前記事の続きです。
カナダのフィギュアスケート界が2018年の平昌シーズン以降、窮地に立たされるであろうことは早くから予想されていました。案の定、2019年のさいたまワールドではかなり残念な結果に終わり、四種目を通してカナダ選手が誰一人、表彰台にのぼることがありませんでした。それどころか最高順位がアイスダンスのウィーヴァー&ポジェ組の5位という始末。
女子選手に関しては、2018年の世界タイトルを獲ったケイトリン・オズモンドが引退した後、2017年ワールド3位の実績を収めたギャビー・デールマンがトップを引き継ぐものと期待されていました。平昌五輪では個人戦で思うようなパフォーマンスが出来なかったけれど、しばらくはカナダ女子のリーダーとして踏ん張ってくれるはず、と。しかし様々な怪我や健康上の問題のため、なかなかその役割を果たすことができませんでした。
その後も女子選手ではめぼしい人材が表れず、今シーズンのワールドには二つの枠があるものの「誰を送るべきか」と悩むほどの状況です。
一方、男子はさいたまワールドでキーガン・メッシング選手とナム・ニューエン選手がまさかの不調で、昨年、(結果的には中止になった)自国開催のワールドに向けてカナダの枠は一つになってしまいました。そのため、2020年2月の四大陸選手権でたった一人の代表を決めるために三人のカナダ選手が競い合う羽目になったのです。
結局はせっかく初のカナダ選手権優勝を果たしたローマン・サドフスキー選手ではなく、ニューエン選手がモントリオールでカナダを代表することに決まったわけですが、またしても今年、そのひと枠を同じ三人(キーガン、ナム、ローマン)が争うという展開になっています。
問題は2月に行われるはずであったカナダ選手権がコロナ感染の影響で中止に追いやられたことです。何を基準に代表選手を選ぶべきなのか、で意見が分かれざるを得ない。
普段から米国アラスカ州に練習拠点を置いているキーガン選手はラッキーにも2020年10月のGPスケートアメリカに出場することができ、そこで3位に入りました。一方、カナダ在住の選手たちはバーチャル参加でチャレンジ大会に出場したわけですが、その時の様子ではローマン選手が抜きんでいたように思いました。でも、それとて昨年末に撮影された演技の様子ですから、現時点で選手たちがどのような進化を遂げているのかは見ることができません。
ローマン自身が動画チャンネルで発信していたように、カナダ連盟の関係者が各練習拠点に赴いて選手たちのモニタリングが行うという方法が取られるそうですが、理想的な選考法ではありませんよね。大体、アメリカに在住しているキーガンに関しては一体、どうモニタリングされるのでしょうか。
まあ、そんなこんなでカナダの選手たちは本当に過去一年丸々、試合に出る機会がなく、スケート強豪国と言われるロシア、日本、アメリカの選手たちに比べてはもちろん、フランスやイタリア、中国、韓国などのナショナルズを行った(あるいはこれから行う)国々にも後れを取ってしまいました。
そこを嘆いたのがデイビッド・ウィルソンです。
私は、ジャパンタイムズでコラムを担当していたG氏の仕事に対してこれまで良い印象を持っていなかったのですが(内容がテレビ中継の英語解説をそのまま書き取ったものだったり、記事と言うよりただのファン・ブログのレベル)、この度のデイビッド・ウィルソンのインタビュー記事は他でなかなか見られないような内容だったので興味深く、読みました。
皆様もご存知の通り、デイビッド・ウィルソンは過去30年以上、最高レベルのコレオグラファーとして世界中に名を馳せ、現在も各国の連盟やスケーターから振り付けを請われる存在です。クリケット・クラブを拠点としてはいるものの、文字通り世界を股にかけて仕事をしている彼は、ほぼ「怖いものなし」であるからか、今シーズンの運営についてストレートにカナダ連盟を批判したのでした。
私自身、昨年のGPスケートカナダが開催されると聞いた時にはボランティアに応募して、オタワに手伝いに行く予定でした。オタワ地域の感染状況によって中止になった時は「ああ、やっぱり」と思ったものの、どこか完全に疑問を払拭できない気分でもありました。よっぽど感染者の多いラスベガスでGPスケートアメリカが出来て、何故オタワで出来ないんだろう。何故、連盟は州政府に特別措置を求めて何とか開催できるよう交渉しなかったのだろうか、と思ったわけです。
しかし州全体が徐々にロックダウンに近づいていた時期でもあったので、選手たちを気の毒に思いながらも納得せざるを得ませんでした。
ところが、ですよ。
毎年クリスマスシーズンには恒例となっていて、多くのカナダ人の熱視線を集めるアイスホッケーのジュニア世界選手権は、オンタリオ州と同じく感染拡大に悩むアルバータ州で様々な問題を抱えつつも強行に開催されたのです。
開始前の準備期間も入れると12月初旬から1月初めにかけて、ほぼ一カ月の日程がこの大会のために充てられました。会場はエドモントン市、感染者数が増大している真っ只中であったにも関わらず、そして出場チームにカナダ到着後に陽性判定が出た選手がいたにも関わらず、アイスホッケーがコンタクト・スポーツであるにも関わらず、どうにかこうにか全試合が行われました。これはいかに主催者であるカナダ、および国際アイスホッケー連盟がこの大会の実現を熱望していたのか、の証でしょう。
たとえ会場となった地域が公衆衛生上は大規模のイベントを禁止していたとしても、「開催ありき」ということが前提となっている場合はそこから遡って、ではどうすれば成功させられるのか、中止となるギリギリの線をどこに定めるのか、を交渉しておけば実行できる、ということです。
そして無観客で試合を行い、現地メディアを最少人数に抑えてリモート取材を駆使し、選手や関係者たちをバブルに閉じ込める、となると当然コストは莫大にかかります。その費用を工面するにあたっても主催者の実力が試されます。
私はこのホッケーの大会を観ていて、かなり複雑な気持ちになりました。やろうと思えば、出来るんだ。要はどれだけの創意工夫と労力とお金を費やすのか、そこが問われるところなんだ、と。
そこにカナダ選手権の中止の知らせが舞い込み、こんな記事を書きました。
もちろん、カナダの連邦政府および州政府が非常に慎重に、まじめに感染対策に取り組んでいるのは評価できますが、その制限の中で工夫を凝らし、やれることを見つける必要もあるのではないかと思って書いた記事でした。
そしてこの度のデイビッド・ウィルソンのインタビューを読んで、彼のフラストレーションの程と由来を知るにつれ、改めてあの時の自分の思いと通ずるものを見出しました。
今シーズン、カナダの選手にとって初めての大会となるはずであったナショナルズの開催を、連盟が諦めてしまったことをウイルソンは許せないようです。ホッケーのジュニア世界選手権に言及し、あれほど多くのチームを集めた国際大会が実現しているのに、コンタクトスポーツではないフィギュアスケートの国内大会が何故、できないのか、と。
私自身、パンデミックの最中にイベントを開催する経済的コストについては、昨年のワールド中止が大きく響いて、カナダ連盟には捻出するのが難しいのかも知れないと思っているのですが、ウイルソンは金銭の問題も含めて連盟トップのリーダシップの欠如を指摘しています。
この様にはっきりと、おそらくたくさんの人が心の中では思っていることを発言するのはリスクを伴うでしょう。しかしすでに述べた通り、ウイルソンはあまり連盟のお偉方に気を使わないでも良い立場なのです。
その後、拡散された彼のコメントにカナダ連盟が速攻で反論をして保身に努めたことからも、ウィルソンの影響力を恐れていること、そして「痛いところを突かれた」と思っていることが伝わって来たように思いました。