すでにカナダに戻っていることはひとつ前の記事でお気づきかと思いますが、7日こちらに到着しました。それから何だかんだと日常生活に埋没している内に、今日はすでに4月17日。
怒涛の埼玉ワールドが過ぎ去り、WTTまで終わってしもうて、あーどうしよう、まだちゃんとブログ記事も完結していない、と思っている内にノートルダム寺院が炎上、というショッキングなニュースが舞い込んできました。
しかしちょうど一カ月前に私は確かに神戸から新幹線に乗って、未だかつて行ったことのなかった埼玉の新都心駅に降り立っていたのでした。これまでカナダで手伝った大会とは全く勝手が違い、色々と戸惑うことは多かったのですが、結局は主にCBCのクルーと仕事をしたり、カナダの連盟の2020年ワールド大会のプロモーションの手伝いをしたり、いつもはカナダでお会いする記者の方々、フォトグラファーの皆さんとも再会できたのは大きな収穫でした。
相変わらず、本番の演技はほとんどと言って良いほど観ることが出来ませんでしたが、練習はシフトの合間に覗きました。そしてモニターの画面上ではありましたが、数々の名勝負を目撃して、感動しました。
ところでカナダのグランプリ大会において、いつも中継を担うのはTSN・CTV局です。解説には皆様ご存じのトレイシー・ウィルソン母さんとベタなコメントが得意なロッド・ブラック氏(アンカーはブライアン・ウィリアムズ大御所)、そして裏でレポーターを務めるのはサラ・オルレスキー嬢。
しかし昨年のグランプリ・ファイナルとこの度のワールドではCBCの面々が登場です。会場のそこかしこに出没し、レポートを仕入れるのはスコット・ラッセルさん、演技を終えた選手がテレビ局のブースの立ち並ぶエリアにやって来ると、一番最初にインタビューが出来るのはブレンダ・アービングさん。その直後にクオンさんがお得意のスマホを駆使したビデオ・インタビューで攻め入ります。
クオンさんはリサーチとライターも担当していました。この他にカメラマンが二人、そしてプロデューサーが一人、帯同して、けっこうな大所帯。
そんな彼らが作った番組はカナダに帰ってからしか観られず、夫に録画をしてもらっていたのですが、それらをようやく、先週末に堪能しました。一緒に観てくれたのは、同じく埼玉に行っていたSちゃん。二人でああだこうだと言いながら(「あー、スコットさん、いつの間にこんな所に行ってたんだろ。」「そうそう、ブレンダがこの赤いジャケット着てたね」などなど)、一カ月前に繰り広げられた戦いを改めて観戦しました。
しかし何と言ってもSちゃんも私も観たかったのは男子フリーの演技。もうあまりにも月日が経っているのであえて細かいことは飛ばしますが、いや、凄かった。
以下、雑感です。
その場ではさほどじっくり観ることが出来なかったのですが、ジュンファン君、なんだか元気がなかった、というか、しんどそうな演技だったのですね。シーズン前半はとても調子が良く、健康であると言っていたのですが、試合にたくさん出過ぎたのかな?と心配になるほどのフリーの崩れ方。ちょっとショックでした。
Photo by David Carmichael
2019 ISU World Figure Skating Championships, Saitama, Japan
またまた脈略なくて申し訳ないんですけど、ラズキン選手ってこっそりすごく安定していて、綺麗な滑りをするスケーターですね。これから彼がロシア代表として色んな大会に出て来るんでしょうか。
Photo by David Carmichael
2019 ISU World Figure Skating Championships, Saitama, Japan
Photos by David Carmichael
2019 ISU World Figure Skating Championships, Saitama, Japan
Photos by David Carmichael
2019 ISU World Figure Skating Championships, Saitama, Japan
そしていよいよ羽生選手の登場です。CBCでは演技の前に白黒の写真モンタージュを見せてくれます。羽生選手の場合は弾けるような笑顔と、アスリートの鋭い表情のコントラストが良かったわ。
ここで話がちょっとだけSPに遡ります。
羽生選手の冒頭の4サルコウが抜けて、クオンさんも私もかなり落胆したのですが(特にクオンさん、始まる前に「ほら、見て、彼のあの目よ!やる時の目、よ!」と気合が入っていただけに。。。)、ステップ・シークエンスではモニターを通して、だというのに何とも胸が詰まるようなものがありました。
どう言ったらよいのか分からないのですが、見ていて「ホエーン」って言いながら(心の中で、ですけどね)、自分の眉毛が八の字になって行くのが感じられるのです。あ、やっぱりこれじゃあ伝わらないかな。
Photos by David Carmichael
2019 ISU World Figure Skating Championships, Saitama, Japan
要するに、この選手は本当に出し惜しみなく、全てをぶっつけて滑っているのだな、ということが大写しになった顔から読み取れた気がしたのです。
CBCの解説陣、アンディ・ペトリロ、カート・ブラウニング、キャロル・レーンたちはトロントのスタジオに留まり、そこからの中継です。(そう考えると本当に上手に連携・編集していたのだな、ということが後になって分かります。)
もちろん、演技が始まるまでの時間にアンディさんは羽生選手の五輪連覇の実績や、度重なる負傷について触れ、ファンは彼が大会に出て来るかどうかヤキモキしていたに違いない、と言う。「しかしユヅル・ハニュウ、彼は決して期待を裏切らない("But Yuzuru Hanyu, does not disappoint")」、と締めくくります。そーなのよ、良く分かってくれてるじゃない、と私。
カートさんは冒頭に飛ぶジャンプが、負傷の原因となった4ループであると前触れをして、決まると「BAM!」と叫ぶ。
次の4サルコウでは深く足首を曲げてセーブする姿を見て、「脚が(折り畳みする)テレスコープの様に見えた」と感嘆する。普通の人だったら絶対にあんな角度で降りて、そこから立ち上がれるわけがない、とキャロルさんも続ける。でも彼は普通の人なら夢に見ることしか出来ないことをやってのけるのよね、と。
プルシェンコを彷彿とさせるね、とカートさん。「二つの面で:一つは勝利を掴み取る力、そしてもう一つは舞台を支配する力(を兼ね備えているという意味で)」
Photo by David Carmichael
2019 ISU World Figure Skating Championships, Saitama, Japan
3ループに入るところが全く何の前触れもない、とキャロルさんがまた感心する。スピードを落としておいて、そこから加速して素早く回転に持って行くさまは見事。
続く4トウループも綺麗に決まります。するとカートさんは、でも次に同じジャンプを跳ぶ時はコンビネーションになるんだ、と説明する。しかも3アクセルだよ、非常に珍しい。
If he can pull it off this is basically like putting a thumb in the other skaters' face and saying "I'm the King".
これをやってのけたら、他のスケーターたちの顔の真ん前にに親指を立てて、「俺が王者だ」って言うようなもんだね。
Photos by David Carmichael
2019 ISU World Figure Skating Championships, Saitama, Japan
演技が終わり、観客の絶叫と共にプーさんの嵐。後、スケーターは二人残っているけれど、とりあえず、自分のやるべきことはやった、それは言える、とアンディさん。
その後、スロー再生でもまた前半の4サルコウを見ながら、他の人ならここで転んで仰向けになっちゃうわよね、とか、怪我したりね、とか、見てるだけで膝の靭帯が切れた気がする、などと大騒ぎ。
カートさんのお気に入りはやはり4トウループから3アクセルへのシークエンスで、ボード際でブライアン・オーサーが共に飛ぶ様子に「ブライアン、自分で3アクセル跳んでた頃もあれほど高くジャンプしてなかったよ」と茶化す。
キスクラに戻り、スコアを待っている間:アンディさんは、ブライアンが「206点」って予測している、と言う。果たしてその通り、206.10のスコアが出ると「He nailed it! 大当たり、すごいわブライアン」と笑う。
しかし続いたのはネイサン・チェン選手のフリー演技。
これもすでに結果は出ているわけですから端折りますが、私が憶えている限り、裏でモニターを観ていた時も「あっちゃー」というほどのエネルギーが感じられました。羽生選手の鬼気迫る演技の後に、「なるほど、こう来るか」と。
Photo by David Carmichael
2019 ISU World Figure Skating Championships, Saitama, Japan
以前にこちらの友人でネイサンのジュニア時代を良く知っているMさんに聞いたのですが、とにかく彼の強みは底知れぬスタミナ、だそうです。本当に今回の演技で深く納得しました。演技が終わってもあまり息が上がっていないのです。まだ19才という若さのなせる業、でもあるでしょう。
また強心臓、余裕、クール、などという形容詞はネイサンに関して良く使われますが、かと言って決して傲慢ではない。しっかり計画して、しっかり意識を持って、しっかりこなす。ただそれだけ。ユヅの滑った後でプーさんが降って来るのは計算の内、会場に漂っているエネルギーの名残を自分の中に取り入れ、「ユヅの後に滑るのは楽しいし、光栄」と思ってその状況すらも味方に付ける。
もちろん、羽生選手に優勝してほしいとは思っていましたが、ブレンダさんのインタビューに答えるネイサン選手の爽やかさを目の当たりにすると、「スポーツって良いわ」と素直に思ってしまったのでした。
終わってみればスコットさんの言う通り、まるでボクシングのヘビー級の戦いを観たような感動がありました。
羽生選手、やはり足首の負傷と長いブランクによって、本調子からは程遠かったでしょう。フリーの演技中も心なしか目線が下の方に行く場面が多かったように思えました。そして終わった時、ふっと拳を突き出して笑みを浮かべた顔はまさに戦神のような精悍さでしたが、血の気はなく、目は窪んでいた。それなのに日本開催でのワールド大会の場に良く戻って来てくれましたよね!勝たなきゃ意味はない、と彼は言いますが、我々ファンは羽生結弦の現役の演技が観られるだけで嬉しいのです。
若い好敵手との戦いによって、マグマがまた沸々と煮えたぎっていることでしょう。まだまだ寒いトロントで「み~て~ろ~よ~~~~」などと思いながら来シーズンの準備をしているに違いありません。
2018‐2019年シーズンは終わりましたが、またあっという間に次のシーズンがやって来ます。我々もしばしの休憩を取って、応援のエネルギーを蓄えましょう!