに彼は思ったのかな、と勝手に考えてた。
と言っていました。
そして今回滑ってくれると聞いて、喜びのあまり「キャーキャー言っちゃった」とも。
また、このプログラムの演出についても
It has this cool cool ending where he draws a heart on his own shirt and then takes it off during the bow, he wears 2 for the #, and tosses it into the crowd.
エンディングがそれはそれはカッコよくてね、彼が自分のシャツにハートを描くんだよ。お辞儀をする時にそのシャツを脱いで、この演目では下にもう一枚着てるから、観客にめがけて投げるんだ。
そして、
"working with him in person made me a fan for life."
彼と実際に振付作業をやったことで、生涯彼のファンになったよ。
と締めくくっていました。
なお、カートさんは「プロローグ」の映像を見ていないので、羽生さんが演技前に何を言ったのかは私が伝えたことを通してしか知りません。そして私は羽生さんが「ハートを描く」演出について言及していたことを伝えていなかったんですよね。
だから二人ともエンディングについて語っていたのは奇遇でした。
まあ、こういう(カートさんのこのプログラム対する思い入れを完璧に把握している)ところにも、羽生さんの隙のない記憶力や、細やかな気遣いが見えて、ただただ脱帽、なんですが。
全ての作品に対して、全ての振付師さんに対して、限りないリスペクトと愛を持って、何年経っても、何度でも、滑って見せる。
こんなことをするスケーターが他にいるでしょうか?
しかも私たちはまだ「序章」しか見せてもらっていないのです。
いわば、「羽生結弦ワールド」というテーマパークの切符売り場を通り抜けた辺り?
これから色んな乗り物に乗せてもらったり、びっくり屋敷に連れて行ってもらったり?
以上、とりとめのない私の「プロローグ」に関する雑感、でした。