2015年カナダ選手権総括①:チャンピオンに相応しい滑りを見せたニューエン | 覚え書きあれこれ

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記憶力が低下する今日この頃、覚え書きみたいなものを綴っておかないと...



ナム・ニューエン選手がクリケット・クラブに加わって、昨年の世界ジュニア選手権で優勝した時でさえ、私は

「えー、出来すぎかも」

とまだまだ納得していなかったことをまず懺悔します。


ハビエル・フェルナンデス、そして羽生結弦の2選手がブライアン・オーサーの元で素晴らしい成果を収め、盛り上がっているクリケットに入ったからと言って、ニューエン選手が彼らのレベルに一気に追いつくとは限らない。

とってもシニカルな見方をしたら、オーサーに「外国の選手ばっかりに力を入れないで、ちっとはカナダの選手も育ててみんかい」というプレッシャーがかかって、ちっちゃい頃から将来を嘱望されてきたナム君の育成を引き受けたのかな、とかまで思っちゃいました。


確かにナム君はこれまで参加した全ての年齢層レベルでナショナル・タイトルを手にしてきました。でも、ずいぶんと小柄な選手で、シニア参戦にはまだまだ時間がかかるだろうと思われた。ところが昨年あたりから急に背が伸び出して、今では172センチにもなっています。

おまけに昨シーズンまではトリプル・アクセルを武器にしているとはいえ、助走がすごく長くて「よーーーーいーーーーっしょっと」という感じで跳んでいた。それがいきなり夏の間にトリプル・アクセルに磨きをかけただけでなく、突然四回転サルコーをマスターしてしまった。


彼が10月の「オータム・クラシック」に出場した時の動画を見て、「え?めっちゃ上手くなってるやん!」と驚いたのを憶えています。これはひょっとすると、と思っていたら案の定、スケート・アメリカでいきなり銅メダル。


いやー、でもでも、まだスコア的には世界のトップ選手に届いていないでしょ、と思いながら迎えたこのカナダ選手権。


SPでは他の選手たちが次々と自滅する中、ほぼノーミスで淡々とプログラムをこなし、ものすごい落ち着きを見せる。しかもジェフリー・バトルの振り付けを自分のものにし、観客にアピールするという余裕まであったりして、生来のショーマンシップが浮き彫りになりました。なんせ2010年のバンクーバー五輪でまだほんのガキンチョの頃、エキジビション・ナンバーを滑った彼ですから、強心臓は昔からのもの。


そしてFS当日、最終グループの滑走が始まり、どの選手もさほど難度の高くない演技を続けている中(あるいはトライして失敗している中)、かろうじてちょっと明るいネタを提供してくれたのがローマン・サドフスキー君の綺麗な滑り。でも彼もこれからトリプル・アクセルや四回転を入れて行かないとジュニアの世界選手権でさえも戦えないだろう。日本の宇野選手の演技を見た後だから余計にそう思ったのかも知れません。

パトリック・チャンのスケーティング・スキルを彷彿とさせるリアム・フィルス選手と、ベテランのジェレミー・テン選手の二位争いもなかなかドラマチックで良かったけど、これまた「フリーでは四回転を二度は組み込んでくる全日本の男子の頂点争いと比べちゃうとねー」って思ってしまいます。


で、ようやく最終滑走がナム君。心なしかいつもより顔色が青いわあ。さすがの彼も緊張しているのがわかりました。オーサー・パパもじっと黙って見守っているけど、内心はどうなんだろう。


演技が始まり、さあ冒頭のジャンプは…


「え、今の四回転?なんかものすごく軽やかに決まったけど。」


そして次は三回転の連続ジャンプ、3A-3T、そこから間髪入れずにトリプル・サルコーが難なく決まって行く。


もうそこから完全に波に乗って、「ラ・ストラーダ」の世界に入って行ったのが分りました。笑顔がはじけ、おどけたり、観客と目を合せたり、動きが自由になり、ジャンプの着氷がどんどん安定して柔らかくなる。


見ている側も例の「あ、これは凄い事が起こっている」という感覚を覚えて、それが最後まで途切れませんでした。


終わった後、本当に嬉しかったです。カナダ選手権優勝に相応しい滑りをした選手が、ちゃんと王座に輝いた、という満足感がありました。


あーよかったよかった。



以下、ディマンノ女史が演技後に拾った言葉をご紹介します。

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Canadian champion Nguyen eyes Chan より抜粋)





(記事の前半はニューエン選手の演技を見ていたパトリック・チャンが終わった後、後輩にお祝いの言葉をかけたこと、そして25歳のジェレミー・テンが僅差でフィルス選手に競り勝って暫定一位に浮上して観客が総立ちになっていた直後にニューエン選手が滑ることになった様子などが書かれています)

“Everyone was standing up for him (Ten), so the pressure was building up for me."
「皆が彼(テン選手)のために立ったりしてたから、ぼくにかかるプレッシャーがどんどん増してきてました。」


The nerves fell away as soon as Nguyen stepped up into that beautiful quad and landed it solidly. Thinking to himself: “You know what? Let’s just do this. I don’t even care what happens.”
だがニューエンが四回転を綺麗に跳び、しっかりと着氷すると緊張は解けて行った。彼は心の中でこう思ったそうだ:「よっしゃ、やってやろう。もうどうなってもいいや」

“I did it and continued the momentum to the end of the program. It was amazing.”
「そうしたらどんどん勢いに乗って、最後まで切れることがなかったんです。最高でした」

From the end boards, coach Brian Orser, as is his custom, skated the program on dry land with his protégé, possibly the more anxious of the two, though he afterwards denied having any doubts.
ボード際ではコーチのブライアン・オーサーがいつもどおり、陸上で秘蔵っ子と一緒になってプログラムを滑っていた。どちらかというと彼の方が緊張していたかも知れないが、後で聞くと全く不安はなかったと言う。

“I’m not surprised by the skate. He does this every day. We were peaking  perfectly. We had a few rough days last week — it was a welcome thing for me as a coach because I don’t want to leave everything at home and get there too soon and try to stay at a high level too long. So we let him kind of come down for a little bit. And then just the last four or five days for the big push and to get this performance out.

「(ナムの)滑り(の出来)には驚いていない。あれくらいの滑りは彼が常日頃やってることだから。ピーキングが完ぺきに出来てたんだ。先週、何日間か調子の悪い日があったけど、むしろ好都合だったね。だってコーチとしては練習場で全て出し切って、ピークにあまり早く達してしまってからその高いレベルを長く保とうとする事の方がイヤだから。だからいったん、ちょっと調子を下げさせる感じにして、それから(大会までの)最後の4、5日で大きくプッシュして、そしてこの演技を生み出したというわけ。」

“I knew it was going to happen.”

「(だから)こうなるのは分かってたよ」


Nam trains at the Toronto Cricket Skating and Curling Club along with a couple of other notable Orser pupils: Olympic champion Yuzuru Hanyu and European champion Javier Fernandez. But this kid’s potential is to drool  for.
ナムはトロント・クリケット・アンド・カーリング・クラブが練習拠点だがそこにはオーサーの二人の著名な教え子がいる:オリンピック・チャンピオンのユヅル・ハニュウとヨーロッパチャンピオンのハビエル・フェルナンデスだ。だがこの子のポテンシャルは(彼ら二人と比べても)よだれが出るほどだろう。

“He keeps pushing the boundaries and he’s consistent,” Orser observes. “It doesn’t hinge, everything, on one jump. He always skates clean. That’s what it takes. His spins are better, the choreography is better. He’s a faster skater now — that’s what used to drive me crazy.
「(ナムは)常に限界に挑戦してて、しかもムラがない。」とオーサーは分析する。「全てが一つのジャンプにかかっている、という感じじゃないんだ。いつもクリーンな(ミスのない)演技をする。これが必要条件だからね。スピンも良くなっているし、コレオグラフィーも良くなっている。今ではスピードも付いて来ているしね―僕にとってはこの点が昔は本当にイライラする部分だった。」

“Yeah, he’s ready for the big leagues.”
「そうだね、彼はトップ・レベルで戦う準備が整ったと言える」


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さて、この記事に引用されているブライアン・オーサーの言葉を読んで、聞きなれたことを言っていると感じた方も多いかと思います。本当にもう「クリケット戦法」と言っても良いほどの「ピーキング」への取り組みですね。


そして最後に言いたかったのは、いくらお膳立てをしてもらっても、いくら環境が整っていても、最終的には本人がここぞという本番で良い演技が出来なかったらどうしようもない。


ある意味、「ここまでしてもらって、それ?」みたいな演技をしてしまったらどうしよう、というプレッシャーの方が大きいかも知れない。


だからこそナム君の成長と、大舞台での実力発揮はすごいと思いました。


ディマンノさんも言ってるように、パトリック、うかうかしてられないよ。