今日、お昼過ぎにモントリオール行きの列車の往復チケットをキャンセルしました。
そして朝の支度の際には、モントリオールでの滞在用にパッキングした無印の仕分け用ポーチから
「もう、この中から使っても良いんだよな」
と衣類を取り出して身に付けました。
こんな小さなことを重ねつつ、世界選手権のロスを徐々に実感しています。
失われたものの何と大きいことか。その全貌をこれからも少しずつ、思い知らされていくのだと思います。
********
選手たちからのモントリオール世界選手権中止に対するメッセージが続々と発表されています。
クリケット・クラブ発の動画をご覧になった方も多いでしょう。健気にも笑顔を浮かべたブラウン選手、チャ選手、クラコワ選手たちと一緒にコメントをしている羽生選手の姿にファンはきっと励まされたと思います。この中で羽生選手が暗に来シーズンも現役続行を示してくれたことは嬉しいですね。
私が昨日、目にしたのはモントリオールに拠点を置くアイスダンスの強豪クラブ、Ice Academy of Montreal が掲載した動画です。
https://www.facebook.com/iceacademyofmontreal/videos/211352723275897/
ヘッドコーチのマリーフランス・デュブルイユとパトリス・ローゾン夫妻、コーチ兼振付師のロマン・アグノエル、振付師のサミュエル・シュイナール、その他のスタッフも参加していますが、何と言ってもメインは世界選手権に出場するはずであった13ものアイスダンスチームの選手たちです。
カナダ(2)、フランス(2)、アメリカ(3)、イギリス(1)、スペイン(1)、中国(1)、日本(1)、アルメニア(1)、そしてオーストラリア(1)。
この場にもう一組、カナダのフルニエ・ボードリ―&ソーレンセンたちが出席していますが、彼らはちょうど先週の金曜日に怪我のため、棄権を表明しており、代わりにクラブメイトのスーシース&フィルスたちが出ることになったばかりでした。
代表する国が違っても、皆、モントリオールで練習を重ねて来ている選手たちです。お互いを励まし合い、慰め合うためにアカデミーに集まって、それぞれ、中止のニュースを聞いた時の反応と現在の心境を語り、メッセージを送る機会を設けました。
口々に、知らされた経路は様々だったけれど中止のニュースを受けてショックを受けたこと。大会直前のこの時期に調子を上げて来て、さあ来週には観客の前で披露するんだ、という時に大きな落胆を受けていること。怪我を乗り越えて、今シーズンさんざんアップダウンを経験しつつもようやくここまで漕ぎつけたチーム、故郷の人たちを心配しつつも頑張ろうとしていたチーム、現役生活が残り少なくなって来ているので時間の貴重さを語るチーム。泣き笑いしながらそのような想いを述べる彼女・彼らの言葉を聞きながら私ももらい泣きしました。
中でもモントリオールが地元であるカナダのチームにとってはひときわ、今大会がいかに特別で、カナダ代表として誇りをもって挑む試合であったかが伝わって来ました。
中止の決定自体に関するIAMの選手たちのコメントをまとめると、ギリギリまで中止のアナウンスメントが出ないことを望んでいたけれど、ケベックの保健省が公共衛生上、やむを得ない決断を下した。自分たちはそれをリスペクトして、納得している、という論調でした。
Patinage Quebec (ケベック州スケート連盟)がどれだけ準備に力を注いできたのか、ということに言及している選手も多く、これが単なるリップサービスではないことが彼らの生の声を聞いていると良く分かります。
これまでカナダで開催されて来た大会を手伝った経験から言うと、準備に関しては開催地の州連盟が全ての現地でのコーディネイトを担います。今回のモントリオール世界選手権の場合、パティナージュ・ケベックが中心となって準備を進めて来ていました。(ちなみに日本では大会がどこで行われようと、複数の県連盟から代表者が派遣されて運営に携わるようです。)
Skate Canada カナダ連盟の役割としては、イベント運営、セキュリティ、メディア、セレモニー、ホスピタリティ、その他の各部門における州連盟のリーダーたちと、それぞれタッグチームを組んで、大会運営のバックアップを務めるというしくみだと理解しています。それが正式に軌道に乗るのが大会数カ月前から、GPFやワールドの様な主要大会の場合は半年から8カ月前になります。
ISU の各部門の担当者たちとの連携を取るのもカナダ連盟の役割です。ローカル、ナショナル、インターナショナル、の三組織が協力して最終的な実施に挑む、というイメージです。
そのため、2020年のモントリオール・ワールドは、ケベック州連盟の人々こそが本当に大事に大事に温めて来たプロジェクトであり、単発で試合間際に手伝いに現れる私などとは比べようがないほど、彼等にとってこの度の中止は断腸の思いだっただろうと推察しています。
私が初めて、モントリオールでワールドが開催されるのを知ったのは二年半前の2017年の9月でした。
当時のSkate Canada website のアナウンス
確か、オータムクラシックがピエールフォンのアリーナで開催されている最中に、綺麗なパンフレットがメディアセンターに置いてあり、表紙にはプリンスの曲を使用したRDを演じるテサモエたちの写真が載っていたと記憶しています。
それからさらに遡ること幾年か前から、ケベック連盟の皆さんは招致に向けて企画を練って来たと聞いています。その努力が報われて、ようやくISUからモントリオールに開催権が承認された時、どれほど喜ばれたでしょうか。
多くの往年の名スケーターたちを輩出して来た州としてのプライドもあります。前述のアイスダンス拠点はさることながら、デュハメル&ラドフォードたちなどのペア選手育成のメッカとしても知られています。さらにはジョアニ―・ロシェットやシンシア・ファヌフ、ジョゼ・シュイナールなどの女子チャンピオンも出ています。フィギュアスケートのシングル・カップル四競技を熟知する長年のファンが居住する地域であり、その人たちを迎え入れるために会場はモントリオールの中心に位置するベルセンターを確保した。
これはものすごい快挙であったと言えます。
アイスホッケーをこよなく愛するカナダ人にとって、人気の地元NHLチーム Montreal Canadiens が本拠地とするベルセンターは、(以前、使われていたモントリオール・フォーラムほどではないにしろ)大きな文化的な意味を持つ建物です。例えて言うなれば、阪神タイガースのホームである甲子園球場、でしょうか。そのような由緒ある会場で、自国ファンの前で滑るのはカナダ選手にとって一生忘れられない思い出となったことでしょう。
このアリーナを大会の準備や撤去も含めて10日以上も借り切ることは容易ではありません。それはつまり、本拠地を失ったカナディアンズが長期のロード遠征に出なければならないことを意味し、少なくとも一シーズン前からのNHL全体(計31チーム)のスケジュール調整をも要するからです。
これだけを見ても、どれほどの大行事であったかが想像できるかと思います。
ケベック州連盟の皆さんが、招致の準備を含めると4年近くの月日を、大会の成功のためにいかに全力を注ぎながら費やしてきたのか。
モントリオール市の関係者たちと連絡を取り、単にフィギュアスケート大会を開催するだけではなく、会場周辺に様々なイベントを企画して観戦に訪れる人たちに楽しんでもらおうと思ったのか。
それがいよいよ、開催まであと数週間、ラストスパートをかける段になり、世界情勢が徐々に怪しくなって来た。
でもまだ大丈夫だろう、まさか、まさか、という思いを抱えつつ、それでも準備は変わりなく進めて行かなければならない。
二月の半ばの段階では、私はまだカナダの新聞の第一面にコロナウィルス関連のニュースが掲載されていないことを記事にしていました(
「あと四週間」 )。中国、日本、そして韓国で起こっている事である、といった認識を持っているカナダ人が大半だったと思います。
もちろん、アジア移民の多い国ですから、危機感を覚えている住民も多くいたことは確かです。ただ、それがこのカナダに及ぼす影響はまだ把握されていなかった。把握しているべきだったのでしょうが、現実はそういうことです。
北イタリアでのコロナウィルス感染が悪化して来たのが2月下旬。この頃から徐々に、カナダにおいて感染が判明しているのはイタリアとイランの二国から帰国して来た人である、という認識が高まって来ました。
ここからほんの2週間後、初めてケベック州のマッキャン保健相がモントリオール世界フィギュア選手権の行方に言及し、その二日後に中止が発表されるまで、を次の記事で振り返ってみたいと思います。(コメントはそれまでお待ちください)