カートがグランプリ・ファイナルの「アフターショー」でPJクオンさんと喋っていたことについて色々とご紹介しました。
その中でクオン女史に聞かれてカートが苦笑していたことに、
カナダ人男子のスケーターの「CURSE(呪縛、あるいはジンクス)」
というものがあります。
カナダ人男子のスケーターはオリンピックの前年度に世界選手権で優勝していながら、翌年のオリンピックで優勝できない。
別の言い方をすれば、世界チャンピオンとして(時には連覇していた場合も)迎えたオリンピックでは必ず優勝を逃す。
これまで
1988年カルガリーのブライアン・オーサー(1987年度世界チャンピオン)
1992年アルベールビルのカート・ブラウニング(1989‐~91年度世界チャンピオン)
1994年リリハンメルのカート・ブラウニング(1993年世界チャンピオン)
1998年長野のエルビス・ストイコ(1994,1995、1997年度世界チャンピオン)
の三人が4度、そのCURSEの餌食になっている。
果たしてパトリック・チャンはこの呪縛を敗れるのか?
といったことが話題になっている中、パトリックにかかる重圧は尋常ではありません。
おそらく何度もインタビューの中で質問されたでしょうし、自分は気にしていないと言っても誰も信じないでしょう。
それでも、パトリックは2010年の自国開催のバンクーバー・オリンピックで表彰台に乗れなかった悔しさの方がむしろこのオリンピック・シーズンは大きくのしかかっている、と語っています。
ソチで優勝することは彼にとって「CLOSURE」をもたらしてくれる、とも。
この「CLOSURE」という表現は北米で多用されます。
締めくくり、とでも訳せばよいのでしょうか。
とにかくそれがないと気持ちが収まらない、「事が終わらない」という感じです。
パトリックにしてみるとソチで優勝しないことには、ずっと何か中途半端なまま、人生を送り続け
なければならない、という悲壮感があるようなのです。
パトリック・チャンをよく知るカートさんは
「パトリックはロボットじゃないよ」
と言います。
当然ですよね、カナダではパトリックはロボットからはほど遠い、口から生まれたような熱いキャラだと思われてるんですから。
でもそれだけではなく、
パトリックの私生活での心理状態が競技中の演技にも表れる、
とカートは言いたかったようです。
私生活ですべてが上手く行ってる時のパトリックは滑りも落ち着いている。
何か引っかかっていることがあると、氷上でも影響が出る。
さほどポーカーフェイスではない、ということでしょう。
だからか、パトリックはオリンピックに向けてここ数年、全てを入念に準備してきたと何度も強調して言います。
幾つかの大胆な変化を経て不要な物はとことん排除して、最後の調整に要るものだけを残してビッグ・イベントに挑んでいるのです。
彼に四回転ジャンプをマスターさせたコーチとは手を切り、苦手とされる上半身の動きを教えてくれる「MOVEMENT COACH」のキャシー・ジョンソン(スケートの経験なし、にも関わらず)一人を傍においた。
2013年の世界選手権の直前にコロラドからデトロイトへと練習拠点を移し、小さい頃からずっとサポートしてくれた母親から離れ、一人暮らしを始めた。
アイスショーも夏以降は控え、ひたすら練習に集中したパトリックは、今シーズンのグランプリ・シリーズの一つ一つの大会に「計画をもって臨み、それをかなえた」と話していましたね。
少なくともパリ杯まで、全ては順調だった。
そこまでやってきたパトリックが、グランプリ・ファイナルで結弦くんに負けたことにショックを受けていない訳がありません。
もちろん、ソチまでの大会を全て、圧勝するとは思っていなかったでしょう。しかしあの負け方は想定外だったに違いありません。
田村明子さんの記事もあったように、パトリックは2位に終わったものの
「フリーで良い演技ができたことで自分にとっては勝利」
などと言ってましたが、それは自分に言い聞かせているように思えます。
CANADA am に出演するパトリック(12月11日)
カナダに戻ってからもニュース番組で同じような言葉を並べていましたが、無理にでもそう思わないと前に進めないからでしょう。
さあ、ここからパトリックがどう立て直してくるのか?
バンクーバーからの4年間、彼が全てを賭けて構築したオリンピック金メダルへの軌道が見事、ゴールへと到達するのか?
マクレーン・マガジンのオリンピック特集のために写真撮影に参加するパトリック(12月12日)
2月末に出版されるオリンピック特集の雑誌では
「パトリック・チャン カナダの男子スケーターのジンクスを破る」
それとも
「残念だったね、パトリック、相手が悪かった」
私の予想では。。。。




